新社会「イクシーズ」―最弱最低(マイナスニトウリュウ)な俺―   作:里奈方路灯

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雪華街にて小雨師匠と3

「ま、待って……師匠!」

 

「待てるかよ。もう「始まって」んだ」

 

 ストップを乞う征四郎に対して、耳を傾けない小雨。此処はイクシーズのスタジアムでは無い。電磁フィールドによる物質耐久の底上げなどなく、真剣がその身を貫けば勿論の事「そういう事」になる。

 

 灰音(はいね)(せん)が構えたあれは真剣だ。小雨に教えを受けた征四郎の目では見ただけで嫌というほど分かる。

 

 肉体を切るということ。勿論、ただでは済まない。腕や脚の一本や二本だったら、イクシーズ内ならなんとかなる。出血多量による失血死さえ防げば、くっつける事も出来る。内蔵なども、まあまだなんとかなる。死にさえしなければ、ある程度のリカバリーが効く。

 でも此処はイクシーズでは無い。雪華街。小雨が此処も異能者の街だと言った。それすら初耳ではあったが。此処に果たしてその治療施設があるのだろうか。無かったら……そんなの、嫌だ。

 

「征四郎ォっ!!」

 

 ビクッ、と征四郎はその身を震わせた。その名を、怒号で小雨が呼んだからだ。萎縮する。

 

「眼を背けるな!見据えていろ。背中を捉えろ!お前が見ているそれは、この世無双の異能者だ!!」

 

 小雨が征四郎に説いた、その瞬間。空間が歪んだ。その一体の空気が、降り注ぐ雪が、吐息が、流れる時間が、「スローモーション」になる。その中で征四郎がなんとなく分かったのは、相手「灰音殲」の速度だけが、そのスローな時間の中で影響を受けず動いた事だった。

 

厳界(げんかい)(いつくし)」」

 

「師匠っ!?」

 

 灰音が呟いた瞬間には、スローな時間とその一閃は終わっていた。地面スレスレまで届いていた肩から伸ばした上向き刃の鋒は、気付けば振り下ろすような形で地面に刃をぶつけていた。

 その剣閃、それこそまるで夢幻(ゆめまぼろし)の如く。太刀筋が見えなかったが、形を見てしまえば後から理解出来た。勿論、後から理解しては遅い。あの剣は一度地面から切り上げられてから、そのまま滑らかに地面へと振り下ろされたのだ。不可視の剣閃。初見殺しには上出来というか、対処のしようが無いのが目に見えた。剣技というには余りにも高度すぎる。そんな理屈がまかり通っていいのかと思うほどにだ。

 

 だが、ここで一番注目するべき点はそんなことではない。むしろその過程なんてどうでもよくなるぐらいにその結果は後藤征四郎という人物の脳裏に希望を焼き付け、同時に絶望を植え付けた。

 対する相手、その手練「三嶋小雨」。彼女はあろう事かそれら事象全てを置き去りにして、遥か遠く……灰音の背の向こうに「匕首(あいくち)」を抜いて立っていた。

 

 抜刀どころか彼女が進んだ瞬間すら見えなかった。しかし、地面に残った幾つもの雪への足跡が、彼女が確かに「駆け抜けた」事を教えてくれた。

 

「お前の敗因は積もりすぎた。軽く見積もっても簡単だ。第一に構えは最後まで取っておくべきだった」

 

 キッ、と鉄が滅びる音がした。その音は、灰音の刀から。180cmの立派な日本刀が、真ん中から真っ二つに斬り折られ雪が積もった地面に埋まり落ちた。

 

魔弾(まだん)燕返(つばめがえ)し。剣技を超えた剣技である故に付けられた「秘剣」では無く「魔弾」。「兜割り」の完成形ともされる、もはや法術クラスだ。対応出来る剣技は無い。じゃあ剣技じゃなくていい。私のは殺法でな」

 

 硬直する灰音の背に、小雨は振り向いて匕首を突きつけた。刀という武士の心を失った灰音に対抗する術など無い、「いつでもお前を殺せる」という合図。

 

「領域を支配するタイプの能力、タイミング自体はいいがツメが甘い。切り込む直前じゃなく切り込んでいる最中にすべきだった。あの手の能力は相手の出鼻を挫くんじゃなく相手の脚を戦闘中に狂わせてもつれ込ませてこそ真価を発揮する」

 

「……」

 

 灰音の能力、それは「指定空間の減速」。一定の空間の時間を遅くする能力だ。その能力対象内に自分は含まれない。緩やかな時間の中で自分だけが自由に動くことが出来た。イクシーズの査定なら少なめに見て4と言ったところか。非常に優秀な能力、5の評定をもらってもおかしくないほどに。

