新社会「イクシーズ」―最弱最低(マイナスニトウリュウ)な俺―   作:里奈方路灯

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岡本光輝の決意

 12月頭、冬休みに入るまだ前の事だった。休日、イクシーズの高等学校の内の一つ「臨空高校」の職員室にて、一人の女教師と、また、一人の男子生徒が向かい合っていた。

 

「はいよ、これがイクシーズ外出許可証だ。期限は年末から年始の一週間。岡本光輝とクリス・ド・レイ、そんでお前の母親の……岡本(ひなた)さんの分だ」

 

 激しく入り乱れた黒いパーマの髪に黒一色のポンチョを羽織った(くっら)そうな見た目、瞳はやる気という物を一切見せてなく、そこに生気すらあるのか疑わしい女性。なんてことは無い、このお方こそこの学校のボランティア部の顧問をしておられる倶利伽羅(くりから)綾乃(あやの)先生だ。こらそこ、人選ミスとか言わない。

 

 綾乃はイスに座りながら横の空間に手を「突っ込んだ」。すると、そこには黒い――というかまさしく「闇」のような物が現れ、その中から三枚のカードを引っ張り出して岡本光輝に渡す。これが「イクシーズ外出許可証」。まるで免許証だ。イクシーズから外に出るには、事前にこういう手順を踏む事になる。地味にめんどくさい。

 

「はい、ありがとうございます」

 

 岡本光輝はその手から外出許可証を受け取る。俺と、クリスと、母親。確かに受け取った。写真と生年月日、外出期間をしっかりと視認する。問題なし。

 

 綾乃は再び闇に手を突っ込み球状の棒キャンディを引っ張り出すとペリペリと包装を捲って口に放り込んだ。いやおいおい、一応職務中では?

 

「あー、焼き鳥食いながらアサヒ飲んでメビウスぶはーってしてー。おかもとーぅ、書類やってくれよぅ」

 

「いやダメに決まってるじゃないですか」

 

「ケチんぼだねぇ。女の子には優しくしないとダメだぞぅ?」

 

「女の子……?」

 

 知っている。倶利伽羅綾乃、14年前に新設されたばかりのイクシーズを荒らしまわった対面チーム「不動冥王(フドウミョウオウ)」の総長(ヘッド)。当時高校生だった彼女の年齢から逆算しても、今の年齢は3……

 

「細かい事は気にするな。女が自分の事を「女の子」と言ったらそれは「女の子」だ」

 

「イエス、マ……女の子!」

 

「よろしぃー」

 

 いきなり眼付が「死人」から「冥王」になり、光輝はその場に姿勢を正して敬礼した。おっと、危ない危ない。相手はSレート能力者だ、こんなとこで殺されちゃかなわん。

 

 さて、用も済んだんだ。とっとと帰って音楽でも聞くかな。今日は何を聞こうか。洋楽の気分かなー……

 

「あ、そうそう。お前もうクリスとやった?」

 

「教師が生徒に向かってする話じゃないですよねぇ!?」

 

 後ろからかけられた爆弾発言に光輝は一瞬で振り向いて異を唱えた。良かったぁ、職員室に誰も居なくて……!

 

「え、まだなの?あ、もしかして本命はやっちー?やっちー可愛いからねぇ、後ろから抱きしめてぎゅーってしたくなるよねぇ、猫みたいだよねぇあの愛想の無さ」

 

「やっちーって、夜千代か!いや違いますって!そもそもそういう関係じゃないんですって!」

 

 一瞬誰だか分からなくなって、思考して、直ぐに分かった。やっちーで該当する知り合いは黒咲夜千代しか居ない。というかこの人の脳みそはどうなってるのか。餡子かなんかでも詰まってるのか?闇っぽいし。

 

 綾乃は怪訝そうな顔をして慌てふためく光輝の顔を覗き込む。……いったいなんだよ。

 

「枯れてんのか?おめぇ。だらしねーな」

 

「枯れてません。健全です。至って真面目な好青年です」

 

