私の姉、レミリア・スカーレットは『運命を操る程度の能力』を持っている。本人曰く名前ほど大仰な能力じゃないらしい。偶然、可能性、そういった類のものを操る、というよりは手繰り寄せる感覚に近いんだとか。そしてその能力のおまけとしてある程度の運命を見ることができる、つまりは未来視だ。未来視といってもレミリアお姉さま本人ですらどの未来を見ることができるかはわからないのでそこも偶然の範囲内なのだろうか。
レミリアお姉さまは今夜『運命』を手にしに行くそうだ。こんなことは500年弱生きてきた中で一度もなかったのでフランお姉さまと私もついていくことにした。
パチュリーと美鈴には留守番をしてもらうことにした。美鈴、パチュリー共に悠久とも言える時を過ごしてきた仲間だ、留守を任せるくらいの信頼はあった。
「お姉さま、そろそろ教えてくれてもいいんじゃない?」
「何が?」
「とぼけないでよ、その『運命』ってのはいったい何なの?」
「それが私にもイマイチよくわからないのよねぇ・・・でも、私達には果たすべき邂逅がある。それだけは言えるわ」
「誰とってのはわからないんだね」
「そういうこと」
私達は街はずれの森の奥まで来ていた。日はすっかり落ちて森の中は闇に包まれていたが、吸血鬼の眼を以てすれば鮮明に辺りの輪郭がわかる。湖の近くまで進むと一人の少女が私達の前に現れた。少女は大木に背中を預けて座り込んでいる。
「・・・誰?」
「まずは自分の名から名乗るのが礼儀じゃないかしら?」
「生憎名乗るための名が無いの」
こちらに気付いた少女は顔を上げた、まだ生まれて10年も経っていないように見える、長い銀髪は汚れて輝きを失っているようだった。
「質問を変えるわ、こんなところで何をしているの?」
「何かしているように見える?見ての通り行き倒れてるのよ」
「普通の子供はこんなところまで来れないわよ」
「ええ、あたしは異常なの。それでも流石にボロボロでどうしようもないわ。そこら辺の妖怪にでも喰われるかと思っていたのだけれど、案外見つからないものなのね」
たった今見つかったけど、と少女は付け加えた。彼女の話ぶりから何らかの能力があると推測される、それも人間が妖怪に対抗し得るほど強力なものである可能性が高い。私は僅かに警戒心を高めた。
「・・・なるほど、私はレミリア・スカーレット、少し大きめの館の主よ」
レミリアお姉さまが名乗ると少女は顔を上げてじっと見つめた。
「ふっふふふっ、まさか最後に討伐対象に会えるとはね・・・でも残念、今の私には欠片も力が残っていないの」
「討伐対象?」
「ええ、私達の組織は吸血鬼を殺すために動いてるの、街の方にあるわ」
「ふぅん・・・最近報告にあったところね、大した力もないみたいだし放っておいたのだけれど」
彼女はどうやら吸血鬼の掃討を目標とする組織の一員らしい。レミリアお姉さまから名前を聞いたが忘れてしまった。ハンター協会とか何とか言っていたか。
自分の所属する組織を侮られたにも関わらず少女は自嘲するような笑みを浮かべるだけだった。
「えぇその通りよ、何せ能力を持っているからと言って子供一人を頼りに組織を動かそうとしたんだもの」
「貴女が要だったってこと?随分自己評価が高いのね」
「事実よ。あの組織なら私一人で皆殺しにできるわ」
「ならどうして下についたの?貴女が統治すればもうちょっとマシになったんでしょう?」
「別にどうでもよかったのよ、物心ついた時から私にあったのは妖怪を殺す技術と知識と能力だけ。別にそれ以外で生きる意味もなかったし」
お喋りは終わりというように黙り込む少女。レミリアお姉さまが問答をここまでするのだから彼女がお姉さまの言う『運命』であることに間違いないだろう。しかしこの少女、こちらに加わるようには見えないのだが・・・。
不安そうにレミリアお姉さまを見ると彼女はこちらに微笑みを向けた。
「それで、貴女はこれからどうするのかしら?」
「あら、てっきり貴方達の食糧にでもなるのかと思っていたのだけれど?どの道死を待つだけだし変わらないけどね」
「そう、じゃあ貴女はこれから私達に仕えなさい。私達のために尽くしなさい」
初めて少女が不可解といった表情を浮かべた。
「・・・一応、私は貴方達の同胞を殺しているのよ?それをわかって言ってるのかしら」
「ええ、もちろんよ。でも私も同胞殺し
