:Side Liliy
明日は私の姉――――フランお姉さまの誕生日だ。ちなみに私はレミリアお姉さまの誕生日に生まれたので彼女と一緒に祝われる。
ここ最近の誕生日は咲夜がケーキを焼いてくれるのだがこれが恐ろしく美味しいのだ。悔しいが私では到底敵わない。このままではお姉さま達を咲夜に取られてしまうかもしれないという恐怖が芽生えたのだ。
たとえ料理の腕で敵わなくとも愛は技術をも越える。
ということで今年のフランお姉さまの誕生日には私がケーキを焼くことにした。
「えーっと、材料は・・・」
「リリィ様?ここは厨房ですが・・・」
「しゃっ・・・咲夜」
驚きのあまり噛みそうになってしまった。誰にも言わないでおいたので彼女が来るのも必然なのだが・・・仕方ない。ここは事情を説明して咲夜には退いてもらうことにしよう。
「実は、今年のフランお姉さまの誕生日は私がケーキを焼こうと思っているんです、それで・・・」
「まぁ、それはとても良いことですわ。是非私にもお手伝いさせてくださいませんか?」
「で、でもそれじゃ私が焼いたことには・・・」
「私は今回手を出しません、僭越ながらアドバイスをさせて頂きたいのですが・・・よろしいでしょうか?」
「は、はい。それくらいなら私が作ったと言えるでしょうか・・・」
「それに、必要なのは相手への気持ちに他なりませんわ。そうでしょう?」
「・・・!その通りです、ごめんなさい咲夜」
彼女は無言で首を横に振った。私は正直心が折れかけていた。これでは何もかも咲夜に劣ってしまう。せめて姉への気持ちだけは彼女にも負けたくなかった。
結局私は咲夜からアドバイスを貰いながら初めてのケーキ作りに挑戦することになった。
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:Side Sakuya
月に一度、お嬢様が館の主要人物を集めて会談を開くことがある。いわば報告会のようなものだった。人間の動向、紅魔館の今後の方針などを報告し必要があれば議論する。この時ばかりは図書室に籠っているパチュリー様や門番の美鈴も会議に加わる。
といっても最近は特に何事もなかったので報告、というか談笑をして終わることが多かった。
今回もいつも通り談笑をしていつも通り解散――――とはならなかった。
いつもなら研究室へと向かうリリィ様が逆の方向に向かったのだ。流石に疑問に感じたのか他の者は解散とならずじっとリリィ様の向かった方向を見つめていた。やがてお嬢様が口を開く。
「珍しいわね、リリィが研究室に戻らないなんて」
「私もあまり研究室以外にいる彼女を想像できないわね」
続いてパチュリー様も口を開いた。そばに控えている小悪魔も不思議そうな顔をしている。
はて、あちらにリリィ様が行くようなところがあっただろうか。私も思考を巡らせているとお嬢様が再び口を開いた。
「誰か心当たりはないかしら?」
「いえ、あちらには厨房くらいしかありませんが・・・」
私が反応すると私以外の全員が表情を固めた。まるで断頭台の前に立たされたような顔だ、一体どうしたというのだろうか。
「咲夜!!リリィの後を追いなさい!!必ず彼女に一人で料理をさせないで!!早く!!!!!」
かつてこれほどまでに焦ったお嬢様を私は見たことがない。必死の形相で叫ぶお嬢様。私は時を止めてリリィ様を追いかけた。
正直に言うと私はお嬢様達があそこまで慌てる理由がわからなかった。私の目の前にいる、私と会話をしているこの少女はただの姉思いの妹だ。いくらなんでもあそこまで忌避するほど料理ができないと思うし、ましてや彼女はこの館の中では常識人といえる。私は少なくない不満をお嬢様達に覚えていた。
「まずは、スポンジケーキを作りましょうか」
「わかりました、スポンジケーキですね」
ほら、目の前の彼女はあんなにも一生懸命姉のために作ったこともないような料理を――――――――。
「咲夜、スポンジを持ってきました。これくらいで足りますか?」
前言撤回。気持ちだけがとても大きいこの少女は両手にいっぱいのスポンジを抱えて戻ってきた。
なるほどこれは質が悪い。こんなに一生懸命なのだから彼女の気持ちを無駄にできる者など誰一人としていないだろう。私だって無理だ。
私は決意を改めた。お任せくださいお嬢様、貴方達の命とリリィ様の気持ちはこの十六夜咲夜が命を懸けてでもお守りします――――――――。
「リリィ様、スポンジケーキというのはスポンジを焼くわけではないのです」
