東方末妹録   作:えんどう豆TW

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ルーミアとチルノとは会わなかったことにしました(原作改変)


人間模様のメイド長

 

 

 

 

 

 

 

 

 人間の寿命は短い、故に人間にとっての一年は妖怪にとって瞬きと同じように感じられる。いつだったかにお嬢様に言われたことだ。

 きっとお嬢様は特に何も考えずに言ったのだろう、その後に「時間を止められるあなたは人間よりも何倍も多く生きるから、妖怪みたいなものね」とからかわれたが。

 しかし私とて能力を持っていたとしても人間に変わりはない。頭を破壊されれば死ぬし、お嬢様達のように再生が早い訳でもない。自然治癒能力は所詮人間のままだ。何が言いたいかというと、どんなオプションが付いていても、どれだけ寿命が長くても、結局私が人間であることに変わりはない、ということだ。

 だからこそ私はお嬢様にある言葉を投げかけようとして、口を固く閉じた。

 

 ――――――お嬢様にとって、お嬢様達にとっては私と過ごした時間は一瞬なのでしょうか。

 

 いくら常人と寿命が違うとはいえ、基本的な寿命は変わらないのだ。ただ能力を何万回も行使しているから少しずつズレが生じるだけだ。悠久の時を生きる妖怪のソレには及ばないだろう。くどいようだが結局のところ私は人間なのだ。

 お嬢様達にとってやはり私の寿命など瞬きをするようなものなのだろう。ならば私がこの館にいた時のことも、いつの間にかなくなって忘れてしまうのではないだろうか。私の存在も気づいたらいなくなっている程度のものなのだろうか。そこまで考えて私はかぶりを振った。

 現在館の中には侵入者が入ってきている。今は余計なことを考えずに排除に向かうのが最善だ。思考を必死で振り払おうとするが、不安を孕んだ推測はカップの底に沈んだ砂糖のように私の脳を蝕む。何故なら今回の侵入者もまた、私と同じ人間だからだ。

 今まで館の中に入ってくるような人間は存在しなかった。よって私は自分が人間であることも忘れ、お嬢様達と時を過ごしてきた。近くに人間がいなかったから『妖怪にとっての人間』という存在について考えることすらしなかったのだ。

 さっき思い出したお嬢様とのやり取りですら、いつもの日常の中に溶けていったものだった。しかし『溶ける』と『消える』では意味が全く異なる。前者はその中の一部となっただけで決して消えはしない。私は自分の中に起こった疑問から目を背けるため、変わらぬはずの日常に薄く溶かしたのだ。

 別に私が死んだ後にお嬢様達に確認する手段など無い。死後亡霊となって私のことを覚えていますか、などと問うことも出来ない。だが私はわからないまま終わるということをひどく恐れたのだ。

 どうしようもないのがわかっていて、尚も拭い去ることが出来ない。しかし私はその思考を無理やり中断せざるを得なかった。

 

「人間、ね」

 

 広く拡張された部屋の中で気配を感じた私は一人呟く。この部屋は私の能力によって拡げられているが声が聞こえないなどということはないだろう。

 

「あんたも人間じゃない」

 

 目の前にはいかにも巫女という服装をした女が浮かんでいた。紅白の色合いになぜか露出している腋、色合いはそれっぽいがはっきり言ってお嬢様と同じくらいにセンスがない。

 

「あら、人間のふりをした妖怪かもしれないじゃない」

 

 別に言い返すほどのことでもなかったのに、私はなぜかあり得ないような嘘を吐いた。今の私にとって自虐もいいところだというレベルの笑えない冗談だ。

 

「長年の勘よ、気配でわかんの」

「そんな長く生きているようには見えないけど」

 

 私より少し年下にも見えるその少女は、思った以上に強い力を持っているようだった。なるほど、これが博麗の巫女か。

 

「細かいことはいいの、ここで霧を出してる奴知らない?」

「お嬢様のこと?」

 

 霧を出している張本人はリリィ様だがそれを言うはずもない。異変の主犯はお嬢様ということになっているのでそうなるように話を向ける。

 

「まあここの主人になるんでしょうね」

「そうよ、でも貴女はお嬢様のところには辿り着けない」

 

 相手は所詮私と同じ人間、時を操る私の前で同じ時間間隔を共有する人間に勝ち目はない。

 

「それこそ、時間を止めてでも時間稼ぎが出来るから」

 

