東方末妹録   作:えんどう豆TW

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スペルカードルールの明確な勝敗ってどうすればいいんでしょうか(震え声)


郷に入っては郷に従え

 私達は今大広間にいる。お姉さま達も咲夜も、図書館にいるパチュリーとこぁちゃん、門番の美鈴も館の中にある大広間に集まっていた。

 中央では最近設置された玉座が威圧感を放っている。といっても誰も座っていないので威圧感というよりは違和感だろうか。ちなみにこの玉座は現在邪魔な置物と化しているので近いうちに専用の部屋を作って移設するそうだ。

 玉座の下に大きめのテーブルとソファーを用意して私達は座っている。咲夜、美鈴、こぁちゃんは従者としての振る舞いからか座ることはしなかった。

 私達の向かい側に座っているのはアリスと八雲紫だ。アリスがいるのは比較的私達の信頼できる人物を隣に置くことで警戒心を解くためだろう。さっき八雲紫とフルネームで呼ぶんだところ不機嫌そうな顔で「堅苦しいのは嫌ですわ」と言われたので紫と呼ぶことにした。

 

「それで八雲、今日は何の用だ?」

 

 レミリアお姉さまは紫があまり好きではないようだ。明らかに機嫌が悪いし、妖力を隠そうともせず垂れ流している。

 対する紫はそれを受けても表情一つ変えずに淡々と言葉を返した。

 

「今日は幻想郷の新しいルールを説明するために参上いたしましたの」

 

 謙譲語を使っているのに何故か上からに見えるのは気のせいだろうか。紫の言葉を聞いてレミリアお姉さまが目を細める。

 

「その言い方だと紅魔館にだけでなく幻想郷の住人全てに言って回っているように聞こえるが?」

「ええ、その通りですわ。この広い幻想郷を周るのは本当に骨が折れることだもの、ため息も吐きたくなるわ」

 

 レミリアお姉さまに返答した後に言葉通りため息を吐く紫。言葉を交わすうちに態度が砕けていくのが目に見えてわかる。レミリアお姉さまも同じようにため息を吐いた。紫の相手が疲れるのだろう。

 

「あんたの話し相手をしているほど暇じゃないの。早くルールとやらの説明をして帰ってくれないかしら」

「あら、スカーレット家の当主様は客人をもてなすことが出来ないほど礼儀が欠けてるのかしら?」

 

 紫は飄々とした態度で棘のある言葉を受け流し毒を吐く。レミリアお姉さまも同じように返すので不毛なやり取りが続いている。

 

「これは失礼しました。咲夜、アリスに紅茶のおかわりとさっきのケーキを出して」

「了解しました」

 

 レミリアお姉さまから命令を受けた後咲夜は一瞬にして消えた。アリスの隣にいる紫はじっとりした目でレミリアお姉さまを見ている。

 

「もういいわ、こっちもあまり時間がないもの」

 

 咲夜が戻ってきたのを確認すると紫はルールの説明をし始めた。隣のアリスは紫の話を聞くつもりはないらしく咲夜のケーキに舌鼓を打っていた。おそらくもう紫から先に話を聞いているのだろう。

 

「新しいルールの名前は『スペルカードルール』。今度から決闘や荒事は全部これで解決してもらいます」

 

 そう切り出す紫は一枚の紙をスキマから取り出した。それには次のように書いてあった。

 

・一つ、妖怪が異変を起こし易くする。

・一つ、人間が異変を解決し易くする。

・一つ、完全な実力主義を否定する。

・一つ、美しさと思念に勝る物は無し。

 

 おそらく『スペルカードルール』を作った目的だろうか(上に理念と書いてある)。一見人間と妖怪のどちらにも通用する平等なルールに見えるがこれは人間側を意識したルールであることに違いはないだろう。

 体力や身体能力において妖怪と人間では大きな差が出来る、そこで同じ土俵に設定するために敷かれたルールであることは明白だ。私の考えを裏付けるように3つ目の箇条書きに『完全な実力主義の否定』が書いてある。4つ目の箇条書きは発想を大事にするということだろうか。私は続けて文字を目で追っていくと”法案”という文字の後に箇条書きが続いている。

 

・決闘に名前と意味を持たせる。

・開始前に『スペルカード』の回数を提示する。体力に任せて攻撃を繰り返してはいけない。

・意味のない攻撃はしてはいけない、意味がそのまま力となる。

・敗北した場合余力があっても負けを認める、勝っても人間を殺さない。

・決闘の命名を契約書と同じ形式で紙に託す。それにより上記規則は絶対となる。この紙を『スペルカード』と呼ぶ。

 

 私はお姉さま達が読み終わったのを確認するとその紙を後ろの咲夜達に渡した。咲夜が読んでいる間に私達は質問へと移る。

 

「何か聞きたいことはないかしら」

 

 紫が私達の方を見る。恐らく誰もが疑問に思っているであろう”スペルカード”とやらについて疑問のある点が多すぎる。しかし私はレミリアお姉さまが口を開く前に紫に質問した。どうしても聞きたいことがあったからだ。

 

「決闘に負けた人間は、どうして殺してはいけないんですか?」

 