 光輝が反論をすると、綾乃はイスの背もたれに背を勢いよく倒し、ふぅーっと天井を仰いだ。そんなに呆れるか。

 

「雑魚。一言で言うならお前は雑魚だ。恋も愛もわかっちゃいねぇ、そんなんじゃ男として失格だぜぇ?」

 

「い、いきなりなんですか」

 

 彩乃はその体勢のまま顔だけを此方に向ける。器用だなおい。

 

「いいか、お前は性格は悪いが顔は悪く無い。あいつらとの関係も悪くない。なら、やるべき事は一つなのさ」

 

「はあ」

 

 性格が悪いとかいきなり言われたけど聞き流しておく。この手の人には反論するだけ損だもん。怖いし。

 

「やっただのやらないだの、難しく考えるこたぁないんだよ。お前がやらないって事はどういう事か分かるか?」

 

 彩乃は右手を、握りこぶしを、握った人差し指と中指の隙間から親指をのぞかせたその握りこぶしを光輝に突き付けた。

 

「他の誰かがやる。そういう話だ。それが人生だ。代わりなんていくらでも居るのさ」

 

「……」

 

 言いたいことは分かる。彼女の言うことは間違ってない。こんなクッソ阿呆みたいなシチュエーションで無ければ心の底から感心してこの先生は凄い!最高だ!と涙ながらに聞いていたんだろーなーと思いつつそのまま耳を傾けた。

 

「奪われるだけの人生、与えるだけの人生。大いに結構、それはそいつの生き方だ。……」

 

 瞬間、綾乃は上体を起こし光輝の胸ぐらを掴んだ。

 

「阿呆かァ!テメェそれでも玉付いてんのかァ!!?」

 

「えぇー」

 

 えっ!ちょっ!?何々!?この先生怖い!!

 

「人は欲しがる生き物だよ。欲望こそが人を昇華させる最高の肴さ。それを見て見ぬ振りして過ごすなんてのぁ、とんでもねぇ。二股でも何股でも良い。てめぇから突っ込んでみろ。男だろ?」

 

「いや、二股は良くないとおもうんですが……」

 

「いーんだよ、そんな糞どうでもいい事は」

 

 綾乃はようやく胸ぐらを掴んでた手を離す。いや、どうでもよくはない。

 

「ようするに、だぁ。お前も男だったら、怖がらずに前に進んでみろって話だぁよ。別に一回や二回いたしたから結婚だとか、そういうわけじゃねえんだ。憧れの子と付き合えたと思ったらあら不思議。突き合ってみたら意外と反りが合わなくて別れちまいました、って話もある。案ずるより産むが易し、って言うだろ?あ、お互いが納得するまでゴムは付けろよ」

 

「はあ……」

 

 そういう生々しい話は反応に困る。スケ番脳だとこんなもんなのかなあ?

 

「命短し恋せよ少年。ボーッとしてたら青春なんてあっという間だ。若いうちにはなんでもやっておけ、大人になったら少年院(ネンショウ)じゃすまねぇんだからよ」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 結局いまいち腑に落ちずに倶利伽羅綾乃とのツーマンは終わった。所々(シモ)い話が多くてあの人の脳みそを疑ったが、為になる話もあった。

 

 そうか、俺がやらなきゃ他の人がやる。分かりきっていた事だったが。

 

 今の岡本光輝には、それが痛い程に分かっていた。クリスの隣に一番立ちたいのは他の誰でも無い、この俺だ。この俺が、クリスと並びたい。いいじゃないか。岡本光輝、お前らしく、なんでもやってみせろ。お前は目的の為ならどんな事だってやれる人間だ。

 

『欲しけりゃ力を貸すぞ?坊主よ』

 

 心から聞こえる、ムサシの声。ああ、貸してくれ。使えるものは全て使うさ。

 

 岡本光輝の一心発起。こんな所で焚きつけられるとは思わなかった。が、一応礼を言っておこう。ありがとう、倶利伽羅先生。アンタの話は半分に聞いておく。けれど。良い後押しにはなった――!


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