新社会「イクシーズ」―最弱最低(マイナスニトウリュウ)な俺― 作:里奈方路灯
「んーと、コブクロと、上ミノ、心刺し、上ホルで」
メニューを見ながら、店員に注文をする風切雅。
「イカと、エビと、せせりと、ウインナーをよろしく頼む」
次いで氷室翔天が。
「とりあえず上カルビ、上ロース、タン塩。それとライス大盛りを三つでお願いします」
最後に厚木血汐の注文。
「はい、承りました。ライス大3、それ以外一人前ですね。それでは、血汐さんとその親友様。ごゆっくり」
ファーストドリンクをテーブルに置き、肉の注文を受け厨房に戻っていく女性店員。三人はそれぞれのドリンクを手にすると、血汐が掛け声をかけた。
「それじゃ、オータムパーティー終了お疲れ様!かんぱーい!」
「「かんぱ~い」」
カーン、と音を鳴らしてお互いのドリンクグラスをぶつける、イクシーズ内の三つの高校のそれぞれの生徒会長、血汐と翔天と雅。場所は焼肉屋「
開幕に、それぞれはソフトドリンクを飲み干す。血汐は元気ドリンク、翔天は緑茶、雅はコーラだった。
「っぷはぁ!いやー、コーラは最強だねぇ!」
「反応が三十路臭がするぞ、雅」
「そういうお前のチョイスは三十路通り越してジジ臭いな、翔天」
「はっは、まあ喧嘩せずに」
「「お前はなんかもう分かってた」」
幼馴染であり、かつ気が合う仲であった三人は、しかしして好みが全く同じというわけではない。むしろ、その逆。三人の好みは、全く逆方向と言っても良いぐらいだった。血汐は三人分のドリンクバーを引き受け、すぐに戻ってくる。
「しかしまあ、今更だが……」
厚木は注文表を見て唸る。
「君たちは肉をまともに食おうとは思わないんだな」
「んー?」
「そうか?」
雅の注文した物は、見事に臓物系だった。心臓の刺身はまだ肉ではあるが、そもそも焼かない。「焼肉」じゃない。これらに共通した部分は「歯ごたえが良い」事。
「内蔵の部位が好きでさ。あれって顎使うじゃん?顎に筋肉が付くから、相手の攻撃で意識飛びにくくなんの」
……何も焼肉を食うときにそんな事を意識しなくたって、と血汐は思った。根っからの喧嘩マシーンか。
「それにミノの繊維を引き裂く感触、コブクロを細切れに噛みちぎるあの感覚、いや、マジで美味い」
「まるで狂犬だな」
それは翔天の感想であったが、血汐もそう思う。なんか、こう……彼女の内から滲み出る、凶暴さなのだろうか。そういうものを感じる。大分Sっ気が高い。いや、普段の仕草から感じてはいたが。
「つか、翔天とかどうなの。海鮮鉄板焼きのメニューかなんかじゃねーの、それ」
「馬鹿を言え。焼肉屋なら鉄板メニューだろう」
「上手い事言ったつもりか」
「はは……」
……いや、翔天が注文した物が美味しいのは分かっている。しかしそれはあくまでサイドメニューに近い物だ。メインで頼むような物ではない。そして翔天はサイドメニューしか頼んでないのだ。
違うんだよなー。分かるかな、焼肉ってのはもっとこう、さ。肉を食って、白米を食らって、ワイワイ騒いで……分かんないかなー。
なんて凄く言いたかった血汐だが、言えない。空気を読んで、言えない。どう見積もっても、この二人はそれを受け入れるような人間じゃないから。まあ、最後のだけは達成できそうだから、良いか。良いよね。仕方なく自分を納得させた。
やがて注文の品が届き、血汐はトングを使ってまずはタン塩から焼いていく。やはり開幕はタン塩以外有り得ない。雅と翔天は心臓の刺身をパクパクと食べているが。……あ、俺の分が無くなった。速いよ。少し悲しい。
「……所で、あの噂。聞いているかい?白銀雄也を倒した、女の子の話」
気持ちを切り替えるように血汐が切り出した、一つの話題。対面上等のこの集まりでは、極上の話題だった。
白銀雄也。Aレートではあるが、対面グループ「白金鬼族」の総長。その武勇伝は、彼がこの街にやってきてから後を絶たない。かくいう厚木血汐も、夏祭りで雄也と対面をし、敗北したから深く知っている。彼は、強い。傲慢なカウンタースタイルを持つ者。
そんな彼を倒した者が居ると言う。燻らずにはいられなかった。
「そういや昼間、白銀の元気がイマイチだったな」
「知ってるよ。天領白鶴、ウチの一年だ」
「天領……なるほど、「英雄剋拠」天領牙刀さんの娘か。それなら納得が行く」
血汐は焼けたタン塩をそれぞれの皿に乗っけた。血汐はそれをレモンと塩、翔天は塩だれ、雅はそのまま頂いた。そのままライスをかっ込む三人。至福の一時。
「……聞いたことの無い名だな。有名なのか?」
「馬鹿だ馬鹿だとは思っていたがまさかそこまで馬鹿だとは思わなかった」
