「・・・どういうこと?」
「言葉通りの意味です」
スペルカードルール制定から数ヶ月、私と紅魔館の住人は執務室に集まっていた。今日は作戦会議の日だったからだ。
作戦会議というのは私達の起こす”異変”の計画だ。私達が異変を起こすことになったと理由は、1か月前の紫の訪問の時に頼まれたからである。
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「今日は折り入ってお願いがあるの」
それは突然の来訪だった。幻想郷の管理者の顔で紅魔館に訪れた紫はレミリアお姉さま、フランお姉さま、そして私を呼んで話を始めた。
「貴様が私達に”お願い”だなんて珍しい、話は聞いてやろうじゃないか」
紫の言葉に対して紅魔館の当主の顔をしたレミリアお姉さまが返す。相変わらずこの二人は犬猿の仲のようだ。
「実は貴方たちに異変を起こしてもらいたいのよ」
「異変だと?」
紫のお願いの内容にレミリアお姉さまだけでなく私やフランお姉さまも首を傾げた。ついこの間異変を起こしたことになっている私達に再び異変を起こせと言っているのだ。
「意図が掴めないな、一体何の目的だ?」
「スペルカードルールを適用した異変の先駆者になってほしいのよ」
なるほど、つまり私達を使って多くの妖怪にルールに従うよう仕向けたいのだろう。二人も私と同じように受け取ったようだ。
「つまりスペルカードルールに則って人間に敗北する道化を演じろと言うんだな?」
「いいえ、本気で遊んでいただいて結構ですわ」
あからさまに挑発するようなレミリアお姉さまの言葉に、紫は態度を変えずに返した。レミリアお姉さまはかえって不機嫌な顔になる。
「舐められたものだな、私達も」
「舐めているのは貴女達ですわ、人間は思いの外強いわよ?」
レミリアお姉さまの言葉に紫は不敵な笑みで返す。後半の言葉は私の方に視線を向けながら言った。
「まあいいわ、でもどうして私達がやらなきゃいけないのかしら?強い妖怪ならほかにもたくさんいるでしょう?」
「ええ、でも出来れば個人戦じゃなくて組織的に動いてほしいのよ。個々で強い妖怪には心当たりがあるけれど勢力としてみれば成り立っているとは言えないわ。天狗は新しい天魔が前向きに検討してくれているけれど、反対派閥も多くて安定までにはまだ時間がかかるわ」
「なるほどね・・・いいわ、引き受けてあげる。ただし貸し一つで」
「ありがとう、心からお礼申し上げますわ」
紫が深々と頭を下げる。その様子をお姉さま達が気味の悪いものを見る目で見ていた。
「・・・貴女本当に八雲?どこかおかしくなったんじゃないの?」
「失礼ですわ、こんな美貌を携えた妖怪は私以外にいませんわよ?」
「ああそうね、こんな不愉快なやつはあんたくらいだわ」
レミリアお姉さまは紫の言葉に吐き捨てるように返してため息を吐いた。しかし紫は意に介することもなく私の方を見て少し微笑んだ。
「貴女の妹には感謝してるのよ。私の話し相手になってくれたしね」
「・・・リリィに何かしたの?」
「そんな怖い顔しないでくださるかしら。本当に少しお話しただけよ」
「本当?」
「あー・・・まぁ、本当です」
「ふぅん・・・ならいいのだけれど」
不法侵入を除けば何もしていない。正直言って部屋に入ってこられるのはかなり嫌だったが。
横にいるフランお姉さまは未だに殺気を放っている。紫は平然と受け流しているが常人が当てられればものの数秒で狂ってしまうほど禍々しい気だ。
「次リリィに手を出したらただじゃおかないから」
「そんなことしないわよ、最近の若い子って本当に早とちりなんだから」
結局用件を伝え終わった紫はそのまま帰った。
レミリアお姉さまは執務室に咲夜達を呼び集めて作戦会議を提案した。そして会議が始まって役割を決め始めた時のことだった。
「あの、レミリアお姉さま・・・」
「なに?」
「今回、私は参加しないことにします」
「・・・え?」
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そして現在に至る。この場にいる全員の視線が私に集まっている中私は理由の説明を始めた。
