新社会「イクシーズ」―最弱最低(マイナスニトウリュウ)な俺―   作:里奈方路灯

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岡本光輝と鬼灯暁

――うくん、起きて。ねえ、こうくん。

 

 声が聞こえる。なんだろう、誰が俺を呼んでいる?あれ、さっきまで俺は何処にいた?

 

「こうくん。朝だよ」

 

「……ああ」

 

 岡本光輝は布団の中で目を覚ました。いつもの朝だ。薄明かりの中、外では小鳥が囀り、段々と視界が物事を捉えていく。光輝の目の前に居る夏物のセーラー服の人物は鬼灯暁。光輝の従妹である。

 

 くあぁ~~っ、と盛大に欠伸をかまして光輝は背筋を伸ばした。ああ、今日がまた始まってしまう。

 

「もうご飯出来てるから、早く着替えてきてね」

 

「おう、いつもありがとな」

 

「いえいえ」

 

 暁がその和室を出、光輝は眠いながらも着替えを始める。寝巻きをせっせと非効率に身体から引っペがし、そして夏物の学生服をまた非効率に着て行く。……あ、靴下は最後だった。何やってんだ俺。カッターシャツはズボンより先に着ないと入れるのが面倒だろ。あー、もう。

 

 うっすらと額に汗を浮かべながら、光輝は理解した。今が夏であること、この場所が光輝の親戚の家である事を。

 

――TO DAY 鬼灯家 SEASON:SUMMER――

 

 目覚めたばかりという億劫な状況の中で頑張って朝という大事な時間の余裕を作りながら、光輝は居間へ向かった。ほんとにこの朝は何度迎えても慣れやしない。

 

「ふわぁ……。暁ぃ、今日の朝ご飯何?」

 

 光輝が暁に問いかけると、暁はふっふっふー。と如何にも得意そうな顔で笑った。

 

「白米に味噌汁に海苔に納豆!純和風、これぞフルコース・デ・シャングリラ!」

 

 そのちゃぶ台に乗せられた一面は光輝の脳髄を揺るがした。湯気から漂う芳醇な味噌の香り、輝かしい白の秘宝に熟成した畑の肉、そして極めつけは――磯を凝縮した薄紙。いたれりつくせり。暁の最後の一言が純和風を台無しにしたが。

 

「ぶっちゃけ神」

 

「崇め讃えよ。そちにその馳走を喰らうことを許す」

 

「頂きます」

 

「いただきまーす」

 

 カーペットにあぐらで座り、ちゃぶ台を暁と囲んだ。たれをつけた納豆をかき混ぜ、糸を引かせてご飯の上にかける。頬張る。海苔で巻く。頬張る。味噌汁を一口。海苔を味噌汁に浸してから納豆ご飯を巻く。頬張る……もはや、敵なし。

 

「ねえ、こうくん。今日の晩御飯は何が良い?」

 

「そうだねー……ああ、あれ。麻婆茄子が良いな」

 

「げー、茄子ぅー?あたし嫌いだなー。麻婆豆腐じゃ駄目?」

 

「いや、いいよ。暁がそれがいいなら、俺もそれが良い」

 

「よし、じゃあ今日はそれで!決まりだぜ!」

 

 光輝からすれば、ご飯を作ってくれたりするのが暁なので何でも良かったりするのだが、こういう場面で「何でも良い」と言えばそれはそれで怒られる。だから否定されるにしろ何にしろ具体的な案は出さなければいけない。後は飲むだけ。それがやり取りだ。

 

 至高の朝食を平らげて二人で食器を洗ってから家を出る。学校までの時間は徒歩15分、携帯の時計を確認し、余裕で間に合う事に安堵する。

 

「さっ、こうくん!今日も一日乗り切ろー!」

 

「おー」

 

 無駄に元気な暁としぶしぶやる気をひねり出す光輝。テンションに差異はあれど、噛み合っていないわけでもない。むしろ片方がプラス、片方がマイナスで合わせてプラマイ「ゼロ」である。丁度いいのだ。

 

「あら、暁ちゃん、光輝くん。今日も元気ねぇ、おはよう」

 

