新社会「イクシーズ」―最弱最低(マイナスニトウリュウ)な俺―   作:里奈方路灯

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夏の始まり

 岡本光輝の通う高校の体育館で、全校生徒が集められて集会が行なわれていた。集会と言っても、生徒会からの今後の学校の方針や校長先生からの特にこれといって聞きたくもないお話などを聞くだけで、これを重要視している生徒はそういないだろう。

 が、今回の集会は普段とは違って少しだけ、聞くのが嬉しいと光輝は思っている。きっと他者もそうだろう、と光輝は思う。なぜなら。

 

「来週からは夏休みが始まります。皆さん、長期のお休みだからといってハメをはずさす、節度を持って過ごすようにして下さい」

 

 そう、学生の一年一回一番のイベント、夏休みの通達だ。

 

 7月も中盤、あと1週間もすればそこからおよそ1ヶ月と1週間も休みがある。社会人に無く、学生のみに与えられた特権。それが眼前にあるという実感を今、ひしひしと感じている。きっと今多くの生徒の頭の中にはもう先生からの話など頭に入ってなく、それぞれが夏休みをどう過ごすかで頭がいっぱいだろう。

 光輝もそうだ。夏の間にいっぱいやりたいことがある。1日中青空の下で音楽を聞いて読書したい。贅沢に音楽だけ聞いててもいい。読書だけの日があってもいい。空をただただ眺める日というのも最高だ。ああ、待ち遠しい。

 

「では私からの話は以上です。生徒会長の厚木(あつき)血汐(ちしお)さん。お願いします」

 

「はい」

 

 理想の時間を思い描いていると、壇上に立つ人が先生から生徒に変わった。ほかの生徒と同じ制服ではあるが、額には特徴的な赤いハチマキが巻かれている男子生徒。3年生で生徒会長のSレート、厚木血汐だ。

 

「みんなは、燃えているか?」

 

 開口一番に意味ありげな言葉を投げかける厚木。何が始まるかは予想できる。

 

「今年は夏休みが始まってすぐに、イクシーズで最もアツい祭「サマーフェスティバル」が行われる!」

 

 マイク越しに力強く語る厚木。見ているだけなら愉快ではある。サマーフェスティバル。五大祭の内の一つ、夏に行われる武闘祭だ。尚、最もアツいと言うのは時期上当然だと思う。

 

「腕に自身があるものは奮って参加いただきたい!勿論の事、この「熱血王」厚木血汐も全力で参加させてもらう!やるからには俺を全力で倒しに来い!以上だ!」

 

 熱弁を終えると、静かに壇上を後にする厚木。普通は生徒がここまで自由に振る舞えないし、知らぬ人からはただのうるさいヤツと思われるかもしれないが、その実力は本物だ。2年前のサマーフェスティバルで優勝し、「熱血王」というその存在に相応しい称号を手に入れ、「大聖霊祭」にて準優勝という最高峰の実績を持つ。2年前といえば三嶋小雨が大聖霊祭で優勝した年である。三嶋小雨と戦って負けたのなら、それは仕方のない事だ。故に、素性を知る者は皆がこう言う。「厚木血汐は、本物の熱血漢だ」と。

 

 集会が終わり、昼放課。厚木血汐の言葉を聞いたあとからかどうか分からないが、熱い。炎天下の芝生の上にいるからでもある。

 しかしこの夏空の下、とても晴れやかな気分だ。薄い雲が青い空にアクセントを付ける。……すばらしい。感嘆してしまう。

 

「もうすぐ夏休みだね」

 

「ああ」

 

 当然のように気が付けば隣にいた瀧シエル。その長い黒髪がそよ風に揺られてなびく。いつの間にいたんだお前。

 

「サマーフェスティバル、岡本クンは出ないのかい?」

 

「出れる訳無いだろ、Eレートだぞ?俺。そもそも、生徒会長様がいる時点で優勝できないんでな」

 

 そうだ。Sレートの厚木が出る以上、優勝はもう決まっているようなものだ。イクシーズの全ての高校で見ても、厚木と肩を並べられる異能者は少ない上に開催されるのが「サマーフェスティバル」だ。ここ1番の熱い時期、厚木は限界を超えるだろう。そうなった厚木を止めるのは瀧シエルでも難しいんじゃなかろうか。

