衛宮さんがセイバーじゃなくて抜剣者を召喚しました。   作:さわZ

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第一話 様々な夢を砕いた英雄

 アティの振るった青の魔剣。ウィスタリアス。それは五つの世界の技術を統合し研磨し、自分の魂を込めたと言ってもいい剣から発せられた剣戟。それは日の光が無いにもかかわらず、月の光や星の輝きがあるにもかかわらず、その剣の軌道上に青空を作り出したかのような一閃だった。

 魔術師としては素人。魔術という存在を知っただけといったレベルのシロウにもその膨大な魔力は槍を持った男ランサーが振り降ろそうとした槍をも押し返さんばかりの風圧にも波にも似た威力だった。

 それだけにランサーは怒った。一時的に夜空に青空を描くという膨大な攻撃力を持った魔力に。その魔力に自分を攻撃する意思が無かったという事に。

 

 「・・・ふざけるなよっ!セイバー!お前は俺を侮辱するつもりか!」

 

 「侮辱するつもりなんてありませんよ。私は最初に言いました。戦うつもりはありません。戦争をこの争いを止める為だけに剣を取った。ランサー、私はあなたの願いを聞きたい。それが受け入れることが出来ない願いでもひとまずは聞きたいんです」

 

 槍を投げつけることを許さなかった膨大な魔力。だが、そこには自分を攻撃する意思はなかった。ただ、戦争を止めたいだけ。争いたくないだけ。ウィスタリアスはそんなアティの想いに応えてランサーが持つ槍だけに魔力を当てた。砕くでもなく、弾くだけでなく、ただ押しとどめる様にアティの放った砲撃にも近い斬撃は戦いたくないという意志が込められていたからだ。

 

 「一度、剣を交えている相手。しかも戦っている最中にそんな事を出来ると思っているのか!」

 

 「・・・それもそうですね」

 

 ランサーの言葉にアティは何を思ったのか。視線は逸らさずに、だが、持っていたウィスタリアスの剣先を下ろすと同時に呼び出していた魔剣を『とある場所』に送還した。

 銀色だった髪は赤に戻り、青に染まっていた瞳も赤いライトグリーンへと戻っていた。それは戦う意思を完全になくしたに過ぎない。それがランサーの逆鱗に触れるという事を知っていながらも。

 

 「何のつもりだセイバー!」

 

 「何度も言っているじゃないですか。貴方の願いは、貴方のマスターの願いは何なんですか。私は何度だってそれを聞くために貴方を止めます。それは本当に『力づく』でも」

 

 優しい声色。だけど意志がこもった瞳と言葉にランサーだけでなくアティの後ろにいたシロウにも感じ取れた。目の前にいる女性は本当に、今も自分を殺そうとしている相手の願いを聞こうとしている。そしてその願いを『戦争という悲惨な過程』を通らない手段を持って叶えたいと思っている、

 

 「ちっ、甘ちゃんが!お前のいた時代はよっぽど力に溢れて楽園だったみたいだな!それこそ殺し合いが無かったみたいに!」

 

 「・・・ありましたよ。多くの人が死んでいくのに!多くの想いが心半ばに散っていく人達に。心から守ろうとした人に裏切られる事に・・・心から死にたがっていた人達に」

 

 ランサーの言葉にアティは昔を振り返るように言葉を紡ぐ。その言葉を発している彼女の表情から嘘は見れない。彼女の言葉に嘘はないとランサーは感じ取った。

 

 「人を唆して利用しつくした挙句に絶望を与え、死者が生者を襲い新たな死者を生み出す悪魔にも。自身の欲を満たすために自分の娘に隷従させた異形の存在との間に生まれた幸せを摘み取る人間を。その人の末路も。たくさんの・・・。たくさんの人達が死んでいきました。私の目の前で、手の届かない所で多くの人が死んでいきました。だからこそ私は聞きたいんです!ランサーさん、あなたの願いは本当にこんな殺し合いを、戦争を犯さないといけない事なんですか!」

 

 まるで夢見る少女のような言葉。だが、戦争というもの。殺し合いというもの。裏切りに地獄といった物を経験したアティに圧倒されそうになるランサーだった。だからこそアティの綺麗すぎるその言葉を汲もうとは思わなかった。