翔天を信じられないといった目で見る雅。血汐は次いでメニューを鉄板に載せていく。血汐も雅の反応は仕方ないと思ったので、何も言えない。イクシーズに住む対面好きの青年、それもあろう事か五大祭優勝経験を持ってかつSレートの彼が知らないとは。
「
「はは……天領牙刀さんってのは、今から30年前くらい前か。イクシーズがまだ無かった頃、この辺り「中京圏」で起きた不良少年達の戦争「中京大戦」を征して、最終的に東西南北全域から集まった強者達を纏めあげて「中京連合」を作った伝説の不良少年さ」
しょうがなく、フォローを入れる血汐。翔天は口に手を当て考えると、すぐに納得した。
「……滅茶苦茶凄い人じゃないか」
「そんな事も知らないからお前は馬鹿なんだよ」
「知るは一時の恥、無知は一生の恥。何とでも言え」
「屁理屈だけはポンポンと出るね、お前」
犬猿の仲のような二人を尻目にして思考に耽る血汐。そう、全てはあの時から始まったとされる。中京大戦が終わってやがて中京圏は強者が集まる地となり、異能者が増え、中京圏――中でも都市部である名古屋は瞬く間に異能者の溢れかえる街に。
余りにも異能者が増え犯罪等も軽視出来なくなり、やがて国は常滑の海上空港を増設し、
今ではそんな経緯を知らない者も多いが、等の本人は今でもイクシーズ警察の対策一課で警部をやっている。近年では新たな伝説である三嶋小雨や瀧シエルが幅をきかせているが、それでも彼への信仰は未だに厚い。かくいう厚木血汐も、天領牙刀こそが最強だと信じて疑わない。
「とまあ、その人の娘さんが白銀雄也を倒したって話らしいね。それなら納得も行く」
頃合の上カルビと上ロースをそれぞれの皿に配置していく血汐。こればかりは、三人ともタレで行く。白米との組み合わせが最高に美味い。
「私はそれより、小雨の奴がまたしゃしゃり出てきたのが気に食わねぇ」
「はは、あれもまさかだったね。まさか小雨さんが弟子を取るなんて」
「雅。そんなに眉間に皺を寄せると老けるぞ」
「うっせ。そんときゃそんとき」
上ミノとコブクロを皿に取り分ける。上ミノはタレ、コブクロは塩で。それぞれタレと繊維、塩と旨みがマッチして、何度でも噛み締めたくなる。互いに歯ごたえがあるという共通点があるが、しかしその方向性は全く別で。これがたまらない。
「瀧シエルの攻略法は?どうすんの?」
「そりゃもう、全力で行くしかない。あの子は天才だよ。俺らが限界を越えない事には始まらない」
「俺と雅はもう負けてるからな。さて、どうするかな……」
「油断してただけだっつーの。風神解放さえすりゃ、あんな奴どうとでもなる」
「自身満々だね。まあ、精々また足を掬われないようにしなよ」
雅の強さは傲慢さではあるが、逆に弱点でもある。彼女はそれを理解している筈だが、それもまた、彼女なりのアイデンティティ。彼女はそれでいい。
「つか、大聖霊祭が後一枠なんだよなー。やること多すぎるわ」
そう、大聖霊祭への枠は後一枠しかない。雅が出るには、他の強豪を乗り越えないといけない。氷室翔天、白銀雄也、天領白鶴、注目するのはそれらだろうか。
「ああ、俺は聖夜祭の日は妹の誕生日だから出れないぞ。今年の大聖霊祭は諦める」
血汐と雅は翔天を見る。そうか、彼は妹が居た。
「……お前、それで良いの?」
「別に構わない。五大祭で無いと戦っちゃ駄目だなんて規約は無いさ。俺は俺で好きにやらせてもらう」
「はは、それもアリだ」
上ホルモンはタレ派と塩派に別れた。血汐と翔天はタレ、雅は塩。どちらにせよ、美味い。脂が少なめだが、これもまた良し。
少しして、雅は難しい顔をして二人に問いかけた。
「つかさ、思ったけど……私ってもしかして、女にカウントされてない?」
「「なんで?」」
「いや、だってホラ……焼肉言うたら、煙の臭いが服についたり、口を付けた箸でうっかり肉触っちゃったり。そこは血汐がしっかりしてくれるからいいけどさ」
「まあ、ぶっちゃけ今更」
「……ごめん、こればかりは翔天に賛同するよ」
「なんで!?」
淡白に答える翔天、眼を伏せ申し訳無さそうに答える血汐、驚愕の雅。
「昔っからの付き合いでガサツで言葉使いも悪くて横暴、顔だけ良くてもその他はまるでレディースの総長。あと無防備過ぎてときめきも足りん。お前のうなじとか生足とか一緒に居すぎてもう見飽きた。夏とかよくブラ透けてるぞ」
「ああクソ納得の行く憎たらしい御説明どうもありがとうこの馬鹿野郎。つか気付いてたらもっと早く言ってくれませんかねぇ!?」
「……なんだかんだ仲良いよね、君達」
三極は今日も楽しげだった。