東方末妹録   作:えんどう豆TW

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お待たせしました、もう少し吸血鬼異変にお付き合いください


The Dolls Invade Me

 

:Side Liliy

 

「アリス、いい加減本気で戦ってくれません?」

「いやよ、本気を出さないのが私のスタイルなの」

 

 私の目の前にいる魔法使い――アリスは人形を遣う魔法使いだった。

 彼女は先程から全力を出さずに、しかしうまく立ち回ってのける。私の投影魔法も発射の瞬間に角度を正確に計算して最小限の移動で避ける。これを幻想郷では”ちょい避け”というらしい、ふざけたネーミングだ。

 それに彼女の実力は底が知れない。いや、正確にはアリスは底を見せないように戦っているのだ。もっとも私も人のことを言えるわけではないのだが。

 

「貴女だって頑なに剣を飛ばす魔法しか使わないじゃない、まさかそこまでの保有魔力量でこれだけしか出来ませんなんて言わせないわよ?」

「これだけしか出来ません」

「嘘吐き」

 

 再び投影魔法を展開する。今度は線状の範囲ではなく攻撃範囲を広げるために斧を創る。剣ばかり創っていたのは別の物を創った時に感覚を鈍らせるギャップを作るためだ。

 しかしアリスは正確に斧の通る位置を見極めてやはり最小限の動きで対処してくる。その間にちょくちょく人形が槍や剣で特攻を仕掛けてくる。これではいずれジリ貧になるのは私の方だ。あまり気乗りはしないが『能力』を使うことにしよう。

 既に両手では数えきれないほどの数を投影したが余程の物を創らない限り無制限に等しい数を創ることが可能だ。既にこの魔法は見飽きたらしくつまらない顔で”ちょい避け”をするアリス。しかしその顔は次の瞬間に驚愕と不快が混ざったような表情になった。

 

「っ!貴女、私に何をしたの?」

「そんな顔しないでください、別に何もしてませんよ」

 

 うまく相手のペースを乱すことに成功したようだ、後はなるべく余裕を崩すように飄々と振る舞うだけ。

 

「人形の操作は一部を除いて異常なし、私が出来なかったのは特攻だけ」

「そうですか、不具合とかじゃないですか?そんな精密な魔法を続けてるんですから集中力も切れるでしょう」

「ふざけないで。一部の機能だけ停止するなんてヘマ私がするわけないでしょう」

 

 アリスの目が鋭くなり魔力が増大する。しかしまだ理性が抑えているようだ、プライドを傷つけられ自分の十八番の魔法に干渉されても抑えられるなんて大した精神力だ。

 私が増幅させたのは『人形の特攻によって起こる罪悪感』だ。やはり自分で作った人形は大切なのだろう、私にとっては都合のいい『優しい人』だ。

 もちろんこれを行う時に起こる罪悪感なんてない。あったとしても踏み潰してミジンコほども残さない。

 かわいそう―――――なんて思わない。

 

「なら、本気で戦ってみたらどうです?大切な人形なんでしょう?」

「黙りなさい!」

 

 アリスの言葉に怒気が混ざる。

 その時私は異変に気がついた。私の周りに魔力の糸が張り巡らされ動けなくなっていた。

 

「・・・これは、やられましたね」

「私のペースを崩そうとしていたんでしょ?自分の策が既に相手の策の中にあった時の気分はどう?」

「あまり、良くないですね」

 

 この会話中にも私を囲む魔力の糸は増えている。ものままだといずれは相手の手中に堕ちて再起不能(リタイア)か最悪の場合死亡だ。

 

「さあ、命が惜しければ私に掛けた術を解きなさい」

「・・・・・・」

「あまり気は長くないの、5秒以内にね」

 

 まずい。何か策を考えなければ。掛け直しは不可能に近い。どうする?ここで負けるわけには行かない。どうする?どうすればいい?

 

 

 

 

 

 ―――――――じゃあ、堕ちちゃえば?

 

 

 

 

 

 

 頭に直接声が響く。誰の声かなんてわかりきってる。いつも聞いている私の声。いつも聞かないようにしてる『ワタシ』の声。聞きたくない『狂気(アイツ)の声。

 

 

 

 

 怖い。怖い。こわいこわいこわいこわい怖い怖い怖い怖いコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイ―――――――――――――――――――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――助けて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

:Side Alice

 

 目の前の吸血鬼の変化にはすぐに気が付いた。私は確実にリリィ・スカーレットを追い詰めた。追い詰めたはずだった。この場合は決して相手に底を見せない私の戦い方は失敗だったと言える。

 リリィから放たれるのは妖力でも魔力でもないもっと禍々しい力だった。以前地獄の者に会った時に感じた力に近い力だ。

 しかし吸血鬼がそんな力を持つわけがない。それでも目の前で起こっていることは全て真実だ。

 