「一応原案に噛みついた身としてはあまり参加に乗り気じゃないというか、その」
しかしいざ口に出してみると表現し難くもどかしい気持ちになってしまう。
「でも、あれから八雲はルールの変更をしたじゃない」
そう、あのルールは私の尋問の後に改定された。『人妖問わず勝敗に関して殺生を行わないこと』、そして『不慮の事故については覚悟しておくこと』だ。
「はい。それでも私は参加できません、これは私の中で決めたことです」
「・・・紅魔館の当主としては認められないわ」
私の言葉にレミリアお姉さまは俯いて呟いた。本人は呟いたのではなく私に言ったのだろうが、その声は細く小さいものだった。
しかし顔を上げたレミリアお姉さまは優しい微笑みを浮かべていた。
「でも、姉としてあなたの我儘を聞いてあげる。そんなに気負いするのも仕方ないわね、だってリリィだもの」
「・・・ごめんなさい」
「いいのよ、謝らなくて。あなたは能力をこういう時に使わないでしょ?やっていいこととダメなことがしっかりわかる、だから私達もその能力を安心してあなたに任せられるの」
優しい言葉と共に髪を撫でられる。罪悪感でいっぱいになったがそれでも能力を行使することを私はしない。『罪を背負うこと』と『赦されること』の二つを知っているからだ。
「ふふん、リリィがいなくてもあたし達がどんなに強いか見せてあげるわ」
「はい、お姉さま達の雄姿はこの目にしかと焼き付けておきます」
得意げに胸を張るフランお姉さま、周りの者達もそれぞれ不敵な笑みを浮かべている。
「最近魔法の研究をさぼってるような怠け者に後れを取ることなんてないわ」
「修行の成果を見せてあげますよ!」
「人間の力、お見せいたしますわ」
「いや、咲夜さんは人間の枠からはみ出してる気が・・・」
それぞれの顔を見て自然と笑みが浮かぶ。ちなみに咲夜はあまり人間として見ていないがそれは仕方のないことだろう。
しかし何もせず傍観するのはあまりにも気が引けたため道中の
「それじゃあ、改めて配置と作戦を説明するわ。手加減は無用よ、わかってるわね?」
レミリアお姉さまの言葉に全員が頷く。再開された作戦会議は二日間に渡った。
「よかったの?本当は貴女が一番人間を見たかったんじゃないのかしら」
「良いんです、自主謹慎ですから」
私は作戦会議が終わった翌日に幽香の家を訪れ事の顛末を話した。幽香は少し驚いたがそれ以上は何も言わずにいてくれた。
「幽香は弾幕とか考えたんですか?」
「うーん・・・私の場合傘で殴ってたからあんまり性に合わないのよねぇ」
確かに幽香は”不慮の事故”が多発しそうだ。何せ本人のスペックが高すぎるのだから手加減しても人間には研ぎ澄まされた剣が多少刃こぼれしている程度の違いだろう。そんなことを考えていると幽香が唇を尖らせて私の頬を突いた。
「ちょっと、失礼なこと考えてない?力のある者は力加減の調節がちゃんとできるのよ」
「前から思ってたんですけど、幽香は心が読めるんですか?」
幽香は時々、というよりかなりの頻度で花妖怪にはできないことを平然とやってのける。痺れや憧れよりも疑念の方が先に芽生えてしまう。そしてたいていこういうことを聞くと幽香は決まって返す言葉がある。
「私にそんな能力はないわ」
能力というより基本技能なのだろうか。つくづく恐ろしい妖怪である。
「罠を作るって言ってたわね、落とし穴でも掘るの?」
「館の中に落とし穴は無理だと思いますけど・・・」
しかしたまにうっかりなところがあるお茶目さんでもある。可愛らしい仕草で左手の手のひらに右手の拳を打って「そっか」と呟く。
「罠っていうか私が一方的に弾幕を張るだけですけどね」
「それってずるにならないの?」
苦笑しながら私に問う幽香。実際に私もこれではズルになるのではないかと思って紫に尋ねてみたのだ。
「へぇ、紫と仲良くなったの。てっきり対立するものだと思ってたのに」
「そんな単純じゃないんですよ、私も紫も」
紫と私はきっと似た者同士だ。何故かわからないけど話してみてそう思った。
