新社会「イクシーズ」―最弱最低(マイナスニトウリュウ)な俺―   作:里奈方路灯

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雪華街にて小雨師匠と2

「ちょ……近いですって師匠」

 

「良いではないか。来る衆無い、(ちこ)う寄れ」

 

 それなりに広さのある濁り湯の湯船の中で、何故か小雨と征四郎は背中合わせで浸かっていた。

 

「およしになって~おとのさま~……じゃないっすよ、もう……」

 

 離れようと思えば離れれるのだがそうすれば多分追いかけて来るだろうし、この状態だったら小雨の方を直視する事も無いのでここが妥協案だとして征四郎は諦めることを選んだ。大分気分が良いようで、声色からもそれが伺う事が出来る。

 

 しかし、背中越しにでもわかる、その小ささ。征四郎自体、背が低い方であった。153cm、今時の中学生なら余裕で超えていく数値だ。

 その背中すら下回る程の身長。それが、三嶋小雨だ。そんな小さな背中が、幼く見えてしまう容姿が、こんなにも近くて、だが――こんなにも遠い。

 

 柔肌を感じているが、彼女の正体は無敵にして無双。いつだってそうだ。彼女はその背中を追うことを許してくれている。追いすがれと言ってくれた。けれど、遠い。遠すぎるのだ。片鱗は見えても、捉えるなんてとてもじゃないけど出来ない。

 

 さっきだって、そうだった。未だに、まだ――

 

――雪華街、その内の繁華街。まだ六時過ぎだというのに、空は既に闇に包まれていて。その闇から白き雪がこんこんと降り注ぐ中で情緒溢れる街並みを、浴衣にシューズという姿で後藤征四郎と三嶋小雨は歩いていた。上に羽織りものをしているので多少はあったかいが、やはり少し寒い。

 

「ははっ、すげえぜ征四郎!まるで江戸時代かなんかかよ此処は!」

 

「いやー、すげーっすねこれ。やっぱこーいうのって和ってテイストでたまんねーっすねー」

 

 茶色い地面に街をずらーっと並んでいく瓦葺の建築物、灯される明かりは提灯や灯篭。そのオレンジ色の光の中を、多くの人が行き来する。地元民も居れば観光客も多いだろう。コンクリートジャングルにネオンサインが照らす都会とは世紀が違うように感じてしまった。あそこはあそこで人が多いのだが。

 

「女子高生がポン刀持つのが人気って話もある。なんだかんだで、私らは日本人だ。心の奥底でワビサビを求めちまってんだろうなぁ」

 

「男の子だって皆、侍に憧れますからね。かっこいいっすもん」

 

 確かにそうだ。征四郎だって侍には何度も憧れた。侍は日本刀を伸ばしたり出来るし、両手に刀を持って戦えるし、剣から衝撃波を飛ばすし、何でも切れるし、挙句の果てにはワープしたりする。強いの代名詞、それが侍だ。

 

 そう、侍は日本だ。ワビサビだ。武士道は首都高速では無いぞ、歌舞伎座は歌舞伎町には無いが。

 そんな和の心、確かに好きだ。だからこんな山奥にまで来て、こうして観光しているんだろう。

 

「どうだ、楽しんだか?そろそろ帰るか。ちなみに温泉街ならではのストリップショーだけは見るのはやめといたほうがいい、シラフではとてもじゃないが見れん」

 

「あ……はい、そっすね……」

 

 心の奥底でこういう所ならもしやとは思ったが、やはり駄目なのだろうか。とんでもない妖怪が出てくるとか?おお、くわばらくわばら。というか、師匠は見た事があるのだろうか。

 

「ちなみにオカマバーはいいぞ、最高だ」

 

「それも遠慮しときます」

 

 とてもじゃないが、見たくはない。

 

 あらかた街を見終わって、感慨深く道を辿り宿泊する宿へ戻る二人。

 

 人気も段々と少なくなり、街の外れ。この先に宿がある。そんな中。

 

「そろそろ出て来たらどう?遠慮はいらんぞ」

 

 いきなりそう言い放つ三嶋小雨。隣を歩いていた征四郎はキョトンとする。そんな征四郎を横目に、小雨は手を伸ばしてその頭をポン、と軽く叩いた。

 

「なんだ、気付いてなかったのか。一人、スキモノがツけてきてるぞ」

 

 そう言った矢先に、小雨は後ろを振り返った。釣られて征四郎もそちらを見る。すると、そこには灰色の和装に身を包んだ、肩よりももっと長い白髪を垂らした、長身の男。それだけでも異様だが、何より異様なのは――その手に持たれた、凄まじい程の長さの日本刀。その長さは、男の身長とほぼ同等。だとするなら、およそ「180cm」。

 

 恐怖……!征四郎はそう感じた。目の前の男に恐怖という感情を感じた。只者じゃ無い、手練。少なくとも、まともには見えない。

 

「一人だけなんだな、門番。寂しいねえ」

 

 しかし、そんな征四郎とは別に気軽に話す小雨。門番と呼ばれた男は小雨に返す。

 

「元来貴方に敵うと思ってる人等、居ないものでな。俺は違った、それだけだ」

 

「征四郎、アイツは灰音(はいね)(せん)。この雪華街の門番だ。この街で困った事があったらアイツに聞くといい。そんじゃ、下がってな」

 

 なにか良くもわからず得意げにそう話す小雨。一体どういう事なんだろうと分からず、しかし征四郎は促されるように身を引いた。

 

「えっ、いやっ、そうじゃなくて?」

 

「なーに言ってんのー。ここはイクシーズとおんなじ、異能者の街だぜ?だったらやることは一つしか無い」

 

「左様」

 

 小雨は灰音を見つめ、灰音はその長い日本刀を抜いて構えた。両足は僅かに前後に開き、その長い刀を両手で握り締め、位置は左肩。刃が上を向いた構え方、刀の反り故に、その位置に構えているのに(きっさき)は地面スレスレだ。

 

「対面だろ。なあ?征四郎」

 

 三嶋小雨はニヤリと笑った。


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