新社会「イクシーズ」―最弱最低(マイナスニトウリュウ)な俺―   作:里奈方路灯

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第七章 白夜満つる街、諸人こぞりて
三極の集い


休み明けの学校。朝のホームルーム前に、岡本光輝は読書をしていた。

 

 ああ、今日もいい天気だ。こんな日は、いつもどおり静かに過ごせそうだ。

 

「ヘーイ、ジョニー!凄いニュースと驚くニュースがあるんだが、どっちから聞きたい?」

 

 とかなんとか思ってたらそんな事を言って一年一組に入ってきた少年が居た。その少年は、光輝がよく知っている人物だった。名を後藤征四郎という。

 

 ぶっちゃけ、朝っぱらからうるさい。

 

「……ジョニーって、俺のことか」

 

 呆れ顔で光輝は征四郎を見る。ジョニーなんて名前の奴はこのクラスに居ない。しかし、分かっていることがある。コイツがこのクラスでわざわざ呼ぶ奴は、俺ぐらいしか居ないって事だ。

 

「ザッツライ!」

 

「……凄いニュースで」

 

 どうやらその通りだそうで。やたらテンションの高い征四郎に静寂の時を邪魔されつつ、彼の質問に答えてやる。大体察しは付いているんだが。

 

 ……しかし、凄いニュースと驚くニュース、何が違うんだろうか。いやまあ、彼がいつも深く考えずに口を動かすのは分かっているのだが、ほんの少しだけ、興味が沸いたってだけで。まあいいや。深く考えるとこっちが飲まれかねん。

 

「なんと、この度!この俺っち後藤征四郎は、オータムパーティーで優勝を収めました!さあ、雨のような拍手を!センキュー!」

 

「……おう」

 

 パチパチ、と征四郎に対してやる気無く拍手をしてやる光輝。それでも征四郎は嬉しそうだ。

 

 いや、まあ。実際凄い。Dレートの彼がオータムパーティーを征するなんて。それに、三嶋小雨の弟子だっていうことも、気になる点は多く、とても多くあるのだ。

 

 ……ただ、なんとなくムカつくだけで。

 

 それに、気が付けば以前よりも圧倒的に征四郎は周りからの注目を惹いている。ただでさえ目立つやつだったが、今はそれよりもさらに目立っている。本人は気づいてないようだから言わないが。めんどくさいし。

 

「そんで、驚くニュースってのは?」

 

 そしてもう一つ。あまり気にならないが、とりあえず聞いておく。まあ、どうせ大したことじゃないだろう。

 

「白銀雄也が、高一の女子に負けたらしいぞ」

 

「……は?」

 

 いや、それは大したことだよ!滅茶苦茶重要だよ!!

 

 ……と、自分の心の中で自分に突っ込みをいれつつ、その言葉を自分の中で理解していった――

 

――「あー……悔しい」

 

 昼食時、学校の中庭のベンチで、白銀雄也は開封したての焼きそばパンを片手に空を見上げていた。そのやきそばパンにはまだ、口はつけられていない。

 

 空は青い。空気は澄んでいる。こんなに澄んでいるとまた、パンの乾燥も早いんだろうな。

 

「ダーリン、早く食べないとパサパサになっちゃうよ?」

 

「緑茶ならあるよ?飲む?」

 

 ただ惚けている雄也のその両隣には長い金髪を風に靡かせた背の低い二人の瓜二つの少女、ジュディとジャネットが座り、雄也を心配する。

 

「……総長(ヘッド)、食わなきゃ弱くなるよ」

 

 さらにそのジュディの隣には身長が驚く程大きい少年……少年と称するのが少し厳しいが、年齢はまだ16歳である男、巌城大吾が座っていた。

 

 揃って、空を見て惚ける白銀雄也を心配していた。

 

「ああ、すまねェな……。食うか」

 

 そうしてようやく雄也は焼きそばパンにかぶりつく。

 