 私は眼の前の巫女目掛けてナイフを投擲した。それが戦いの引き金となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私の弾幕は直線的で比較的避けやすい。当然だ、私は人間で魔法が使えるわけでも妖力があるわけでもない。よって私のナイフは物理法則に従って直線状にしか飛ばない。ならばどうするか?簡単だ、時を止めて相手の回避先に追加でナイフの弾幕を飛ばせば良い。

 

「ッ!どういう能力か知らないけどメイドっていうより手品師(マジシャン)ね!」

「メイドよ、正しくはメイド長だけどね」

 

 巫女の能力は未だに不明だが、一言で言えば私は優勢だった。当然だ、人間が私に敵う道理などない。

 時を止められる私に追いつくスピードを持つお嬢様達ですら本気を出さなければ私を捉えることは出来ない。ましてや人間の身である者が私に追いつくことなどあり得ないのだから。

 

「言ったでしょう?私は時間を止められるって」

「なるほどね、言葉通りだったってわけ」

 

 結局スペルカードを切るまでもなかったな、などと私が考えている間に巫女は私の背後に回ろうと加速した。中々のスピードだ、人間にしては早いではないか。だがそれも私の能力の前では―――

 

「捉えた!」

 

 油断していた私の眼前に巫女が迫っていた。私は慌てて能力を行使して巫女から距離を取る。既に巫女は攻撃態勢に入っているところだった。

 

「馬鹿な!まだ確かに距離は開いていたはずなのに!」

 

 時が止まった世界で私の声に応える者はいない。私は疑念を振り払うように巫女を覆うように反則気味の数のナイフを投擲する。

 やがて時が動き出すと巫女はスペル宣言をした。

 

「夢符『封魔陣』!」

 

 私のナイフの数を上回る量のお札がナイフを撃ち落としながら私へ迫ってくる。やがてお札は結びつき私を囲むように結界となりかけていた。

 

「チッ!」

 

 私は舌打ちして再び能力を行使、ギリギリ開いているところを見つけそこへ飛び込む。しかし飛び込んだ先では巫女が待ち構えていた、何と用意周到な奴だ。

 結局巫女から距離を取る前に能力が切れてしまったので仕方なくスペルカードを切ることにした。

 

「奇術『ミスディレクション』!」

 

 この技は至って単純にナイフを投げるだけだ。ただその数は通常の弾幕と比べ物にならない。更にリズムを変えて一定数の弾幕を同時に、順に、同時にと投擲する。

 しかしそれにも関わらず巫女はナイフの間を通り抜けてこちらへ向かってくる。私がナイフを放ち、巫女が避ける。そんな不毛なやり取りが数回続いた後にカードの効力が切れた。時間切れ(スペルブレイク)だ。

 お嬢様達のように弾幕を自在に操ることが出来る者は時間切れまで相手を逃げに徹させる『耐久スペル』が作れるらしい。こういうところで種族の壁をはっきりと感じてしまう。

 

「あんたの術も見切ったし、いい加減諦めたら?」

「黙りなさい!スペルを一つ凌いだ程度で良い気にならないで!」

 

 ナイフが掠っているというのに巫女の動きは一向に鈍らない。それどころかむしろ良くなっているように見える。

 

「ようやく体が温まって来たわ、待たせて悪かったわね」

「強がりが過ぎるんじゃない?」

 

 内心の焦りを押し殺しながら巫女の言葉に返す。今までがウォーミングアップだと?ふざけるな、私の弾幕を全て避けておいて本気ではなかったなどと冗談だろう。私より強い人間がいて堪るものか。

 

「焦ってるように見えるけど?大人しく負けを認めたらどうかしら」

「黙れと言っているでしょう!」

 

――――――――幻世『ザ・ワールド』。

 

 巫女に向かって大量のナイフを投擲、その後能力を行使して数を3倍にまで増やす。しかし私は攻める側に入ってもなお最悪の気分だった。

 私にはナイフを投げ時を止めることしかできない。バカの一つ覚えのように単純な行動を繰り返すだけの人形のようだ。目の前の”ニンゲン”と戦っていると私の弱さも不の感情も何もかもが浮き彫りになるようで今にでも逃げ出したかった。

 私は人間で一番強くなくちゃいけないんだ。少しでもお嬢様達に近づくには、妖怪の彼女達に近づくには人間の枠組みにハマっていてはダメなのに。やめてくれ、私より強い人間なんていらないんだ。