「無駄な抵抗をするなら殺すわ、早く解きなさい」

 

 ここで怯んだのを悟られてはならない。私は務めて冷静にリリィに話しかけた。

 リリィは俯いたまま何も言わない。このままではまずいと判断した私はそのまま大量の魔力の糸で押しつぶすことにした。

 

 

 

 

 

 

 

「こんなにたくさん”欲張っちゃって”、罪な人」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ぞっとするほど冷たい声が大広間に響いた。まるで呟くような声だったがソレは私の脳髄を掻き回すように頭の中で反響する。

 吸血鬼の少女が顔を上げる。2つの黒い眼の中に爛々と光る紅い瞳。三日月のように吊り上った真っ赤な口。まるで雰囲気の変わった少女に私はとてつもない『畏れ』を抱いていた。

 

「貴女・・・何者?」

「私?ワタシ?私は・・・ワタシハダレ?」

 

 先程とは打って変わって不安げな顔で呟く。一体彼女は何者なのか?何故こんなモノが存在しているのか?解消不可能な疑問が次々に頭に浮かんで思考を支配していく。

 

「ワタし・・・ワたシは・・・私ハ!私はワタシ!あははははははははははは!!!!」

 

 恐怖のあまり逆に冷静になる、という話を聞いたときはそんなことがあるものかと馬鹿にしたものだったが実際に直面してみると、なるほど頭も冷える。

 喜怒哀楽の激しい子なんだなぁなんて暢気な感想を抱いてしまった。気が触れているのだろう、目の焦点は合わずフラフラと歩いて―――――――――は?

 

 糸に押し潰されそうになっていた少女はフラフラと覚束ない足取りでこちらに向かってきている。私が作った魔力の糸の鳥籠はいつの間にか忽然と消えていた。一体どこへ―――――――――。

 私の探していたものは私の周りに張り巡らされていた。

 

「・・・貴女、何をしたの?」

「私はネ・・・あなタの『罪』に『罰』を与えタノ」

「罪?罰?閻魔様とでも言いたいのかしら?」

「私はリリィ・スカーレット!『罪と罰を操る程度の能力』を持っテるの!欲張りナ貴女に『罰』を与えてアゲる!!あはははははハハハはは!!」

 

 軽く舌打ちをして転移魔法を展開、即座に座標を移動させて鳥籠の中から脱出する。閻魔のような能力だが恐らくあれが本当の彼女の能力なのだろう。

 

「何処ニ行くノ!?逃げナイでよ!!!あはははは!!逃げたって無駄ナノニ!!」

 

 先程から声がブレて聴こえる。恐らく完全に狂っているわけじゃないと分析を立てる。

 頭もやっと冴えてきた。一旦物陰に隠れて策を巡らせる。

 

「カクレンボ!?ココかな!?ここかなぁ!?」

 

 私が隠れた途端に辺りを無茶無茶に攻撃し始めた。私がいるところに攻撃が来るのも時間の問題だろう。

 私は物陰から飛び出して魔法陣を大きめに作る。あちらが本気なのだからこちらも手加減なしで行かせてもらおう。

 

「見ィ~つけた!お利口サンにはご褒美をアゲナイトね!!」

「折角だけど短剣のプレゼントはいらないわ」

 

 狂った状態でも正確に魔法陣が描けているのはそれだけ長い間愛用していたからなのだろう。魔法を扱う者としては一種の尊敬も覚える。

 

「『首なしの操り人形(フェイスレスマリオネット)』!」

 

 リリィが叫ぶと同時に彼女の背後に首のない大きな人形が現れた、その手には糸が垂れ下がっている。

 その糸は斜めに伸びると館の壁を突き破って伸びていく。すぐにまた手に糸が収束したかと思うとその糸にはおよそ肉の塊に近い怪物が力なくぶら下がっていた。

 私はそれを紫のスキマからのぞいたときに見えた外にいた妖怪の一種と判断した。

 

「ワタシもお人形さん!アリスとお揃い!」

「そんな気持ち悪いのと一緒にしないでよ」

 

 相手の実力は未知数、それでも私の頭はクリアになっていた。冷静に相手を観察して動きを見極める。どうやら私の人形のように精密な動きは出来ないらしい。それなら細かい動きで翻弄させてもらおう。

 

「人形を操るにはまだ早いわ」

 

 私の人形たちがゾンビとなった人形を切り崩す。しかし切り崩されたゾンビ達は塵となって消え、別の化け物が糸の先に姿を現した。どうやら外では相当な数の死体が出来上がっているらしい。あの風見幽香が相手なのだから仕方ないともいえる。

