新社会「イクシーズ」―最弱最低(マイナスニトウリュウ)な俺―   作:里奈方路灯

78 / 152
極一刀流

 岡本光輝は目の前の少女、天領白鶴を見据える。少女と言えど、彼女が模造刀を構えた時点での威圧感は言わずもがな。彼女の異能「極一刀流」の能力も相まり、まるで戦乱時代の剣豪のような風格を漂わせる。

 

 しかし。だからといって怯むわけにもいかない。此方にも最強の「侍」が付いているのだから。

 

『坊主よ、言いたいことは分かるな?』

 

 ああ、分かってる。自分に挑み、知るのは今だ。此処で逃せば、俺は大損をこく。それは嫌だな。

 

『敵を知り己を知れば百戦危うからず。「極一刀流」を知ることこそが、坊主が一番早く次の段階へと足を進めるきっかけぞ』

 

 岡本光輝は今、いつもの二刀流では無く、黒の特殊警棒一つを両手で握り、目の前の少女と対峙する。

 手を抜いている訳ではない。これは挑戦なのだ。万里の道も一歩から。一を知らねば二も知れぬ――

 

――天領白鶴は「勝ち」を重んじる。勝てぬ「武」など、「武」では無いからだ。

 

 かと言って、あくまでルールの範疇で。しかしルールの範疇ならどんな立ち回りでもする。それこそ、押せるならゴリ押し、先手必勝からガン待ちまで。相手の戦力に合わせて自由自在に立ち回りを変える。

 

 兵法。侍が魔法使いに勝つためには、知識が必要だ。狡猾でなければいけない。剣を握るからこそ、知略家でなければいけない。

 

 剣道三倍段という言葉がある。素手で剣士に挑むには、およそ三倍の「実力」が必要だという言葉。それは剣とて例外でなく、侍が魔法使いに挑むには三倍の「実力」が必要だ。素のポテンシャル、知識、経験、立ち回り……やるべき事が多いが、一度間合いを取ってしまえば必殺に成りうる。それが剣術。それが侍の「型」。一撃必殺という名詞が相応しい。

 

 尚、「三極」が「Sレート」である理由はこれに尽きる。彼らの持つ異能は遠距離型の魔法が多い。勿論、敵を寄らせずに完封するなどザラだ。もし自分がその手に真剣を持ったとして、相手が延々と遠距離から攻撃を送り込んできたらどうなるか。

 答えは、近づけぬままの敗北。勝つなら拳銃を手に持つのが賢い選択だろう。相手が撃たせてくれることと当てる事ができるという条件を満たせるのなら。そして無手ですら拳銃と引き合いに出されるという事柄を考えると彼らの個々の戦闘力は凄まじい事となる。故に「Sレート」。データベースが下した判断が正しいことが良く分かる。

 

 生まれ持った格差、それを埋めるのが兵法。兵法無くして、侍は有り得ない。

 

 しかして、相手もまた侍だというのなら。

 

 ――どう動く?

 

 模造刀で敵の特殊警棒を受け流し去なす。重さを取り除き速さを重視した剣の応酬。まだ様子見。リーチは僅かにこそこちらが長けれど、真正面からかち合ってしまえば叩き折られる可能性がある。踏み込むタイミングは見極めなければいけない。

 

 白鶴は自分の持ちうる技術を存分に生かす。父から教わった荒波のような剣術と、母から教わった(かすみ)のような忍術。生まれ得る、「夢幻(むげん)太刀(たち)」。古から伝わる歩法、「絶影」。

 今回の一番の問題は、相手もまた「絶影」を使ってきた事。あの歩法自体は立ち回りを知っているならさして難しいものではない。そこに行き着くまでにに理論を練り上げ行動に起こす必要はあるが。そういう意味では魔法に近い。いや、魔法というよりは手品か。

 

 白鶴は一度間合いを取った。ここからどう動くか。対応力の中段(ちゅうだん)か、暴力の上段(じょうだん)か。それとも――不退転の大下段(だいげだん)牙刀(がとう)」か。

 

 ……いや、違うな。「牙刀」の構えはこういう場面では活きない。

 

 攻め倦ねる白鶴。そこで不思議な事が起きる。

 

「来ないのか。なら此方は好きにやらせてもらう」

 

 岡本光輝、その場であろう事か特殊警棒を自身の左腰に、まるで鞘に納刀するかのように収め構える。

 

 ……一体どういう事だ?

 

 白鶴、困惑す。勿論、そこに鞘など存在しない。半身により隠された特殊警棒と添えられた左手により構えこそ納刀した刀に手をかけているかのように見えるが、「視えるだけ」だ。

 事実、特殊警棒を握る手は両手から右手だけになり、あそこから瞬時動こうものなら確実に速度は無い。鞘無くして居合い抜きは有り得ないのだ。

 ならば、暴力の上段。振り抜くのは此方が速い。最速最強の構え。力に身を任せ、奢り高ぶればいい。

 

 ……本当にか?