紫曰く「妨害するだけならOK」だそうだ。妨害弾幕に威力があってもいいらしい。その程度が避けられないようじゃ挑む資格すらないということだろう。
「設置型の弾幕も用意しておくつもりです」
「面白そうねぇ・・・私も異変の解決とやらに出向いてみようかしら」
「ついに紅魔館の勢力を根絶やしにするんですね」
昼下がりの暖かい日差しの中二人きりで会話を楽しむ。吸血鬼にとって日差しは天敵だが、霧のヴェールを纏っていれば回復力が追いつく。
「弾幕ごっこはしてみたの?」
「ええ、お姉さま達や美鈴とも。みんなの考える弾幕がとても凝っていて参考になるんです」
「羨ましいわ、私の知り合いったら誘ってもすごい勢いで首を横に振るのよ」
それは当然だ。いくらごっこ遊びとはいえ虐殺も遊びの人と勝負したがる者はいないだろう。
「ねぇ、貴女なら私と遊んでくれるかしら?」
「いいですよ」
私は幽香の頼みに即答した。幽香の方は驚いて目を見開いている。
「どうしました?」
「二つ返事で帰ってくるとは思わなくって、つい」
「乙女の嗜みって製作者も言ってましたし、乙女な幽香が楽しめないのはおかしいです」
「あら、嬉しいことを言ってくれるのね。弾幕しか出ないわよ?」
「何枚にしますか?」
「1枚にしましょう?そんなに長くするつもりはないわ」
ふわりと浮かび上がる。弾幕ごっこは地に落ちた方の負けだ。
「じゃあ、始めましょうか」
幽香の声を合図に弾幕を作る。私の弾幕は当然私の誇りとも言える投影魔法だ。大小様々な剣から斧槍矢何でもござれだ。
対する幽香は予想通り花を象った弾幕だ。見事に満開になった向日葵が私を飲み込まんと外側からゆっくりと迫ってくる。
真ん中を開けている理由は誰でもわかる、真っ直ぐに私に向けられた日傘からレーザーを照射するからだ。
しかし私も馬鹿ではない。ただ剣を照射するだけではなく大きな球体を投影しレーザーに向かって発射する。球体に当たったレーザーは物理法則に従って複雑な反射をし、球体の陰になっている私に届くことはない。これには私の目の前が見えなくなるという欠点があるが、外側に刃を向けた弾幕を待機させることでカバーする。
「こんなモノじゃものともしませんか」
しかし幽香は背後から弾幕を放ってきた。螺旋状に展開し弾幕の隙間を狙ってくる。
針の穴に糸を通すような精密さに舌を巻きながら心の中ではその舌を打った。仕方がないのでスペルカードを切ることにする。
「大罪『
私がスペルを宣言するとともに霧のように不規則な小弾幕が幽香を飲み込む。視界の薄暗い中で大きな弾幕が対角線上をフラフラと漂う耐久型の弾幕だ。その上細長い蛇を象った弾幕が大弾幕の間から一定の間隔で標的に襲い掛かる。
しかし幽香の声がその弾幕の暴風雨を蹴散らした。
「花符『幻想郷の開花』」
どこからともなく私の横に現れた花が私を狙って弾幕を撃ってくる。私は慌てて回避するため真上に飛んだがその私を待ち構えていたのは青紫の綺麗な紫陽花だった。
私が被弾したところでスペルが終了、今回は一枚なので私の負けだ。
「幽香の弾幕はやっぱり花でしたね、とても綺麗でした」
「ありがとう、貴女も上手い貼り方をするのね。でも無機質で美しさには少し欠けるんじゃないかしら?」
「そうなんですよね、咲夜のナイフはきれいなんですけど・・・」
幽香の指摘は私が今一番の課題に掲げている点だった。私の弾幕は美しさに欠けるのだ。
「いっそその武器作りから離れてみたら?」
「うーん・・・やっぱり練り直しですかね」
更には直線状に飛ぶという何とも避けやすい弾幕なのだ。これでは当てることが非常に難しい。
「時間はまだあるわ、一緒に練習しましょう?」
そういって幽香は優しく微笑んだ。幸い妖力や魔力を弄るのは研究で散々やって来たので難しくはない。
こうして2泊3日の幽香との弾幕教室が始まった。後日お姉さま達に怒られたのとオシオキが待っていたのは言うまでもない。最近幽香に会うと言うと紅魔館のみんなにとても複雑な顔をされるのだ、特に美鈴に。
私達の異変まであと3日――――。
次回、紅霧異変スタートです