 

 「ふざけるなセイバー!それでは死んでいった者達を侮辱するつもりか!志半ばで散っていった、お前に理想を踏みつぶされ、夢を砕かれた人間に対してもお前はそう言えるのか!」

 

 他人の所為で自分の夢が潰える、そんな事は古今東西、世界が違えどよくある話だ。志が、夢と希望が高尚であればある程にそれを叶えきれる者は限られる。それは器に入れる水が容量を超える量を入れた時に零れるくらいに、ごく当たり前の事だ。

 

 「お前に己の目標を潰された人間がいないとは言わせない!お前ほどの存在に!お前と敵対した存在にもお前はそんな事が言えるのか!」

 

 彼女に己の野望を潰された存在は必ずいる。『正義の味方』と評される英霊と反する存在。いわば『悪役』の存在がある。

 彼の野望を打ち砕いたからこその英雄であり、英霊である。志す者が違うから受け入れられないからぶつかり合い、打ち砕かれ存在がいるからこそアティはこの戦争にいる。彼等の願いを打ち砕いた彼女だからこそ、彼等に絶望を与えた彼女だからこそ聖杯に呼ばれたのだ。そんな彼女だからこそ・・・。

 

 「言いますよ。だって私達はまだ出会ったばかりじゃないですか。お互いの事もよく知らないままでぶつかり合うよりもまずはお互いの事を知りあってからでもいいじゃないですか。もしかしたらその願い。叶うかもしれないじゃないですか。別の手段で叶えきれるかもしれないじゃないですか」

 

 殺し合いというのが前提で始まった聖杯戦争を真っ向から否定するアティ。それは多くの悲劇を見てきた彼女だからこそ同じ悲劇を繰り返させないための手段だと信じている。

 

 「ランサーさん。もう一度聞きます。貴方の願いはなんなんですか。私はそれを聞くまで何度でも剣を取ります。何度だってあなたの槍を止めてみせます」

 

 剣を下したというのに、誰よりも戦意が無いのに。恐らくこの場に居る誰よりも強い力を手放し、誰よりも弱くなったアティがその場を制していた。

 

 「ランサーさん。一人で出来ない事も二人でなら出来る。三人、四人。十や百ともなれば。自分の想いを誰かに打ち明けてそれに賛同する数が多ければ多い程達成しやすい。それは日常でも戦場でも同じことだとは思いませんか」

 

 「それで俺がお前にそれを打ち明けたとして叶うとでも思うか」

 

 「はい。少なくても私の後ろにいる少年を狙わず私だけを攻撃してきた貴方なら。そんな誇り高い貴方と少なくてもこの聖杯をかけた戦争に召喚された私なら出来ることも幅が広がると思うんですが」

 

 腐っても英雄としてよばれましたからね。と付け加えるアティの微笑みは何処までも優しかった。

 

 「・・・ちっ。止めだ。止め。槍を外したら戻れと言うのが俺のマスターの指示だ。他のサーヴァントの気配もある。ここは退いてやる。だが、セイバー。次はないぞ。今度会った時、俺はこの槍でお前の心臓を問答無用で貰い受ける」

 

 「なら私は問答無用であなたの槍を止めますね。私、こう見えても頑固なんですよ」

 

 やる気をなくしたランサーはアティの笑顔を見て戦意を削がれたのか、彼女同様に槍を収めながら彼女を一睨みするが、それを真正面から受け止める。

 

 「ちっ。あばよ」

 

 「あ、待ってください、ランサーさん。私の。・・・行っちゃいました」

 

 ランサーが去る間際にアティは何かを伝えたかったのだがそれを言う前に彼はその場を去った。そんな彼を追う事が出来ればいいのだが自分の後ろには怪我をした少年がいる。そんな彼をおいてランサーを追うという事は出来なかった。

