新社会「イクシーズ」―最弱最低(マイナスニトウリュウ)な俺― 作:里奈方路灯
『さぁーって始まりましたァ、五大祭が一つ「サマーフェスティバル」!』
ワアーッ、と盛り上がるスタジアムの観客席。そこには老若男女がひしめき合い、満員の状態だ。マイクからは、非常に元気な司会の男の声が聞こえる。
『例年のごとく司会は私、MCマックがつとめさせていただきます!解説には聖霊祭の優勝者、「聖天士」こと瀧シエルさんを呼ばせていただきました!』
『よろしく頼もうかな』
おぉーっ、とどよめき合う観客席。希代の天才……いや、天災とも言えるその存在には誰もが一目置いている。
瀧シエル。イクシーズにおける、現状の「最強」。
『ルールは五大祭の基本ルール!スタジアム内で行われる1対1の
司会の言葉。非常に簡易的だが、正確なルールは大方誰もが知っているからだ。進行をスムーズにするため細かなルールは省かれている。
補足するなら、武器の使用は有り。規定をクリアしておけば刀だろうと銃だろうとどんな武器を使用してもよし。エリア内は、電磁フィールドから発せられる特殊磁場によって物質の耐久性が上がる。要するに、対面エリア内では全力で敵を攻撃してもよっぽどの事がない限り人が死ぬことはない。現に、これまでの五大祭での死者はゼロだ。
そして、電磁フィールドにもし当たってしまうと、電流で大ダメージを受ける。タフネスとスタミナが低い選手なら、1撃でノックアウトだ。要するに、脱出不可のデスマッチ。これは対面の形式上、どちらかが戦闘不能になるか、降参をするか、審判による試合続行不可が言い渡されるかで勝負が決まるので、残酷な虐殺ショーが行われたりすることはない。誰もが安心して参加をできる。もし大怪我があっても、イクシーズには異能者の医者が居る。回復は可能だ。
さらに、イクシーズにおける対面ならではのルール、「能力の使用の許可」。これがなくては五大祭とは言えない。つまるところ、どちらの能力が優れているかを競い合う大会だ。これがあるからこそ外の世界のどんな格闘技よりも派手で魅力的。エクストリーム総合格闘技、と言ったところか。
ちなみにこれは高校生のみが参加を許された、2年に1度の最強の異能者を決める大会。なお、スタジアムに入れるのはイクシーズの住人……つまり異能者だけであり、さらにチケット制。大会の光景は後に有線放送で配信されるという、金を毟ろうとする考え。少なくとも岡本光輝はそう考えている。なお光輝は外に居た頃に有線で五大祭を見たことがある。丁度その時の優勝者が伝説の「三嶋小雨」だ。それ以来、光輝は三嶋小雨に対して「憧れ」を抱いている。
「なーコウちゃん、だれが優勝すると思うよ」
「私も気になるな」
「光輝さん、どうでしょう?」
同時に聞いてくる後藤と龍神とホリィ。そう、光輝らは4人でサマーフェスティバルの観戦に来ていた。
事は数日前。夏休みが始まる前の教室で、隣のクラスから乗り込んできた後藤が声をかけてきた。「夏休み、何かして遊ぼうぜ!」と。
光輝は乗り気でなかったが、そこに同クラスの龍神も賛同、何故か4組のホリィも気がついたら横に居て結局夏休み最初の予定はサマーフェスティバルの観戦になった。なお、チケットは龍神が4枚揃えていてくれた。妹の瀧が解説として出演するため、特別チケットを複数貰ったとのこと。おかげで、光輝達はスタジアムの1番前の席で迫力のある戦いを見ることができる。
「あー、選手表見る限りは厚木会長かな。瀧みたいな化物の1年はもう居ないだろうし、3年は見た顔だ。初参加の2年も、レーティングは知れ渡ってる奴らばかり。Sレートも居るが、厚木会長の前では眩むか」
冷静に分析する光輝。厚木血汐という男は、それだけの実力を持つ男だ。
「さすがバトルマニア!コウちゃんって意外と好きなんだよなーこういうの」
「男なら誰もが興奮するだろ、全力全開のバトルは。Eレートの俺にはできないから憧れもするさ」
普段弄れた回答しかしない光輝は、今日は真面目だった。今言った事は本当だ。自分にできないことを行う者に尊敬の念を抱くことはある。
