新社会「イクシーズ」―最弱最低(マイナスニトウリュウ)な俺―   作:里奈方路灯

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白鶴の記憶

「11月を秋だって言う奴が居るが、私からしたら冬だ。そうは思わんか」

 

 コンポからアップテンポの曲が流れる室内。暖房を付けず、薄ら寒い部屋の中。畳の上にはカーペット(など)も敷かれず、仕方なく敷きっぱなしの万年布団の上で、黒咲夜千代は共に背中合わせで座っている岡本光輝にそう問いかけた。

 

 夜千代は部屋の中だというのに、ピンク色で動物柄のパジャマの上から白いジャンパーを羽織っている。夜千代が羽織るには少し大きめの、レアメタルが編みこまれた防弾・防刃に優れたジャンパー。普段の黒いコートよりも(ぬく)い。フラグメンツで支給された物だった。

 

 だって(さみ)ぃーもん。しょうがねーじゃん、ストーブ出すのめんどくさいし、灯油買ってないし。

 

 そんな夜千代の心情は別に気にせず、先程の問いに光輝は答えた。

 

「お前は正しい。わりかし俺もそう思う」

 

 対する光輝は賛同こそすれど、友人の家に来たというのにずっと小説を読んでいる。そんなに小説が好きか。夜千代は少し拗ねる。

 

「……なー、小説読むの止めてなんかしないか?指スマとか、マジカルバナナとか」

 

「ナイトオブファイヤーなら」

 

「下の人に怒られるから駄目だ」

 

「じゃあ諦める」

 

「やむなし」

 

 横壁も床もさして厚くないこのボロアパートじゃ、激しく動いたらそれはもう丸聞こえなので怒られる。幸い両隣は空いているのだが、下には人が住んでいる。しかも今は午後の七時、もう夜といっても差し支えない。それはマズい。

 

 尚、なぜ岡本光輝がこの部屋にいるかというと、彼が自室で小説を読んでいるとクリス・ド・レイがちょっかいをかけてきて集中出来ないらしい。この時間にもなると流石に図書館は開いていないので仕方なく部屋に入れてやっている。うん、贅沢な悩みだこと。

 

 と、まあ。そんな事を思ったりもしたけど、数少ない友達に頼られて夜千代は内心嬉しかったりしたため、仕方なく光輝を部屋に入れた。ただ、やることがない。折角友達がやってきたのだから、なんか話したいし、遊びたい。夜千代だって若者だ。決して修行僧ではなく、じっとしてるなんて性に合わない。布団の上に二人で座っているため、寝ることも出来ない。睡眠は人生の中でも最上級の一時だというのに。

 

 光輝は一切話題を振ってこない。なら、夜千代が動くしかない。

 

「……なあ、今から夜の街に繰り出さないか?」

 

 それは夜千代の決意の言葉。

 

「んー?いいけど。なんかあんのか?」

 

「フフ……それはな……」

 

 幸い明日は日曜だ。夜千代はそこまで興味がないが、フラグメンツの偵察として、かつ岡本光輝が興味を惹かれる話題を握っている。コイツと外をぶらつくのならまあ、楽しいだろう。

 

「新しく作られた対面グループ「白夜隊(びゃくやたい)」を見に行くのさ!リーダーはなんと!あの天領牙刀の一人娘であり、白銀雄也を倒した星ヶ丘高校一年生の天領白鶴だ!」

 

「なん……だと……」

 

 光輝の興味は引けたようだ。フフ、この勝負は私の勝ちだぜ……!――

 

――天領白鶴は、闘争という物に憧れを抱いていた。

 

 白鶴は父と母が大好きだった。父はかつて中京大戦にて第六天魔王と呼ばれ、今は英雄割拠の二つ名を持つ伝説の人。昔は不良少年だったそうだが、現在の職業は警察。母は当時の中京大戦にて父とライバルでありつつも、最後には共闘をした者。最終的には両思いになり、結婚に至ったらしい。

 

 闘う事。それは幼い頃から白鶴の中に「凄い事」として根付いていた。父と母は強い。両親を尊敬し、自分も強くなりたいと願い、闘いたいと想い、生きてきた。

 

 白鶴の能力は「極一刀流(きわみいっとうりゅう)」。それは幸いにも、父と同じ能力だった。どんな物でも、ひと握りであれば肉体の限界を越え、握った物を限界以上に扱うことの出来る能力。親から子へ能力が受け継がれる可能性は非常に高く、その才能を授かった白鶴は自分から強くなりたいと、進んで習い事をしていった。

 

 剣道、書道、柔道、空手、その他諸々……。武を心がけるにして大切な「心技体」を支えるものは、全て手を出してきた。空手は素手で戦いあうため苦手であったが、剣道、書道、柔道は全てにおいてその手に本質を「握る」為、極一刀流の効果も増して成功を収めていった。それは白鶴に自信を与えるファクターとして彼女を支えていく事になる。

 

 それだけでなく、白鶴はテレビで再放送の時代劇にのめり込んでいった。物語の中で悪人をばったばったと薙ぎ倒すその主人公である将軍の活躍はまるで父の牙刀を彷彿とさせ、時代劇に憧れ、登場人物の口調を真似た。それは小学生の頃からだった。

 

(けい)の力、とくと見せて貰った。今度は某が力を見せる番ぞ!」

 

 初めは周りから「面白い喋り方」と言われた。白鶴は喜んで貰えて楽しかったし、何より自分の信じる物が認められたことが嬉しかった。私は正しい、先に進める、と。

 

 しかし、中学校に上がった時。その憧れは砕かれた。

 

「天領ってさ、喋り方変じゃない?」

 

「なんていうか、子供だよね。成長しきれてないってやつ?」

 

 同じクラスの女生徒が、複数人で話し合ってるのが聞こえた。陰口というよりは、同じクラス内に居る白鶴に聞こえるように。まるで嫌がらせのように。

 

 信じた物が否定されるということ。普通なら白鶴の口調はもっと幼い時点で治っていたのだろう。しかし、彼女の輝かしい功績、それに好意的な反応を見せた周りの態度が彼女を正せずそのまま進ませてしまい、彼女は口調を治せず今に至った。彼女は天才であり、普通ではなかったのだ。

 

 周りは褒めてくれた、父と母は認めてくれた、私は、間違っているの……?

