新社会「イクシーズ」―最弱最低(マイナスニトウリュウ)な俺―   作:里奈方路灯

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無双と雷神

 白い玉石が敷き詰められ淵には赤松が、間隔を開けて大きな庭石が幾つか配置された、人はその場に居るだけで気を張り詰めてしまいそうな、荘厳な庭園。イクシーズ郊外だというのに鹿威しの音が聴こえ、ここが本当に新社会(ニューソサエティ)なのかと一瞬錯覚してしまいそうな庭園だった。

 

 まるで相撲取り、いや、もっと大きい。胴回り、背丈、体重、全てが関取を上回るような庭石の前に、反して背の低い男女が二人、並んで立っていた。

 

「今日はこれを斬れ」

 

 少女は不真面目でもなく、真面目でもなく。さもそれが当たり前かのように隣の少年に向かってそう命じた。勿論、「これ」とは「庭石」の事である。大きな、とても大きな。

 

「はー、これを、ですか……」

 

 対して隣の少年は不満をぶつける訳でもなく、できると肯定してみせる訳でもなく。今は値踏みをするように、その庭石をしげしげと見つめている。

 

 少女は玉石の上にガチャリ、と幾つかの鞘に収められた刀を置いた。大小、全部で六本ある。

 

「刀は用意した。日本刀三本、忍者刀三本の計六本だ。脇差が欲しいなら言え、ただし計六本より多くの使用は認めない」

 

「あー……いいですよ、師匠のメインは忍者刀っすもんね」

 

 少年はそのままで良いと言う。まずは、彼女の戦い方を考えなければならない。師匠と呼んだ彼女、三嶋小雨の戦い方を。そうしなければ、追い駆けるどころか、その目で捉えることも叶わない。

 

「そっか。征四郎のそーいう物分りの良い所、意外と好きだよ。そんじゃ、終わったら呼んでくれ。向こうで客と茶ーしばいてくる」

 

 そう言うと、三嶋小雨は屋敷の向こう側へと玉石を踏み鳴らして歩いて行った。取り残された少年、後藤征四郎はその場でただひたすらと、まずは庭石を観察していた。

 

 そうだ、三嶋小雨が押し付けてみせたのはこの岩を切れ、という無理難題。岩とは普通に考えて切れる物じゃない。しかし、征四郎は嫌な顔一つせず、そこにあるのは無垢なる真剣な表情。

 無理難題で上等、なんのそのだ。そもそも、こうじゃなきゃ意味が無い!なんか凄く、修行っぽいぞ!

 

 少年は憧れる、小説のような最強の主人公に。この修行は、自分がそうなる為の一歩を踏みしめる事にほかならない--

 

--屋敷の縁側では、二人の女性が日向ぼっこをしていた。片方は屋敷の主である三嶋小雨、もう片方は割烹着姿に髪を後ろでお団子のように束ねた女性。客人だった。

 

「茶菓子は持ってきたんだろうな、娘々(にゃんにゃん)

 

「アイヤー、しっかりとネー。にゃごやんで良かったかネー?」

 

 娘々と呼ばれた彼女は、手提げから箱入りの和菓子を取り出す。地元の特産品、というには少し広義ではあるが、まあ、およそそんなとこだろうか。伊勢名物の和菓子ですらこの辺りでも売っている事を加味すると、もしかしたら違うのかもしれない。

 

「結構だ。ところでそのな、をにゃって言うのはキャラ付けか?」

 

「キャラ作りしないとこんな個性的な街でやっていけないアル」

 

 そしてさらに娘々が取り出したのは、2リットル入のペットボトルの烏龍茶だ。小雨は屋敷の中からグラスを二つ持ってくる。

 

「中国人的にそれはアリなのか?」

 

「日本人は市販の緑茶は飲めないカ?」

 

「ああ、いや……その通りだな」

 

 娘々がグラスに烏龍茶を注ぐと、二人はグラスを手に取りカツン、とぶつけて鳴らしあった。

 

「本当は酒でもいいんだがな」

 

「まだ昼下がりネ。弟子君に怒られるアルよ?」

 

「あいつはそういう所でうるさい奴じゃないんだよ」

 

「気のいい子ネ。けれどもう少し後で、ネ?」

 

 グイ、と烏龍茶を煽る二人。ただの市販の茶がこんなに美味いだなんて、人類の進化とはすごいものだな。

 

 和菓子をつまみながら、まったりと空を眺める二人。空とは、眺めているだけで意外と楽しいものである。横に気の合う仲間が居れば最高だった。

 

「白銀雄也、見てきたヨー」

 

 話を切り出す娘々。話題は巷で噂になっている対面グループ「白金鬼族」の総長の事だ。

 

