新社会「イクシーズ」―最弱最低(マイナスニトウリュウ)な俺―   作:里奈方路灯

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踊るが随に

「――(ぜん)

 

 試合開始の合図と同時に白鶴は飛び込んだ。雅の意識の隙間、その好奇を刈り取ろうとせんばかりの牙、「絶影」。

 

 その距離の差を詰め――ようとして、白鶴は途中でその場に腰を据えて前方を切り払った。すり足により体勢の固定は容易い。侍の強み。

 しかし雅との距離はまだ詰まらず、目の前には「風の刃」が押し寄せていた。それを白鶴は「ノブナガ」で切り払う。

 

 白鶴は雅を見やる。鉄扇を振るい放った風斬(ふうざん)は一度のみ。その場に雅はただ、立っていた。

 

「――例えば」

 

 雅はその口を開く。

 

「はい」

 

 白鶴は応答の言葉と同時に摺り足で前進、雅との距離を二度(ふたたび)詰める。言葉で立ち止まっていられなどいやしない。これは闘いなのだ。白鶴は剣を振る。

 対する雅、端からそれを理解していた。二枚の鉄扇で、防御重視で白鶴を去なす。速度・威力・手数、二人は拮抗する。

 

「この一試合が決勝戦だ。お前は余力も残さないほど全力で動くだろう」

 

「はい」

 

 息をする間すら白鶴には惜しい。最低限の返しだけで雅を責め立てる。けれど、雅は会話をしながらだというのに息の乱れなし。「風」を操る能力のその根本、大地・空での消耗戦こそ彼女に対して不利がつくものはない。

 

 無限の呼吸、無限のブースト、常に追い風は彼女にあり。対する白鶴は事実的に不利である。

 

 勿論、白鶴はそんな事分かっている。剣撃に幾多もの意識の隙を突いた一撃を混ぜてはいるが、彼女の風の防壁がそれら全てを彼女に教え、彼女は反応する。

 

 侍の弱み。侍は「魔法使い」にこそ滅法弱い。

 

「けれどな、私は違うんだよ。Sレートだ。強者が許される奢り、建前、自尊心……私たちはいつだって「倒すべき相手(ラスボス)」でなけりゃあいけない。プロの格闘技だってそうさ、強者が弱者に対して一方的に策を郎じて勝つってのは許されない。どっしりと構えて、挑戦者の策を受けた上でねじ伏せてあげる。それが強者なんだ」

 

 瞬間、白鶴の体が中を舞った。

 

「糞くらえだ。関係なしに今はお前をぶっ叩く」

 

『あーーッと、これは!』

 

 雅は鉄扇を大凪に下から上へと振るった。大きな風、その風に揉まれて白鶴は遥か空へ。電磁フィールドへは届かない。

 

 それはあえて、だ。届かせなかった。なぜなら迂闊だから。後藤征四郎との戦いの二の舞になっては困る。だから、あえて。

 

 確実に敵をノックアウトさせる状況へ。「保険」へ「保険」を塗ったくる。

 

「私は認めてやるさ。お前は私に本気を出させるほどに「怖い」ってなぁ!」

 

 雅は大地を蹴ってその身を空中に飛ばす。その飛距離、常人の並より遥かに外れて、雅へ空中へと舞い踊る。

 

 空を、飛んだ。

 

『風の翼……!』

 

 解説の岡本光輝はその姿を「超視力」により捉えた。空を飛ぶ彼女の背中には、大気が畝り舞って守護するように付いて回る。それはまるで風で作られた翼。「風神」の御姿(すがた)だ。

 

「ぞらァッ!」

 

「むぅッ!」

 

 雅の鉄扇による一撃。素殴りだ。風の翼の守護を持つ雅とは裏腹に、空中にて支えのない白鶴は一切の強みがない。

 

 侍は「地に足をつけて」こそ完成する。理にかなった、地の利を活かした「立ち回り」。故に、基礎動作は摺り足。だから一兵。

 その足が地を離れればどうなるか……侍は空を飛ばない。飛ぶ必要が無かったから。不利になるからだ。つまりは空中に追い込まれれば必死も必至。そうなることを想定云々じゃなく、「必然的な敗北」と捉えるしかない。

 

 白鶴は想定していなかった。否、想定する必要はなく。その状況になった時点で詰みだからだ。

 

 白鶴の「ノブナガ」が弾き飛ばされ、地に落ちる。その身から「極一刀流」の補正が外れる。

 

「そぉらぁっ!行くぞぉらぁ、オらおらぁッ!ぞらぞらぞらァッッッ!!!」

 

 ()る。()る、()る、()る。雅は空中でひっきりなしに鉄扇を振るった。幾多数多の風の刃が白鶴の体を何度となく切り刻んでいく。服は切り裂かれる。肌から出血が起こる。白鶴の肉体が空中で刃にもみくちゃに裂かれる。

 

「ッッッゾラァッ!噛み切り刻め!「風切裂雅(ふうさいれつが)」ァ!」

 

 雅の最後の一閃。これまでとは違う、手数重視でない、強大な風の「ギロチン」。

 

 ――嗚呼。強いな、三極は。あれを受けたら、楽になれるんだろうな。

 

 なんて雄大。まるで空に(いだ)かれるようだ。

 

 風そのもの。彼女こそが風。

 

「……星の姿は煌くままに」

 

 薄れゆく意識の中で、白鶴は「死」を意識した。それは諦めへの徒歩。

 

 瞬間、その(から)()に武器が握りこまれた。

 

 白鶴はその風の刃を「何か」で受け止め、(それ)を蹴って地上へと飛ぶ。

 

「――あァ?」

 

 逃げ場のない中空から自分のフィールド、大地へ。落ちていたノブナガを拾い直す。

 

「――……、ふぅ、良し」

 

 再び地へと降り立ち、刃を構える。

 

 ――武士道、死ぬのもまた、道と見つけたり。


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