新社会「イクシーズ」―最弱最低(マイナスニトウリュウ)な俺― 作:里奈方路灯
「まだまだっ!」
クリス・ド・レイは駆ける。光の雨が降り注ぐ中を、重力制御による重力の軽減・増加を駆使して飛び跳ねる。
「存外に速い。しかし、まだ遅い」
瀧シエルは光の塊を空に放ちつつ、クリスから逃げる。攻撃の設置を行いつつ、かつ素早く敵から離れる様は、まるで余裕綽々の天使にように。手のひらで踊らされているかのように、クリスはシエルを射程に入れようと接近を試みる。
放たれた光の塊は少しの間を置いて破裂し、光の雨となって辺りに降り注ぐ。その雨の中、クリスは防御と回避を行いつつ、シエルの追跡に回る。
「負けるものかっ!」
負けたくない。それは、クリスの大きな思い。負けると言うことは、最悪、死が隣り合わせる。警察として活動するなら、さらに尚更。
かつてジャックとの戦いで死を意識したクリス。もう二度と、あんな状況になってたまるか。
あの時、私は助けられた。岡本光輝という、勇敢な少年に。自分の危険を顧みず、私の事を助けてくれたのだ。
それ以来、私は彼に恋をしている。果てしなく心を埋め尽くす彼への想い。しかし、それは受け入れられず。彼は、私を拒んでいるみたいで。
……悔しい。光輝の力になれない、私の不甲斐なさが悔しい。Sレート?それがなんだ。彼の隣に居れなければ、そんな称号、なんの意味も無い。自分が憎い。強く、もっと強く、さらに強く!
クリスは力を、さらに求めた。光輝に頼られるように、光輝を支えてあげられるように。それがクリスの望みだ。あの日、運命の出会いを交わした、岡本光輝の為に!――
――「何、私と戦いたい?」
「はい」
青空の下で、語り合うクリスとシエル。シエルはこの間の龍神王座の一件が嘘のように決して余裕そうな表情を崩さす、淡々と答えていく。
「構わない。なんなら、今すぐにでも」
「ありがとうございます。……けれど、出来れば他の人には見られたくありません」
「ならいい場所がある。放課後、私に時間をくれ」
すんなりと了承するシエル。こと瀧シエルは、戦いというものが大好きだった。その為、対面の誘いはまず断らない。それが友人、クリス・ド・レイの頼みなら尚更。
放課後、シエルに連れられ瀧家を訪れるクリス。案内されるように屋敷内を歩いていくと、地下通路を下って到着したのは飾り気のなく大きなホールだった。壁はドーム状になっており、他には出口以外に何も無い。
「ここは、まさか……」
キョロキョロ、と辺りを見回すクリス。これに似たような施設を、クリスは知っている。
「おや、ご存知かい。そうだ、此処は電磁フィールドを展開出来る空間、言ってみれば闘技場さ。観客席は無いけどね」
電磁フィールド発生空間、イクシーズの五大祭の会場と同じ機能を備えた部屋。クリスはこれを、かつてイクシーズ外の異能者管理機関で体験した事がある。
これは、お互いが安全にかつ全力を出すための空間だ。つまり、シエルは本気で行く、という事なのだろう。だったら、都合がいい。より強敵を相手にした方が、私も強くなれる。
シエルは紺色のセーラー服を壁際に脱ぎ捨てると、英字のロゴプリントシャツとスカートだけの姿になった。いかにも瀧シエルらしい、堂々たる姿。彼女が持つ暴力を体現してるかのような、ぶっきらぼうなスタイル。
対するクリスは、セーラー服に長さを足首まで伸ばしたロングスカートそのままだ。重力制御の効果適用内なら、衣類の重さなど誤差にも満たない。優雅にも見えるその様は、或いは傲慢さを感じる。
「しかしなんでまた、今更対面を?」
それは、純粋なシエルの疑問。特別に不思議がった訳ではない。ただ、日常会話のように疑問を聞いただけだ。
「……私「オータムパーティー」のエキシビジョンで、戦うんです」
静かに答えるクリス。そこには落ち着きだけしかなく--いや、自分をまるで無理矢理落ち着かせてるかのようにシエルの目には映る。
