新社会「イクシーズ」―最弱最低(マイナスニトウリュウ)な俺―   作:里奈方路灯

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龍神王座からの贈り物

 10月半ば、肌寒いと感じてくる今日この頃。衣替えは既に終わり、学校では全ての生徒が夏服から冬服へと身なりを変えていた。

 

 岡本光輝も例外ではなく、黒の学ラン姿で休み時間の喧騒の中、自分の席で本を読んでいた。

 

 あの日以来--クリスと揉めてからもう一ヶ月ほど経つが、未だに彼女とは仲直り出来ていない。クリスと顔を合わせるといつも彼女は申し訳なさそうな顔をする。家でも会話は続かず、ベッドに潜り込んでくることもなくなった。

 

 ……全部、悪いのは俺なのに。俺が、謝れないのが悪いんだ。彼女と向き合えないのが悪いんだ。

 

 そして、関係を修復出来ず今に至る。本当は謝りたい。しかし、自分がどうしたいか、彼女をどう思えるかに答えが出せないまま只謝っても、意味がない気がして。俺は、自分がどうするべきなのかを見つけなければいけない。

 

「やあ、光輝。今日も不機嫌そうだな」

 

「そう見えるか?ならきっとそうなんだろうな」

 

 読書中の光輝に声を掛けてきたのは同じクラスの龍神王座だ。思えばコイツは春の入学時から夏を経て今、秋に至るまで服装が変わらない。赤のインナーに、ボタンを全部開けた学ラン。……いや、違うな。中が赤のシャツから、赤のトレーナーに変わっている。そして、それだけだ。

 

「今日も君から話しかけるなオーラがバンバンに出てる。どうしたらそんなおもむろに負の感情を出せるんだい?」

 

「他者を嫌え。そうすりゃ簡単だ」

 

「はは、君にとっての簡単と私にとっての簡単は大きく違うな」

 

「らしいな」

 

 そんな、傍から見たら煽り合いとも受け取れるような会話。Eレートの岡本光輝と、人気者な龍神王座の会話。

 最初こそ周囲に珍しがられたが、こと今では当たり前のようになっており、誰もそこに干渉はしてこない。

 

 かつて龍神王座は、イクシーズである事件を起こした。それは、ヤクザの事務所の襲撃事件。王座は事件の後に、自首に向かったそうだ。

 小さな事件では無かった。しかし、事件は報道されることなく、王座は少年院(ネンショウ)に入ることもなく、なんとか秘密裏に保護観察で済む事になった。この事を知っているのは、周りでは俺とクリスと、瀧家だけだ。そのお陰で、王座は今も普通に生活を送れている。

 

「なんの本を読んでいるんだい?」

 

「ピアニシモ。ジュブナイルだよ」

 

 光輝は本を閉じて見せてやる。厚みは余り無いが、時代の世界観と、主人公の人生の進み方が気に入っている。こういうのは、空想の中で観るのなら楽しい。本とは世代を知るのにも役立つ。

 

「いつも本読んでるけど、好きなんだね」

 

「まあな」

 

 というより、他にする事が無く、したい事も無く。今はひとりきりの世界に入れる、読書が自分にとって最適の択だった。

 あの日から、随分の間、こうしてきた気がする。未だに俺は逃げてるんだろう、答えを出すことを。考えることが苦痛で、しょうがなくて、ずっとこうしてた。

 

 やっぱり、俺は最低だ。

 

 そんな俺の心情は知らずか、空いていた眼前の席に王座はドカッと座り、小さな声で話しかけてくる。

 

「放課後、空けておいてくれ。君に用がある。いいかい?」

 

「……構わないが」

 

 果たして、王座の用とはなんだろう。また勉強の相談だろうか--

 

--そしてやって来たのは、庭のある二階建ての白い屋敷。瀧家だった。

 

 その中の一室、以前にクリスと来た部屋よりは小さめだが、それでもまだ広めの部屋に光輝は招待された。

 

「まあ、座ってくれ」

 

 王座に促されるように、高そうなソファに座る。……この沈み具合、しかし確かな安心感。やはりこの手のソファは凄いな。いつか家にも一つ欲しい。

 

「……用ってなんだよ」

 

 問う光輝。王座は光輝の向かいのソファに座り、そして頭を下げる。

 

「改めて、この前の件。君に礼を言わせて欲しい。本当に、ありがとう」

 

 なんだ、今更その話か。もう終わった事だというのに。とても義理堅いやつだ。

 

「いーよ。むしろ恨まれてなくて良かった。あんとき、いきなり殴りかかったのは俺の方だからな」

 

 ぶっきらぼうに答える光輝。そうだ、あの喧嘩の始まりは光輝が傘で殴りかかった事だ。

 

「はは、そういえばそうだっけか。それでも、私を止めてくれて感謝している。シエルとも仲良くやれているよ」

 

「そりゃよかった」

 

 あれ以来、傍から見てて龍神王座と瀧シエルの姉妹は前にも増して仲が良くなったようだ。彼女たちが幸せなら、それに越した事はない。

 

「その気持ちと言ってはなんだが……」

 

 王座は立ち上がると、壁付近にある棚から一つの箱を取り出した。赤い装飾の施された、黒塗りの箱。

 王座は再びソファに座ると、その箱を光輝の方へと差し出す。

 

「これを受け取って欲しい」

 

 なんと、贈り物か。箱からして高級そうな物が入ってそうではあるが、一体何が入っているのやら。

 

「……いいのか?」

 

「ああ。君のために(あつら)えた物だ。さあ、開けてみてくれ」

 