 止まった時の中増え続け襲い掛かるナイフの嵐を、直撃を避けてこちらに迫ってくる巫女を目に留めて思わず恐怖に顔が歪むのを自覚した。

 来るな。来るなよ。来ないでくれ。

 壊れた機械のようにナイフを投げ続けるが標的に当たることはない。半ば投げやりになった私は自分のスペルカードを確認し思わず自嘲的な笑みを浮かべた。

 

――――――――メイド秘技『殺人ドール』。

 

 結局やることは同じだ。ただ他の技と違うところは、配置したナイフの方向を変える点だけ。

 まるで人形のようにナイフを投げ続けるだけの私にお似合いのスペルカードだ。もしかしたら薄々自分の正体に私は気づいていたのかもしれない。

 人間にすらなれない出来そこないの人形。目の前の巫女のように目に映る生の輝きはなく、与えられた仕事をただ淡々とこなすだけ。そんな人間にすらなれなかった未熟者のことを誰が覚えているというのだろうか。決まっている、永い時を生きる妖怪は愚か人間ですら精々顔に見覚えがある程度で終わるだろう。十六夜咲夜のことを思い出すことはない。

 結局このスペルも回避される。しかしそこには最早何の感情もなく、淡々と標的にナイフを投げつけるだけ、心なしか精度も落ちている気がする。巫女が近づいてきたら能力で距離を取る。機械的に動く体は昔妖怪狩りをしていた時に身についた戦い方を再現するだけだ。

 

「動きが単調になってるわよ!」

 

 巫女の言葉に返す気力も最早ない。私の戦い方は傍から見れば優雅に舞っているように見えるだろうか。そんな戦い方ならあの方たちは私のことを見てくれるだろうか。

 嫌だ、見捨てないで。何年も前にリリィ様に救われたはずの心は再び悲鳴を上げている。顔に出すわけにはいかない、しかし既に足が動かない。巫女の攻撃を辛うじて躱しながら距離を取る。いつの間にか手持ちのナイフは切れていた。

 

「・・・・・・ここまでか」

 

 悔しさなど無かった。主人に対しても申し訳ないという気持ちすら起こらない。今私の心を占めるのは不安だけだ。

 私はどうなる?食われて終わりか?それならまだマシかもしれない。そこで死ねるなら、お嬢様達の糧となれるなら本望だ。人間以下の存在である私にはそれくらいがむしろ最善だ。だからここで――――――。

 

「疲れているなら、紅茶でもどうですか?」

 

 幻聴だと思った。ここにいるはずのないあの人の声だったからだ。

 私の陰からオレンジペコの香りと誰かの体温を感じた。慌てて時を止めて振り返るとそこには私を救ってくれた少女の笑顔があった。私がこうすることを予測していたのだろうか、紅茶を持った右手と反対側の手には小さなメモ帳が一枚あった。そこには一言だけ「Fight!」と走り書きがあった。

 自然と涙が零れる。ああ、私はなんて馬鹿なんだ。私のことを見てくれる人が、私のことを忘れないでいてくれる人がここにいるじゃないか。

 傷つくことを恐れて被害的な妄想ばかり繰り返して、忠誠心すらも隅に追いやってしまうなんて従者失格ではないか。

 いつの間にか能力は切れて周囲の時は再び動き出した。目の前の少女は霧散し、去り際に一言だけ残していった。

 

「良い眼です、いつも通りの」

 

 もう十分だった。2回も救われた、ならば3度目の正直だ。

 心の霧は晴れてそこにあるのは一点の曇りもない忠誠心と決意だけだ。腰に手を当てれば古びた懐中時計の錆が肌に擦れる。目を閉じてもう一度誓う。

 

(お嬢様、妹様、リリィ様・・・この身をどうか、貴女方のお傍に・・・)

 

 次に時を止めた時にお祓い棒を振り上げた巫女の姿が背後まで迫っていた。流れるように距離を取って背後からナイフを投擲する。

 時が動き出した時、巫女はそれを予想していたかのように後ろにお札をばら撒いてガードした。

 

「・・・雰囲気が変わったわね」

「いいえ、()()()()()よ」

 

 これが正真正銘最後のチャンス。私のラストワードだ。

 リリィ様に貰った魔道具に手を掛ける。懐中時計の形をしたソレは人間にあるらしい『霊力』とやらを魔力に転換して魔弾を撃ち出す道具だ。私がもし人間であるならばこの道具は正常に機能する。人間以下であればその程度だったということだ。

