新社会「イクシーズ」―最弱最低(マイナスニトウリュウ)な俺―   作:里奈方路灯

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天魔割目3

 刹那、会場が沈黙に包まれた。

 

『こ、これはッ、何が起きたァーーッッ!?』

 

 即座に司会の声により、その沈黙は破られる。突如起きた、電磁フィールド内での大爆発。それはバトルステージ内を砂埃で埋め尽くし、観客席からは中で何が起きていたのか分からない。

 

 数拍して、バトルステージ中央に二人の人影。クリス・ド・レイと丹羽天津魔が、お互いの掌を相手に向けて、立ち止まっていた。

 

 あの大爆発の中で、両者が「無傷」。まさかの状態だった。誰もが予想もできなかった結果。

 

 丹羽が構えをそのままに、口を開いた。

 

「はっは……「デーモントレード」でダメージを無効にしてなきゃ敗けてたよ。いやぁ、天晴天晴(あっぱれあっぱれ)。まさか「光と闇の塊」の重力をありったけ軽くして電磁フィールドにぶつけて破裂させるなんて、考えもしなかったなぁ。それもステージ全体の範囲で軽く出来るなんてさ」

 

 クリス・ド・レイが行った事。それは、電磁フィールド内の全方位の重力をこれ以上に無いほど全力で軽くして、それを手で振り払う、というものだった。

 

 その手から起きた風は僅かな物だったが、それで十分。その風の影響を少しでも受けた物は、およそ重力という物を持たないので遥か上空へ。それが電磁フィールド内となれば、電磁フィールドにぶつかる。爆発物がぶつかれば爆発、人がぶつかれば大ダメージだ。

 

 丹羽は「ルシフェル」をその思いもしなかった行動によって跳ね返されたというのに、ヘラヘラ笑う。どこまでこの人は本気なのだろうか。

 

「このルールならそれ、最強じゃない?インチキ臭いなぁ。とんでもないねぇ、君」

 

「ふふ、お褒めにいただきありがとうございます。私、「重くする」より「軽くする」ほうが得意でして」

 

 丹羽は自分の能力を棚に上げて、クリスの能力を「インチキ臭い」と言った。だが、こと異能者間なら、それは褒め言葉のようなものだ。

 

 しかし、そこまでして――丹羽は無傷。彼はあのダメージを全て、無効化にした。何をしたかは分からない。だが、分かっている事がある。

 

 勝負は、これからだ……!

 

「……あー、こりゃ勝てないね。うん、無理だわ。そいじゃ、降参で」

 

「……え?」

 

 構えを解く丹羽。一瞬、クリスは丹羽が何を言ったのか分からなかった。

 

「司会さーん!悪いけど、僕降参でー!」

 

『……えっとー、あのー?』

 

 解説席の司会へと、大きな声で降参宣言をする丹羽、困る司会。当然だ。まだ五体満足の彼が降参と言い出したのだ。

 

「だーかーらー、降参だって。僕もう戦えないからさー!」

 

 どよめく会場内。いきなりの試合放棄。一応、ルールではこう決まっている。降参、ギブアップを行った場合、直ちに試合終了と。

 

 ルールはルールだ。司会も、それを飲むしかなく。

 

『……はい、承りました!それでは、エキシビジョンの勝者はァ!クリス・ド・レイ選手ゥーーッ!』

 

「やるなぁーっ、姉ちゃーん!」

 

「ヒュウーっ!かっこよかったぜーっ!」

 

 電磁フィールドが解除され、勝敗が付けられる。先程まで見えていたホログラムの聖域(サンクチュアリ)と満月は消え去り、普通のバトルステージへ。

 司会の言葉に、一泊置いて観客は拍手と声援をクリスに送った。壮大な声援。

 

 ……なんとも歯痒くはありますがね。けれども、よしとしましょうか。

 

 自然と頬に笑みが出てくる。人からの賛辞を受けると、どうしても嬉しいものだ。

 

「……本当によかったのでしょうか?それで」

 

 クリスも構えを解き、丹羽に尋ねた。未だに疑問ではある。

 

「うん?いーよぉ。見せるもんは見せたし、ルール上勝てないのは事実だからこれ以上やっても意味なし。エキシビジョンだしねぇ」

 

