新社会「イクシーズ」―最弱最低(マイナスニトウリュウ)な俺― 作:里奈方路灯
「どいてろ」
後ろに下げたホリィを離れさせると光輝はズボンのポケットから2本の棒のようなものを取り出し、それを両手に持って空中で振った。すると、その棒は一瞬にして伸び三段の長い武器になった。2本の武器を、何の躊躇いもなく目の前の瀧シエルに向ける。
「特殊警棒か。悪くない。弱者が強者に立ち向かうには、道具の力を借りるべきだ」
光輝が手に持ったそれは
対峙する瀧は無手。その手には何も持たれていない。なぜなら瀧に武器はいらないからだ。
「行かせて貰おう。「
瀧は呟くと、その体と周りが霧に包まれる。視界が悪くなったその状況で、光輝の「超視力」はそれを捉えていた。
直後、真横から飛んでくる拳。光輝はそれを避けると同時に警棒で殴りつける。が、距離を迂闊に詰めてはいけない。殴り返しを終えると、光輝は下がる。
「反応するか。やるね」
「言ってろ」
瀧は足を止めない。拳が警棒によって殴られたという事実を無視するように止まらない。通常、警棒で拳を殴れば「砕ける」。骨程度余裕で折られるであろう。しかし瀧はそうではない。
「次だ。「
瀧は前にステップを踏んだ。離れていた間合いを、一瞬で詰められた。その速さはおよそ人間のそれでは無かった。が、光輝は「超視力」と「二天一流」で対応する。
「視えてんだよ」
瀧による速さ重視の拳の連撃に、光輝は両手の警棒で応戦する。幾つか受け止められはするものの、体に何発か貰う。が、こちらも警棒で向こうに何発か入れている。「ムサシ」の身体能力のフィードバックがなければ既に光輝は立てなくなっていただろう。それほどの、速くて強力なラッシュだ。警棒が2本なければ手数が足りずに沈んでいたかもしれない。
「二刀流、か……ッ!素晴らしい!」
通常、物を2本持ってそれを別々に動かすのは常識で考えて不可能だ。剣道の試合では二刀流を認められているが、行われない。なぜなら2本を両手で動かすより1本を両手で動かす方が遥かに簡単で遥かに強いのだ。
試せばごく簡単にわかるのだが、両手で同時に別の絵を書く事は出来ない。書かれたその絵は、理想とは大きくかけ離れているだろう。それは出来るとは言わない。人間の脳というのは、両の手を別々に複雑な動きで使うことに適していないのだ。
2本より1本。それが定石。二刀流を行ってもいいが、勝てないだろう。故に、不可能。
しかし、今の光輝は違った。光輝は二刀流を行っている。それは、背後霊「ムサシ」による遥かな才能と鍛錬の賜物。彼の才能が、磨き上げた技術が、異能にまで昇華し「二天一流」を可能にする。幻の、二刀流。
勿論、瀧は狼狽えていた。かつて自分をこれほどまで楽しませた人間など居ただろうか。
瀧にとって、瞬殺は当たり前。たまにワザと時間を延髄させて楽しむことはあろうと、瀧をして興味の対象になることは無かった。
が、目の前の人間に興味が沸く。
瀧は今、「半分本気」だ。普段ならこの時点で瞬殺が可能である。けれど、目の前の男は食い下がった。それは、Eレートであるハズの岡本光輝。ほんの僅かな「好意」は抱けど、それは圧倒的な「興味」に成り得はしなかったハズだ。
それが今はどうだ。
Sレートであるはずの最強「瀧シエル」相手に食い下がっているではないか。これほどの興味、今までにない。瀧は、岡本光輝に圧倒的な「興味」を抱いていた。
殴り合いを瞬時に止め、瀧は後ろに高速のステップで下がったと同時に空中に正方形を描くように拳を打ち込む。すると打ち込んだ箇所にそれぞれ赤色、水色、茶色、緑色の光が漂う。
「駄目、光輝さん、避けてっ!」
ホリィの声。が、遅い。光輝の足は動かない。
「興が乗った。耐えろ」
瀧は更に白い光を纏った拳でその正方形の中央を打ち抜く。
「
すると、正方形が中央に収束しそこから強大な光の波が放たれた。
光輝はその構えが始まる時点で知っていた。それは、聖霊祭の決勝戦で瀧が一度見せていたからだ。電磁フィールドで覆われた会場だからこそ、対戦相手は病院送りで済んだ。しかし、今のそれはわけが違う。守られるものも無い。
避ける?駄目だ、範囲でそのまま飲まれる。守る?どうやって?
思考を高速で回転させる光輝。目の前に在る不浄利。どうすれば立ち向かえる?