「そういう後藤はどうなんだよ。参加したりしないのか?」
後藤征四郎のレーティングはDレート。まあ参加しても全勝はできないだろうが、運が良ければ1・2勝は出来るかもといった所か。記念としては十分だろう。
「俺はまだいいや。小説の主人公並みの実力をつけたら参加するよ」
「おう、頑張りな」
果たしてその日はいつか来るのだろうか。2年後に後藤は参加できるだろうが、きっとその日永遠に来ない。少なくとも光輝はそう思った。だってあの後藤だ。顔はいいが身長が低く馬鹿で変態な夢見がちの思春期の男子。それ以上でも以下でもないような。所詮その程度だ。
冷房が効きながらも、汗が止まらない灼熱のスタジアム内。熱い攻防を選手たちが繰り広げ、サマーフェスティバルのトーナメントが進んでいき試合も中盤。弱者は淘汰され、残っていくのは強者ばかりだ。
「うおぉーっしゃぁ!俺の勝利だ!」
スタジアムでの試合に勝ち、炎を纏った右こぶしを天に向かって突き上げる厚木血汐。
『つよォーいッ!厚木選手、またも勝利!熱血王の名は伊達ではない!』
『流石はSレート。動きに迷いがない、躊躇いがない。気兼ねのなさこそが力を生む。彼は闘いというものをよくわかっている』
『と、言いますと……』
『彼は強い、ということだな』
『率直な意見、ありがとうございます!』
意味ありげに月並みな言葉を放つ瀧。絶対途中でめんどくさくなったなアイツ。多分、解説には向いてない。が、彼女が言えばどことなくそれっぽく聞こえるのでみんな納得していた。
しかし、と光輝は思った。このままだとなんの問題もなく厚木血汐が優勝する。他の選手が弱いわけではない、Aレート程度はゴロゴロ居る。が、それでも。厚木血汐には届くまい。
ふと、光輝はスタジアムのベンチから席を外す。
「あれ?コウちゃんどこ行くの?」
「ちょっとな、外の空気が吸いたくなって。休憩してくるわ」
熱気のこもったスタジアムが軽く息苦しくなった。基本人ごみは嫌いなのだ。五大祭をテレビで見てる分にはいいが、実際にスタジアムで観戦すると色々と状況が違う。あと、夏なのもある。暑苦しい。
「おー」
後藤は返事をするとすぐにフィールドに目を戻す。次の対戦が始まるみたいだ。
「あ、私も」
ホリィも光輝と一緒に席を立つ。そのまま、ホリィは光輝に着いていく。
光輝は会場の外のベンチに腰をかけた。辺りには誰もいなく、スタジアムからは見えなかった真夏の青空が空を覆っている。雲ひとつない、晴天だ。
「いやー、暑いですね、光輝さん」
「そうだな」
在り来りな質問をするホリィと、生返事を返す光輝。
「疲れましたか?」
「まあな。闘いってのは、見てるだけでも結構疲れる。白熱してついつい超視力を強めちゃってな」
光輝は、闘いを見るのが好きだった。互いに力をぶつけ合い、互いに力を高め合う。衝突する熱い思い。自分には無いものだ。
憧れ。そのような感情を、少なからずとも光輝は感じていた。
「あはは、光輝さん子供っぽいですね」
「そんなこともあってな、空を眺めたくなった」
「ご一緒していいですか」
「おう」
とりあえずの小休止。空を眺める。ただただ青い空が心を癒してくれる。
「やあ」
ふと、かけられる声。いつもの、空を眺めているとかけられてくる声だ。
「瀧か。解説はいいのか?」
そう、瀧シエル。まだ試合はあるだろうに、何をほっぽり出してこんなところまで来ているのだろうか。
「トイレに行くと言って出てきた」
なるほど。聖天士様もトイレには行く。そればかりは仕方がない。
瀧が隣のベンチに座る。瀧も休憩だろうか。それはそうだ、ずっと休憩というのも疲れるだろう。
「実のところだね。ホリィ。君の兄から護衛の依頼が来ている」
「え……?」
なんの脈絡も無く切り出された瀧からの話題。ホリィは困惑の表情を浮かべた。光輝は無言。話の続きを伺う。
「この前の1件、君が暴漢と会ったという事実。それで君の兄が心配して私を護衛にするとさ。イクシーズのデータベースもそれを推奨した」