 

 天領白鶴、そこで恐怖する。目の前の構えを。岡本光輝を注視する。

 

 斬られる。

 

 そう感じた。あの間合いに入ったら、確実に斬られる。そんな事実ありえないのだが、そう確信した。まるで大口をあけた獅子がそこにいるように見えた。

 

「……かつて、最強の侍は「一刀流」を旨として幾多数多の勝利を築いた。後に極まった「一刀流」は無敵だ。至った答えとして、足回りで邪魔になる鞘を最初に捨ててしまう。故に、そこに「居合抜き」の型は存在しない。……本来なら、な」

 

 岡本光輝が口を開く。果たして、その言葉が意味するものは何か。

 

「……」

 

 天領白鶴の苦肉の策。対応力の「中段」。あらゆる動きに対応する構え。剣道の基本中の基本。後出しジャンケンで絶対に勝つ構え。

 

 これでいい。勝つなら、これでいい。白鶴は冷静だった。

 

 しかし目の前の少年はニヤリ、と笑う。まるで勝ちを確信したかのように。

 

「……白鶴、敗れたり」

 

 なるほど、向こうもまた兵法家か。偽りにせよ、真実にせよ。中段なら負けはしない。このまま行く!

 

「やってみせろ、剣客(けんかく)よ!」

 

 居合いに絶影は無謀だ。白鶴は通常の摺り足で、真っ直ぐに進む。構えは中段のまま。あれが仮に居合抜きであろうと、これで対応出来る。

 極一刀流の中段は立ち回りで無敵。岡本光輝、いざ。勝負!

 

 白鶴は模造刀の間合いに踏み込む。光輝もまた、同時タイミングに摺り足で踏み込んでくる。

 

 読んでいた。白鶴は中段からすぐさまに小手へ移行する。狙うは右腕。当たれば勝ち。そのまま特殊警棒を叩き落として必殺へ!

 

 ――の筈だった。瞬間、鬼気迫る。白鶴は小手を最速でキャンセル、刀を防御に構える。

 

 まずい!

 

 振り抜かれた「居合抜き」。鞘の存在しない筈の片手薙ぎ。右手で大きく振られたそれに模造刀が防御の構えを貫かれ、大きく弾かれる。防御体制だった為、白鶴は大きく仰け反る。特殊警棒は身体に当たらない。

 

 やられた。

 

 白鶴は瞬時に後悔をし、直ぐに切り替える。あのまま小手を振ることが出来たら勝てた。しかし、振れなかった。

 「気迫」。言ってしまえば白鶴が歩牛にやってのけた事と同じ、相手の反射を利用したもの。それも、「型式」も合間って「反射を理不尽に起こす」。

 上段で思いっきり振り抜いていれば「勝っていた」。それ以外の対応が無いから。しかし、どっちつかずの中段に移行してしまった。恐怖に駆られたのだ。

 

 そして、その力の乗っていない、速度も伴わぬ「見栄」だけの居合抜きは理論上考えうる威力よりも遥かに重かった。それもまた、計算外。だから、吹っ飛ぶ。けれど、このまま押し切る!

 

 白鶴は構えを上段にした。最高の威力を叩き出せる構え。やれることは一つしかない。しかし、一つで十分だ。

 

 居合いを終え、低い体勢の光輝へ白鶴は上段から模造刀を一気に振り下ろす。一撃必殺の一閃。

 

「秘剣「兜割り」!」

 

 どんな物であろうとねじ伏せる一閃。力任せの一太刀。だからこそ、純粋に――強い。砕けぬものは無い。

 

「待ってたぜ。「(ごう)一太刀(ひとたち)天龍(てんりゅう)」!」

 

 光輝は低い姿勢から脚をバネに、特殊警棒を上に跳ね上げるように振る。光輝の頭上少し上でぶつかった二つの剣は、お互いの力を「爆発」させ――白鶴の「オービタル・ノブナガ」は砕け折れた。

 

「な……っ!?」

 

 驚愕する白鶴。しかし理解は簡単だった。秘剣「兜割り」に砕けぬものは無かった。そう、それは自身の刀でさえも。

 

 かつて(いにしえ)、江戸時代。鬼才の二刀流を扱う流派「二天一流」が存在した。かと言って、その者は端から二刀流だった訳ではない。

 始まりは一刀流。やがて一刀流を極めた()の侍は飽くなき探求心から「二刀」に至り、そして一代かけて完成させた「二天一流」はその者を象徴する「異能力」として歴史に名を刻むことになる。

 その者の「一刀」、極まれしそれは故に「極一刀流」と呼ばれ、しかし「二刀」の衝撃から表の歴史では明言されて来なかった。幻の「最強」。

 中でも特筆すべきはその本気の一太刀。本来斬られぬ・割られぬを貫く筈の甲冑、兜を叩き割る事が出来る者はごく少なく、それ故にその一太刀に名が付けられた。

 一大信仰「兜割り」。強者の証。しかしそれは後世に付けられた後付けの名。「極一刀流」の始祖はこう呼んだ。

 

 「剛の一太刀」、と。宮本(みやもと)武蔵(むさし)はそう呼んだ。

 

「……降参だ」

 

「悪いな」

 

 二人の侍の決着は今ここについた。緻密に練られた兵法の隙間を縫って勝利を収めたのは、黒き侍「岡本光輝」。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。