「へえ、そりゃまた。誰とだい?」
「イクシーズ警察の方です。誰とは、わかりませんが」
「ほう。そりゃまた、羨ましい」
イクシーズ警察。簡単に言ってしまえば、「強者の巣窟」だ。
この異能者の街で、警察には条件が求められる。それは、「市民よりも強い事」。単純明快にして至極当然の事実。なぜなら、警察が正義である為。市民より弱い異能者がどうして市民を止めることが出来ようか。どうして安全を約束出来ようか。
要するに、イクシーズ警察とは必然的に強い異能者で組まれた組織なのだ。勿論、強さには多少のムラはあるだろう。しかし、選ばれた者である事には変わりはなく。導き出される事実は、「クリスは強者とエキシビジョンを演じる」という事だ。
クリスは警察を目指していると以前聞いた。なら、此処で強さをアピールしたいのもあるのだろう。なるほど、合点がいった。
「だから、貴方と戦いたくて。イクシーズの学生で最強と謳われる貴方と」
その言葉を、戦意を感じて、シエルの血が、肉が踊る。私は求められている。目の前の「黒魔女」に。
自然と笑みが溢れる。シエルは興奮していく。闘争とは、人を元気にする。戦いの中で、人は進化し、先に進み、大きく躍進する事が出来る。それは人の可能性の欠片。
「私も知りたかった。Sレートの特待留学生、「黒魔女クリス」の実力を」
電磁フィールドが展開された室内の中、クリスとシエルが見合う。お互いの周囲の空間がぐにゃり、と歪みを見せる。それは電磁フィールドによるものではなく、能力によるものか、はたまた凄みによるものか。
「挑めや黒魔女。お前の目の前にあるそれは世界最大の「不浄理」だ」
「……明日の月は綺麗でしょうね」
次の瞬間、駆ける聖天士と黒魔女。二人の歪みが、今存在の塊と化してぶつかり合う--
--光の雨が降り注ぐ中、クリスは駆ける。その量は段々と増して行き、いつの間にかバケツをひっくり返したかのように降り注いでいく。
能力による重力軽減で勢いを殺せど、光の雨は次から次へと降り注ぐためまるで押し込まれるかのようにクリスの体を塗りたくる。ダメージは大きい物ではない、電磁フィールドによるダメージの低下も相まって致死量にはならない。しかし、少しずつ体を蝕んでいく。これでは時間の問題だ。駄目だ、早く、なんとしてでもシエルを捉えないと。
しかし、追いつけない。シエルは速い。光の雨をまるでものともせず--いや、違う。彼女は光の雨を自分の中に取り込んであまつさえエネルギーにし、身体強化を行っている。自給自足の身体強化、さらには相手の行動の制限をする。それはまるで、匠に罠を張る策士のようで。
なるほど、これがイクシーズ最強と呼ばれたる所以。強い、強過ぎる。
クリスは納得する、実感する、改めて彼女の強さを。勝てるのだろうか?負けるしかないか?どうしようもないのか?
否。
覚悟を決めたクリスは重力軽減の度合いを上げる。この状態では、地上を飛び跳ねての高速移動は出来ない。勿論、シエルとの追いかけっこすら出来やしない。
けれど、一瞬だけでも追いつければ。
クリスは地を蹴った。目指すは遥か天井、光の雨に突っ込みダメージを受けつつ空へ、空へと跳ね上がる。
「悪いが、ゲームエンドだ」
気が付けば、クリスの真下にはシエルが立っていた。彼女の掌には、光の塊が。それは、光の雨の比じゃない。もっと大きな、力の塊。
「受けて見せろ。「天砲」」
掌から、光の柱が放たれる。勿論、当たれば大打撃を受けることになる。戦闘不能になるかもしれない。
けれど、覆すならここしかない。というより、この状況を待っていたのだ。
「……私は欲しい」
勝利が欲しい。その為なら、ボロボロになったって構わない。運に縋っても構わない。
「光輝が、欲しい」
彼が、欲しい。堪らなく、欲しい。その為なら、天使にだって打ち勝ってみせる。勝つなら今しかない。
「どうしようもなく、欲しいッ!」
荒ぶる感情。今はこの感情に、身を任せるしかない!