なるほど、俺とホリィが出会った日の事だ。確かに、イクシーズの街は絶対安全とは言えない。何らかの間違いが起こって、あのような事件がいつ起こるかも分からない。もし、将来有望なホリィが事件に合えば、もしかすると将来への希望を閉ざしてしまうかもしれない。それはホリィのお兄さんも困るだろうし、イクシーズにとっても避けたい事態だろう。
もし、瀧が護衛ならそれ以上のことはない。Sレートの護衛、超VIP待遇。それだけの価値が、ホリィにはある。イクシーズのデータベースがそれを選んだのだ。
納得の内容。ホリィからしてもそれは良い事だろう。彼女ほどの天才を、万が一、いや億が一でも失うのは困るハズだ。彼女はそれだけ有能だ。
「はてさて、ホリィ。つかぬことをお伺いするが君の目の前に居る彼は暴漢かもしれないね」
「な……っ!?」
「……どういうことだ?」
何とも言えぬ笑みを浮かべている瀧に、驚愕するホリィ。意味がわからない。何を言いたいのだろうかコイツは。
「もしそうなら私は彼を排除する必要があるね」
「……いや、意味が分からないだろ。俺はホリィと同級生で、友達だ。あまり寝惚けた事を抜かすな」
少しだけ、口調が荒くなる。当然だろう。いきなり馬鹿げた言いがかりを付けられてはこちらとしてもたまったもんじゃない。
相手が瀧でなければ、さらなる罵詈雑言を浴びせていただろう。が、コイツにそれはいけない。知人というのもあるが、瀧は言ってしまうが「暴力の塊」だ。立ち向かってはいけない。彼女の正面に立つことは許されない。可能な限り彼女の斜め後ろに。道を塞いではいけない。それが彼女と話すときのルール。でなければ、その身は保証されない。
光輝は後悔した。もっと卑屈であるべきだと、媚びへつらうべきだったと。
「岡本クン。君が暴漢でない根拠はどこにあるだろう」
子供のような言いがかり。理になどかなっていない。
「光輝さんは暴漢ではありません!私が保障します!」
ホリィが声を荒らげ立ち上がる。釣られて瀧と光輝も立ち上がった。
「Eレートの岡本クンと天才ホリィが仲良くなった。なぜだろうね?岡本クンによる策略かな」
光輝がよく使う手でもあった。馬鹿げた話の中に正論を混ぜる。人を騙すための常套句。一種のトリックだ。
本来ならありえないことなのだ、それは。以前御陸歩牛も言っていた。周りからはそう見えて当然なのだろう。が、ホリィは反論をしてくれた。
「それは貴方だって!」
「私は構わないんだなこれが。なぜなら私は岡本クンが襲ってきても撃退できるからね。ホリィ、君にそれは出来ない」
これもまた馬鹿げた話の中に混ぜる正論。瀧は、無敵だ。その通りであり、光輝では敵うわけがない。だから一緒にいられる。つまりはこういう事だ。
ホリィにその力はない。だから光輝に襲われる危険性がある。こちらは、ただの詭弁。
さすがの光輝も黙っていられなかった。
「つーか、逆に言うぞ。瀧、お前がホリィを襲わない根拠もなかろうに」
「ふむ。それもそうだな。」
まだだ、押す手を留めるな。瀧はそこらの人間と違う。光輝はそう思っていたが事実その通りだった。瀧はさらに、馬鹿げた理論を振りかざす。
「ならばこういうのはどうだろうか。私がホリィを今ここで襲うとしよう。岡本クン、君は私を止めたまえ」
「はぁ?」
が、ひっくり返される。いきなりの言葉。意味がわからなかった。瀧がホリィを守るのとなんら関係無い。むしろその真逆。なぜ、そうなったのか。
「おや、目の前に立ちふさがる者がいるぞ。それっ」
「っ……!?がはっ、ごほっ!」
土の地面に光輝の体が叩きつけられる。背中から体を打ち息が苦しい。一体今何が起きた?瀧、コイツは何をした?思考回路が機能しない。
「やめてください!」
「ほら、立ち上がれ。でないとホリィはひどい目に遭うぞ。なあ?」
瀧は真顔で倒れている光輝を見下ろす。訳も分からないまま光輝は体を動かし、脳を動かした。
今、光輝は足払いをされた。そのまま体を背中から地面にぶつけ、倒れた。追いついた思考回路が、なんとか超視力で視た光景を再生した。
謂れ無き状況。目の前に佇む悪魔。が、理詰めで勝てる相手じゃない。そもそも相手にした時点で「終わる」相手。それが瀧シエルだ。