 

「熱血王、か。聖霊祭はあれはあれで楽しかったが、意外とあっけなくてね。サマーフェスティバルに出ればよかったかな」

 

 聖霊祭にはSレートが何人か居たが、それを「あっけなくてね」と言う彼女。全戦瞬殺なのだからそうも言ってしまうか。

 彼女の、「瀧シエル」の登場で、事実「Sレート」というネームバリューが薄れてしまった感はある。それほどまでに、圧倒的だ。「聖霊祭」で優勝した彼女に与えられた称号は「聖天士」。その称号に相応しい彼女の能力は、だれがどう見ても完全な「不条理」。抗えない、逃れられない。伝説の三嶋小雨さえ、彼女には勝てないかもしれないという不安を抱く。

 

「そんなに戦いたいなら聖霊祭からオータムパーティーまで決勝戦で降参して聖夜祭で優勝すればよかったじゃないか」

 

「……なるほど、その手があったか」

 

 五大祭の内、聖夜祭を除く四つは、優勝した時点でその年度では大聖霊祭以外に参加できない。これは、大聖霊祭が他の四つの祭の優勝者4人で行われるからだ。つまり、始めの「聖霊祭」で優勝してしまった彼女は、もう大聖霊祭まで参加をすることができない。

 

 といっても、これを実行してもらっては困る。全ての祭が「瀧シエルと当たらない」という前提条件での参加を余儀なくされる。勿論、瀧が負ける可能性は0じゃない。が、ほぼ0に近い。瀧がそんな事をしだしては、他の参加者はたまったもんじゃない。光輝もその提案を、真面目に言ったわけではない。冗談だ。過ぎたからこそ言える冗談だった。

 

「まあ終わってしまった事はさておき、私は岡本クンともやりたいんだがね」

 

「最弱を嬲って楽しいですかね最強サマ」

 

「なに、私の目的は「勝ち負け」じゃない。勝つのには飽きた。私はね、人の「可能性」を見たいのだよ」

 

 勝つのには飽きた。強者だからこそ言える言葉。まともな人間の言葉ではない。事実、それが許される程の存在。彼女は良い性格をしている。こういう「傲慢」さがあるからこそ、光輝は瀧という人間を邪険にしない。

 人が持つ心の「黒い部分」。それは誰にでもあるだろう。逆に、光輝は自分に「黒い部分」しか無いと自負している。卑屈な考えである。

 だが、人は表に「黒い部分」を出さない。出せば嫌われる、そう考えるのが普通だ。しかし光輝はそれが逆に好きだ。「黒い部分」とは、言ってしまえば心の本音、人間誰しもが持ち得る闇。それを垣間見るのが光輝は好きだ。

 

 言ってしまえば、光輝は他人を「信用してない」。「黒い部分」を見ないと信用できない。それが岡本光輝という、弄れた少年の素性だ。勿論光輝はそれを客観的に視て自分を「最低」と評している。

 

「まあいいさ、私は好きなようにやろう。じゃあね、岡本クン」

 

「ん、ああ」

 

 そう言うと芝生から立ち上がり去ろうとする瀧。

 

「時に岡本クン」

 

「どうした」

 

 ふとかけられる瀧からの呼び声。

 

「君の目って、青空の向こうは視えるのかい?」

 

「……成層圏の向こうを見たらオゾン層の保護を受けられなくなって目が太陽光線にやられるだろ。見れないよ」

 

「ははっ、違いないね。それじゃ」

 

 彼女は抽象的な意味で問いかけたのかもしれないが、常識的に返した。彼女が言う「青空」の意を、測りかねたのだ。

 

「青空の向こう、ね……」

 

 ふと考える。瀧にとっての青空とは、おそらく広大な「可能性」。だとすれば、話の流れからして人の「可能性」、その先辺りが妥当な所か。残念ながらそれは俺の分野じゃない。どちらかというと、ホリィの方だ。

 

「まあいいか」

 

 昼放課は直に終わる。光輝もその場所を後にすることにした。


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