 丹羽はまたタバコを口に咥え、ライターで火を点ける。

 

「それに、ヤニ切れでねぇ。一服したかったのさ。それじゃ」

 

 丹羽はそう言うと、あっさりと背を向けて入場口へと歩き出す。

 

「君は諦めなかった。その結果は、君が選んだ、君だけのものだ。頑張れよ若者」

 

 去り際に手をひらひらと振り、言葉を残していく。

 

 ……ええ。なんとしてでも。

 

「私は望み、そして欲しがります。それが、私が選んだものですから。……ありがとうございました」

 

 クリスはまた一つ世界を知り、進化した。自分はまだまだ、絶対的な強者では無い。けれどまだ、可能性は見える。ならば、私は進まなければいけない。進化しなければいけない。私の代わりなんて、居ないのだと証明するために。

 

 少し名残惜しくも、クリスもまたバトルステージを去った――

 

――スタジアム内のドリンクコーナーにて、ベンチに座るクリス。

 

 今頃本選が行われているからか、人は一切居ない。けれど、丁度いい。戦いの熱を冷ますには、これぐらいがいい。

 

「……おつかれ様。コーラでいいか?」

 

「ありがとうございます」

 

 背後から声を掛けられ、クリスはそちらの方を向かない。その人物は自販機で缶コーラを二本買うと、一本をクリスに手渡し、クリスの隣に座った。

 

 声で分かった。岡本光輝だ。

 

 カシュッ、とプルタブが引かれ炭酸が抜ける音が重なり、二人はコーラを頂く。疲れ火照った体に、甘く冷たい爽やかな味がスーっと染み渡っていく。

 

 ……しばしの無言。先に沈黙を破ったのは光輝だった。

 

「……あのさ、クリス。その……わ」

 

「撫でてください」

 

「る……は?」

 

「撫でてください」

 

 しかし、光輝の言葉を遮るようにクリスは頭を光輝の方に向ける。問答無用。

 

「光輝が応援したので勝ちました。だから、褒めて、撫でてください」

 

「……」

 

 光輝は一度コーラを脇に置くと、差し出されたクリスの頭を両手で抱え、柔らかく抱きしめる。そしてその頭を、優しく撫でた。

 

「……これでいいのか」

 

「あ……あの、光輝……」

 

「なんだよ」

 

「そこまでして欲しいとは……言ってません……」

 

「……あっ、す、すまん、悪かった……」

 

 バッ、と光輝はその身を離す。クリスからすればそれはとても名残惜しい物だったが、まあ、あのままでは話しづらいので、しょうがないかと自身を納得させた。

 

 ……それに、これでは熱も冷めやりません。

 

「あっ、いえ、光輝が悪いとかではなく、ただ、そこまで甘えんぼでは無いですよー、って……」

 

 ……流石にこれは苦しい言い訳だ。自分でも分かる。光輝は軽く笑った。

 

「……ごめんな、あの日、クリスに凄く酷いこと言った」

 

 唐突な切り出し。いや、彼がどういう心境なのか分かる。この和やかな空気の内になんとか切り出したいほど、彼は苦しんでいた。

 

 およそ一ヶ月前の、あの日。光輝が、クリスと距離を取ったあの日。あれから光輝も、クリスもまた、お互いに苦しみ続けていた。

 

「俺、人を信じるのも、人に信じられるのも嫌でさ。自分を他人から切り離してきた。そうすりゃ裏切られる事も無いし、失望されることも無いって」

 

 それは、光輝の心の闇の断片。断片に過ぎず、全てではない。

 

 けれど、それでよかった。

 

「……それって、逃げなんだよな。ただ自分が傷つきたくないって、それだけでさ。人間は一人で生きていけないのにとんだ傲慢だよ。馬鹿だったんだよ、俺」

 

「そんなこと、ありません」

 

 光輝が、自分を少しでも頼ってくれることが凄く、嬉しくて。

 

「誰でも、怖いんだと思います。私だって、裏切られるのも失望されるのも怖いです。けれど、光輝は嫌だって思いつつも、出来ることを頑張ってきたんだって。私はそう思ってます」

 

 だって、私の一番好きな人だから。

 

「だから、私は貴方の事が好きになったんですよ?」

 

「……」

 