 王座に促され、その箱を開ける。すると中には、クッションとして敷かれた布にくるまった、二本の黒い「特殊警棒」が入っていた。

 特殊警棒。光輝のフェイバリット・ウェポン。携帯に便利で、振り回すのにも程よい長さ、打撃型であるため殺傷能力が高いわけではなく、しかし敵を無力化するのに役立つ。これ以上ない程、お気に入りの武器だった。

 

「あー、あの時壊れたからな。ありがと」

 

 龍神王座の「逝き征く者たちへの凱歌(ヴァル・キューレン)」によって、光輝の炭素鋼製(カーボンスチール)の特殊警棒は直す事が不可能なレベルにひん曲がってしまった。まあ、あそこまでなってしまったら新しい方を買ったほうが早い。

 

 光輝はその特殊警棒を両手に取り、伸ばしてサイズを確かめる。……大きさは前のと変わらない。重さは軽い、ぞ?

 

「黒いけど、これ……炭素鋼製か?俺が使ってたのよりも大分軽いが……最新の軽量化モデルか?」

 

 疑問に想う光輝。前使っていたのはかなり新しいモデルだったが、また新しくなったのだろうか。

 

「いや、ブラックミスリルだよ」

 

「ブッ……ッッッ!?」」

 

 王座の平然としつつも爆弾な発言に光輝は特殊警棒を取り落としそうになり、なんとか防ぐ。危ない……と思って、杞憂である事に気がついた。落とすぐらいの事でブラックミスリルが壊れるわけがない。それこそ、傷の一つですら付く訳もなく。

 

「パンドラクォーツじゃねぇか!?そんな高いもん、良いのか!?」

 

 パンドラクォーツ。今から三百年ほど前、偉大なる研究者「パンド・λ(ラムダ)・ローシュタイン」によって定義づけられた、人類史最大の魔法「錬金術(れんきんじゅつ)」によって生成する事も加工する事も叶わぬ、新たに確立された鉱物類の総称だ。

 ブラックミスリルはそのパンドラクォーツの一種であり、パンドラクォーツはその他の鉱物に比べて人為的に作ることが出来ず、遥かに高価だ。

 

「なに、パンドラクォーツもピンキリだ。ブラックミスリルはコスパが良くてな、その二振りでも加工代含めて二千万程だろう。安くて頑丈、これ程ない武器素材だ」

 

「にっ……二千万!?」

 

 いや、確かにパンドラクォーツが滅茶苦茶高くて、それを量用意して加工しようもんならもっと高そうだってのは容易に想像できる。だからこのブラックミスリルのコストパフォーマンスが良いってのは分かる。

 

 しかし、二千万円……だと……。家が買えるじゃないか……。

 

 庶民の光輝には、それほどの月並みな例しか出てこなかった。 

 

「それに、そのブラックミスリル自体は龍神家の財産の一つだ。掛かったのは加工代だけだから安心してくれ」

 

「あ、ああ……」

 

 もう、その加工代だけでいくらするのか聞くのも怖くなって聞かなかった。どうせ目玉が飛び出るに決まっている。

 

「しかし……本当にいいのか?俺なんかが、こんなすげえの貰っちまって」

 

 少し萎縮する光輝。とてもじゃないが、身分不相応だろう。王座ならまだしも、庶民の俺には似つかわしくない。それに、龍神家の財産って事は、彼女の父親が残した物でもあるという事だ。

 

「何を言う、君は凄いぞ。龍玉の欠片の効果を得た龍血種(ヴァン・ドラクリア)を撃退するなんて、普通の人間に出来る事じゃない。そして私を救ってくれた」

 

「だから、それは俺が卑怯をしたからで……」

 

 王座にすら、話せていない光輝の能力。適当に誤魔化しては置いたが、それを鵜呑みにされても困る。

 

「それでも、君は私を止めてくれた。卑怯をしようがしまいが、君は君の意思で私を止めてくれた。それは、誰でもが出来る事じゃない。君は誇っていい、君の意思の強さ、心の強さを。きっと私の父も、あの世で喜んでいてくれる。君にこの武器が行き渡ることを」

 

「……」

 

 光輝は聞き入っていた。改めて、自分を肯定してくれる言葉を、賛辞の言葉を。

 

「強さとは、思いを貫き通す力。シエルはそう言っていたが、私もそう思う。だから光輝。私は君に、これを託す。君の思うままに振るい、役立ててほしい。以前私を救ってくれたように」

 

 王座は認めてくれている、岡本光輝の存在を。友達にそう言われて、嬉しくない訳がなかった。光輝はブラックミスリルの特殊警棒を力強く握り締める。

 

 ……立ち止まっちゃいけないんだ。信頼してくれる人が居るなら、先へ進まなくちゃいけない。

 

 光輝は期待なんて、されるのは嫌だった。けれど、クリスに答えを告げるのなら、いやがおうにも進まなければいけない。

 

 なら、進んでやるさ。一回ぐらい、失敗していい。今回だけは、踏み出すしかない。そして答えてやるんだ、クリスに。

 

「……ありがとう、なんだか元気が出たよ」

 

 にこり、と光輝は笑みを浮かべて礼を言う。対する王座も笑っていた。

 

「ふふ、後は君が思うようにしたまえ」

 

 そして、他に他愛ない話をいくつかして、光輝は瀧家を発った。王座は玄関にて、光輝の背中を見送る。

 

「その武器……生かすも殺すも君次第だ。だが、君なら出来るさ、きっとな……」

 

 王座は光輝を信じていた。自分を救ってくれた勇敢な少年、岡本光輝を。彼なら、どんな暗闇だろうと、這ってでも進んで、きっと光を見つけられるだろう。彼なら、きっと。


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