新社会「イクシーズ」―最弱最低(マイナスニトウリュウ)な俺― 作:里奈方路灯
薄暗い部屋の中。光源はとても乏しく、なぜなら、それがその部屋に必要な設備だからだ。
その部屋の中で、異能者の少年である岡本光輝は一つのガラス張りのそれ――「水槽」を「超視力」で静かに見つめていた。
「いーなー、俺もお前らみたいに困ったら入れる穴が欲しいよ。自分だけの世界、誰にも邪魔されることない理想の世界さ……」
チンアナゴ。珍穴子とも、狆穴子とも表記される、小さく細く、それでいていつも砂の中にその体のほとんどを隠しているというなんとも奇っ怪なお魚だ。センスオブワンダーを感じる。砂からピョコっと顔を出しているが、一応全長は結構長いらしい。
岡本光輝がなぜこのような場所で珍生物に感銘を受けているかというと、それには少し理由があった。別にもったいぶる理由も無く、彼はクリス・ド・レイ、鬼灯暁と共に水族館に来ていたのだった。そしてはしゃぐ二人から少し離れて、暗く人も少ないところでため息を吐きながら悦に入り浸っていた。
『今日も今日とて陰鬱ご苦労、楽しそうだね岡本光輝』
「ああ楽しいよ。人生で一番楽しい時間とは自己嫌悪してる時さ。自分を理解する事が未来へ進む事の条件、なら俺は今とても有意義な事をしている」
心の中でかけられた声、「ジャック」のそれに光輝は口に出して返す。当然のごとくそれはチンアナゴに話しかけている少年という構図になるため、何処からか「えっ、怖っ……」などと言われた。いかん、迂闊だったな……口に出すのはやめよう。というかマジでさっきチンアナゴに愚痴ってたし。
静かに、ただ静かに。その水槽の中を見つめる。閉じ込められた
『しかしてだね、岡本光輝や。君の従妹、鬼灯暁……と言ったな』
なんだよ、薮から棒に。そもそも俺はお前がしゃしゃり出てきてる現状を納得しちゃいねーぞ。
『そう邪険にしなさんな。君にしちゃ珍しい、自分の能力が割れたんだ。口止めなり口封じなりなんなり、するつもりは無いのか?』
阿呆言え。あれは俺の家族だ。疑う余地が無い、信頼してんのさ。
『……あの岡本光輝が人を信頼する?おいおい、雪でも降るんじゃないのか?』
失礼なやつだな。俺だって人間だ、縋れるものには縋るし心の拠り所にもする。この世で一番信頼してるのは「家族」だよ。
『そういうものかね。まあいい。君がいいならそれでいいさ。従妹、ね。親戚で無く、家族か。君にも人間らしい部分があるものだね』
言っておくけどお前のほうが人としてよっぽどどうかしてるんだぞ。ここに居れるだけでありがたいと思え。
『感謝感激雨霰。そんなアンタだからこそ気が合う。一蓮托生、精々この侭冥土までおぶってってくれよ、退屈はしなさそうだ』
「光輝ーッ!すごいですよ、シーラカンス!シーラカンスです!」
ジャックが語り終えて引っ込むと同時に、クリスと暁がやってきた。おおう、水族館ではお静かに。
「生きてるんですよ、でかいんですよ、ホンット、こんな!人一匹飲み込めるんじゃないかってくらいに!」
両腕をいっぱいに広げてその豊満な胸を主張してくるクリス。そうか、そんなでかいのか。さぞ素晴らしい事で。眼福。
「そらピラルクだ。日本にはまだ技術的な問題でシーラカンスを飼うのが難しくてな。確かにピラルクはすげえんだ、ロマンだよ、ああ、ロマンだ」
しかし岡本光輝、そこは冷静に返す。感情のコントロール、彼にしてみればこのぐらいは
「こうくんは何見てたの?クラゲ?」
「はは、ああ。クラゲはいいぞ、海を気ままに漂うなんて夢のようだ」
チンアナゴを見て愚痴ってたとか、なんか、小っ恥ずかしくて言えない。暁の言葉に対しても光輝はブラフで返す。対応力では負けないさ。
「そうだ、85本足のタコを見に行こう。普通はタコには足が八本しかないんだが、その標本のタコはなんと世にも奇妙!85本もの足があるのさ」
そして切り返し、第三の弾丸。この岡本光輝、侮ってもらっちゃ困るな。昔伊勢に住んでた頃には何回もこの水族館に来たことがある。目玉どこは把握してるんだぜ!
「わぁー!行きます行きます!」
よし、興味を引けた!我ながら自分の才能に感服しちまうぜ……!
『……お前さんはお前さんで中々難儀な性格だね?一々そんなメンドくさい自問自答を繰り返して生きてるのか』
こらそこ、失礼な事を言うんじゃない。これこそ人間の本来の在り方さ、思考停止しては人は生きていけないからな――
――館内の生物をしっかりと堪能し、とても満足気なクリスと暁。実のところ光輝も滅茶苦茶楽しんでたりする。
「ペンギンさんって、なんであんなに可愛いんでしょうねー……。神が与え賜うた幸せ、そう。あれは幸せですよ」
中空で両手をふよふよと動かしながら顔をにやけさせるクリス。そんなに気に入ったのか。いやまあ、確かに可愛いが。
そんなクリスの様子を見て暁はあははっ、と笑う。
「なんか、クリスさんって見た目結構怖そうだったけど、中身とてもお茶目なんですねー」
「ええっ、私怖そうですか?」
「いやまあ、初見はそうだろうな……でもまあ、確かに一緒にいると意外とこんなもんだ。お堅そうに見えて大分柔らかい」
確かに怖いというか、近寄りがたさはある。黒一色のローブだもんな……さらにこれに「黒魔女」なんて異名もあれば。そこらのコチンピラは一目散に逃げ出すだろう。しかし実際に一緒に居ると、年相応というか。思いのほか、可愛らしい部分が多かったりする。
「あの、光輝……それって、どういう……」
ほんのり顔を赤らめるクリス。それは、光輝の発言に対して。
「え……あっ」
「柔らかい」、そう捉えるのも無理は無いだろう。光輝は瞬時に顔を別方向に向かせて現状から逃げる。
いや、確かに柔らかいとも。ああ。だがそういう意味で言ったんじゃない。彼女は彼女で柔軟な思考をしていると、そういう意味だ。
「よし、みやげを買おう。ああ、買ってやろう!お、あの亀のぬいぐるみとか可愛くね?」
そしてお土産屋の方向に早歩きで向かう光輝。この後クリスに亀のぬいぐるみをプレゼントし、三人で近くの料理屋でご飯を食べて伯父さんの家に帰った。その料理屋に夜千代が居たが一瞬だけ目配せをすると直ぐにお勘定をして帰っていった。仕事熱心な事で。