新社会「イクシーズ」―最弱最低(マイナスニトウリュウ)な俺― 作:里奈方路灯
場所は静かな街並みの外れ、そこに在りしはどこにでもありそうなどこかの民家。それなりに立派なお屋敷の中で、夕方からそれはもう賑やかに宴会をする姿があったそうな。
「がはは、飲めや光輝ィ!お前ももうオトナだろう!」
「こらアンタ、光輝君はまだ飲めないよ!大学入ったばっかなんだよね?」
「あ、いえ、高校一年生です、はい……」
正月は酒が飲めるぞ、って歌があったな。いや、まだ正月でも無いのだけれど。そこには酔っ払った親戚達にくだを巻かれる少年、岡本光輝の姿が。
未成年である為仮に正月だろうとまだ飲酒は出来ない。しかし久々の帰省、無下にすることも出来ない。そう。これがつまりどういうことかというと。
「やっちゃいなよユー、ほらイッキイッキ!それイッキイッキ!飲んで飲んでそら、飲んで飲んで!」
その次の瞬間には岡本光輝の母親、岡本陽が息子の頭に缶ビールをどばばー、とかける姿が。
このアホンダラが……!あーさんがしっかりしなくてどうすんですかー!?
四面楚歌。逃げ場などこの場に無い。母親すらが敵。酔っ払い達のアフターファイブ、その中で酒池肉林に迷い込んだ少年はまるで鉄格子に囚われたように。岡本光輝は思惑する。この絶望的な状況の中でとにかく思惑した。
いや、とりあえず風呂入りたい。皆キャッキャしてるけど俺びちゃびちゃだからね。うん、ビールって頭にかけてもいいのかな?祝賀会とかでよくかけ合ってるけど茶髪になるって本当なの?やだよ俺、ちゃらくなりたくないし。
とりあえずの沈黙、はたしてどうするべきか。こんな状況、誰かが助けに来てくれないだろうか。誰が助けてくれるのかな、誰だったら助けてくれるのかな。
「もー、こうくん困ってるでしょー?ほら、こっちに来て遊ぼー?」
そこに差し伸べられる天からの恵み。
「おうなんだ暁ぃ、お前は光輝の味方かぁ?」
「あったりまえでしょ、べーだ!こうくんより大切な物なんてないもーん!」
光輝の伯父……暁の父に対して、暁はベロを威嚇するようにして突き出して突っぱねる。暁は光輝を引っ張って、大騒ぎの居間から抜け出した。
「もう、大丈夫?あの人達、自分達が飲む事しか考えてないんだから……!」
頬を膨らませて怒る暁。まだ中学二年生だというのに、まあしっかりしてることで。二歳も歳が下なのに、下手したら俺よりも大人びてる。今はともかく、この子に感謝しなければいけない。
「はは、ありがとうな暁。伯父さんら、俺が久々に帰ってきたからってまあ絡んでくることったら」
「どーいたしまして。多分、皆嬉しいんだと思うよ、こうくんが帰ってきて。だからってあそこまでいくと迷惑だよねー……」
「っはは……あ、クリスまだあん中だ……ま、いっか……」
あの酔っ払い達の中にクリスを置いてきてしまったのを後で気付いたけど、ま、いっか。意気投合するだろ。さて、風呂にでも入ってこようかな……服もびっしゃびしゃだしあんの母親め……!――
――温かい湯船に浸かり、頭も洗い、寝巻きに着替えた光輝。昔はよく使ったとはいえ、人の家の浴室というのはなんとなく不慣れである。いまいち勝手が分からない。
「――ふう、さってコーラコーラっと」
冷蔵庫に入れておいた350缶のコーラを取り出して、縁側へと向かう。火照った体を涼ませるためだ。さすがに空には青空は無く、夕日も通り越して宵闇だった。いや、こーいうのも静かでいいもんだ。
『やはり賑やかだな、坊主の故郷は』
「ああ、本当にな。……懐かしいな」
コーラを開封し頂きながら、ムサシと語らう。風はあまり無い。懐かしい、ムサシが視えるようになったのもこの土地だった。自分を落ち着かせるために街中を走って、駆け回って、そうしてたどり着いた一本の木。
柳の木の下に、この男は佇んでいた。見るからに武士のような格好だったそれを、幽霊として理解したのは意外とすぐだった気がする。心の中でなぜか、そう納得したのだ。
「……よく俺に着いてきたな」
『心に大きな隙間が
「そんなもんか」
『そんなもんぞ』
ウマが合ってるかどうかすら怪しい。好みが違ければ、波長がそこまで合うようにも思えなかった。しかし、嫌悪感は無かった、後は惰性、なんとなくで。
そのおかげでちょくちょく美味しい思いもさせてもらってる。……いや、下手に出来ることが増えた為面倒事に顔を突っ込むようになってしまった。まあいいか。出来ない事が出来るようになって悪い気はしない。それが俺の力でなくても、誰かの役に立てたのなら俺の寝覚めは良い。じゃあラッキーだ。へへっ。やったぜラッキー。
いつまでそうしてただろうか。気が付けば少し寒くなっていた。おお、いかん。あんまり冷えすぎては風邪を引いてしまう。そろそろ部屋に入るか。
「あ、こうくん此処にいたんだー。今日は久々に一緒に寝よー?」
「いや、お前もいい歳なんだし流石にそれはイカンだろ」
こいつもこいつで人と一緒に寝たがるな、暁め。どうやら彼女も風呂上りらしく、ピンク色の可愛らしいパジャマに着替えていた。俺と一緒に寝ると吉夢でも見れるのかよ全く。
「いいじゃんいいじゃん。って、あー!」
『むぅ?』
暁は虚空を見つめて声を上げた。いや、正確にはそこは虚空では無い。
「こうくんも視えるようになったんだねー!奇遇だね、私もだったんだー!」