新社会「イクシーズ」―最弱最低(マイナスニトウリュウ)な俺―   作:里奈方路灯

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夢か現か幻か

 黒咲夜千代は頭を抱えていた。場所は草原。再び戻ってきたのだ。空にはさっきと同じ「地球」が浮かんでいるが、侍と柳の木はもう無い。

 

 その横ではホクホク顔でクリスが笑っていた。腕の中には一冊の「魔道書」。最初の魔女ショップで彼女が店長の怪しげな老婆から買った物だ。

 

「「GRIMOIRE(グリムワール)L(エル) RE() NOAH(ノア)」!偉大なる錬金術師「エルレノア・バロックヒート」が記した伝説の魔道書ですよ!時はおよそ三百年程前に遡ります、当時数多くの中世魔術師達が溢れかえっていました……世は正に魔術師の時代!あ、この時代では明確に区分けすると「錬金術」と「魔術」とはまた違うんですけど、それは「四元素」「五行」「五大」の様な物でして事実上同じものではあるんです。日本では侍がこれを取り入れた「五輪の書」なる物を書いたとされていますね。さてそんな時代ですが時代はある一人の天才少女を産んでしまいました。そう、魔術師の時代に颯爽と産声を上げた、彼女こそ!エルレノア・バロックヒートです。彼女がどれだけすごいかと言いますと……」

 

 彼女は楽しそうだ。なんとも長ったらしい呪文だろう、話の99%を理解出来ない。これも魔術師の能力だろうか。

 しかし、夜千代は決して楽しくない。あれからひたすらにクリスに振り回されていた。レストランでジョッキパフェを食べたり、ウインドウショッピングでアダルティな服に目を輝かせたり、ゲームセンターでダンスゲームを踊ったり……コイツはアホじゃないかと。少しばかり緊張感を持ったらどうなんだと。

 

「……この魔道書を読み解けば、例えば私でも瀧シエルの「聖砲」を打つ事が出来るのです!彼女の「精霊の加護」は実質オートマの「五行」であり、この魔道書がマニュアルの「四元素」でして。手順こそかかるのですが、理論方程式の構築、理由の定義、存在の証明!この三つさえ出来てしまえば誰でも錬金術が出来るというわけですね!これは本来現実的ではないのですが、それを可能にするのがこの本でして……」

 

 いや、流されたままにいた夜千代も夜千代だ。クリスが楽しそうだからと、ついつい乗っかってしまった。だって、しょうがないじゃんかよ。隣の奴が楽しそうにしてると、意外と自分も楽しくなってしまうのだ。

 

「……孤独であったエルレノアの唯一の理解者であるパンド・λ(ラムダ)・ローシュタインは自身の身体を「機械」にする事を選び、対するエルレノアは自身を「転生」の魔術の実験台にする事を選びました。その結末は……」

 

「さて、黒魔女。そろそろ帰る方法を本格的に探すぞ」

 

「あ……ごほん、そうですね、つい錬金術師を先祖に持つ者として白熱してしまいました……しかしこれはお宝ですよ~」

 

 いい加減五月蝿く思えてきたクリスをあっち側からこっち側へと引き戻す。一応、夜千代には仕事はある。それは「クリス・ド・レイの護衛」だ。イクシーズ外にて彼女が危険な目に遭わぬよう配慮し、また彼女が能力を使って問題沙汰を起こさぬよう監視する事。クリス・ド・レイはロンドンの重役の娘だ。何かあったでは済まされないのである。まあ、Sレート能力者である彼女に何かあるというのはただでさえ平和なこの日本、飛行機が墜落する確率のレベルで有り得ないのだが。

 暗部機関「フラグメンツ」の中でも最もフットワークが軽い彼女にそれは任された。まあ、要するに他に用事が無かったというだけだが。

 

 さて、そんな黒先夜千代であるが、イクシーズ外にて色々楽しんでいたりもした。初めての海上新幹線に心を躍らせ、水族館で陰鬱に浸ったり、料理屋で開きのジャンボ海老フライを食べたり。それはもう、普段ロクに家から出やしない彼女はさぞ新感覚に包まれただろう。惜しむらくは、それが単独行動である事だが。一人は一人で気が楽だし、まあよしとしよう。

 

 そして、次の日はおかげ横丁……伊勢神宮へと連なる商店街を楽しみながら夜の大篝火(おおかがりび)を待とうとしていた矢先にこれだよ。ホテルで眠って気が付いたらこうなっていた。おいおい、バカじゃないのか。私は何も神の世界へと足を踏み入れようって訳じゃ無いんだ。ただ神宮でちょびっと神様にお願い事を出来ればよかったんだ。

 

 ……なんでこうなるかなぁ。

 

「しかし、帰る、となると……現実へと踏み出すのは無理だったしなぁ……此処にもう一度戻ってきて侍に聞こうと思ったんだが、もう居ないし」

 

 一回、現実を願って踏み出しては見たものの、それは不可能だった。願った物は多分、場所にでも物でも、それと――人でも良いはずなんだ。夜千代が最初に願ったのは、「此処が何処か知っている人物」だった。それで、あの侍が出てきた。

 

 あの侍の言葉を思い出す。此処は天国だと言った。じゃあ何だ、アイツは幽霊か?

 

「アイツは幽霊か……。にわかには信じ難いが、現状がこれだ。受け入れるしか無いよなぁ……」

 

 幽霊なんてこの世に居るとそんなに信じちゃ居なかった。精々宇宙人が居るのと同じ感覚だと思ったが、まあ、居るんだろう。天国があるぐらいだし。

 

 ……というか、私たちはどれだけ此処に居る?もう何時間だ?そろそろ帰らないと、朝起きるどころか夜になっちまうかも……

 

「あ……」

 

 夜千代が悩んでいると、その隣でクリスが何か思いついたようだった。

 

「お、どうした」

 

「いえ、あの……もしかして、此処に光輝は来ていませんか……?」

 

「んん?岡本だ?」

 

 夜千代は考える。有り得る。私たちだけ此処に来て、岡本光輝だけいないというのも無いだろう。大いに有り得る。

 しかして、何故岡本光輝だ。アイツが帰り道を知っているとでも?アイツのわざとらしく惚けたような顔を思い出す。……マジで有り得るな。

 

「多分、帰り方を知っていると思うんです」

 

 やけに自身に満ちた表情のクリスだ。何か裏付けでもあるのだろうか。

 

「何故そう思う?」

 

「……女の感です!」

 

「なる程、それだ信じよう」

 

 女の感というものは鋭いと雑誌かなんかで読んだことがある。ならば、猫の手も借りたいこの状況。それに乗っからない理由は無い。

 

 夜千代はクリスの手を取った。今一度、その足を草原から前へと踏み出す。とりあえず目指すは、あの根暗ヤローの目の前だ!


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