 ガツリガツリと、とにかく食らった。何も考えず、食べるしかなかった。でないと、喉を通らない。ジャネットから緑茶を貰い、パンを無理矢理胃に流し込む。

 

 なんだろうな、この感覚。

 

 ただ、今は無心に、かぶりつくしか出来なかった。

 

「どうした、白銀。今日は不機嫌そうだな」

 

「……氷室か」

 

 一息つくと、中庭に一人の男が現れた。眼鏡をかけた、優等生風の男。

 氷室翔天。この学校の生徒会長であり、Sレート。別名「氷天下」の二つ名を持つ者だ。

 

「うっさいわね、馬鹿。ダーリンはアンタと違って繊細なの!負けたのにケロッとしていられる馬鹿と違ってね」

 

「ふん……それは違うな。俺はただ、迷わないだけだ。考えるだけ無駄だろう、やると言ったらやる、やらないと言ったらやらない。それだけで世の中の全ては片付く」

 

「やっぱ馬鹿だわ、コイツ……」

 

 J&Jは氷室に対して溜息をつく。身長差はあれど、彼女らはこう見えて同じ三年生、同級生だ。J&Jは氷室という男を分かっている。そもそも、こんな基本的に馬鹿が通う高校に入学してくる時点でアホだ。頭が良ければ厚木血汐が通う「臨空高校(りんくうこうこう)」か、風切雅が通う名門の私立高校「星ヶ丘高校(ほしがおかこうこう)」に通っているだろう。氷室の妹が臨空高校……通称「リン高」に通っている事から察しがつく。

 

 いや、まあ。潔いと言えば、潔いのかもしれない。しかしいかにも知的に振舞う彼の姿は、見ていて呆れを通り越して清々しい。

 

「いやな、負けたんだよ。対面で」

 

 雄也はやきそばパンをさっさと食べ終えると、氷室に答えた。雄也は意外と、氷室を好ましく思っている。彼の強いところ、考えるところ、そして一度これだと決めたら、納得するまで意思を曲げないところ。そんな彼は、雄也の目から見て「男らしい」のだ。

 

「なるほど、それで悔しい、ってワケだな」

 

「ああ。……アイツは強い。そして、(うま)い」

 

 雄也は今でも、彼女の戦い方を、脳内でシミュレーションしている。ああ来たらこう返すとか、こうすれば優位に立てるとか、全てにおいて相手が上回っていた。

 それは、雄也のがむしゃらな喧嘩殺法を、カウンタースタイル含めて完全に対策した物だった。その中で、雄也は天領牙刀の言葉を思い出す。

 

 卑怯で何が悪い。

 

 そうだ、戦うとは、卑怯な事だ。勝つとは、卑怯な事だ。綺麗事だけで戦うのはそういうルールの範疇だけ。

 

 本来、喧嘩というのは勝ってナンボ。どんな対策を練られようと、こちらが対策を練っていなかろうと、負けは負けだ。勝つために努力出来ない奴が、弱い。物言いなんて、女々しい。

 

 相手が武人なら、尚更。暴力を制するからこそ武。(ほこ)()めると書いて武だ。

 

 思考をする白銀に、氷室は口を開く。

 

「負けるなんて、人生でいくらでもある。お前なら分かってるさ。悔しいって気持ちをぶつけて、強くなりたいと願うのもありだな。戦うって、そういう事だよ」

 

「……はは、分かっちゃいたが、言われると、より意識するな」

 

 実にそのとおりだ。在るべき事を在るとして云う。氷室翔天のこういう真っ直ぐな所は、本当に見ていて気持ちがいい。見た目こそインテリを装ってはいるが、その中身は厚木血汐とよく似た、誠の漢。彼の言葉は一見難しそうに見えて、ただそのままの事を言っているだけだ。

 

 まだまだだな、俺も。言われるまで踏ん切りが付かないなんて。

 

「サンキュー、先輩。アンタが卒業するまでには一回やろうぜ」

 