レミリアお姉さまは自分の名に、そして吸血鬼としての自分に誇りを持っている。それはもちろん吸血鬼という種族に対してもだ。それを低く見るほどにお姉さまはこの目の前の少女を買っているということだった。
「どうせこの先のことなんて考えてなかったんでしょう?なら私達に忠誠を誓ってみるのも悪くないと思うけど?」
レミリアお姉さまがそういうと可笑しそうに少女は笑った。
「ふふふふふっ、変なの。わかりました、この身は貴方達のために捧げます。どうせ何も考えていなかったのだし」
「名前がないと不便でしょう?十六夜咲夜、それが貴女の名前よ。今日が貴女の誕生日、祝ってあげるわ」
「十六夜・・・咲夜・・・」
「ええ素敵な名前でしょう?・・・ちょっと、どうしたのよ二人とも」
口を開けて固まっている私とフランお姉さまを見てレミリアお姉さまが話を振る。
「壊滅的なセンスのお姉さまがまともな名前を付けた・・・」
「レミリアお姉さま、私はお姉さまの妹でいることを誇りに思います」
「・・・貴方達、帰ったら覚えてなさいよ」
私達の様子を見ていた咲夜が小さく噴き出す。
「私も0から歳を数え直さないといけませんね」
「当たり前でしょう?」
「・・・え?」
咲夜はおそらく冗談のつもりで言ったのだろうが真顔で返すレミリアお姉さまを見て固まった。レミリアお姉さまはたまにこういう変なところがある。
「それとこれを上げる。私達への忠誠の証よ、肌身離さず身につけなさい」
そう言ってレミリアお姉さまが咲夜に手渡したのは少し錆びた懐中時計だった。渡された咲夜はというと目を見開いて固まっていた。
「私の能力、知ってたの?」
「敬語」
「・・・知っていたのですか?」
「全然、今回の媒体がそれだったから記念にあげただけよ」
媒体というのは未来視の媒体だろう。しかし時計が関係する能力とは一体どういうことだろうか。
「そうですか・・・私は自身の能力を『時間を操る程度の能力』と呼んでいます。内容は文字通りですが」
「なるほどね、それなら人間が妖怪に勝てるわけだわ」
時間を操るなど反則もいいところだ。もちろん色んな制約があるのだろうけれどそれを差し引いても『時間を操る』と自称するくらいなのだからある程度自由に操れるのだろう。その代償は制約なのか別に存在するのか―――――。
考え込んでいるとフランお姉さまに帰るよ、と肩を叩かれて我に返った。
「フランドール・スカーレット、貴女の主人の妹よ」
「同じく主人の妹の妹、リリィ・スカーレットです」
咲夜は無言で頭を下げた。顔を上げて彼女が私の方を凝視していることに気付く。
「どうかしましたか?」
「あ、いえ、ただ何となく話で聞いたイメージと違ったので」
「あぁ・・・」
私は人間には『片翼の紅い悪魔』として知られている、もっと獰猛で傲慢な姿でも想像していたのだろうか。
「まあ、この敬語も癖みたいなものなので気にしないでください」
咲夜は無言で頷いた。こうして時を操る少女、十六夜咲夜が紅魔館の一員に加わった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
咲夜が紅魔館に来てから8年が経過した。彼女は頗る優秀でメイドの仕事を美鈴よりも早く完璧にこなすようになった。これには美鈴もショックを受け修行に出ようとしたほどだ。
心の折れた美鈴に対してレミリアお姉さまが提案したのが門番の仕事だった。彼女は喜んで引き受けたが、退屈なのか居眠りが目立つ。咲夜に起こされる姿をよく目にするが本末転倒なのでは・・・。まぁ今まで何百年も頑張ってきたのだし、休憩があってもいいだろう。十分等価に値するはずだ。
この8年間で咲夜も随分変わった。最初は誰とも話そうとしなかったが特に気にする様子もなく話しかけてくる館の住人に今では少し気を許しているところも感じられる。だが―――――――。
「はぁ・・・」
「リリィ様、どうかされたんですか?」
「美鈴ですか?」
私が屋上で考え事をしていると美鈴がやってきた。そろそろご飯だろうか。
「ええ、何か憂鬱そうだったので思わず声をかけてしまったのですが・・・」
「いえ、全然迷惑じゃないですよ。ちょっと咲夜のことについて考えていまして・・・」
「咲夜さんですか?あぁ確かにちょっと余所余所しいですよね、8年も一緒にいるんですしもうちょっと心を開いてくれてもいいんですけどねぇ」
そう、咲夜の態度はいつまでもどこか一歩退いているような感じだったのだ。従者として当たり前といえば違いないのだが、もうちょっとこちらに近付いてくれてもいいじゃないか。