「へぇ、興味深い。どうだった?」

 

 食いつきの良い小雨。白銀雄也の情報は知っておきたかった所だ。

 

「ありゃ大分強いネ。ナナイと対面してたケド、ナナイの初撃を腹で受け止めてかつ後ろに下がらずにカウンターしてたネ。タフネスで言ったらナナイより上アルよ」

 

「馬鹿じゃねーのかそいつ」

 

「多分馬鹿ネ」

 

 イワコフ・ナナイ。三嶋小雨と、やって来た客人、来雷(くーらい)娘々の同級生であり、警察官だ。小雨は彼女がどういう人物なのかを知っている。小雨が腹部をナナイに殴られた場面を想像すると、そのまま内蔵が口から出てきそうだった。

 とにかく、凄くパワフルだ。そんな彼女の攻撃をまともに受け、しかもやり返したソイツは、正気とは思えないし強いのが聞くだけで分かった。ただ、馬鹿だと思う。小雨だったら死んでもそんなプランは取らない。

 

「ところで小雨はどう思うネ、五大祭の優勝者。誰が一番ネ?」

 

「現状だと瀧シエル一択だな。三極でアイツを崩すのは無理に近い。それこそEX能力を取得するか、はたまた能力の進化(イクシード)でも起こさない限りはな。そもそもアイツ自体が能力を五つ持ってるようなもんだ」

 

 小雨は和菓子をまぐまぐ、と頬張るように口に入れ、少しして烏龍茶で流し込んだ。

 

「無理だな」

 

 それが現状の、三嶋小雨の結論だ。瀧シエルは、イクシーズ在住の高校生の中でもトップクラスで強い。というより、他に対抗馬が居ないレベルで強い。それこそ、三嶋小雨と張り合えるレベルで強いだろう。実際、そう提唱する対面ファンも多かった。

 そもそも、三極の内、氷室翔天と風切雅は既に聖霊祭で(くだ)されている。残るは一人、厚木血汐だ。しかし彼ですら、瀧シエルには及ばない。それが、小雨の見解だった。

 

「私も、少し前なら瀧を押したネ。しかし今は違う」

 

「へぇ」

 

「白銀雄也。あの子は優勝するネ。「雷神」である私が言うんだから間違い無いネ」

 

 自信満々にそう告げる娘々。そこに瞳の揺らぎはなく、信じて疑わない意思があった。

 

「そうか、そんなに凄いか、白銀雄也は。私とやったらどっちが勝つ」

 

「そりゃ小雨ネー!ユーに勝てる奴なんて世界中探しても見つからないヨ!」

 

 にこやかな顔で小雨の太ももの上に上半身を乗っけて転がる娘々。その様はまるで飼い主に懐く猫のようだ。

 

「媚売り上手だなオイ」

 

「本心ヨー。天領牙刀も、瀧シエルも、イワコフ・ナナイも、シャイン・ジェネシスも。三嶋小雨に勝てる人間なんて居ないネ!あ、今日は寿司が食べたいヨー。」

 

「回転寿司でも行くか」

 

「えー!回らない寿司が良いネー!ウニ、イクラ、ホヤが食いたいヨー!」

 

「いや、ホヤは食いたくねーな……ってそうじゃないわ」

 

「ところで弟子君の様子はどうネー?」

 

 回らない寿司の部分に抗議を申し出ようとした所、娘々は話題を切り替えた。コイツ……

 

「ああ、上達はかなり早い。本当に七月頭に弟子入りしたのかってレベルでな」

 

 後藤征四郎の近況。彼は、能力的に言って他者と比べて非常に弱い。パワー2、スピード2、タフネス1、スタミナ1、スキル2「速度上昇」Dレート。これが、征四郎のステータスだ。

 そもそもDレートという評定を抱えている時点で本来はお察しだ。イクシーズではレーティングが全てみたいな所はある。レーティングこそが体裁だ。

 

「いやー、驚いたネ。あの小雨がまさか弟子を取るなんて」

 

 しかし、小雨は弟子入りしに来た征四郎を、テストと面接をした上で受け入れた。これまでにも弟子入りしに来た人物は多く居た。なんせ、唯一のSSレートだ。最強の剣豪に、それはもうひっきりなしに名乗り出るものが居た。

 しかし、それらを小雨はすっぱり切った。なぜなら、この流派に合うものが居なかったからだ。三嶋流斬鉄剣。唯一人を除いては。

 

「アイツは驚いたね。出した筆記テストの点数、全部30点以下でさ。身体テストも得意なスピード物以外は全部駄目。本当にやる気があるのかってさ」

 

「ありゃりゃー……」

 

