新社会「イクシーズ」―最弱最低(マイナスニトウリュウ)な俺―   作:里奈方路灯

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天魔割目2

「動きが悪いな」

 

 バトルステージ内にて丹羽とクリス、二人の能力を存分に奮った戦いを見て、瀧シエルはそう呟く。

 

「何?」

 

「相手の動きを読んでいない。あれじゃただ突っ走ってるだけだ」

 

 疑問を浮かべた光輝にシエルはそう返す。あれ程の戦いで、動きが悪いだって言うのか。

 

 ……逆に、光輝は考える。俺が、クリスを贔屓目に見ているだけで、彼女は冷静に状況を見ているのだろう。

 

 瀧シエルは考える。シエルが知る限り、クリスはもっと冷静に物事を対処できる人間だ。しかし、今の姿はまるで考え無しに動く猪。このままでは本当に負けてしまう。

 

 落ち着け、クリス。お前は本当にそんな器か?

 

 シエルはこれまでクリスの対面に付き合ってきた。彼女がもっと強いことを、シエルは知っている。まだだ、お前には欲しいものがあるんだろう?――

 

――クリスは丹羽に接近するが、丹羽も一筋縄では行かない。クリスの踏み込みのタイミングを見て、光を帯びた剣「エクスカリバー」を回転させるように両手で振り抜く。

 

「薙ぎ払え「ローエングリン」」

 

「――ッ!」

 

 剣身は届かない。しかし振り抜かれた剣から放たれた光の波が、回る丹羽を中心として全方向に放たれた。接近した距離、回避は不可能。クリスは高重圧を身に纏って防御を行うが光の波を防ぎきれず、衝撃をその身に受けて吹っ飛び、地面に転がる。

 

「ぐぅッ!」

 

 苦痛に呻きを漏らしながらも、クリスは立ち上がる。迂闊に間合いを詰めたのがまずかった。

 

 必死に立ち上がるクリスに反して、丹羽は悠々とクリスに笑みを贈る。

 

「もう終わりかい?」

 

「……」

 

 丹羽は吸い終えたタバコを携帯灰皿にねじ込み、その場に立った。攻撃を加えず、ただ立っていた。

 

 ……まだだ、まだ終わっちゃいない!勝たなくちゃ、私は光輝に……!

 

「迷い事があるのかな。動きが単調だ」

 

「ッ!」

 

 見透かされている?私は顔に出てた?鵜呑みにするな、今踏み込んでしまえば!

 

「迷ったまま戦ってもね、しょうがないよ。どうせ勝てないんだ。諦めたらどうだい?」

 

「……何、を」

 

 動けない。丹羽の言葉に耳を傾けてしまう。

 

 一体、なんのつもりだっていうんだ。踏み込め、足を動かせ!

 

「君さ、本当に勝てる気でいるかい?頭は良さそうだ、気付いてるだろう。君は僕より圧倒的に弱い。能力も、踏んできた場数も、僕のほうが上さ」

 

 聞くな、堕ちるな、私は、まだ!諦めなど!

 

「ニュー・ジャックを倒したからって浮かれてないかい?イクシーズの警察じゃあ化物退治なんてよくある事なんだよ」

 

「――っ」

 

 丹羽の黒い塊のような言葉。ニュー・ジャックの件。クリスの心に、ずっと引っかかっていたもの。

 

 あれを倒したのは私じゃない。本当は、光輝なのだ。世界は私を持て囃して、私は自信と目標を得て。なんて馬鹿だ。本当の英雄は光輝なのに。彼は自身をEレートとして、自分出来る事をして。

 

 私じゃ、光輝と釣り合わないのか。私は、私は――

 

「わ、私は……ぁ……」

 

 反論をしようとするクリス。しかし、声は細くなり。声が喉を掠れて言いたいことは言えず。

 

 嫌だ……言葉を出せ……!諦めるな!

 

「無情、無力、無理。人間が健やかに生きる上で大事な三原則さ。諦めても、誰も君を咎めないよ」

 

「え……」

 

 耳を貸すな、これ以上は、もう!

