:Side Liliy
「・・・・・・・・・できた」
薄暗い研究室は紅に染まっていた。お姉さま達には立ち入り禁止と言ってあるのでこの惨状を見られることはないだろう。
美鈴がこの館に来てから約30年が経った。彼女は本当に良く仕事をこなしてくれていた。
ただその優秀さのせいで育てる妖精の数が倍増してしまったのだ。嬉々としてレミリアお姉さまは妖精の数を増やしていったが、反比例するように美鈴の眼は遠くなっていった。どのくらいかというとフランお姉さまが美鈴に膝枕するくらいだ。私は殺意を必死に抑えながら美鈴を労った。
最近はようやく新入りの妖精が言うことを聞いてくれるようになったらしい。美鈴の努力に涙しながら私は研究に没頭した。
魔法の研究は大体が思い込みから始まる。自分はこの魔法が使えるという自己暗示、自信がないと最初からその魔法は使えない。だからこそ魔法を使うものにとって矜持というものは最も重要だ。
今回私が取り組んだのは血の魔法の強化。血を手足のように使いこなすことができれば攻撃を受けた後の反撃のラグを減らし手数を増やすことができる。
吸血鬼の性質上、流水を操ることは不可能だ。だが血液となるとその組成がそもそも水と異なる、つまりは吸血鬼でもその気になれば自由自在に操れるということだ。
要は血を自由自在に操るまでにだいぶ自分の血を使って研究室はこのありさまというわけだ。吸血鬼といえどこの量は流石にまずいかもしれない、現に意識が朦朧としている。
私の研究は成功した。しかし私が失敗したことが一つある。私は美鈴に研究室の立ち入りを禁ずるどころか存在すら教えてなかったのだ。つまり―――――。
「リリィ様~どこにいるんですか~?お嬢様達が呼んで・・・ぁ」
「っ!?・・・美鈴ですか・・・」
「あ、え、えーっと・・・わ、わわわわわ私お嬢様呼んできます!!」
「ちょっ!待って!待ってください!」
この現場を見られたのは不味い、非常に不味い。踵を返した美鈴を急いで追いかける。スピードに関しては姉妹の中で一番自信があるのだ。何せこの間やつれた顔を見られたとき姉二人から逃げ切ったのだから。あれ?あの時のお叱りまだ受けていないような・・・。
とにかく今は美鈴を追いかけるのが先だ。私と追いかけっこなんてしないだろう、さてどこに隠れたのか。私は美鈴を探しながらお姉さま達に見つからないようにしなければならない。
探知魔法を使うか?ダメだ、それだと十中八九お姉さま達に見つかる。
美鈴の能力は『気を使う程度の能力』。気配を消すのは彼女の得意中の得意技といったところか。・・・もしかしてかなり不味い状況なのではないだろうか。
いや、諦めは愚者の云々。スカーレット家のプライドにかけて探し当ててみせようじゃないか。
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:Side Meirin
息をしてはいけない。動いてはいけない。少しでも気配を悟られてはいけない。
どうしてこんなことに?いや、理由はわかっている。おそらくあれは見られてはいけないものだ、当然見てしまった私には口封じが待っていることだろう。死ぬことはないかなとかちょっと楽観的になってみる。最初のころは何か恨みの籠った眼で見られていたが今では相談に乗ってもらったり気兼ねなくお話しできる方の一人だ。向こうも結構親しくしてくれてるし、きっと殺すようなことはないはず・・・というか私から歩み寄って他言しない契約をすればそれでいいんじゃ・・・。
ここまで考えて頭を振った。違う、私があの部屋から離れてお嬢様を呼びに行った理由はそんなことじゃない。
私から見てもお嬢様も妹様もリリィ様のことを何より大切にしている。きっとリリィ様はあれをお嬢様達に見せていないし知らせていないのだろう。
だからこそ、だからこそこれは知らせなければならないと思ったのだ。リリィ様が何を考えているかはわからない。けれど、あの壁一面に広がった血の跡、アレはおそらくリリィ様の血だ。自傷行為をあんなになるまで続けていたのだ、きっと一人で何か抱え込んでるに違いない。おせっかいでも成さなければならないとそう思ったのだ。
「・・・よし」
小さくつぶやいて部屋をそっと出る。しかしお嬢様の部屋に行くには大広間を通らなければならない。そしてその大広間からはリリィ様の『気』が感じられる。
まったく、頭の切れるお方だこと。それでも、あの部屋を放っておくことはないだろう。私の予想通りリリィ様の気配は大広間から離れていった。
「今だっ」
気配を消しながら素早く大広間を通り過ぎる。階段を駆け上がってこの廊下を抜ければ――――――。
「捕まえた」
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:Side Liliy
きっと美鈴はこの大広間に私がいることもわかっている。しかし美鈴も動けないはずだ。危ない賭けではあるがおそらくここにいた方が美鈴を捕まえられる可能性は高い。そしてここから私の『気』の大部分を移動させるには・・・。