 だがこれでは埒が開かない。無尽蔵に湧いてくるゾンビの相手をしていても、その奥にいる彼女には傷の一つもつかないだろう。

 

「人形遊びってところかしら」

 

 小さく呟く。しかし今の私には思ったより余裕がある。少し長めの詠唱と上級の魔法で一気にダメージを与えたいところだ。ここは吸血鬼の弱点の一つの流水で攻めることにしよう。

 

「無情なる霊界の湖、逆流する運命、死して尚残留する怨念の波となりて水雲と消えよ!『自壊するノアの方舟(ブロークン・アークス・ノア)』!」

 

 『自壊するノアの方舟』は私が持つ中でも比較的魔力消費の大きい最上級の魔法の一つだ。属性魔法の中でも金、水、土だけは最上級の魔法を扱えるように練習しておいた甲斐があったというべきか、今まで使う機会がなかったので上手くいくか不安だったが問題なく起動したようだ。

 私が叫び背に抱えていた巨大な魔法陣を展開させる。それと同時に螺旋状に激しい水流がリリィに向かって襲い掛かる。そのスピードは天狗でも避けきれないほどだ、手加減なしで撃ったので当たれば即死だろう。私の奥の手の一つなのだからそれくらいでないと困る。

 しかしその黒い眼は一点、私だけを見つめている。一瞬息が詰まるほどの恐怖を覚えるが既に魔法は発動している、いくら怯ませようが私の勝ちだ。

 渦の陰にリリィの姿が見えなくなる。しかし聞こえてきたのは底が見えないほど冷たい声だった。

 

「暗い茅の沼、滲む朱の渦、堕ちる空の咎」

 

 既に魔力の流水がリリィを飲み込んでいるはずだ。それなのに冷たく響く声は止まることなく詠唱を続ける。

 

「異界の音階、踊る斑目、歪んだ境界、薙がれる紋様」

 

 渦の中の魔力とも妖力ともいえない禍々しい力は詠唱の度に増大していく。

 

「繰り返される隷属、愚鈍なる民衆、収束へと向かう集合体は虚栄と絶滅の果てに暗転する」

 

 私はそれでも魔法を止めない。止めた時私が死ぬと本能的に理解したからだ。

 本来ならば大量の流水の中で息絶えるはずの吸血鬼は流水の中で私を恐怖の底へと陥れようとしている。

 

 

 

 

 

 

 

 

「『煉獄と虚無の紅焔(プルトリニティ・インフェルノ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 詠唱が終わり禍々しい力が解放される。その”焔”は決壊した方舟の流水をいとも容易く飲み込んで消し飛ばした。私はとっさに後方へ大きく飛ぶがあまりの衝撃波に吹き飛ばされる。直撃を避けたというのに壁に叩きつけられた私の体はピクリとも動かない。

 リリィが私の前にゆっくりと近づいてくる。意識も途切れ途切れで姿すらまともに見えないがここには私とリリィ以外の者がいるはずもない。

 私は心の中で紫に謝罪した。別に仲が良かったわけでもないが私の実力を認めて役割を与えてくれたのだ。それに応えられなかったというのは期待を裏切るようで気分が悪かった。それから魔界にいた頃に私を可愛がってくれたあの人にも・・・。

 

「ねぇ、死んじゃっタの?」

 

 目の前で少女が私に問いかける。不安げに聞こえたのは錯覚だろうか。

 

「死んじゃった?殺シちゃった?」

 

 錯覚だ。ぼやけた視界に映る少女の涙も私に伸びる左手も。

 

「やだ、ヤだよ!私はたダ、ただ、ただ気づいてほしくて!ねえ!」

 

 ああ、やめてくれ。私は狂気に塗れた吸血鬼に殺されるのだ。私を殺すのは目の前にいる純粋な少女じゃない。だから泣かないで。私に余計な感情を抱かせないで。

 

「嫌、嫌だよ!どうして!なんで私がこんな目に遭わなきゃいけないの!?私はこんなことしたくない!!なのにどうして!?助けてよ!誰か私を助けて―――――!」

 

 そんな顔しないで。私は貴女を助けたいなんて、そんな気持ちを持ったら抵抗できないから―――――。

 再び黒く染まる二つの眼。私のさっきの後悔の中にこの少女を助けてあげられなかったことが加わった。それでも、この子を助けることに繋がるなら悪くないかもしれない。

 

 

 しかし私の目に映ったのは、私を殺そうと手を振り上げる少女を貫くように刺さった槍だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――――ありがとう、お姉さま」

 

 

 

 

 

 

 

 

 最後に少女が何か言ったが私には聴き取れなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




リリィの詠唱の元ネタがわかった人は趣味が似ているのかも。

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