 その質問を聞いたその場の全員が固まった。紫、アリス、隣のお姉さま達、後ろの咲夜達からの視線も感じる。しかし私は気にせずに言葉を続けることにした。

 

「これは決闘です。別に死人が出ても何もおかしいことはない、そうでしょう?」

 

 やがて紫が口を開く。私はその頬に汗が一粒流れるのを見逃さなかった。

 

「これは決闘だけど遊びでもあるの、手軽に楽しめる乙女の嗜みと思ってもらえればいいわ」

「遊びですか、ではこれを異変に適用するのは何故ですか?異変を起こす側が遊びならまだしも、本気で起こした異変ですらお遊びとして片づけられるのですか?」

 

 その場にいる全員が再び押し黙る。

 

「少なくとも私達は本気の異変でした。死人が出る覚悟すらしていた。現に美鈴はルーミアがいなければここにいたかわからない、そうでしょう?」

「人間が妖怪を殺すほどの力を持っていると思っているの?」

 

 それでも紫は食い下がる。

 私はこのルールを飲みたくないわけではない。むしろ新しい()()なのだ、長い時を生きる妖怪にとっては大歓迎だろう。

 だが私は納得できないものをはいそうですかと形式的に飲み込むことは出来ない。意味が力になるとするならばこの決闘の本当の”意味”を私が納得するように示してほしいのだ。

 

「外の妖怪で人間に殺された妖怪の数は数えきれないほどいます。そういう人間を殺すことで私達は生き永らえてきた、貴女もそうでしょう?」

「・・・・・・・」

「このルールは人間側に傾きすぎている。妖怪と人間の共存というのは天秤が同じ位置に並ぶときに成立するものではない、そうでしょう?人間側に有利なルール設ける時点ですでに共存なんて呼べるものが崩壊しているじゃないですか」

 

 紫は目に見えて焦っていた。しかし私はそれに気分を良くしたわけではない、むしろその逆だ。怒りが妖力となって表に出てくるがそれを抑えることは出来なくなっていた。

 

「リリィ!ストップ!」

「フランお姉さま、今質問しているのは私です。申し訳ありませんがもう暫く辛抱を」

「そうじゃなくて!」

 

 フランお姉さまが立ち上がった私のスカートの裾を強く引いた。言われて初めて気が付いたが力の制御が出来ていない。だがまだ理性は残っている。

 

「ご都合主義を押し付けるつもりでここに来たのですか?」

「・・・・・・・」

 

 私の質問に尚も紫は沈黙を保った。その態度についに私は怒りを爆発させた。

 

「答えろ八雲紫!!」

 

 無意識に紫に爪を立てた右腕が伸びる。しかしその腕が紫に届く前に私の意識は途切れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごめんなさい、スカーレット家の当主としてお詫びをするわ」

「・・・いいのよ、私もまだまだね」

 

 大広間のソファーにリリィが眠っている。レミリアは紫に詫びると紫は背を向けたまま言葉を返した。

 そのあと紫はアリスにスペルカードの説明を任せて紅魔館を後にした。

 重くなった空気を振り切るようにフランドールは首を振って呟いた。

 

「リリィがまさかあそこまで人間嫌いだったとはねぇ・・・」

「そう?私はそうは見えないけど」

 

 それに返したのは姉のレミリアだ。

 

「どうして?」

「人間が嫌いだったらあの夜に攻め入る人間だけじゃなくて街ごと滅ぼしてるわ。あの子にはそれが出来るだけの力もあった」

 

 レミリアの言葉にフランドールは目を見開いた。あの夜とは父親が死んだ後に人間が攻め入ってきたときのことだとフランドールにはすぐにわかった。

 

「あの子は人間との共存を受け入れられないのよ・・・きっとあの子自身がね」

「どういうこと?」

「あの子は父親殺しの罪を人間に擦り付けたのよ」

 

 その言葉にフランドールだけが固まり、他の者はついて行けていなかった。

 

「あの時の執事長の言葉、覚えてる?」

「あの時・・・あっ!」

「そう、目の当たりにした者の認識すら塗り替えるほどの力だったのよあの子の能力は」

 

 周りがついて行けない中、吸血鬼姉妹の会話だけが続く。

 

「でもじゃあなんで人間嫌いなの?」

「そこまでは私にもわからないけれど・・・罪悪感を抱いてたんじゃないかしら?」

「能力で消すことも出来るんじゃないの?」

「わからないのよ、全部推測」

 

 そこでレミリアは口を閉じてやり取りを終わらせ、そのあと振り返って口を開いた。

 

「ありがとう小悪魔、ごめんなさいね」

「当然のことをしたまでです。それに私こそ謝らなければなりません」

「いいのよ、あそこで八雲に手を出していたら私達が不利になっていたかもしれないし」

 

 リリィの意識を奪ったのは小悪魔だった。手刀による頭部への強烈な一撃は意識を奪うだけでなく頭部を削るまでに至った。

 

「あの子が気付いてたかはわからないけど、一応私がしたことにしておくわ」

「そんな、お嬢様は・・・」

 

 言いよどむ小悪魔を見つめてレミリアは静かに呟いた。

 