 アティは辺りを警戒しながらずっと背中で守ってきた少年シロウの元に歩み寄る。情けない話だがシロウはアティとランサーの戦いで生まれた衝撃波と魔力の余波で尻もちをついた状態だった。ランサーの槍で負傷したとはいえ初めて見る命のやりとりにただ見惚れていたとも呆然としていたというのも当てはまる。だが、一つだけわかる事がある。目の前にいる英霊。セイバーと呼ばれている女性は自分の夢見る『正義の味方』に近い存在という事だった。

 

 「えっと、とにかく傷の手当てをしましょう。この大きな家はあなたのお家ですか?」

 

 「え、ああ、はい」

 

 「良かったです、手当てをしたいのですが傷薬とかも置いているのなら手当てをしたいのですが」

 

 「あ、置いている。確か台所の辺りに」

 

 「じゃあ、すぐに手当てをしましょう破傷風とかになったら大変ですから」

 

 先程までの凛々しい風格は微塵にも思わせない女性の姿がそこにあった。例えるなら近所の知的で優しいお姉さんといったところか。しかも明らかに日本人じゃない風貌なのに衛宮邸に入る前に靴を脱いでお邪魔しますと言ってからシロウを家の中に入り、招き入れる仕草は日本の文化を知っているようにも見えた。

 台所に繋がる居間でシロウ座らせて救急箱を持ってきたアティはをせっせと彼の傷の具合を見ていく。一応シロウも年頃の高校生なのだがアティの本当に自分を心配している雰囲気を読みとって素直に上着を脱いでシロウの怪我を手当てしていく。そこでアティは思い出したようにシロウに話しかけた。

 

 「あ、そう言えばまだ自己紹介がまだでしたね。私の名前は…」

 

 ピンポーン。

 

 が、アティの言葉を遮るように衛宮邸のベルが鳴った。

 

 

 

 衛宮邸のベルを鳴らした魔術師はこれから対峙するだろうサーヴァントに胸を高鳴らせた。と同時に自分の知人がこの戦争に関与している確認がとりたかった。もし事故で関与しているのなら助けたいし、関係していたとしても正々堂々真正面から宣戦布告をして勝利を勝ち取るのだと意気込んでいた。その隣にいる彼女のサーヴァントはその純粋で気高く、幼さを感じさせるマスターに少し疲れた表情を見せていた。

 

 衛宮邸から離れた寺院である人影が呟いた。あれは自分が知り得る魔術の中でも群を抜いて純粋で強力な物だと。だが、それ故に手に入れることができると考えていた。その傍にいた剣士はその人影の獰猛さを隠しきれない笑みに呆れながらも強者の覇道のような物を青空色に光った閃光に苛烈な戦いが出来ると思いをはせた。

 

 とある屋敷では、あれはどこか自分達の使う魔術に似ている物だが自分達が持つ物とは正反対の物だ。何かを蝕み力を得るのではなく相乗効果のあるものだ。自分達の使う魔を祓う光りだと恐れた。

 

 またある屋敷では狂っている戦士が懐かしさを感じた方向を見た。それは衛宮邸がある場所を示していた。その戦士の主人も同じ場所を見ては笑みを浮かべていた。

 

 とある施設ではセイバーと相対したランサーと彼の報告を聞いたその主人はその人なりを聞いて呆れ果てていた。自分のついている役職以上に、そして狂っていると判断した主人は取るに足らない存在だと感じていた。

 

 そんな中、

 

 「…良い。実によいぞ。此度の戦争は。聖杯よりもあれは価値のあるものだ」

 

 この世のすべての財は自分の物だと信じて疑わない金の御髪を持った男が衛宮邸から走った光を見て歓喜に震えていた。

 天地にあるすべての財を手にしたとしても天。空自体を自分の物にした覚えはない事に気が付いた。強力な武器や豪華な装飾品。豊かな土地に伝説クラスの食材。美しい光景を見せる土地すらも手にした男は決めた。全てを叶える願望器、聖杯はもちろん自分の物だが今回参戦しただろうまだ見ぬ英霊が持つ宝具。魔剣ウィスタリアスを必ず自分の手中に収めるのだと意気込んでいた。

 

 そんな様々な思惑が渦巻く抜剣者を呼び出した冬木市という町に行き場を失った聖剣がどこかで寂しく光っていた。

 

 


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