新社会「イクシーズ」―最弱最低(マイナスニトウリュウ)な俺―   作:里奈方路灯

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聖夜祭ファイナル1

 白い部屋、状況。直ぐに気づく、自分は「負けた」んだという事を。

 

「……やあ。気が付いたか」

 

 声をかけてくる、見慣れた男。厚木血汐。その顔は優しげで、同時に悲しげで。段々と、自分の置かれた状況を脳内で理解し始めた。初めは薄かった感情も、少しづつだが極まってくる。ああ。負けたんだ。

 

「いつまで眠っていた」

 

 誤魔化すための一言に過ぎない。自分を、ごまかす為の。でないと、息ができなくなる。今はただ、喋って、喋って、この事実を紛らわしたくて。

 

「ずっとだよ。……もう、決勝だ。……その、君に勝った子は、その場に立っている」

 

「……そうか」

 

 ああ。そうか、そうだよな。私に勝ったんだ。アイツはそれだけの事をしでかしたんだ。なら、その場に立つ権利がある。じゃなきゃ、おかしい。私は風神だぞ。本当はそこに、私は立っていたんだ。

 

 私は風神だ。絶対に勝てた。なんで負けた。実力が足りなかった。冷静さが足りなかった。暴走が足りなかった。謙虚が足りなかった。傲慢が足りなかった。能力が足りなかった。相手の能力が弱ければ。もっと強ければ。もっと弱ければ。私は風神だ。私は風神だ。雷神に挑まなければ。雷神に挑めない。私はこいつらより弱い。血汐より弱い。翔天より弱い。アイツより弱い。なんで弱い。私は弱いから。弱いって何?私の事だろ。なんで私は。もう終わりだ私は。私は私は私は私は私は私は私は私は私は――

 

「――~~~~~~~~ッッッっ、ああぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 

 布団に顔を押し込み、嘆き、叫んだ。突きつけられた現実に衝突した。もう戻れない。私は目的を達成できなかった。悔しくて、憎くて、羨ましくて、恨めしくて。勝てなかった、勝ちたかった。もう勝てない、時は戻らない。これが夢なら、どんなに嬉しいだろう。これが夢でないなら、この世界はどんなに酷いんだろう。

 

 分かっている。どれだけ泣いても、これは現実で。終わってしまった事で。やり直せないんだ、だってそれが戦うって事だから。

 勝つヤツが居る。負けるヤツが居る。私は負けたヤツなんだ。その事実は決定的で。だから戦うということは楽しくて。これまでそうだった、勝ってきたんだ。私は勝てるんだ。けれど、負けた。全ては、そこに収束して。

 

 血汐は何も言ってくれない。何か言って欲しいけど、何を言って欲しいかすらわからない。多分、反逆をする。つっかかるはずだ。八つ当たりの先が欲しいんだ。嫌だ、怖い、怖い、怖い、これまでの自分が無くなっていく。私の目的が無くなっていく。あれは約束だったんだ、私が風神と呼ばれた日から。雷神と呼ばれる少女との、約束があったんだ。

 

『次の大聖霊祭に参加出来たら、戦ってやるネー。特別だヨー?』

 

 泣きたくなる。いや、泣いていた。私、泣いているんだ。止めたくても、止まらない。

 

 その日。風神と呼ばれた少女は絶望を知った。在る筈の希望、それを奪われたことへの、底無しの絶望を。届かないという、堕とされた者の心の底からの渇望を――

 

――決勝戦前、準備時間。解説の岡本光輝は外付けの展望席から空を眺めていた、雪降る夜の、果てしない白夜を。

 

 外だから味わえる、立体的な雪。矢継ぎ早に降り注ぐ、幾多数多の降雪。超視力で果てまで見える海には、無限に溶けゆく海雪が幻想を駆り立たせる 。

 

 ……はは。綺麗だな。

 

「寒くない?そんなトコに立っていて」

 

「そりゃ人として寒いって事か」

 

「そーじゃなくて」

 

 光輝が持たれていた手すりの横に、別の人物が居座る。一宮星姫。光輝の知り合いであり、芸能人だ。なぜここにいる。

 

「でもねー。私も、こーいうの好きだよ。君みたいな人が傍にいて、この温度を、この景色を共有して。……ねえ、どうせなら温もりも共有しないかしら」

 

「悪いな。今の俺には、少なくとも無理だ」

 

「あっそー。なんでもいいけど、ここには居ますからね」

 

 冗談か本気か分からないような言葉を吐いた星姫に対して、とりあえず否定をする光輝。ぶっちゃけ本能的には応じるべきなのだが、そこは考える葦。理性というキープが制限をかけた。

 

「……ねえ。あの子は優勝できるかしら?」

 

「さあな。勝つか負けるかは五分五分だろ、そこには勝つか負けるかしか無いんだからな」

 

「なら、勝てるのね」

 

「大いにな」

 

 勝てる、であって勝つではない。絶対的な勝利なんて、この場には無いからだ。この聖夜祭、その類の者しかいない。選んだ者、そして選ばれた者だけが此処に居る。

 

「言っとくが俺はどちらの味方も出来ない。両方とも知り合いなんでな」

 

「ま、いーんじゃないの?そーいうもんでしょ、戦いって」

 

「まーな」

 

 そう、勝つか負けるかのフィフティフィフティー。だからこそ、闘争に価値がある。決まりごとでは絶対に心は踊らない。俺たちは、沸き立つために闘争を楽しみにしていた。

 

 だが、今なら、光輝は贔屓にするべき相手が居た。

 

「……でも、まあ。どーしてもってんなら、俺は白鶴を推す」

 

「え、なんでなんで?」

 

 少し嬉しげの星姫。

 

「この現代の大和魂、挙げるんならアイツが筆頭候補だろ」

 

 こと、卑怯であるなら彼女。こと、勝てるなら彼女。

 

 天領白鶴。もし、叶うならば……白銀雄也に敵うならば、彼女しか居ない!!――

 

――「強敵(しーあわっせ)はー、あーるいーてこーない、だーからあーるいていーくんだねっと」

 

 白金髪の男は楽しげに通路を歩く。その先にあるのはひと握りの幸福。

 

 男は扉の前に立つ。以前、対戦相手に負けた時の事を深く思い出す。

 

 ……なあに、勝てなかったら俺はそこまでの男だけだったってことだ。だったら勝つしか無いだろ!

 

 男はドアを開けた。その先に、果てしなき希望があることを信じて。


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