「うーん、もしかして遠慮してるんじゃないですか?最初から形成されてるコミュニティには入りにくいですから。それにどこか自分から関わらないようにしてる感じもしますし」
「心の隔たり、ですか・・・」
これはお姉さま達に相談してみないとわからないだろうな。
「えぇと、私に何か用ですか?」
「えぇ、主にリリィがね」
「リリィ様が?」
ここはレミリアお姉さまの部屋だ。ここにいるのは私と私の二人の姉、そして咲夜だ。
「はい、お節介をさせてもらおうと思いまして」
「お節介、ですか?」
怪訝そうな顔をする咲夜に近づく。
「はっ!よっ!ほっ!」
「・・・えぇと、しゃがみましょうか?」
「はぁ・・・はぁ・・・お、お願いします」
彼女の頭に手を置こうとしたのだが、悲しいことに私の身長では頑張って背伸びをしても彼女の頭に届かなかった。咲夜にしゃがんでもらって頭に手を置く。
「咲夜、何か私達に言いたいこととかあるんじゃないですか?」
「はい?いえ、そんなことはありませんけど・・・」
「嘘です、私は嘘を見抜く程度の能力を持っているんです」
「初めて聞きましたけど・・・」
「今考えました、でも我慢してることとかあるんじゃないですか?」
私には心当たりがあった。それは疑心だ。温もりに対する疑心、いつか失うことを恐れて自然と好意を遠ざけてしまうこと。そしてその温もりを享受したが最後それを手放すことに恐怖を抱かずにはいられなくなる。
咲夜が私達にそれを打ち明けないのは、遠慮とか迷惑とか色んなものが理性を保つからだ。ならばそのことに対する『罪悪感』を取り除いてあげればいい。
「私は・・・」
ぽつりと咲夜が言葉を漏らす。
「私は今まで、人から好意を向けられるということがなかった」
咲夜が肩を震わせる。大丈夫、怖くないよ。
「だけどこの数年間、私に向けられた感情は暖かいものばかりで、どうすればいいかわからなかった」
声を震わせる。
「初めてっ・・・初めて、私の居場所はここなんだって、そう思えた・・・!」
涙が零れる。
「だからっ・・・だけど・・・失うのが、怖いっ・・・!」
涙を流しながら打ち明ける咲夜。彼女は昔の私にそっくりだ、もっとも私の方が自分勝手で傲慢だったが。
「私をっ・・・見捨てないで・・・」
消え入りそうな声で泣きつく咲夜にそっとハンカチで目元を拭う。
「・・・咲夜、この紅魔館は貴女が来てから随分と大きくなりました。パチュリーも図書室が広くなったと喜んでいました。お姉さま達も私も貴方の料理が大好きですし、妖精メイドも真面目に仕事をしてくれています」
「リリィ、様・・・」
「咲夜、私達には、この紅魔館には貴女が必要なんです。だから、ずっとここにいてくれませんか?」
「・・・勿体ない、お言葉です」
お姉さま達の方を見ると、今まで黙っていたレミリアお姉さまが口を開いた。
「咲夜、私は貴方に忠誠を誓えと言ったのよ?貴女の忠誠は自分の弱い心に負けるほど小さいものなのかしら?」
「・・・レミリアお姉さま、もうちょっと優しい言葉無かったんですか?」
「い、いいじゃないカッコつけようと思ったのよ!」
「お姉さまはそうやっていつも空回りしてることになんで気づかないかなぁ・・・」
「うるさいわね!私も咲夜を手放すつもりなんてないわよ!これでいいでしょ!」
「ふっ、ふふっ」
私達のやり取りを見ていた咲夜が噴出した。そういえば彼女と出会った夜もこんな感じだったかな。
「あたしも咲夜の料理は好きだし、これからもよろしくね」
「はい、ありがとうございます、妹様」
雰囲気が和やかになっていく、これで一件落着というやつだ。
「咲夜、今日はもう疲れたでしょう?ゆっくり休んでください、今日は私がご飯を作るので」
私が言い終わるとお姉さま達の顔が引き攣った。
「リリィ?久しぶりに美鈴の料理が食べたいと思わない?」
「あ、あたしも美鈴の料理久しぶりに食べたいな!」
「確かに、私もそういわれると美鈴の料理が食べたくなりました。早速頼んできます」
うーん、せっかく久しぶりに料理をしようと思ってたんだけどな。小さい頃にレミリアお姉さまが倒れて「卒倒するほど美味しかった」と言われて以来料理をしていない。数百年ぶりなのでもしかしたら腕が落ちているかもしれないと思ったがその心配をする必要はなくなったようだ。
私は美鈴を呼んでくるために玄関へと飛んで行った。
無機物投入は基本、そんな女の子です