新社会「イクシーズ」―最弱最低(マイナスニトウリュウ)な俺― 作:里奈方路灯
暴走する白銀雄也。現在の推定体脂肪率、およそ9%。
一挙一動に踊らされ、無様にも逃げ惑うしかない対面する少女、天領白鶴。
……いや。
岡本光輝は脳内で密かに思惑する。そうだ、あれだけの発熱量、弱点があるとするならそれは「エネルギー切れ」なんだ!白鶴のプランはそれで正しい……っ!
攻めっけを失くした防御一点張りの構え。あの最大速度の剣撃「婆娑羅」が通じなかったという時点で、最早白鶴に「殴って勝つ」というプランは残されてないに等しい。この状況、勝つからこそ「逃げる」、勝つからこそ「守る」。紐解けば、そんなに難しくは無い「理屈」、「道理」であった。
いや、無理!
白鶴が横薙ぎの蹴りを刀で受け止めて、後退した。
無理!無理無理!
追撃の両足によるドロップキックを刀だけで受け止めきれず、腕のクッションを使って防御してそこからぶっ飛んだ。なんとか体勢を残したが、ズザザッと地面を滑り、着いたその先にはすぐ背中に電磁フィールドが。
無理無理無理無理無理!!!
受けきれない。捌けない。五里霧中。脳内が「守る」プランを全力で否定していた。体から灼熱のように熱い汗と全身が凍りつきそうな冷たい汗がせめぎあうように迸る。心臓が爆発しそうなぐらい痛い。喉はからっからでまるで砂漠にいるみたいだ。水が飲みたい。気休め程度に生唾を飲み込み、絶望的な
実力で負けているのは確かだ。天領白鶴の力量が、白銀雄也に対して追いついていない。頭二つ分くらい違った。白鶴が風切雅戦にて最後に完成させた「風の刀」という極上の武器に対して、白銀雄也はここに来てよくもわからぬ圧倒的な暴力を見せつけた。
弱点は見付けた。それは莫大なエネルギー消費だ。しかしながら、この状況ではそれが有利にならない!なぜなら、ステージが電磁フィールドで囲まれたデスマッチだから。決勝戦、相手はここで全部の力を使いきれるだろう。
状況からして不利の一辺倒。ははは、打つ手無しか。背中には電磁フィールド。逃げ場はなく、攻める手も思いつかない。もうお手上げだ。
……「電磁フィールド」。「逃げ場が無い」。「お手上げ」。刹那、白鶴の身体に電流が迸った。
――――勝てるッ!!
白銀雄也が水蒸気を纏って近付いてくる。
「やあやあ、此処は鬼羅の国ぞ」
目前の雄也に対して、白鶴は煽るように言葉を紡いだ。言葉はなるだけ流暢に。細工は隆々、仕上げを御覧じろ。
「ほうら、鬼が地獄門を叩いておる」
刀を両手で最上段に構えた天領白鶴。それはまるで――地獄から現世を除く鬼のように。
『こっ、これは――背水の陣ッッ!?』
マックの言葉で観客たちも瞬時に理解した。白鶴は、逃げるのを止めた。次の一撃に、総てを賭けて。
けれど――。勿論、さっき放った「婆娑羅」が通じなかった時点で攻撃が雄也の装甲を貫けるとは思い難い。それが、観客たちの感想だ。
だが、岡本光輝と白銀雄也は違った。
構えた!
その形が意味するのは、向かい合う白銀雄也と、
「剛の一太刀」。婆娑羅で通じないなら、なるほど。その手しかない。
パン、パンと白銀雄也はその手を肯定するように叩いた。お見事、と。
「「鬼さん此方、手のなる方へ」……なあに、不思議がるこたァ無ェ。俺が呼んだんだ」
雄也は進む脚を止めた。相手の策を理解したからだ。この状況、勝つも負けるも己次第、って事が!
白鶴が用意した状況はこれだ。円形のスタジアムで背面に電磁フィールドを背負う事で、真横と背後の死角を無くす。実質、相手が殴りに来れるのは「白鶴が反応できる範囲」で。
そして、現状の白銀雄也は言わずもがな、「殴りに行かないといけない」。こうしている間にも、雄也のエネルギーは消費されていく。この必然的状況、窮地から死に物狂いで掴んだ逆転の一手。ついさっきまで0:10だった勝率が、ここで漸く
勝ちたいなら殴りに来い、某も全力で貴殿を叩く!
天領白鶴は状況を完成させた。これ以上に無い、最高のシチュエーション。侍だからこそ出来る、最高峰の誘い受け。
じり、じりとお互いが見合う。現在の推定体脂肪率、およそ7%。
ごくり、と観客が、司会が、解説が息を飲む。現在の体脂肪率、およそ6%。
張り詰めた空気が一気に破裂する音が聞こえた。現在の体脂肪率、5%を切った――。