 

「君の代わりなんていくらでも居るから。分不相応を求めたってしょうがないよ。自分の出来る事だけやればいい。分かるでしょ?」

 

「――」

 

 代わりはいくらでも居る。何にしたって同じ。それこそ、警察官になるのが私でなくても、光輝の隣に立つのが一宮星姫でも。

 

 そうだ。光輝の隣に居る人間は私じゃなくていい。私は光輝と釣り合わない。私にはこの戦いで勝つことが出来ない。諦めていいんだ。誰も、私を咎めない。

 

 ……なんだろう、疲れていた心が楽になる。そうか、これが、「諦める」って事なんだ。なんて心地の良い。

 

 クリスはその場に崩れ落ちる。膝から、手を地面に付け、諦めるように――

 

――『あーッと、ここでクリス選手、地面に崩れ落ちる!成すすべ無しかァ!?』

 

 ざわつく会場。丹羽天津魔の圧倒的な戦力に太刀打ち出来ず、クリス・ド・レイはその地に膝を着いた。

 

「やっぱり無理だったんだ……丹羽さんに勝つことなんて……」

 

「……ふむ」

 

 既に諦めムードの周り。なるほど、丹羽天津魔は強い。べらぼうに強い。クリスが足掻いても、勝つことなど出来ないんだろう。それが結果だ。

 

 けれど、それでいいのだろうか?

 

「……?」

 

 光輝は首を傾げた。それは自分の心の言葉に対して。

 

 いや、どうしてだよ。一目瞭然じゃないか。

 

 満足できるのだろうか。クリスがこの場で負けることに納得がいくのだろうか。

 

 ……何を。これ以上、どうしろって。

 

 欲しいんだろう?――何が。――勝利だよ。――どうして。

 

 ――クリスに勝ってほしいんだろう?

 

「あ……」

 

 光輝は不思議ながらも、その心の言葉を頷けるものだと理解した。だって、そうじゃないか。お前が憧れたのは、あの意思の強い少女なんだって。

 

 ニュー・ジャックに正義感を抱いて挑んだ、人を救いたいと願ったあのクリス・ド・レイなんだって。

 

 欲しがれよ。お前が欲しがらなくて誰が欲しがる。願えよ。これ以上に無いぐらい願えよ。無理だとか出来ないとか、そんなもん後回しにして。

 

 自分がそれを欲しいって、願って見ろよ!声にして、あの勇敢な少女に届けてみろよ!

 

「――っ、クリスゥーーッやっちまえェーーーッッ!!」

 

 気付いた時には、言葉が出ていた。叫んでいた。それは偽りでも騙る訳でもなく、心の底からの言葉。

 

 気が付けば、周りは唖然として光輝の方を見ていた。夜千代は驚愕して。しかしシエルはしたり顔で。それはそれはとても大きな声だった。変な奴だと思われただろう。

 

 けれどそんな事、どうでもよく。今はただ、クリスの事を思って。この声がクリスに届いていれば、それで良くて。この声を、クリスに届けなくちゃいけなくて――

 

――次の瞬間、観客は目を見開く事になる。

 

 黒魔女は立ち上がる。ゆらりと、その身をよろめかせながらも。

 

「うん?」

 

「……ああ、こんなにも月が綺麗で」

 

 クリスはその手を空に伸ばす。それはまるで、闇夜の満月をその手に掴もうとしているかのように。

 

 そして――黒魔女の上空が、一帯の空間が激しく歪んだ。

 

 ゴゴゴゴ、と衝撃によりスタジアムが揺れる。電磁フィールドがバチバチ、と音を立て観客は一斉に驚く。

 

『こッ、これは……!黒魔女の能力かァーーッ!?』

 

 わめきたてるスタジアム。電磁フィールドという防護壁に覆われつつも、その身に危険が及ぶのではないかと錯覚するほどの揺れ。まるで大地震。

 