直後、光輝は本能で動いていた。
「来い、「ジル」!」
光輝が選んだ選択は、イチかバチかの賭け。
『貴様に呼ばれるのは久しぶりだな』
光輝が呼んだその名は、背後霊とは別の光輝の中に眠る「潜伏霊」。ジルと呼ばれたその霊が、光輝の体に憑依する。
すると、光輝のEX能力が移り変わった。体から、黒い力が溢れ出す。
「く、「黒魔術」……!?」
ホリィの目には見えていた、光輝の新たなEX能力。「二天一流」が消え、新たに加わった「黒魔術」。
「消え去れえぇぇぇ!!!」
光輝は右手から警棒を離し手を前に突き出した。その手から放たれる、闇の障壁。周囲一帯を眩ますほどの瀧の拳から放たれた光の波は、闇の障壁に全て飲み込まれていった。
「……っ、
瀧は、驚きつつも
「っ、やるぞ「ムサシ」ィ!」
『合点承知!』
光輝も瞬時に憑依を「ジル」から「ムサシ」に移す。EX能力が「黒魔術」から「二天一流」に変わった。
地面に捨てた警棒を拾い直している暇は無い。光輝は一本の警棒を両手でしっかりと握りこむ。
瀧の襲いかかる右拳。すんでのところで避ける。狙いはここじゃない。
瀧の次の構え。左拳が放たれる直前だ。ここを、全力で叩く。
「喰らいやがれ!」
光輝の両手による振り上げた警棒の一閃。瀧はその回避を間に合わないと悟ったか、両腕による「十字受け」を選んだ。腕をクロスさせることによる、強力な防御。瀧の能力なら、それは遥かに強固になる……ハズだった。
「ムサシ」の「二天一流」は、本来不可能な二刀流を実現可能にする力だ。その条件として確かな力と技の二つを条件とする。力と技、揃ってこそ可能な方法だ。
その力を1本の刀で振るったらどうなるのか。かつて
「『これが……「剛の一太刀」ぞ!』」
警棒を振り抜く光輝。それは、単なる1撃じゃなかった。二本の刀を振り回す力に、別々に動かす技術。その行き着く先にある方程式は、これだ。
通常の二乗。
「ムサシ」の異能が成せる偉業。瀧の十字受けの防御を貫き、瀧の脳天へとそのまま警棒を振り抜いた。
「ぐぁっ……!?」
瀧はそのまま地面に倒れふし、額から流血をした。起き上がらない。起き上がれない。
瞬間、光輝は手に持っていた警棒を地面に落とした。
「っはぁ、見たかよSレート!これがテメエの身の程だ!」
倒れふした瀧に、勝者の言葉を投げつける光輝。光輝は、対面に勝ったのだ。Sレートである瀧に――
――白熱しきったサマーフェスティバルの会場。遂に、決勝戦が終わった。
『決まりましたァーッ!優勝は、「熱血王」厚木血汐選手でぇーすッッ!!』
沸き立つ全観客。今年のサマーフェスティバルの優勝者が決まったのだ。
『では厚木選手、一言お願いします』
エリアの厚木血汐はMCマックからマイクを受け取ると会場に向かって叫ぶ。
『大聖霊祭、俺と戦いたい奴は誰でも構わない!残りの二つの祭で、見事優勝してみせろ!』
血汐の言葉。会場が再び、沸き立った。その会場に、瀧と光輝は居なかった。
夕暮れの会場外、瀧と光輝は二人してベンチに座っていた。あの後、ある程度の話はつけてお互い会場に戻った後にまた、ホリィを除いて二人で合う約束をしていた。
「なあ……怒っているか?」
「別に……」
不安そうな表情の瀧と、無表情な光輝。その無表情が、瀧の不安を募らせる。
「すまない、君の力が見たくて……ホリィにも、申し訳なかったと思っている」
先ほどまでの狂戦士のような姿が嘘のようで、今はしおらしい少女のような瀧。
「……嫌いになったろう?」
「聞かんでも分かることを。俺がお前を嫌いになるわけ無いじゃないか。共に青空を共有する盟友だというのに」
呆れ顔の光輝。光輝は、瀧を嫌いになってなどいなかった。
「むしろ、お前の素顔を見れたからこそお前がより好きになったと言える」
そう、瀧が見せた「暗闇」の一面。だからこそ、光輝は瀧に抱くものがあった。
光輝は善人が嫌いだ。善だけでは、世の
「ほ、ホントか!?」
無邪気な表情の瀧。こういう時の瀧は、非常に好感を持てる。
「だが約束しろ」
ガシッ、と光輝は瀧の肩を腕で抱き寄せた。まるで親友のように。
「二度と俺たちに危害を加えるな。それが守れるなら、俺はお前を嫌いにならない。二度は無いからな」
勿論、ホリィを襲った瀧には怒りを覚える。が、罪を憎んで人を憎まず。瀧が反省し、今後に活かせるならばそれ以上の事はない。
「……ありがとう、約束するよ。むしろ、全身全霊を持って君たちを守るさ」
瀧も光輝の肩に腕を回した。
「視界は違えど」
「世界は同じだ」
「俺が空を見上げれば」
「私もまた同じ空を見上げる」
「この晴天の下で」
「私たちは繋がっている」
「いつか」
「その手に」
「「征天の日を」」
光輝と瀧は、互いに空いた手で拳を合わせた。