 これは私自身の証明だ。人間であることの、そして私を信頼してくださったリリィ様への、お嬢様への、妹様への忠誠心の証だ。

 

「奇術『エターナルミーク』!!」

 

 能力は使わない。ただ信じてこの懐中時計に力を込めるだけだ。

 力を込めた懐中時計は青白く光り、無数の魔弾を繰り出した。拡張した部屋すらも埋め尽くすほどの青い光の粒が巫女に襲い掛かる。

 まだだ、まだやれる。もっとやれるだろ。

 私の心の声に呼応するかのように懐中時計の光は強さを増していく。魔弾は量も大きさも増え続ける。

 相手を見ることはしない、これは自分との戦いだ。自分への、自分自身の証明だ。弱い心を打ち破って前進するんだ。

 

「はあああぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」

 

 私は最後の力を振り絞った。しかし私の霊力が尽きる前に時間切れ(ブレイク)してしまった。

 

「危なかったわ、敵ながら天晴れって奴ね」

 

 眼前から巫女の声が聞こえた。私の負けだ。

 

「はっ・・・はっ・・・」

 

 息切れを起こして足にも力が入らない。私は情けなくその場に倒れこんだ。巫女はそんな私を一瞥するとその先にある扉へと歩いて行った。立ち上がろうとするが体がピクリとも動かない。私は唇を強く噛んで巫女の後姿を眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「かっこよかったですよ、咲夜」

 

 巫女が行ってすぐに頭上から声がした。私は首を動かすことも出来ずにそのまま口だけを動かす。

 

「無様な戦いをしてしまいました、申し訳ありません」

 

 正直に言うと怒られると思っていた。何よりも姉を敬愛するリリィ様は気の抜けた戦いをした私を快くは思わないだろうと思ったからだ。先ほどのも私を奮い立たせるために一芝居打ってくれたのではないか、と。

 それでもよかった。それでも私は救われた。例え心がそこになくても私の忠誠が揺らぐことはないと自信を持って言い切れる、そう思えた。

 しかしリリィ様は小さく笑うと床に降りてしゃがみこんだ。

 

「今日はみんな硬いですね、緊張気味です」

 

 違う、私のはそんなものじゃない。ただ自分の身の危険を感じて自分の身を案じていただけだ。

 

「リリィ様、人間に負けた私はお嬢様になんと言われるでしょうか」

 

 こんな時に出てくる言葉も自分のことか、と私は内心自嘲した。ここまで沈んだのだからここで全て吐き出したいとでも考えたのだろうか。外側から自分を分析するのは不思議な気がした。

 

「『やっぱり、人間って使えないわね』」

 

 返ってきた言葉に思わず肩がびくりと震えた。しかし目の前には意地悪な笑みを浮かべるリリィ様の顔があった。

 

「冗談ですよ。咲夜を倒す人なんて初めてですし、お姉さま達も楽しめるんじゃないでしょうか」

 

 結局リリィ様は問いには正確に答えなかった。それでも私はその言葉に満足感を覚えた。お嬢様達が楽しめるのなら、いいか。

 

「お部屋の方は大丈夫ですか?」

「もうしばらく辿り着かないと思いますよ、妖精メイドたちも頑張ってくれてるみたいですし」

 

 もう準備は終わっているらしい。それで空いた時間に私達のところを見まわっているのだろう、つくづく優しいお方だと思う。

 私は全て疑問を解消し終え、それでも一つだけどうしても聞きたいことがあった。

 

「リリィ様は・・・人間が嫌いですか?」

 

 リリィ様は私の言葉に少し考え込んだ。彼女の中で答えが出ているのか、それが知りたかった。

 やがてこちらに向き直って笑顔で口を開いた。

 

「ええ、嫌いです。脳なんて単純で科学的な思考中枢を必要としているくせに、愚かで学習しない」

 

 そして私の瞳を覗き込んでさっきと同じ意地悪な、しかし暖かい笑みを浮かべながら言葉を続ける。

 

「あと何回同じ過ちを犯すんでしょうね。そうなる前に私に声を掛けてくれれば、いつだって甘えさせてあげるのに」

 

 最後の言葉は少し恥ずかしくて、思わず目を逸らした。覗き込む彼女の目に映る私の顔が赤いのは、きっと彼女の瞳の色のせいだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




異変を早急に解決しないと弾幕ごっこの描写が出来ずに死んでしまいそうです・・・

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