「どうして欲しがらずにいられましょう……!」

 

「……へぇ」

 

 すぐに揺れは収まる。そして、気がつけばクリスの全身を覆うように先ほどの歪みがその身に纏われていた。

 

「来なよ。そこまで言うならやってみせなよ」

 

「……お言葉に甘えて」

 

「まあこっちから行くけどね。「ローエングリン」!」

 

 再び振られる、辺りを覆い尽くす光の波。

 

 重量の軽減により跳ねたクリス。本来ならその身にまともに衝突するハズ――なのだが、しかしそれはクリスに触れることなく、地に消え去る。

 

「ありゃ」

 

「もうそれは効きません」

 

 高重圧を纏ったクリス。にも関わらずその勢いは圧倒的で、その手に握りこぶしを作り、さらに球体の重力球を纏わせ、丹羽を上から殴りつけた。

 

「むぐっ!」

 

 上から殴る。単純にして明快、強力な技。それを、さらに重力を付加して行ったのだ。弱い訳が無い。

 

 今のクリスの能力には進化(イクシード)が起きていた。彼女はその身に重力軽減、そしてその周りに高重圧を纏っている。別々のベクトルの、同時進行。これまでにやった事の無い方法。

 

 それが出来た事は無かった。けれど今は出来た。だから、それを使わない手は無い。出来る事は全部やって、私は先に進むんだ!

 

 丹羽の目には映っている、これまでに無い「笑顔」のクリス・ド・レイ。その笑顔は本当に嬉しそうで、幸せそうで。クリスの身に起きている現象を、丹羽は知っていた。

 

 「タガ」の外れ。事実的なリミッター解除。人が可能性を躍進させる切っ掛け。クリスは進化しかけている。

 

 ははっ、困ったねぇ……手加減しちゃあ失礼かなぁ……

 

 丹羽は地面を跳ねながら後方に吹っ飛ぶ。それに対してクリスは追い打ちをかける。

 

 一発。地面を丹羽の体が跳ねた。二発。丹羽の体が再びボールのように跳ねた。そして三発目。

 

 三発目で技がからぶる。最後の三発目、丹羽は回避して除けた。その背中に羽を生やして、空中に舞い上がる。

 

「「イカロス」……悪いけど、君に敬意を払うよ。これは僕なりの……ね。「カラドボルグ」」

 

 丹羽は空中にて、新たな剣を生み出す。「エクスカリバー」では無く、また別の白と黒の二つの色の剣。

 

「掲げるは正当性だ」

 

 丹羽はその剣を振り上げた。その切り上げられた空中に光の塊が生み出される。さらに丹羽は上空へ飛翔する。

 

「振り下ろすは正義「デモンズフォールン」」

 

 丹羽の背中から翼が消え去り、剣に黒い塊……例えるなら「闇」が纏わりついた。丹羽は浮遊力を失い落下する中でその剣を振り下ろす。

 

「傲慢なる暴力を知り地に堕ちろ。正義とは力だ。「ルシフェル」」

 

 振り下ろされた闇の力は剣から放たれ、地上へと向かっていく。その中継地点にあるのは先程丹羽が生み出した光の塊。

 

 光と闇が混じり合って、地上へと、クリスへと向かう。

 

『こ……これはァッ、まさかの、天使と悪魔の合体技だァーーッッ!?』

 

 クリスはこれから何が起こるのかなんとなく予見出来た。あれを地上へ届かせちゃ駄目だ。受けちゃ行けない。

 

 こんなピンチなのに、不思議と怖くない。なぜだろう、私ならあれを返せる気がする。確信は無いけど、やってみせよう。だって。

 

 光輝が応援してくれたから。

 

 クリスはその腕を、空へと払った。

 

黒城(こくじょう)天落(てんらく)

 

 次の瞬間、混じりあった光と闇は翼を失った丹羽と共に、まるで夜空の満月に吸い込まれるかのように空へと向かい、電磁フィールドに衝突して大爆発を起こした。


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