「さよならだ、「
クリスはここで、自分とその下の筒状方位を、最大の高重圧で覆った。空間指定の、重力の枷。この筒状一帯を、全力全開で。
反転する、光の柱の攻撃方向。それは地へと、瀧シエルへと降り注いでいく。
「……ふむ」
シエルはそこで理解した。何が起きたのか、その際の問題点。
光による攻撃は、シエルに通らない。クリスもそれを薄々わかっていただろう。だから、天砲が高重圧で押しつぶされてシエルに降り注ごうが何の痛手にもならない。勿論、シエルはそれを見越して真下で天砲を撃った。
天砲は巨大な光の柱である為、斜めに撃つと軌道が確実に逸れる。故に、撃つなら密着、もしくは真上へ。当たると確信できる状況での、必殺の一撃。
しかし、今回はそれが仇となった。
「
上から降ってくるのは光の柱だけじゃない。高重圧で動けなくなったシエルに向かって、空から光の柱と雨の中を貫通して「クリス・ド・レイ」がジャンピング・キックの構えで降ってきた。
高重圧で重くなったのは光の柱やシエルだけじゃない。効果範囲にはクリスも含まれていたのだ。
なるほど、その状況は良いね。
次の瞬間、シエルはクリスの攻撃を諸に受ける事になる。高重圧により丸まった背中への重い一撃。しかし、あろうことかシエルはその一撃を耐える。
「っ……、けれど、私はもっと強い!」
呻きを漏らしながらもシエルは光をまともに浴びて朦朧としたクリスの腕を掴み取り、ぶん回して電磁フィールドの壁に叩きつけた。
体に衝突と電撃のダメージを受け、意識を失うクリス。文句なしの、ノックアウトだ――
――目を覚ませば、其処には白い天井が。体には、白い布団がかけられている。
意識を取り戻し、上体を起こすクリス。
「やあ」
声のする方向へ顔を向ければ、其処には瀧シエルが。どうやら此処は医務室らしい。
「……私の負け、ですか」
俯くクリス。勝ちへの手順は整った筈だった。しかし、勝てなかった。それが結果だった。
瀧シエルはクリス・ド・レイより強い。圧倒的に強い。同じSレートという立場でも、その差は歴然だ。
……だからと言って。
「もう一度、お願いしてもいいですか?」
けれど、諦めたくなど無い。
ここで引いたら、私は一生瀧シエルには勝てないだろう。それが意思として根付いてしまう。
それは、嫌で。今諦めるということは、まるで光輝の隣に立つことをを諦めてしまうみたいで。
「ふふ……構わないけど、もうすぐ夜だ。帰って光輝クンを安心させたまえ」
「あっ……」
うっかりと失念していた。戦う事に夢中で、気が付けばもうあれから1時間程立っていた。意識さえ失っていなければ、もう一回戦えただろうか。いや、今はそれよりも早く帰らなければ。
急いで身支度をするクリスに向かって、シエルは手を差し出した。
「なあに、オータムパーティーまであと二週間ある。君のトレーニング、何回でも付き合うよ」
「……ありがとうございます」
クリスはその手を取る。クリスにとって、それはとても嬉しい言葉だった。
強者を知ることが出来るからこそ、強者が隣にいるからこそ、強者と高めあえるからこそ人は躍進出来る。クリスは、まだまだ強くなれる。
こんな所で諦めてなどいられない。絶対に光輝を振り向かせてみせる、絶対に彼の心の隙間を埋めてみせる!
意気込む黒魔女。彼女は倒れても、立ち上がる。なぜなら、愛する人の隣に立ちたいから。