新社会「イクシーズ」―最弱最低(マイナスニトウリュウ)な俺―   作:里奈方路灯

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氷天下

 氷室翔天。「氷天下」の二つ名を持ち、三極の一人として君臨するSレート。その名を知らぬ者が、果たしてイクシーズに居るのだろうか。そういうレベルで有名だ。

 

 白鶴は静かに翔天へと微笑みを返し、答えを送る。

 

「願っても無い僥倖。貴殿の器、是非とも伺いたい」

 

 二つ返事の肯定。白鶴からすれば、棚からぼた餅だ。Sレートとトントン拍子に対面ができることなど、滅多に無い。

 

「やはりお前が天領白鶴か。他の奴らとは纏っている「迫力」が違う」

 

「それは光栄。……多々羅(たたら)、悪いが刀を」

 

「はっ」

 

 多々羅と呼ばれた少女から、白鶴は一本の鞘に収まった日本刀を受け取る。直ぐに躊躇なく鞘から刀を抜くと、鞘を再び多々羅に返した。鋼の刀身が夜の街の灯りを浴びてギラリ、と光る。

 

「なに、真剣では無い。古の名刀「オービタル・ノブナガ」のレプリカだ。勿論、形状の出来は寸分の狂いもなく美しいがな」

 

 模造刀。五大祭程の場で無ければ、真剣の使用は認められない。しかし、勿論の事に切れ味が無いとは言え、道端で安易に振り回せば模造刀と言えど銃刀法に触発する。

 だが、こと対面への使用ならそれは「グレー」。これはイクシーズが対面による人類の進化を促進しているからだ。

 

「結構だ。刀を持ってようやくお前の実力が見えるんだろ?ならそうするべきだ。剣道三倍段、そんなまやかしで勝てるほど――俺は甘くない」

 

「多々羅、ジャッジを任せる」

 

「御意のままに」

 

 白鶴と翔天が見合い、ジャッジは少し離れた所へ。そしてその他の「白夜隊」のメンバーは遠方からその対面を望む。

 白鶴は剥き身の模造刀を両手で握り翔天に向け、対する翔天はズボンのポケットに手を入れたままの棒立ち。

 

「それでは、対面……開始(かいし)!」

 

絶影(ぜつえい)……」

 

 ジャッジの開始の合図と同時に、白鶴はぬらり、と足を踏み込んだ。直進への、真っ直ぐな、しかし何処か歪んだような、歩み。

 

「コキュートス」

 

 対する翔天はノーモーションで目の前一方に地面から発せられる幾多もの巨大な氷の柱を突き刺した。その鋭さは直撃すればひとたまりもなく。

 

「なっ、なんだあれ!卑怯だろ!」

 

 まるで真剣ですら不利を取るような技。殺傷力では負けて無く、ギャラリーからは罵声が飛ぶ。しかし白鶴は既にそこに居ない。

 

「――」

 

 白鶴は既に、翔天の横へ。翔天は彼女を一切認識できなかった。

 

 ギャラリーからは白鶴の移動は見えていたが、翔天は未だに彼女を認識出来ていない。前方に集中していて、そして彼女が居ない事にまだ気づいていない。認識の錯覚。

 

 本来は(しのび)の歩法、「絶影」。忍の暗殺術「忍び足」に侍の体移動術「摺り足」を加え、その歩法は江戸時代に完成し――現在(いま)に至る。

 

 白鶴は死角から模造刀を横薙ぎに振る。無意識への一撃。しかし、その刃は翔天に届かない。見えない壁に弾かれ、その見えない壁はバリンと、輝いて割れた。

 

「どんなトリックを使ったが知らないが、悪いがこっからは俺の「世界」だ。ようこそ、「絶対領域(アブソリュート・ゼロ)」へ」

 

「……!」

 

 翔天の張っていた物は、薄い氷のバリア。耐久性はそこまで高くはないが、接近してきた相手の攻撃を「中継地点」として防げれば御の字だ。相手に氷のバリアは見えず、結果相手は加速の乗らないままに攻撃をする事になる。気付けぬ相手はそのままノックバック、そして翔天の絶対的な「世界」がその全貌を覗かせる。

 

 白鶴は後退する。しかし、体の動きが悪い。一体何が起きた?

 

 直ぐにその状況に気付くことになる。白鶴の体を氷の霜が覆い、体温を奪っていた。

 

 やられた……!体温が下がっては、人体はまともな動きをする事が出来ない。

 

「お前に魔法の華を教えてやる。それは青く、静寂な――」

 

 翔天が白鶴に歩む。動けない白鶴をさらに蝕むように冷気が襲う。それは翔天から発せられる冷たい世界。

 

「――氷結だ」

 

 屈指のインファイター殺し、氷室翔天。接近戦で翔天に挑むことは無謀を意味する。

 

「……ならば」

 

 白鶴は歩み寄る翔天に対して出来る限りの力で刀を上段に構え、それを斬撃範囲外から翔天へと振り下ろして――投げつけた。

 

「――ッ!」

 

 翔天は一瞬の硬直を経て、身を屈めつつそれを氷のバリアで防ぐ。投げつけられた刀はバリアを粉砕し、僅かに軌道を変えて地に飛んでいく。

 

 なるほど、考えたな。端から力を全力で込めていれば氷のバリアの距離感を無視出来る、という訳か。しかしそれでは武器が無いだろう!