私の体が次々と蝙蝠となって羽ばたいていく。これは吸血鬼の持つ能力の一つだ。しかしこのままでは見つかる可能性の方が高い。少し戻るのに時間がかかるが霧状化しよう。
私が霧状化を終えると案の定美鈴が姿を現した。彼女は注意深く周囲を観察して廊下の方へ駈け出して
私は霧状化を解くと美鈴の肩に手をかけた。
「捕まえた」
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「あの研究室のことは黙っていてもらえませんか?美鈴に嘘をつかせるのは申し訳ないのですが・・・」
「・・・・嫌です」
すぐに了承の返事をもらえると思っていた私は少し驚いた。
「理由を聞いてもいいですか?」
「・・・リリィ様は、何を悩んでるんですか?」
「はい?悩みって・・・ていうかそもそもなんでそんな考えに」
「アレは、あの壁にかかった返り血はリリィ様のものでしょう?あんなにご自分を傷つけるなんて、はっきり言って普通じゃありません。もし私でよかったら話してください。何かつらいことがあったんですか?それともうまくいかないことがあったとか・・・わかりませんけど、それでも!せめて誰かに話すことはした方がいいです!じゃないと!」
どんどん語気を強める美鈴にたじろぎながら頭を回転させる。つまり彼女は私が何か抱え込んでることがあって自傷行為をしたと勘違いしてるわけで、つまり・・・。
「あ、あの美鈴、あれは魔法の研究なんです」
「・・・魔法?」
それから私の魔法の研究の内容や家庭を美鈴に話した。
「つ、つまり私は勘違いをして・・・」
「あー・・・まあ、はい、そういうことですね」
美鈴は顔を真っ赤にして声にならない叫びをあげた。まあ恥ずかしいのはわかるけど、お姉さまに見つかることだけは避けたいのでなるべく暴れないでほしい。
「も、申し訳ございません・・・」
「いえ、いいんですよ。でも、ありがとうございます、私のこと心配してくれたんですね」
「それはもちろん、私が仕えるのは紅魔館の貴女達に他ならないのですから」
30年、美鈴は私達を主として、そして家族のように慕ってくれていた。家族が増えるってこんな気持ちなのだろうか、私が生まれた時のお姉さま達の気持ちが少しわかったような気がした。
「ていうか血の魔法が完成したのでしたら、それを使ってあの部屋をきれいにすればよかったのでは?」
「あ・・・・・・・」
完全に失念していた。そうだ、まさにその通りだ。
「天才ですね、美鈴は」
「いや、そんなことないですけど・・・」
そうと決まれば掃除だ。急いで部屋に戻ろう。
「美鈴、器具の片づけとかを手伝ってほしいんですが、頼んでもいいですか?」
「はい!私にできることなら、お手伝いします」
いい笑顔だ、私も彼女のように笑えているだろうか。そんなことを考えながら研究室へ戻る。私の足取りはとても軽かった。
「あら、おかえりなさい」
「待ってたよ、リリィ」
研究室に足を踏み入れた私は完全に動きを止めた。
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現在私はレミリアお姉さまの部屋で正座をしている。正面にはレミリアお姉さまとフランお姉さまが座っている。血がだいぶなくなっていた私はバケツ一杯分の血を用意してもらった。レミリアお姉さまが小食なのでいつも供給量が多くなって余ってしまうのだ。
ひとまず落ち着いた私は、とりあえず自分の言い分を通すことにした。
「私の研究室には入らないって約束だったはずですけど」
「先に約束を破ったのはどっちかしら?」
通らなかった。そして見事に言い返せないので大人しく受け入れることにした。
「『危険な実験をするときには私たちに一言言う』って約束したわよね?覚えてないかしら?」
「覚えてます・・・」
「はぁ・・・大方思いついてから後先考えずに研究室に籠ったんでしょ?いつものことだもの。でもね、いつものことだけど認めることはないわ、いつかは治してもらわないと」
「はい、ごめんなさい・・・」
「あなたの研究の邪魔をしたいわけじゃないわ、でもリリィが暴走したら止めるのは私たちの役割よ」
「はい、わかってます」
レミリアお姉さまのお説教は怖くない、むしろ何か暖かい感じだ。じゃあ何が怖いかって?そんなの決まってる。
「反省したかしら?」
「はい、次から気を付けます」
「よろしい、じゃあ・・・」
「「今夜は一緒に寝ましょうか」」
お姉さま達からの死刑宣告だ。
「・・・い、嫌です」
「あら、先週は良かったのに?」
「それはオシオキ付きじゃないからです、今日のは付いてくるんですよね?」
「もちろん」
体の力を根こそぎ奪われるようなオシオキはトラウマと相まって恐ろしい効果を私に発揮する。
「人形みたいにクタクタになってるリリィも可愛いよ?」
「いや、そういう問題じゃなくて」
私の反論も虚しく日の出前に刑は執行された。きっと姉には一生勝てないのだろう、何せ私のお姉さまなのだから。
美鈴回的な感じで・・・