「おはようございます」

 

「おはようございまーっす!」

 

 街を行く人々と挨拶をしていく。いつも見ている顔ぶればかりだ。やはり田舎という事もあって、人の入れ替わりは少ないんだろう。

 

 鬼灯暁。俺の従妹だ。とても元気で明るい性格で、わんぱくで、急かしくて……本当に俺は同じ血を引いているのかと錯覚する。とてもじゃないが似ても似つかない。かといって彼女が羨ましいわけでもなく。だって疲れそうだし。

 けれど、一緒に居て安心は出来る。変に気を使わなくていいし、そもそも向こうも使って来ないし、衝突することもあればしかしすぐに修復してしまう。この温度が良い。ぬるま湯だ。

 

「ん?なに。私の顔がそんなに可愛いの?」

 

 暁が顔をまじまじと見られている事に気が付いた。

 

「ああ、可愛い。すごく可愛い。食べちゃいたいぐらいだ」

 

「いや、私こうくんの口に入るほど小さく無いよ、ハムスターじゃあるまいし」

 

 ……そういうもんか?

 

 煽りに煽りで返した所に真面目に返されるという、それすらも煽りなのか分からないまま放置し、そのまま意味の無いような有るようなやり取りをただ続けて気がついたら学校に到着していた。多くの生徒が校門を潜っていく。

 

「じゃあ、私こっちだから。また帰りでね」

 

「おう。またな」

 

 下駄箱で暁と別れ、上履きに履き替える。ここから教室まで行くのもまた、苦痛であったりする。なぜ自ら地獄町への道を歩まねばならんのだとなると本当に心が痛い。

 

「よっす!岡本、今日も(くれ)ーな!」

 

 パン、と背中を叩かれる。光輝がその方を向くと背後には見知った顔が。榊原(さかきばら)八代(やしろ)。ワックスで無駄に尖った髪がトレードマークのチャラ男だ。別に言うほどチャラい訳でもないが俺はコイツをこう呼ぶ。

 

「うっせチャラ男。間違ってるのは世界だよ、合ってるのは俺のほうだね」

 

「まあまあそう言うなって。ミンミの新曲出たべ。聞く?」

 

 そう言っておもむろに榊原は通学カバンからCDケースを取り出した。おお、ありがたい。

 

「聞きます聞きます」

 

「さっすが岡本、話が分かんべ!」

 

 共通の話題に共感してくれて嬉しいのか、榊原は笑顔のまま教室へと歩き出した。光輝もそれに連れられて歩き出す、が……。体の良いように乗せられたようにも思える。チッ、相手のが上手だったか……。

 

 そっから先は時間の流れがまあ早いことで早いことで。授業ほど退屈なものは無い。合間の時間に榊原が持ってきた携帯CDプレイヤーで曲を聞いたり、気がついたら教室に暁がやって来てプロレス技をかけてきたり。流石にラナ系統は教室ではやめて欲しいものだ、心臓が口から飛び出るかと思った。

 そんないつものように時間を過ごして、4時限目終了後。昼食を購買に買いに行くとこだった。

 

「ヘロー、ナイスチュミーチュー、アンドユー?ご機嫌はどうだ。岡本光輝」

 

 背後からポン、と頭に手を置かれ、その手をぐわしぐわしといきなり回された。え、誰誰?

 

「あ、どもっす」

 

 光輝が頭上の手に必至に抵抗しつつ後ろを見やると、そこには光輝よりも長身の、長い白髪に白衣の異様な井出達の女性が居た。一応、教師である。リサ・ジャクリーン先生だ。何処か怖さもある。

 

「……えと、何か用ですか」

 

 光輝が振り向いた後も光輝の頭を撫でるというかこねくり回していた彼女は空いた左手で顎に手を当て少し考えると、その答えを口にした。

 

「ふむ、岡本光輝。お前さん、今日の昼は「保健室(ウチ)」で食ってけ。見たところこれから購買に行くように見える。何、私が手料理を振舞おう」

 

「お、マジっすか!ゴチんなりゃーす!」

 

 タダで食えることに越したことはない。せっかくだからいただくとしますか。


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