新社会「イクシーズ」―最弱最低(マイナスニトウリュウ)な俺― 作:里奈方路灯
「オイオイ、マジかよ……」
ある者は信じられないといった表情で。
「運が良いだけだろ?」
ある者はあくまで偶然だと割り切って。
「イカすぜ坊主ーー!」
ある者はそれを粋だと、声援を送った。
その場にいるのは偶然か必然か、神ですら知らぬダークホース。運も実力のうちだというのなら、それは実力なのだろう。
少なくとも彼には、握ったチャンスを逃さないセンスが確かにあった。
『えー……
日本刀を握り締めた背の低い体操服の少年と、花模様の入った薄桃色の
『方や、ご存知の通り!前回の聖夜祭の優勝者、「風神」の名を持つ少女!Sレート、
緑髪の少女、風切雅。厚木血汐、氷室翔天と並んで「三極」と呼ばれる少女だ。二年前の大聖霊祭の出場者、「氷天下」「熱血王」「風神」そして、「
……そして、その内の「氷天下」を倒したのは、目の前の少年。
『方や、全く無名!五大祭初参戦、Dレートにして決勝戦にまで上り詰めた高校一年生!ノーマークの少年、後藤征四郎選手だァーーッ!』
後藤征四郎。Dレートの、一切の噂を持たぬ少年。彼がなぜここまでこれたのか、それはこのオータムパーティーのシステムにもあった。
ステージ・トリック。それがオータムパーティーのルール。
Sレートである氷室翔天は、不幸にも燃え盛るステージ「
偶然か必然か、どっちつかずの立ち回り。しかし勝てば官軍。
『ステージ・トリック!今回のランダムステージは……なんと!
司会の声と共に、ステージ内を幾つもの木が覆い尽くし、瞬く間にステージ内にNPHによる森林が出来上がった。この状況では観客席からも非常に見づらいものとなっており、精々木々の隙間を塗って対戦者を見るしかない。そういう点では、このステージは大会に向かない。
そして、このステージでは「風神」風切雅も非常に戦いづらい物となる。
しかし、風切雅は仏頂面を崩さない。この程度で狼狽えるほどSレートの称号は安くない。
「運がいいのね。ま、悪いけど、私は弱者であろうと手加減する気はないのだよ」
「ははっ、そいつぁ嬉しいねオネーさん!やるなら全力で一緒に盛り上がろうぜ!」
対する後藤は元気よく構え据える。無邪気か、はたまた挑発か。なんにせよ、彼が対戦相手であることに変わりはなく。
ならば、雅は「風神」としてあるべき姿を見せつけるだけだ。
二人は見合う。互いに余裕を見せ、それが本心であるかは分からぬまま。
『それでは両者、位置に着いてェ!対面……
司会による開幕の合図と同時に、雅は二つの鉄扇で目の前の空間を、風を切るように振った。そこから発生した二枚のソニックブームが、前方方向へと真っ直ぐ進んでいく。
しかし、後藤はステージギミックの木に身を隠した。いや、当然だろう。放たれたソニックブームは、後藤の後方にある木を斬り裂き、斬られた木は電磁フィールドに当たると同時に、ぶつかった部分は
速い……けれど、避けれる!
そんな事お構いなしと言うように、後藤は「速度上昇」による素早い身のこなしで木から木へと身を隠しながら走り、相手に読まれぬよう動く。
対する雅は僅かにステップを踏むだけで、あまり動きはせず。さもすれば、後藤に距離は一気に詰められて……だが。それ自体が罠だった。
近づいた後藤に対して、雅は鉄扇で風を強く仰ぐように振った。その鉄扇から放たれるのは広範囲への「強風」。ソニックブームなら当たらない範囲だったが、強風は広範囲。
その強風に後藤は吹き飛ばされ、電磁フィールドにぶつかる前に木に衝突しかけ、それを足と腕で上手く受けてダメージを最小限に殺した。
本来なら、電磁フィールドに体がぶつかって後藤は終わっていた。後藤のタフネスとスタミナは、それほど脆い。故に「運が良い」。雅の強さとは、このシステム性にもあった。
ふん、厄介なステージだ……。
わざわざ体力を使わずとも、相手が遠距離砲台で無ければ雅は接近を好きに拒否する事が出来る。そして自身は遠距離から延々と斬撃を飛ばす。
『これが「風切り」!攻防一体の能力だァーーッ!』
斬るように振ればソニックブーム、仰ぐように振れば広範囲への強風。単純に強く、そして優秀。これが出来るからこそ、彼女は強い。
なにより――優雅。
Sレートに必要なのは複雑な、頭を捻ってようやく出せるような答えでは無い。単純な「強さ」。頭の測り合いでは無く純粋な力比べ。強ければ強い、弱ければ弱い。それで十分なのだ。
……はっ、やっぱり、タダじゃいかないか。
後藤征四郎は木々を駆けた。相手を攪乱し、一撃必殺を狙うかのように。
「はっ!」
雅はソニックブームを振るう。そして、木々は斬り倒されていく。
周りの木がなぎ倒される。次から次へと。その速度はさらに加速、雅は最速で鉄扇を振るう。
『あーッとォ、後藤選手!これでは逃げる術がなァい!』
そして遂には木が一本もなくなり。残ったのは、晒された征四郎だけ。
「ヤバ……ッ」
「終わりだよ!」
雅は微笑を浮かべて鉄扇を振った。大きな風、征四郎は空中へ、電磁フィールドへと飲まれゆく。
小柄な剣士が宙を舞う。誰もが、勝負は終わったと思った。
幾つかの人物を除いて。
「……あれ」
ある人には、既視感があった。
「まさか……、この状況は!」
岡本光輝には、その可能性が視えた。
「全ての準備は整った。後は実行するだけだぜ、征四郎」
小柄な少女三嶋小雨は、勝ちを確信した。
確信に至った者は、少女だけではなく。今、ステージで戦っている少年もまた。
「奇跡を見せてやろうじゃないか!」
後藤は電磁フィールドを足で受け、バネのように蹴り放った。足に多大な衝撃。けれど、足をバネにする練習なら、幾度となくしてきた。それは、師匠に施された、基礎の特訓。
最速とは、体をバネにすること。力を進ませるだけじゃない、跳ねさせて、通り抜ける。
「ッ、馬鹿な!?」
雅はすんでの所で、何が起きたのか気付いた。かつての「大聖霊祭」の決勝戦で起こった事態。しかし、最早対応できるタイミングではなかった。身を守る様に鉄扇で身を隠すが、もしも、あれがそうだと言うのなら。そもそも、電磁フィールドを蹴らせた時点で負けだ。
電磁フィールドの衝撃を受けた、「速度上昇」による超加速。それは刹那。後藤は電磁フィールドから雅までの長い距離を一瞬移動し、鉄扇を日本刀で突き抜いて、雅を切り抜けた。大きなダメージを受けた雅は、地に伏す。
「そん……な……」
ドサリ、と倒れ込んだ雅。起き上がるのは不可能、対面終了。
スタジアム全体で沈黙が起こる。それは、過去の再現。
「弱者」が「強者」を打ち破る。稀代の天才的な大剣豪、三嶋小雨の再来。多くの人物が見た事のある技。
『こッ、これは……ッ!
電磁投射砲斬鉄剣。かつて三嶋小雨が、厚木血汐を屠った技。
いま、ここに新たな伝説が生まれた。