 

 そう思って翔天が顔を上げた瞬間、白鶴は目の前に迫っていた。両手に握られた「凍った上着」を頭上に構えて。

 

「何ッ!?」

 

「極一刀流――「鋼鉄の衣(インビジブル・ドレス)」!」

 

 白鶴の手に握られた棒状のそれは、翔天の冷気で凍った白鶴の上着だった。白鶴は刀を翔天に投げた後、翔天が防御をしている間に上着を脱ぎ冷えた空中でそれを「極一刀流」で振って凍らせ、翔天に二の太刀を迫った。

 

「これぞ秘剣「兜割(かぶとわ)り」ぞ!」

 

 迫り来る彼女の一閃。氷のバリアを張る時間が無い。相手の武器は凍った衣類。相手が氷の世界の中でまともに動けないとは言え、それを極一刀流で上から下へと振り抜かれる。

 

 しょうがないな。

 

 翔天は右腕を前面に差し出し、振られた「鋼鉄の衣」にぶつける。翔天は右腕を纏っていた服の袖を瞬間冷凍し硬度を高め、「鋼鉄の衣」にそれが砕かれ、しかし内部の右腕に到達する時点では勢いを殺され、防御が成功。

 翔天は右腕に鈍い痛みを感じつつも、白鶴の腹部に手を当てて冷気を放射した。

 

「っ痛ぅ……!」

 

 白鶴は距離を不利だと悟ったか、一度後ろに跳ねる。腹部には、冷却の痛み。だが、耐える。「極一刀流」には身体能力への補正もある。

 

「……ここまでか」

 

 翔天はそう呟いた。白鶴は翔天を見据える。

 

「申し訳ないが、勝負はここまでのようだ。お前が思ったよりも強い。そうなると、俺は更なる本気を出さなければいけない」

 

「……そのようだな」

 

 二人の意見は一致し、両者共に構えを解き手を上げる。

 

「「引き分けだ」」

 

「――勝者、敗北者、共に無し!両者、引き分け!」

 

 ジャッジは二人の意見を汲み取ると、直ぐに引き分けの答えを出した。

 

「えーっ、なんだよそれー!」

 

「負け惜しみじゃねーのかー!」

 

 周りからのブーイング。納得が行かないとの事だ。

 

「うるさい奴らだ。「無限零度(インフィニット・ゼロ)」」

 

「「「――ッッ!!」」」

 

 瞬時、周りは息を呑み黙り込んだ。翔天の冷たい「世界」が、離れた位置のジャッジを通り越してさらに遠方のギャラリーにまで向かったからだ。ギャラリーはその冷たさに恐怖する。

 

「だから烏合の衆だと言う。俺が本気を出せば周りの奴まで巻き込むんだ。だから、今日はここまでだ。いずれ会う時はサシでやろう」

 

「……喜んで」

 

 翔天は踵を返すと、その姿を夜の街に消していった。その場に訪れるのは、沈黙した空気。

 

「……ふう」

 

 白鶴はそっと、息をつく。心からの安堵。Sレートとの対面は、普段の何倍もの緊張感を要していた。

 

 周りの霜が段々と溶けていき、湿った服に秋夜の冷たい風が襲い、白鶴はその身体に寒気を感じた。

 

 ……今日はもう帰るか。これは下手したら風邪を引く。

 

「……すまない、某は今日は帰宅する。もう体力も余り無くてな」

 

「「「うっす、お勤めご苦労様でしたぁッ!」」」

 

 リーダーの言葉があれば仕方がなく、「白夜隊」は今夜、そのまま活動を終えて散り散りになった。

 

 鞘を多々羅から受け取り刀を抑え、多々羅の肩車を受けて道を歩く白鶴。多々羅の能力は「ヒーリング」。触れた相手を回復するという能力だ。

 

「余り無茶をしないで。まったく、馬鹿なんだから」

 

「はは、多々羅には頭が上がらん」

 

 二人して歩く夜の街。白鶴は対面の後に、こうして多々羅によく回復してもらっている。

 

 その途中で、白鶴の方を伺う男女が居た。一人は名も顔も知らぬ白いジャンパーの少女、そしてその隣に居る人物。星姫の友達、岡本光輝だった。

 

「……お前だったんだな。雄也さんを倒したのって。強いのな」

 

「光輝殿か。はっは、「氷天下」はやはり強いな。あれで全力でないのだから底が知れぬ」

 

 白鶴は笑う。というか、笑うしか無い。自分もいずれは、彼のレベルに追いつけることが出来るのだろうか。

 

「……なんでしょうか。貴方も、白鶴と対面する気?」

 

 白鶴と光輝の間に割って入る多々羅。それは純粋に白鶴を心配してのこと。彼女だったら、この状況で誘われても断らないだろう。それは駄目だ、今日は帰ってゆっくり休むべきだ。

 

 その言葉に対して、光輝は首を横に振る。

 

「やらないよ。彼女とやる気は無い」

 

「……ならいいけど。行きましょう、白鶴」

 

 白鶴の手を握り、その場を行く多々羅。去り際に白鶴は光輝に空いた手で手を振った。

 

「君ともいずれは対面してみたいものだな!あの日握った手、あれは剣道を歩む者の手ぞ!」

 

「……はは」

 

 光輝は手を振り返した。そして、その手の平を改めて見る。目立ちこそさえしないが、その手にはうっすらと、何度も特殊警棒を握った証のマメが付いていた。


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