 ポリポリ、と先程までの暗い顔とは打って変わって恥ずかしそうに頬を掻く光輝。彼の時折見せるこういう一面は、普段の仏頂面も相まって非常に可愛い。

 

「……あのさ、俺、まだクリスに答え出せないんだ。今のまま出しちゃ、やっぱどうしても自分が許せねー」

 

 光輝は立ち上がった。思いは吹っ切れたようで。

 

「俺のやりたい事って奴がまだ見つかってねー。悪(わり)い、それまで待っててくんねーか?期限は一年。その間に、絶対に答えを出す」

 

「……はい、心からお待ちしています」

 

 光輝の真っ直ぐな瞳にクリスは頷く。それが例え自分が選ばれない結末であろうと、私がこの人に恋をして、愛した事に変わりはない。彼の望んだ未来なら、私は後悔せずに見送る事が出来る。

 

 そしてなにより、そんな結末が訪れぬように、私は最善を尽くして彼の物になり、また彼を私の物にしてみせる。私は彼を、心から欲して、心から望んでいるから――

 

――光輝とクリスは暫く休憩をしてから、観客席へと移った。折角来たのだ、他の対戦者の戦いも見ておきたい。

 

 シエルと夜千代を見つけ、その隣にクリスと一緒に座った。

 

「今んとこどーよ」

 

 光輝は二人に声を掛ける。すると二人は、信じられないものを目にするような形で光輝に目を向けた。

 

「やあ、クリス。信じていた――って、それもそうなんだが、さらに大事件なんだ。おい、光輝クン!大丈夫なのか、アイツは!?なぜあそこに居る!?」

 

「あんの馬鹿……勝てるつもりかよ……」

 

「え」

 

 クリスの勝利はシエルも望んでいた物だったが、もっと大きな問題が起きているようだ。光輝は一体何が起きているのかと、ステージを注視する。

 

「は!?」

 

 光輝すら超視力で目を見開くその刹那。信じられない。一体、なぜアイツがあの場所に!?

 

 お前……そこは五大祭、AレートやSレートが溢れかえる「オータムパーティー」だぞ!?

 

『ついにこの男が参戦だァ!その計算に寸分の狂いはない!君の全てが手のひらの上だァ!「氷天下」を知りその身を凍らせ!二年前の「聖霊祭」優勝者、Sレートの氷室(ひむろ)翔天(しょうま)選手だァ!!』

 

「ふん……勝ちに行くか」

 

 オオオオオッッ!と盛り上がる観客席。無理もない、かつての五大祭の一つの優勝者。厚木血汐と並んで、そのビッグネームはイクシーズに、そして世界に響いた。

 

 ……対するは。

 

『正体不明!?Dレート!背は少し小さいが、その身に宿した勇気が溢れる!後藤征四郎選手の入場だァ!!』

 

「ヘヘっ、こういうのがオイシイんだよな」

 

そこには、一本の日本刀を両手で握り、学校指定の体操服姿の……後藤征四郎が居た。





 あーあ、まさか全国放送する五大祭のエキシビジョンに警察を介入させて、その力を世界に見せつけるだって?統括管理局はホントに無茶苦茶言うなぁ。そりゃぁ能力の派手さで言ったら僕は適役だろうけどさぁ。

 ああ、嫌になる。戦うなんてのは大嫌いなんだ。頭ごなしに相手を否定して、自分を昇華させる。弱肉強食の体現、それが闘争。

 対面?進化?そんなもの要らないんだよ。人はただ怠惰に暮らすのが本当は幸せなのに。身の丈に合って控えめの生活をしないと、次から次を求めてしまう。僕はそれこそ、負の連鎖だと思うけどねぇ?

 ……まあ、やるしかないんでしょ。とりあえず適当にやって、見せるもん見せたら降参でいっか。けれど、あの子が実力不足だと判断したらここで潰しておかないとね。

 凶獄みたいな勘違いは二度と作っちゃいけない。あの子が自分は強いって勘違いをしてしまったのは僕の責任だから。

 せいぜい頑張りたまえ、ウェストミンスターの英雄。警察官を望む者らしく最強であって見せろ。僕はそれなりに本気で行くから。じゃないと、上に怒られちゃうんだよねぇ。

「んじゃ、まあ。行きますかぁ」



――side episode「丹羽天津魔の憂鬱」

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