私がそういうと彼女はまるでこの世が終わったような顔をした。
「そうだったのですか・・・咲夜、私は料理を甘く見ていました。こんなに奥が深いものだったのですね」
私は貴方の思考が深すぎて読めませんリリィ様。言葉を飲み込んで再びリリィ様に向き合う。
「まずはスポンジケーキの生地を用意しなければなりません」
「生地、ですか」
「そうです、まずは卵と砂糖を用意してください」
「わかりました」
再び彼女は冷蔵庫の方へパタパタと小走りで向かっていった。
「持ってきました」
「では、ボールの中に入れてください」
「わかりました、倉庫からとってきますね」
「リリィ様、そこの棚にありますわ」
おそらく彼女は球体を持って来ようとしたのだろう。これは熾烈を極めるかもしれない。
「なるほど、これをボールというんですね」
「そうです、ボールの中に卵と砂糖を入れてほぐしてください」
「こんな感じでしょうか?」
「お上手ですわ」
なんだかんだ彼女は器用だ、きっと一回覚えればうまくいく人なのだろう。
「ほぐし終わったら泡立ててください」
「わかりました」
「洗剤は必要ありませんよ」
踵を返したリリィ様を即座に呼び止める。
その後も彼女とのケーキ作りは過酷なものとなった。
「泡立たなくなったらツヤが出るまで泡立ててください」
「咲夜、ニスはどこにありますか?」
「必要ありませんわ」
「粉を振るうように入れてください」
「こんな感じでしょうか」
「振動魔法は少し大きすぎます」
「では、生地を焼きます。180度で25分間ですわ」
「調整が難しいですね、初級でどれくらいでしょうか」
「こちらに焼くためのものを用意してありますわ」
「ふっくらするように風船を用意しました」
「無機物は入れてはいけません、しまってください」
「わぁ!焼けました!焼けましたよ咲夜!」
「えぇ、とっても美味しそうですわ」
「スポンジが冷めたのでスライスします」
「これ位の剣がいいでしょうか?」
「こちらに包丁がありますので投影の必要はありませんわ」
「生クリームを間に塗って重ねてください」
「こんな感じですか?」
「ええ大丈夫です。ただし使ったパレットナイフは取り出してください」
「イチゴを乗せて・・・・・・・完成!」
「ええ、とってもよく出来ていますわ」
「本当ですか?全部咲夜のおかげです、ありがとうございます」
「リリィ様の気持ちあってこそです、そうでしょう?」
「咲夜・・・料理、とっても楽しかったです。また練習付き合ってくれますか?」
「喜んで」
お嬢様、私、やり遂げました――――――――――――――――。
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翌日、食卓にはホールケーキが並んでいた。
それを前にした誰もが緊張した顔持ちだった、もちろん私もだ。リリィ様が頑張って作ったのだ、これで報われないというのならどれほど悲しいことだろう。
「フランお姉さま、お誕生日おめでとうございます。その・・・今回は私がケーキを焼いてみました。お口に合うかわかりませんが・・・」
私は妹様の方を見た。彼女はいつものリリィ様に向ける優しい笑顔だ、しかしその頬に汗が流れるのを私は見逃さなかった。
「ありがとうリリィ。あたしからもらっていいのかな?」
「はい!是非!」
「じゃあ、いただきます」
妹様は意を決してケーキを口に運んだ。リリィ様は不安そうに見つめている。
口に入れてすぐに妹様は目を見開いた。驚愕、といった感じだろうか。
「お、美味しい!!すごく美味しいよリリィ!!」
「本当ですか!?」
周りの誰もが驚いている中抱き合う妹様とリリィ様。私は思わず目から零れそうになった涙をどうにか堪えた。
実をいうと切り取ったスポンジケーキの端を味見したときに確信したのだが実際に見てみないとわからないというものだ。ふっと安堵の息が漏れた。
お嬢様達も続いて口に運び感嘆の声を上げた。口々に感想を言い合う。
「本当、とっても美味しいわ」
「リリィ様!私のより美味しいですよこれ!」
「・・・私もやってみようかしら」
「パチュリー様は魔法の研究を続けるのがよろしいかと」
「黙りなさい小悪魔」
私もリリィ様の作ったケーキを口に運ぶ。うん、とても美味しい。やはり料理は気持ちと努力だ、改めてそう思えた。
こうして妹様の誕生日は無事に終わった。
ちなみに一週間後に行われた彼女のビーフシチュー披露会は参加者全員が腹痛を訴え成功とはならなかった。
どこかのお母様はかき混ぜるのにドリルを使うらしいです