それでも光輝は立つしか無かった。
「ふ、ざ……けんなよ」
「おーおー、元気な事だ岡本クン。そうだ、対面をしよう。君は僕に力を見せつければ勝ち、できなければ負け。いいね」
「馬鹿か、お前……」
と、つぶやきざまによろけながら殴りかかる光輝。不意の一撃。
瀧に適うなど思っちゃいけない。が、彼女に力を見せつけるという提示された条件。
本来なら、乗らなければいい提案だ。しかし乗らざるをえなかった。
人間が草原で虎と退治し、襲いかかってきたならどうすればいいだろう。逃げることはできない。戦うこともできない。可能性があるとすれば――例えば、満足してもらえば。
虎はネコ科だという。もし遊んで、満足してもらえたなら助かるのではないだろうか。
瀧と退治するとは、まさにそれだ。全力でじゃれついてやるしかない。彼女に満足してもらわなければいけない。仮に病院送りの事態になっても命が無事であれば救いがある。瀧とは、それだけ危険な存在だった。
今思えば失敗だったのかもしれない、瀧と価値観を共有するのは。同じ青空を眺めなければ、こうなる事は無かったのかもしれない。けれどそれも後の祭りだ。
光輝は全力で瀧に組み付く。
「んー、そうじゃないんだよな」
が、勢いを利用され瞬時に腹部に蹴りを食らう。体重の乗った勢いのある一撃。
「がはっ……」
内蔵が飛び出る。そのような感覚を、光輝は生まれて初めて実感した。地に倒れ伏す。
「これが本気かい?君の、岡本光輝という人間の全力なのかい?」
地面を再び舐める光輝に、見下ろす瀧。
「ハーっ、馬鹿か、お前……っ!俺は、Eレートだぞ……」
光輝はEレートだ。裏技である魂結合を使えばこの状況をなんとか出来るかもしれないと考えた。が、相手は最強のSレート。結局負けるのがわかってるのに、こちらの裏技を見せる必要はなかった。
魂結合は、秘密の技。これが世間に広まれば光輝の評価は変わるだろう。が、光輝はそんなものお断りだ。光輝はこのままでなければいけない。外道は外道で。でなければ、成せぬこともある。
見せる理由がないのだ、こんなつまらない状況で。これはただの事故。なんとか死は回避できるだろう。
それが光輝の考えだ。が、状況は光輝の予想を上回った。
「残念だ。ではこうなるか」
「きゃっ、な、何を」
腕を引っ張られるホリィ。瀧は、その手に指をかける。
「そう、今の私は暴漢だ。暴漢とは、理不尽なものだ」
「っ、痛い!痛い、痛い!!」
瀧は、ホリィの人差し指をあらぬ方向に力尽くで曲げようとしていた。
「指を折ろう。何本がいいかな、3本ほどかな」
「て、てめぇ……っ!」
グツグツと、煮えたぎる怒り。瀧のやろうとしていることに怒りが沸く。
「これはね、ホリィは悪くないんだ。悪いのは暴漢である私と、力なき岡本クンだ。ホリィはただ悲しんでいればいい。岡本クンは後悔するだろうね。その状況が良い!わかるかい?わからないだろうなぁ!君たちの目の前にあるそれは世界最大の「
瀧は笑っている。コイツは頭がおかしい。人を傷つけるときに、なぜ、笑うことが出来るのだろうか。
「そうかよ」
ブチン、と何かが切れた音がした。それは光輝の頭の中で、だ。そうだ、これは、理性の糸が切れた音だ。
光輝は瞬時に瀧の懐に潜り込み、腹部に右拳をねじ込んだ。いきなりの出来事に、瀧は気付けなかった。
「……が、はっ……」
瀧は後ろによろけ、ホリィを掴んでいた手が開かれる。同時に、光輝はホリィを手繰り寄せその身の後ろに隠れさせる。
「こ、光輝さん……」
ホリィは理解しているハズだ。今、岡本光輝のスキルに先程まで無かった「二天一流」が在るのを。
「よーく分かった。俺の頭の中で、今何をすべきなのかが」
光輝はキレている。目の前の瀧シエルという悪鬼の存在に対してだ。
「ぶっ潰す」
Eレートからの、Sレートへの大胆な宣言。しかし、光輝は本気だった。
「……
苦痛と冷や汗を浮かべながらも、瀧は笑う。不意打ちで瀧に一撃を叩き込んだとはいえ、それは微々たる一撃に過ぎない。
最弱と最強。その二つが、文字通り向かい合って