新社会「イクシーズ」―最弱最低(マイナスニトウリュウ)な俺―   作:里奈方路灯

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踊るが随に2

 摩天舞いし殺戮の風、切り抜けたるは一人の武士。幾度の傷を帯びて、再び彼女は地に足を付ける。

 

「鬼羅の一刀閃。星の隔世(かくせい)を経てその刃、宇宙(そら)を切り裂かん」

 

 白鶴は瞬時に体制を立て直し、その剥き身の刀を自身の身体の後ろに隠す。それはまるで「居合い斬り」の構えのように。

 

「……」

 

 雅はその様子を眼を細めて見やる。不可解な先ほどの一件、そして今回の形を慎重に考察する。

 

 ……(まぐ)れじゃあないな。あらかじめ持っていた札の一つだ。

 

 それにしては、その場で咄嗟に答えを出したかのようにも見えた。というより――

 

「――可能性の中に見た対応。人間らしい、矮小でかつ最適な考えか」

 

 雅の空中での乱舞。白鶴はここぞという場面で切り抜けた。身体への最小なダメージを全て受け、止めの溜めが入った一撃を受け流す。肉を切らせ、骨は守った。

 

 しかし、なぁ。

 

「それでは化物は喰えんぞ」

 

 雅は空中で、その身に風の刃を纏わせる。空を飛んでいる限りは相手の刃がこの身に触れることはない。

 

 じっくりと、念を込めて必殺を作る。念には念を、白鶴を注視して。

 

「空の果てまでを(へだ)てよ、夢幻一刀閃(むげんいっとうせん)皆空(かいくう)」」

 

 そして空中に居る雅に、地上の白鶴は刀を振り抜いた。それは目前の虚空を切り裂き、そして。

 

 雅はその身を空中から落としていく。

 

「――!?」

 

一瞬の不快感、次に痛み。気付いたときには遅かった。体が機能を停止しろと喚いた。

 

 不可解。

 

 意味解んねぇ。

 

 ――なんだよそりゃあ!?

 

 「見栄を切る」。そういう「動作」が存在する。

 

 雅は、彼女の姿に居合いの「型」を見た。捨てたはずの鞘が視えた。鬼気が見栄た。それを嘘偽りだと捨て去り、否、策に溺れた。

 

 ――ハッタリがこんなにも痛いとは!

 

『切ったァーー!?あの距離を!?』

 

 驚愕のマック。驚愕したのはマックだけでなく、この会場の殆どが。しかし、解説の光輝は冷静だった。

 

『秘伝、「見栄切り」。ふふ、なんとも胡散臭い技を見せる』

 

『見栄、切り……?歌舞伎の、ですか……?』

 

 得意げに笑う光輝に、マックが問うた。

 

『はい、元は、ですが』

 

 元来、歌舞伎の技法「見栄切り」。本来の動作をより誇張して見せることにより、相手に多大なインパクトを与えるという物。

 

 魔法というよりは、手品。手品の条件は、観客の予想を「少しだけ」上回ること。

 

『しかし、あのレベルになると「手品(トリック)」というよりは「魔法(マジック)」ですね。……なんともまぁ、侍らしい』

 

 白鶴が振り抜いた刃は、遥か離れた雅に届いてなどいない。しかし事実、雅はその身にダメージを「イメージ」した。正確には、脳がそう反応してしまった。

 

 反射に騙りかける魔法。侍の真骨頂。

 

 在りもしない鞘、在りもしない飛距離。それら全てを、白鶴は「魅せる」事で実現可能にした。勿論、その本質は嘘っぱちではあるが。ハリボテかつハッタリもいいとこだ。あの技法は追撃を与えるまでの繋ぎでしかない。だって、肉体にダメージなんて無いんだから。

 

 ただ、この状況。ひとつだけ大きな問題があった。それは、雅の強さ。器の大きさ。その一瞬で、雅は白鶴の「見栄切り」を脳内で膨大にイメージしてしまった。

 強者故の弱点。弱者ではその見栄の真価をイメージ出来ない。雅にこれが効いたのは、そのボキャブラリーの多大さ故であった。

 

 幾度と戦ってきたからこそその動作の意味が解ってしまう。強いからこそ響く、まさかのワイルドカード。

 

 雅が地へと落ちる。高く高くから、地面へ。意識が飛ぶほど重い一撃だった。

 

「――」

 

 ハズだった。

 

 大地スレスレで雅、高速で低空滑空へと移行。意識など飛んでいない。

 

 やーれやれだよ、思わず切り札を使っちまったじゃねぇか。上等だゴラァ。

 

 そのまま地上を最速で飛ぶ雅の姿は、恐ろしい気を感じる。白鶴はその凶悪な「御姿」を視認し、すぐさま構えた。脚を大きく前後に開脚させ、刀を大地と平行に。不退転の構え、大下段「牙刀」。

 

 雅のその笑み、食いしばった歯には、青い「チューイングキャンディ」が噛み潰されていた。

 

 試合前に翔天から渡された、ガブリチューのマウスピース。これでもかというぐらい冷やし、堅く、硬く固めたチューイングキャンディを仕込み刀にして。本来飛ぶはずだった意識を、強力なクッションで吸収しあげた。

 

 気が付けば、真剣の間合い。雅と白鶴、必殺の距離。


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