 でも、小雨は征四郎の答えを聞いた。

 

「けれど、弟子になりたい理由を聞いたらさ、あまつさえ面接でアイツ、こう言ったのさ。「小説の主人公のように、強くなりたくて来ました!」って。馬鹿だよな、面接で本音を、しかも子供らしい理由だ」

 

「……なおさらネ。なんで弟子にしたのさ」

 

「嘘偽りを持たずに、他人も自分も騙そうとせずに強くなりたいって奴、中々居ないだろ?アイツはそれを声に出して言ったのさ。だから弟子にした。丁度三嶋流の条件も満たしてたしな」

 

 征四郎は自分に、他人に正直だった。それを手放しで褒めるのは無理だが、それは一つの大きな武器になる。自分に真っ直ぐである事。愚直に、強くなりたいと願えるもの。だから小雨は彼を弟子にした。彼女もまた、欲望の為に強くなると願った者だから。

 

「あっ!そう言えば昔、小雨言ってたアルよ!「働きたくないから最強になりたい」って!もしかして小雨、昔の自分に彼を重ねちゃったネ!?」

 

「よし、その口を塞げ。じゃなきゃ寿司は無しだ」

 

「……」

 

 瞬間、口に両手を当て黙る娘々。普段五月蝿いのにこういう時の対応は速い。コイツ……まあいい。

 

「ちなみに今は向こうで刀で岩を斬らせてる」

 

「岩!?出たヨこの子、スパルタアルヨー!刀で岩なんて三嶋小雨以外斬れないネー!鬼!悪魔ー!」

 

 驚くついでにちゃっかり媚を売る娘々。コイツのこういうところ、意外と好きである。

 

「ふん、斬れなくて当たり前の物を斬るからこそ意味があるんだ。出来る出来ないじゃなくやるのさ。天地をひっくり返してようやく最弱が最強になる」

 

「うわー……」

 

 ちなみに、小雨は今日で征四郎が岩を切れる等と思っちゃいない。刃こぼれか、はたまた折れるかで普通は終わり。あわよくば、岩に切込が入ればいいぐらいか。未だに大きな鉄の音が聞こえてこないことを考えると、意外と折れまではしてないのかもしれない。

 

 しかし、折れないという事は、思い切りが足りないという事にも繋がる。もしかしたら刀が使い物にならなくなるのを考えでもしているのだろうか。だとしたら愚かだ、あんなもの切れ味がいいだけの安物だというのに。

 まあ、あえて言わなかったのだが。状況判断も三嶋流の内だ。弱者が強者を倒すための要素の一つだ。

 

「とりあえず、岩に切り込みが入れば御の字だよ。そろそろ様子を見に行くか」

 

「さてさて、どうなってるやら楽しみネー」

 

 二人で庭園を歩いていく。屋敷をぐるりと回り、反対側へ。そこには、岩に向かって忍者刀を振り終えた征四郎の後ろ姿が。

 

「あ、おーい、調子はどうだー?」

 

「あ、師匠ー。今--」

 

 小雨が声を掛けて、征四郎が反応した次の瞬間、ズリッ、と岩が下がる。下がる、と表現したのは、頂点がそのまま斜め下に、滑るように落ちたからだ。そして、ズドン、と大きな音を立てて玉石の上に岩の残骸が落下した。玉石が衝撃を和らげた為か、地響きは無かった。

 

「--斬り終わりましたよ」

 

「--」

 

「ワァオ……」

 

 言葉を失くす二人。娘々は喋り方すら統一出来ない程に驚いている。

 

「いやー、なんか色々考えてたんすけど、斬る事はもう確定してたんで、後はどうしたら安全に上手く斬れるんだろうなーって。ずーっと考えてて、したら日本刀で一回斜めしたから斬って切り込み入れてから反対から忍者刀で斬れば、こっちに落ちてこずに斬れると思いまして。いやー、意外と岩って斬れるもんですね。成功っす」

 

 小雨は近寄ると征四郎の頭をぽんぽん、と撫でた。

 

「よくやった、偉い。よし、今日は飯食いに行くぞ。回らない寿司奢ってやる」

 

「ええっ!?マジっすか!!」

 

 無邪気にも満面の笑みで嬉しがる征四郎。岩を刀で斬った事、回らない寿司の両方が合わさったらそのような笑顔になるのだろうか。いや、さらに小雨に褒められた事も大きいのだろう。

 

「おい娘々、さっき現状は瀧一択って言ったな」

 

 娘々の方に振り向く小雨。その顔には、不敵な笑みが浮かんでいた。

 

「これは先が分からんぞ。「無双(ノーバディ)」の称号を持つこの私が言うんだから間違い無い」


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