「私は姉だから」

「ッ・・・わかりました、ありがとうございます」

 

 レミリアの顔を見て一瞬小悪魔は息の詰まるような顔をしたがすぐにいつものように微笑を浮かべる顔へと戻った。

 

「変な悪魔ね、貴女」

「私はこの館が大好きですから」

「そう・・・それは当主冥利に尽きるわね」

 

 小悪魔の言葉を聞き嬉しそうに微笑むレミリア。フランドールはそれを心配そうに見つめていた。

 

 やがてアリスがタイミングを見計らって口を開く。

 

「じゃあスペルカードに関する説明だけしておくわね」

「リリィにはあたしから伝えておくね」

「ありがとうフラン、それじゃあ早速だけど―――」

 

 さりげなくリリィに説明する姉役を奪われたレミリアだけはフランドールを横目で見ていた。フランドールは気づかないふりをしてアリスの話に耳を傾ける。

 

「スペルカードは必殺技みたいなものよ。発動を宣言した後に弾幕を張るの。弾幕の張り方は各人でルールを破らない程度に自由に考えていいわよ」

「最初から貴女が説明すればよかったじゃない」

「私はめんどくさかったわよ」

 

 あの空気が相当嫌だったのか思い出しただけでげんなりした顔になるアリス。フランドールも最初は確執があったものの今ではアリスのことが(お菓子を作ってくれるので)気に入っているようで、肩を叩いて励ましてあげている。レミリアは妹の成長を目の当たりにして微笑んでいる。

 結局その後リリィに異変は見られずに事なきを得た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私が寝ようと部屋でベッドに潜った時、部屋の空間が切り裂かれたように歪み、そのスキマから一人の女性が出てきた。

 

「・・・紫?」

「ええそうよ、夜分遅くにごめんなさいね」

「そんな、こちらこそです」

 

 先程紫に危害を加えようとしたことに私は謝った。しかし紫は気にしていないようで少しほっとした。

 

「今から少し、お時間良いかしら」

「別に構いませんけど・・・一体どうしたんです?」

「貴女とお話がしたくてね」

「そうですか、ここで?」

「それもいいけれど・・・いい場所があるの、ついてきて」

 

 そういうと紫はスキマの中に入って手招きをした。足元には目玉のぎょろぎょろ動く気味の悪い空間。勇気を出して入ってみると何もない空間に足場のようなものを感じた。私がたじろいでいる間に紫は別の空間へと繋がるスキマを開いた。

 スキマを潜るとそこは丘の上のようだった。見渡す限り緑が広がっていて心が穏やかになるような場所だ。

 

「夜風が気持ちいいですね」

「そうね」

 

 誰からというわけでもなく座り込む。最初に口を開いたのは紫だった。

 

「貴女は、どうして人間が嫌いなの?」

 

 私は答える。

 

「愚かだから」

 

 私が問う。

 

「紫は人間が好きですか?」

 

 紫が答える。

 

「・・・そうね、好きよ」

 

 私が問う。

 

「どうしてですか?」

 

 紫が答える。

 

「人間はね、面白いのよ」

 

 それから暫く沈黙が続いた。再び口を開いたのは私の方だった。

 

「私は人間に罪を押し付けました。やってはいけない、決してできないはずの禁忌。でも私はそれを行った、出来ると思ってしまった」

 

 ぽつぽつと紡がれる言葉。無意識に流れるように言葉が出てくる。

 

「この罪悪感は消してはいけないんです。忘れてはいけない罪なんです」

 

 紫は黙って聞いている。私が口を閉じると今度は紫が口を開いた。

 

「貴女が人間を避けるのは負い目から?」

 

 私は少し考えて返事をした。

 

「多分嫌いなんだと思います。さっき答えたのも嘘じゃないですから」

 

 紫が黙っているので私は言葉を続ける。

 

「・・・でも、私はこの幻想郷のことを何も知らない。だから見てみたいんです、人間を」

 

 私の言葉を聞いて紫はボソッと呟いた。

 

「・・・期待を裏切って、ごめんなさいね」

 

 私が怒った理由、それは自分にも分らなかった。しかし人間側に加担し人間に有利な環境を築いてそこでのうのうと暮らすことを良しとした紫が許せなかったのだろう。その程度の生物なら今度こそ私は人間を見限るつもりだ。

 

「人間は貴女が面白いというような生き物なんでしょう?だったらそれを見せてください、貴女が興味を示した人間というものを」

 

 紫は静かに頷いた。彼女はどこか焦っていたのかもしれない。私たちが攻め入ったからか、それとも別の理由があるのかはわからない。それでも今は少し晴れやかな顔をしている。

 

「今代の博麗の巫女がやっと正式に決まったのよ。それまでにどうにかしなきゃって焦ってたみたい」

 

 そう語る紫の顔はいつも見せる何か企んでいるような胡散臭い表情ではなく、願いの叶った少女のような、子供の成長を見守る親のような顔をしていた。

 それから暫く私と紫は丘の上から星を眺めていた。夜空に浮かぶ月は細く、星の瞬きの方が強く感じられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回から紅魔郷です、頑張ります

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