 

 天才であるため、周りと違うための、ジレンマ。新しい環境で周りに馴染めず、白鶴は孤立していった。周囲は嘲笑う、天領白鶴を。

 

「ねえ、星姫ちゃんもそう思うでしょ?」

 

「――は?」

 

 その時、周囲に反発する少女が一人。まるでモデルのようなしなやかな肢体に端整な顔立ち、日本人らしい艶やかで綺麗なセミロングの黒髪。周りからも幅広く好かれている少女、「一宮星姫」。

 

「別に。あの子がそうしたいならそうすればいいし、それは間違いじゃない。そんなの、私が口出しする話じゃない」

 

「えっ……?」

 

 星姫は座っていた席を無造作に立つ。

 

「はー、その話はあんたらだけでやってよ。私は他人を笑う趣味無いから。――ねぇ、それって楽しい?私からしたらつまんないわ」

 

「ちょ、ちょっと!」

 

「さ、星姫ちゃん!」

 

 周りから離れ、廊下へと歩いていく星姫。その姿は白鶴の目にとても印象的に映った。

 

 ……格好良い。

 

 白鶴は急いで彼女を追いかけた。そしてクラス前を離れた廊下にて追いつく。

 

「あ、あのっ!」

 

「……なによ」

 

 不機嫌そうな星姫。しかし、お礼を言わなければならない。

 

「あ、ありがとうございます!その、庇っていただいて……」

 

「はぁ?庇う?何馬鹿言ってんの」

 

 星姫は白鶴に強く歩み寄り、その額に人差し指を押し付ける。

 

「私は嫌なことを嫌って言っただけ。同調出来ない物に乗っかるほど私は人間出来てない」

 

「あ、あの?」

 

 白鶴は困惑する。

 

「アンタもアンタだよ。凄い力持ってんのに、主張しないからそうなる。あのね、弱くて個性的なんて叩かれる格好の的なんだから。アンタが自分の強さを主張して、それでようやく貴方の個性が認められる。あいつらみたいに他人となんでも同調してしか生きていけない奴は弱くて無個性な奴ら。そんなの、馬鹿らしくない?」

 

 彼女の言ってる事は理解出来るようで、理解出来ない。彼女は周囲を否定していて、けれどそれを受け入れているようにも見える。つまりは要領なのだろうか。

 

 それよりも、引っかかることが。

 

「あの……私を知っているんでしょうか?」

 

 白鶴を凄いと認めてくれる人。彼女は、私を知っているのだろうか。

 

「知ってるも何も、小学校から一緒だったでしょ。何、私を覚えてないの?まー、いいわ。そんじゃ、改めて初めまして」

 

 彼女は名乗る。堂々たる様に。

 

「私の名前は一宮星姫。いずれドラマ業界をあっと言わせる、俳優の卵だ!この名前、よく刻み込んでおきなさい!」

 

 その時の彼女は一切臆せず。その姿に白鶴はまた憧れを抱き、彼女を凄いと思った。それが始まりだった。私と星姫の、硬い友情――

 

――白鶴は昔を思い出していた。私を間違ってないと言ってくれた、星姫。彼女は強い。私も、彼女のように強くありたい。

 

「白鶴さん、どうかしたんすか?」

 

 声をかけてくる、白夜隊のメンバー。白夜隊とは、白鶴が白銀雄也を倒してから気が付けば出来上がっていた対面グループだ。強き者の元に、皆は集まるらしい。

 

 倒して一週間も経ってないのに、噂とは早く広がるものだ。

 

「いや、なんでも。それにしても、存外対面グループというのは暇よのう」

 

 十数人のメンバーで夜のイクシーズ市街を歩くが、特にやることなど無い。たまに別のグループにあって対面をし、終わればまた歩き出す。基本的には、みんなで集まって楽しく過ごすのが目的みたいな所はある。

 

 しかし、乾く。潤わぬ、喉の、心の渇き。何処かに私を満足させてくれる者は居ないのだろうか。

 

 そんな事を考えていた白鶴であったが、その願いはすぐに叶うことになる。

 

「ふん、これが噂の「白夜隊」、そしてリーダーの「天領白鶴」か。まあなんとも、烏合の衆とでも言うべきか」

 

「ああ?やんのか?」

 

 白夜隊の前に立ちふさがる一人の青年。眼鏡をかけた、知的な振る舞いを見せる彼を、白鶴は見たことがある。

 突っかかるメンバーを無視して、彼は白鶴を見据えてこう言った。

 

「君たちのリーダーに要件がある。対面を挑みたい」

 

 氷室翔天。「氷天下」の二つ名を持つ、氷使いのSレート。白鶴は彼の登場に、心を踊らせずにいられなかった。


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