新社会「イクシーズ」―最弱最低(マイナスニトウリュウ)な俺― 作:里奈方路灯
「光輝、これを」
自宅の自室にてクリスが光輝に渡したのは、一枚のチケット。
「……これは」
「エキシビジョン、私が出ます。光輝、私を見ていてください」
それは、「オータムパーティー」の観戦チケットだった。クリス・ド・レイのエキシビジョン、それを岡本光輝に見届けてもらう為の――
――「さあ、始まりましたァ!まぁるいお月様が昇る夜、五大祭が一つ「オータムパーティー」!」
十月末、丁度満月の日に合わせて開催された「オータムパーティー」。多くの観客が沸き立ち、歓声が飛び交うスタジアム。
光輝はその中の一角にて、静かにバトルステージを見る。
「心配かい?」
「……お前らか」
横合いから声を掛けられ振り向けば、そこには瀧シエルが居た。それともう一人、黒咲夜千代まで。その二人が並ぶ光景は普段見かける訳ではなく、珍しい組み合わせだった。光輝の隣にシエル、その隣に夜千代が座る。
「クリスからチケットを貰ってね。来ない訳には行かないだろう?」
「私は知り合いから貰った。ホントならこんなもん興味ねーんだけどな」
なるほど、二人共別々にチケットを貰ってやって来たというわけか。なら、この会場で会ったのは偶然だろう。
「……」
まあいい。今はそれはどうでもいい。
光輝はただ無言で、周りのことなど気にかけず思考の海に入り込んでいった。今考えるのは、クリスの事だけだ。
『さてさて!本日の大会では、本戦開始前に一つ、サブイベントがあります!強者二名による、エキシビジョン・バトル!』
解説席からの司会のその言葉でどよめく会場。一般には、事前に知られていない情報だ。光輝達はその情報を知っていた。
『それでは、両選手入場!イッツ・エキシビージョン!』
バトルステージの中の両端、二つの入場口のドアが開き、二人の人物がステージに入ってくる。
片方は全身を覆う黒いローブに長く美しい黒髪、美麗な顔立ち。その妖艶な風貌から「魔女」と形容出来る少女だった。
『ロンドンからの特待留学生!高校一年生にしてSレート!人は彼女を「黒魔女」と呼ぶ!クリス・ド・レイ選手だァーーッ!』
瞬間、おおおおおっ!と沸き立つ会場。その会場に向かって、クリスはニコリと笑って返す。
特待留学生の話題はイクシーズ全体に知れ渡っているわけじゃない。クリスの名を知らない者もこの中に多くいるだろう。
しかし、彼女が瀧シエルと並んで高校一年生のSレートである事、そしてその妖艶な黒魔女の姿がこの満月の夜に、まるでハロウィンの仮装の様な形でピッタリと当てはまる事に、観客は沸き立つ。パフォーマンスとしては上等な物だった。
そして、もう一人。
「あーあ、こんなのナナ氏にでもやらせりゃいいのにぃ」
向かいの入場口から入ってきた人物は手入れの行き届いていないボサボサの髪、中途半端な
『イクシーズ警察から選ばれましたA+レート!冴えない見た目は敵を欺くため!?知ってる人は知っている、知らない人は覚えてね!「
と、そこで観客席は再びどよめく。クリスの時と違って、歓声はあまり無い。
余りにもラフなスタイルに、やる気の無い黒く濁った瞳。レートもSではなく、A+レート。
「A+ってなんだよ……」
「Sじゃないのかよ」
AレートとSレートは、大きく違うとされる。その評価の中で、SではなくA+。観客は素直に喜べなかった。むしろ、不満を漏らす者すら。
しかし、その中で目を見開き、驚愕する人物が一人。
「丹羽さんが出てきた……!?一体何を考えて……!」
黒咲夜千代は丹羽を見つめる。まるで信じられないものを見るような目で。
「なんだ、知ってるのか?」
何が何だか分からず問いかける光輝。夜千代は其方を向かず、落ち着いて答えた。
「……A+レートって、そもそも聞いたことがあるか?」
「……いや、無いな」
よくよく考えて、そんなレートは聞いたことがない。Aレート、Sレート、そしてSSレートなら聞いたことがあるが、SSレートは特例だ。三嶋小雨だけの称号。光輝の知る限りでは、AとSの間には他のレートは無いはずだ。
「レート分けってのは、ぶちまけちまうと危険度なんだ。上に行けば行くほど凄いと認知され、同時に危険であるとも認知される。そりゃ当然だ、人より凄いって事は普通からかけ離れてる、人知の理解を越えたって事なんだ。人からしたら恐怖だろ。それをデータベースによって格付けされる」
「……」
「ふむ」
光輝とシエルはその言葉を聞き入る。夜千代は、今この状況をただ事とは捉えていないのだ。
「あの人のスキルの評定は5だ。他のステータスも人並みはある。普通はそれだけでSレートなんだ。けれどあの人はA+レートの評定を受けてる。……つまりは」
ゴクリ、と生唾を飲み込む夜千代。彼の、丹羽の目の前にいる少女はクリス・ド・レイ。Sレートであるとはいえ、まだ少女であり、夜千代は彼女と面識があるのだ。
「あの人はデータベースからは危険で無いと認知された、しかし絶対的な力をコントロールして戦える人間だって事だ。要するに任務を絶対に遂行出来る、正義を具現化したような存在、警察官の鏡だ。手加減はしてくれるだろうが、クリスが足掻けば足掻くほど事態は深刻になる」