「どうせならお前との戦いは勿体つけたい。……フン、いずれ相まみえる時が来るだろう」

 

 氷室はそれだけ言うと、とっととこの場を去っていった。

 

 ああ、アンタを満足させられる時が待ち遠しい。……なんだよ、俺。まだこんなに元気じゃねえか!――

 

――星ヶ丘高校の生徒会室、緑髪が特徴的な生徒会長の風切雅は苛立ちを隠せずに居た。周りのメンバーは、その明らか様に虫の居所が悪い様をオロオロと見ていた。

 

「ああ、あんな奴とっとと風神解放をしていれば……!なによあの初見殺し、ふざけんな、あんな奴風のバリア張って切り刻めば楽勝だったのに、クソ、クソ、クソ、クソ、クソ……」

 

 さっきからこのような感情の吐露の繰り返し。それは独り言であるが、口に出さなきゃ気が収まらないのだろう。メンバーはその怒りの理由を知っていて、しかし黙るしか無かった。

 

 オータムパーティーで風切雅が、まさかのDレートに負けた。

 

 誰もが予想外だったし、彼女自身がその想定をしてなかった。五大祭はシステム上、電磁フィールドに相手をぶつけてしまえば勝ちのルール。しかし、それを相手は返してみせた。しかも、その技はあろうことか二年前の五大祭を制した者、三嶋小雨の技だった。

 

「あの小娘、よくもまぁまた出しゃばってきてからに……ざーけてんじゃあねーぞあんのチビぃ……」

 

 とっくの昔に居なくなった亡霊が、またしても私の邪魔をする。クソ、相手を舐めてかかるのは私のクソみたいな所だ。

 

 雅は征四郎よりも、小雨よりも、自分にイラつく。端から本気で行くべきだった。雑魚を雑魚らしく、本気で片付けるべきだった。余裕など見せなければ良かった。釣られた……!

 

 ガチャリ、と生徒会室のドアを開けて一人の女子生徒が入ってくる。

 

「あ、あの、雅様」

 

「あーによぅ?」

 

 女子生徒に話しかけられて、雅は怪訝そうな顔をする。怒りが小出しで発散されつつあるためか爆発しなかったことに、メンバーは心をそっと撫で下ろす。

 

「氷室様が、お見えになってますが……」

 

「……通して。あの馬鹿、なんの用だかね」

 

 雅に促されるままに、氷室翔天が生徒会室に入ってきた。一応は別高校の生徒なのだが、氷室もまた、彼の通う高校「青空高校(あおぞらこうこう)」の生徒会長である為、多少の融通が効く。

 

「馬鹿とはまた、非道いな。君に朗報を届けに来たのに」

 

「携帯で伝えろよ馬鹿。お前の持ってる携帯は飾りかい」

 

 少し考えてハッとした表情を浮かべると、氷室は少し俯いて、かけていた眼鏡の位置を人差し指と中指でクイッ、と直した。

 

「……文明の利器を甘受するのも結構。しかし、会いたいなら会えば良い。伝えたいなら、会って伝えれば良い。そうじゃないかい?盟友」

 

「言い訳おつー。早く言え、何の用だ。私は忙しいのだよ」

 

 とてもめんどくさそうに、雅は座っていた椅子から生徒会長の机の上に脚を乗せる。とてもじゃないが、名門私立高校の生徒会長が取る行動じゃない。しかし、長いスカートから現れた白く美しいおみ足は、氷室以外の生徒の心を男女関係無しに鷲掴みにする。

 

 その横暴さは、かくも美しい。それは一種のカリスマ。

 

「厚木の家で焼肉を奢ってくれるらしい。行くか?」

 

「えーっ、何それ、超行くわー!」

 

 氷室のその言葉にそれまでのイライラをすっとばし眼を輝かせた雅はガタッと立ち上がり、氷室と共に生徒会室を出て行った。

 

 その様子を見届けた生徒会メンバーは一様に安堵をした。


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