東方末妹録   作:えんどう豆TW

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 次話から主人公の視点で話を描いていこうと思います。もっともいろんなキャラの視点を織り交ぜて描いていきたいのですが・・・。


片翼の吸血鬼

「お母様!!」

 私たちはお母様の部屋に雪崩れ込んだ。こちらに顔を向けるお父様とお母様、しかしお父様はリリィの姿を見ると不愉快そうに顔を顰めた。

 「大丈夫よ、すぐに治るから...」

 そういうお母様の顔色はとても良いものとは言えなかった、無理をしているのが丸わかりだ。お父様が全く動じていないのはこの先長くないとわかっているからなのだろう。

 「っ!お母様!!」

 泣きそうな顔で駆け寄るリリィ、その姿に私は目を向けることができなかった。私とフランの眼は彼女の背中、翼が生えているであろう位置に釘付けになっていた。

 3歳にもなると吸血鬼の体はそれなり発達する。ただその頃にはリリィは地下室に幽閉に近い形で籠っていた。薄暗い地下室、いつもベッドでじっとしているリリィ、だから私たちは気づかなかったのだろう、この明りのある部屋に入るまで。

 「リリィ、あなた......」

 二の句が口から出てこない私、絶句するフラン、そして眼の先にあるもの―――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 彼女には左翼がなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 フランの羽は通常の吸血鬼と違い突然変異ともいえる形をしている。私の翼とは違い羽と表現する方が正しい、骨組みから宝石のような石がぶらさがっている羽だ。

 だがリリィの右翼は私と同じ骨組みと翼膜から成る普通の吸血鬼の翼だ。つまり突然変異などではなく不完全な出産ということだ。お父様やお母様はこのことを知っていたのだろう、お父様が顔を顰める原因の一つがこれなのかもしれない。

 翼がなくとも吸血鬼は空を飛べる。現にフランは妖力を使った飛行をしているし、翼や羽をもたない妖怪の飛行方法もそれだ。つまり飛ぶことに関しては何ら問題はない。問題は翼がないということ自体が吸血鬼として危ういということだ。

 そもそも妖怪は人の畏れを必要とする生物である。それが不完全な形であるというのは畏れを取り込むことに影響を与える可能性があるのだ。そして畏れを十分に取り込めない妖怪は衰弱し、死に絶える。もちろん畏れを取り込むことができるほどの恐怖を与えることができるなら話は違ってくる。

 しかしそれはお父様にとって許しがたいことなのだろう。当然だ、自分の娘が『欠陥品』であるというのは自身のプライドが許さない、故にリリィのことを娘として認めない、そういうことなのだろう。

 理不尽、不運、仕方のないことだが虐げられるのはリリィだ。自分の妹がそんな理不尽な暴力にさらされているのを見過ごすことはできなかった。

 お母様は悲痛な表情でリリィを見上げている。私かフランの顔に出てしまっていたのだろうか。

 「ごめんなさいリリィ、私のせいでつらい思いをさせて...本当に......」

 泣きながら首を横に振ってお母様に抱きつくリリィ。それを見たお父様はリリィの襟首をつかんで睨みつけた。

 「不愉快だ、今すぐここから去れ」

 冷たく言い放ったお父様に怯えたように肩を震わせると、リリィは部屋を走って出て行った。

 「お父様!なんでそんなにリリィにひどいことするの!?」

 「黙れ!お前が口を出すことではない!」

 泣きながら訴えるフランに怒鳴りつけるお父様。私も心境はフランと同じだが弱っているお母様の前で問題を起こすわけにはいかない。

 「お前なんか...オマエナンカ...」

 フランが妖力を纏い右手をかざす。マズイ、フランは能力を使う気だ。彼女は能力を持っている。それは『程度の能力』と呼ばれるもので一定数の人間や妖怪が持っている個人の能力、或いはその存在の性質を表したものだ。

 その中でもフランの持つ能力、『ありとあらゆるものを破壊する程度の能力』は認識したものを破壊するという圧倒的な力だ。いくら吸血鬼といえど頭を破壊されれば再生は難しい。

 「フランダメ!抑えて!」

 「放してよお姉さま!あいつが!あいつがリリィを!」

 必死に抑え込むが力で言えば私はフランに劣る。私たちを横目に鼻を鳴らすとお父様は部屋を出て行った。

 結局お母様の命は1週間持たなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 お母様が死んでから家庭事情はさらに悪化した。元から少なかったお父様との会話は一切なくなり、別荘で暮らしていた私たちと顔を合わせるのは執事長くらいのものとなってしまった。

 さらにお父様はことあるごとにリリィに暴力を振るうようになった。本館に呼び出されては傷だらけで帰ってくるリリィ、吸血鬼の再生力をもってすれば1分もかからないだろうがその姿を見るのは私たちの中で最もつらい日常になってしまった。

 お父様のもとへ行こうとする私とフランを引き留めたのは他でもないリリィだった。きっと私たちに同じ目にあってほしくないのだろう。それにそのあとのリリィへの暴力が悪化することを考えると下手に動くことも出来なかった。

 もどかしさを抑え込みながら私は15の誕生日を迎えることになった。




次回以降目まぐるしく視点が変わることもあるかもしれませんがよろしくお願いいたします。

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