新社会「イクシーズ」―最弱最低(マイナスニトウリュウ)な俺― 作:里奈方路灯
「光輝っ!海ですよ、私達海の上を走っています!あ、魚が跳ねました!」
新幹線の3列シートの内一番窓側ではしゃぐクリス・ド・レイ。その窓は通常の新幹線のそれよりも展望という目的の為にはるかに大きく設計されており、その外側には一面の「海」が広がっていた。
「ははっ、すげえだろ!日本革進計画のプランの内の一つ、海上新幹線!その
得意気に説明をするのは
クリスの隣では、光輝の母親である岡本
「まったく、ウチのかーさんは……まあいい。すまんクリス、ちょっとトイレ行ってくるわ」
「あ、はい」
光輝は席を立ち、トイレへと向かう。クリスと一緒に海を眺めるのは楽しい。しかし……いかんせん、岡本光輝という男は海というもの自体をそれほど好いている訳ではない。嫌悪感を抱くほどの事でも無いのだが……そこには
用を済まし、男子トイレを出て席に戻ろうと帰りの通路を行こうとした。その時だ。
「よう」
「……はい?」
後ろから声がかけられた。どこかで聞いた事のあるような声に振り向く。しかし、光輝は振り向いてそれを間違いだと悟った。
焦茶色のテンガロンハットに黒いサングラス、白のインナーに黒の
いや……誰?
こういう時、目が良いというのは不便である。その一瞬で視覚情報を認識し脳内で解きほぐす為、それ以外の要素を「意味の薄いもの」として処理するのだ。つまる所、見てしまったが最後、そこに見知った要素がない場合、対象という物の答え合わせが難しくなる。
「わたしだよ」
そういって少女はサングラスを取った。そして、瞬時に理解出来た。「あ~、なるほどね」と。世の中とはそんなもんだ。問いと答え、その中間というのは確かに難しいものである。脳みそのタンスの奥に仕舞ってしまった物を瞬時に取り出せないような感じだ。
「黒と白をとりあえず取って付けたように配色すればそれっぽく思えるとか安直な考えのコーデ、ああ、やっぱお前だ。黒咲夜千代。……いや、此処はやっちーと呼ぶべきか」
「……お前それだれから聞いた?」
「さあね」
愛称を呼ばれて眉をひそめる夜千代。ちなみに「やっぱ」、と言ったのは強がりだ。アド稼ぎ。見栄というのは、ブラフを張ってでも時には欲しくなるものだ。実際は種明かしが無ければ誰かわからなかっただろう。それぐらいには彼女は普段と違っていた。けど、夜千代に対して敗北するというのはなんか悔しい。
「どうだ?今日の私は似合うか?ガーリーだろう」
そう言って少し自慢げに腕を広げて見せ付けてくる夜千代。確かにいつもの粗雑な服装よりはとても女性らしい。
「ガーリーじゃなくアダルティーだな。大人の女性みたいで美しいぞ」
「見る目があるじゃんかよう。今日はお出かけだからな!」
褒められて笑顔になる夜千代。なんだ、意外とそういうところもあるんだな。てっきりこの世の流行りその全てを「自分以外」と淘汰し自分の世界のみに生きる……そういう人物だと思っていたが、流行りも気にするんだな。結構可愛い所あるじゃないか。ただの無愛想な奴だと思ってた。
「少しだけ背伸びしてみたのさ!……んでお前のそれは何」
「ザ・ソウルオブジャパン「
『イカした
対する岡本光輝が来ていたのは「大和魂・日本」を英語に表してプリントした長袖のシャツに上着を羽織った物だった。
……ムサシがこれが良いっていうから仕方なくだな……。勘違いした外人系センスとか言わんでくれ……
「まーいい。んで、お前が此処に居る。偶然じゃあない」
そんな不毛な話はとっとと切って、この新幹線に夜千代が乗っている理由を聞いてみる。誤魔化した訳じゃない。
「最低限で済ませるぞ。私の口から言える最大限、後は察しろ。令嬢の護衛。岡本家とはなるべく接触しない事。有事の際はそれらの排除、また対象の問題行為の抑制……以上だ」
飲み込みが早い、待ってたのだろう。最低限とは言ったが、簡潔に全ての要点を語ってくれる彼女。周りには誰も居ない、「ムサシ」が反応も示さない事から聞かれているという事はまず無いだろう。それで終わり。彼女の意図は汲み取った。
「ありがとう。何かあったら連絡するよ」
「精々何も無い事を祈る。おかげ横丁が楽しみだ」
それを皮切りに夜千代はその場を離れた。新幹線はそのタイミングで丁度「海中トンネル」に入ったようだ。さて、しょうがない。クリスと一緒に海の中を見ようかな――
――なんだかんだであれこれ夜千代やクリスと話している内に、新幹線は目的地に着いた。一歩、また一歩と地面を踏みしめる。
……嗚呼、この空気。心なしか澄んでいるように感じる。気のせいか、俺の故郷だからか。三月に出たから、九ヶ月ぶりか……!
「あーーーーー、伊勢だーーーーー……!!!」
改札を出て、ロータリーへ。腕を広げ、大きく息を吸う。吸って、吸って、吸い込んだ。美味い。美味すぎる。解き放たれる解放感、イクシーズじゃない。次元が違う。よくわからない、「地元」とかいう高揚感。高ぶる。いかん、脳内で歓喜が木霊のように響き渡る。
「気が付いたら着いてたなー。ずっと寝てたわー……」
「此処が、光輝の故郷……なんかこう、感慨深いですね……!」
それぞれがそれぞれの想いを抱き、その地に立った。……いや、ただの帰省なんだけどさ。クリスは光輝と陽だけが帰るのもアレなので、一緒に着いてきた。瀧の家に止まらせるという手もあったのだが、クリスがどうしても来たいというから仕方なく。……叔父さん達に勘違いされないかなー。
「こうくーーーーーーん!!」
瞬間、光輝は声のした方を見た。「こうくん」、岡本光輝のかつての愛称。しかして、この呼び方はただの一人しか使わなかった。だから、今回は見る前に一瞬で分かった。九ヶ月ぶりの声でも、岡本光輝はその声を捉えた。
「おう、あか――」
「とぅっ!」
「りィッッッ!?」
声の少女。小柄、光輝より一回り程小さい。その少女、光輝の眼前まで来るとそのまま飛び跳ね、光輝の頭部――首に脚を回して、絡めるように。そのままくるりと遠心力をかけ、完成。
それは、岡本光輝がその少女を「肩車」しているという構図だった。こら、女の子がそういうはしたない事しちゃいけません。しかもスカートだし。
「っっっふぅ……「ラナ」か「シュタイナー」が飛んでくると思ったから覚悟は完了したがな、こういう危ない事はいい加減やめとけよ
「えー?久々のこうくんだもん、楽しまなきゃ損だよー」
「おっひさー!暁ちゃん、光輝の事なんか気にせずどんどんやっちゃってねー」
「はい、叔母さん!遠慮しません!」
光輝の講義に対して、なんの躊躇いもない母と少女。クリスはその光景を、ただ無言で見ていた。
その口が、ようやく開かれる。
「あの……えっと、その……」
「ああ、紹介するよクリス。俺の
「……んー?こうくんの、ガールフレンド?」
光輝よりも幾分か幼い、しかし何処か似通った顔立ちの少女は、その顔を傾げた。