 

 しかし、相手が悪すぎた。相手はSS(むそう)の能力者だ。

 

「最後に。舐めてんのか?お前。この三嶋小雨、初見殺しなんて一発芸の馬鹿正直にしか戦えねぇ奴に負けるほどヘボくねえ。お前に一番足りねぇのはこの私様に対する敬意だよ。食い殺すつもりで来ないと私は切れねぇぜ」

 

「……一生の不覚。殺せ」

 

「アホか。私は私より弱い奴を切れるほど優しく無いんでね。私に切られたけりゃ私を(おびや)かしてみろよ」

 

 チンッ、と剥き身の匕首を懐から取り出した鞘に収めると、小雨はその匕首に軽く触れるように接吻を行った。

 

「いーい子だ、「鋭閃(えいせん)」。……くだらん時間だった。征四郎、帰るぞ」

 

 「鋭閃」。その匕首の名前だろうか。口付けを受けた匕首はポゥ……ッ、と薄紫色に一瞬だけ光った。歩き去る小雨の後を、我を忘れてその光景を見ているだけだった征四郎は急いで追いかける。

 

「あっ……はいっ!」

 

 何が何だか分からなかった。そんな、一時のやり取り。けれど征四郎はその中で深く深く、思うことがあった。それは、まだ自分が未熟であること。この人のステージに、同じ土俵にまだ征四郎は立てない。いったいどれほどの階段を駆け上がればいいんだろう。俺はどうやって、この人の隣に立てばいいんだろうか――

 

――石鹸を擦らせて泡立たせたタオルで、その小さな背中を強すぎず、優しすぎず洗う征四郎。小雨が征四郎にオーダーしたのは、こともあろう事か「背中流し」だった。

 

「えっと……このぐらいでしょうか?」

 

「あ~~……いいね。君、いいよ。スゴくいい。ウチで働かない?ギャラは弾むからさ」

 

「ヘへ、そりゃどうも……って、なんかいかがわしいやり取りっぽく無いですか?体洗い屋なんてやりませんよ俺」

 

「ちぇっ、ざんねーん」

 

 背中を洗っているだけなのに非常にリラックスしたような声を出す小雨。やめて下さい、それは俺の心の刃に響きます。

 背中を洗った後は、頭髪へ。シャンプーを手に取り、手のひらで捏ねて泡立たせ、その頭皮にすべり込ませる。こちらはとにかく、優しく。なぞるように、時にかき混ぜるように。

 

「そういや、聖夜祭の優勝は決まったよ。天領白鶴を倒して白銀雄也が台頭してきた。二つ名は「白金王者(プラチナム・ヘッド)」だとよ。ま、予想通りか」

 

「へぇ、あの人が……」

 

 驚きではない。ある程度の目星はついていた。風切雅か、天領白鶴か、白銀雄也。この三択で元々ファイナルアンサーだったため、特段言うような事も無い。

 

「さて、敵は「聖天士(せいてんし)」に「熱血王(ねっけつおう)」に「白金王者(プラチナム・ヘッド)」……。あーあ、トリプル役満だ。これをどうやって「不注視(ノーマーク)」くんは切り伏せるんでしょうねぇ……?」

 

「……」

 

 無言。征四郎は無言だ。

 

「まあ、私なら……って、ちょ、強い!征四郎!強いって」

 

 煽る小雨に、征四郎はその指先の力を強くする事で答えた。

 

「勝てます。俺はね、勝てるんですよ。三嶋流斬鉄剣は無双の刃。絶対に勝てます!」

 

「……くっ、はっはっは!」

 

「な、なんで笑うんですか!」

 

 シャワーのお湯でその頭を洗い流す征四郎に、小雨は笑いかけた。

 

「いや、お前で良かった!最高だよ!勝てるぜ征四郎!あっはっは!」

 

「だから笑わないでくださいよ、もう!」

 

 小雨は征四郎に格の違いを見せつけた。征四郎に高みを見せるためにだ。彼を怯えさせるため、怯えもまた人を強くする。

 

 そんな征四郎を慰めてやるつもりが、彼は一人でちゃんといきり立ち、その高みを登る事を決めたようだ。

 

 だとするなら、笑いが止まらない。これは喜びの笑いだ。後藤征四郎は逸材だ。この貪欲な強さ、臆してなお先へ進もうとする図太さ。

 

 そんな彼の姿が、かつての自分に瓜二つだったからだ。









三嶋小雨→後藤征四郎 可愛(かわい)(あい)する愛玩弟(あいがんおとうと)のような愛弟子(まなでし)
後藤征四郎→三嶋小雨 憧れの超師匠(スーパーししょう)ゴッドS(スーパー)S(ししょう)

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