「……何が言いたい」
光輝は意味ありげな言葉を放った夜千代に、問いかけた。その言葉は、聞きたくはないが。
「クリスは勝てない。絶対にだ。間違って大怪我をしないうちに、早く降参させた方がいい」
無慈悲な言葉。夜千代は現実を見ていた。光輝はその現実を、クリスが負けてしまうのを、受け止めたくは無かった――
――ステージにて、丹羽はクリスに笑いかける。まるで大人が子供をあやす時の様な笑み。
「君、警察志望なんだって?ロンドン市警、なれるといいねぇ」
「現役警察官からのお言葉、ありがとうございます。あわよくば、今この場でアピールをしておきたいと思いまして。申し訳ありませんが、勝ちに行かさせてもらいます」
クリスは勿論、戦う気満々だ。やれることは、全部やってやる。
「うん、いい心意気だ。遠慮なんて無しでさ、全力で来るといい。君の全力を、僕にぶつけて来い」
「ふふ、ありがとうございます」
『さあ、それでは両者位置に着いてェ!』
司会の言葉を受けて、指定の位置に立つ二人。その距離はおよそ7メートル。さして遠くなく、さして近くなく。
踏み込んで行けば、すぐに必殺の間合い。ならば、速攻を仕掛けるのが定石。
『対面……
司会からの開始の合図。瞬間、クリスは直進する。重力制御で身を軽くし、できる限り垂直へと地面を蹴った。
クリスの能力は、屈指のインファイト能力だ。遠方の重力制御には空間把握能力が必要であり、敵を一発で仕留めようとするとその計算を脳で処理する前にまず逃げられる。だから、近づいて高重圧で押す。これがクリスの一番強い戦い方だ。
だからクリスは接近する。むしろ、近づけなければクリスは勝てない。幸い、クリスの機動力は重力制御により非常に高い。
「そんじゃ、「エンジェルフィール」」
しかし、丹羽も地面を蹴る。クリスがその場にたどり着く頃には、もう既に遥か横に飛んでいた。
『はっ、速アァァァいッ!』
恐らく、身体強化。敵を逃がしたクリスは身構える。
「とりあえず「エクスカリバー」」
そう呟いた丹羽は右手に光り輝く剣を何も無い場所から作り出し、クリスに向かって横薙ぎに振った。
身体強化?武器生成?この距離で振った?届かない!いや、違う、マズい!
脳内で思考を巡らせて瞬時に悟ったクリスは、左上に高く跳躍。次の瞬間には、クリスの居た場所を光の斬撃が通り過ぎていった。
丹羽の剣撃は衝撃波となって電磁フィールドの壁へと飛んで行き、バチバチッと壁に衝突して消滅した。
「「「おおおおおーーーっ!!!」」」
先ほどのどよめきと打って変わって興奮に声を張り上げる観客。いきなりの激しい攻防に、皆目を奪われていた。
「……流石はイクシーズ警察のお方です。これぐらいは余裕ですか」
重力制御により地面に着地するクリス。不敵な笑みを浮かべ、しかし目の前の丹羽天津魔から目を決して離さない。
「んー?まあねぇ。あ、そうそう。君の能力って、重力制御だっけ。うん、僕だけ知ってるから僕の能力も明かしちゃうよ」
丹羽はその場に立ち、スーツのポケットからタバコとライターを取り出し、口に加えて火を点ける。吸った煙をフーっと空中に吐き出して、ライターとタバコの箱を再び仕舞った。
「「
クリスは冷や汗をかいた。
……強い。この人は強い。けれど、大丈夫、私なら勝てる、ここで証明してやる、私の強さを!
無理矢理心を奮い立たせ、戦闘への意欲を高める。戦いとは気から来る。端から勝てないと思っては、勝てるものも勝てない。
「……明日の月は綺麗でしょうね」
それはクリスの口上。敵を倒すという、覚悟の言葉。
「ははっ、殺る気満々か。いや、そんぐらいでないと楽しくないよね。ねぇ、司会さーん」
『あ、はい?どうしました?』
いきなり司会に呼びかける丹羽。観客は一体何が始まるのかと期待をする。
「ステージ設定、弄れるでしょ?「
「構いませんよ」
『あ、えっと……その……』
しどろもどろする司会。両選手は問題無いようだ。
『あー……今回だけ、特例ですよ!システム班、ステージ設定を「
司会の言葉の後、少しして電磁フィールド内の景色が塗変わっていく。味気ないバトルステージから、ドーム状に壁を覆うように幾つもの石の柱がアーチを描いて天で繋がり、その中央には丸く空間が設けられ、その丸い隙間からは天に登った満月が見える。外の月が電磁フィールドによって映し出しされた映像だ。
イクシーズの科学の結晶が生み出す、ネオプラズマホログラフィック。電磁フィールド内にて、本来存在しない物体構造を粒子にて構築し、まるでその場にあるかのように見せかける技術。実際にはその場にそれは無いのだが、粒子が体に与えるフィードバックにより視ることも触れることも出来る。それは5年先どころか、10年先と言っても差し支えないほどの技術力だった。
「このステージなら物質の耐久性は二倍。ねぇ、もっと本気で行けると思うんだ」
丹羽はヘラヘラと笑う。クリスも負けじと笑みを浮かべるが、本当に彼に勝てるのだろうか。
「警察官っては強くなきゃぁいけない。君が警察官を目指すのなら、君の強さをここで見せて欲しいなぁ」