新社会「イクシーズ」―最弱最低(マイナスニトウリュウ)な俺―   作:里奈方路灯

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ホリィとの休日2

 対面(タイメン)。それは、この新社会(ニューソサエティ)「イクシーズ」における、合法の決闘(けっとう)に値する。

 

 人間とは、競い合う生き物だ。競い合ってこそ、人は停滞せず先に進める。つまり対面とは、イクシーズが人に競争を促すためのシステムだ。ただし、あくまで人道的な範囲で。人を殺してはいけない。再起不能になるまで痛めつけてはいけない。一方的な闘争はいけない。お互いが了承をし、基本的に第三者を審判に付ける。降参をしたらその時点で対面は終了。能力を使用するのは大いによろしい。それが、対面。

 

 岡本光輝は、目の前の坊主頭の男、御陸歩牛に対面を挑まれていた。が、それは光輝の理想通りだった。しかし、光輝はそれを匂わさずに運行をする。

 

「断る。受ける必要がない」

 

 そうだ、普通に考えればCレートからの対面の申し込みをEレートが受ける必要がないのだ。それも御陸は誰がどう見ても体を鍛錬(つく)っている。服の上からでも分かる膨らんだ腕と胸。ジーンズに包まれた脚も主張をしている、いい筋肉(にく)の持ち主だ。対してEレートの光輝は腕も足も細い。勝てる道理などどこにも無い。

 

「受ける必要が無い……ね、君はそれでも男かい?」

 

「あ?」

 

 煽る歩牛に、イラつきを見せる光輝。もちろん光輝のイラつきは(ブラフ)。対面を受けるための、最大限の理由造り。

 

「自分に自信が無い、だから対面を受けない。どうだろ?そんなヤツ、男としてどうかと思うね。ジェネシスさんだってそう思うだろ?」

 

「えと……その……」

 

 困惑しチラりとこちらに目配せをするホリィ。丁度いい。ホリィは二天一流の俺が御陸に絶対負けないという考えでこっちを向いたのだろうが、御陸はそこで最大の勘違いをしてくれる。そう、ここで御陸は「自分の意見にホリィ・ジェネシスも同意した」という考えを持つ。そしてそれを目の前の岡本光輝が感づいた、と考えるハズだ。

 

 やるならこの場面だ。

 

「いいぜ、その対面、受けてやるよ」

 

「光輝さん……!」

 

 ここでホリィは言えない、俺の二天一流のことを。当たり前だ、これは俺とホリィの秘密。ホリィがここで喋ることはできない。彼女がお人好しなのでそれは尚更だ。

 

「決まりだね、そこの路地裏でやろうか。審判はジェネシスさんにお願いするよ」

 

「ああ」

 

 足を進める御陸と光輝、それに着いていくホリィ。光輝は路地裏を見ていく。理想的だ、このような路地裏なら最高だ。御陸はEレートの俺を瞬殺できると考えているだう。ホリィは、俺が二天一流で逆に御陸を瞬殺すると考えているだろう。あーあー、どっちも愚かだ。

 

 この場を制するのは、二天一流を使わない正真正銘Eレート「超視力」の岡本光輝なのに。

 

 対面前に軽く体をほぐす御陸と光輝。いざという時に体が動かないのはいけない。光輝は屈伸に伸脚に股割りと、念入りに足をほぐす。今回やろうとしてることは光輝にとってはギリギリもいいとこ。が、理論上「可能」だ。理論上可能なら後は「超視力」で片付けてやれる。

 

「さて、行くぞ。君の勇姿は買おう」

 

 長く体をほぐす光輝の目前に、御陸が立つ。両拳を目前に配置させての構え、御陸の構えはボクシングのそれに似ている。それもそうだ、御陸の能力は「腕力の強化」。腕の力を生かすのならそうなる。殴って当てて勝ち、ということだ。向こうの準備は出来たようだ。

 

「勇姿もなんも買わなくていい。テメエはいらつく、ぶっ飛ばしてやる」

 

 虚言。光輝にそのつもりは無い。が、言うだけ無料(ただ)だ。これで相手に「イチかバチかで突っ込みますよ」というような意思表示をしたかのように思わせるフリだ。光輝の狙いはそんなところにない。

 

「で、ではいいですね、両者(りょうしゃ)対面(タイメン)――」

 

 ホリィが(ども)りながら右手を振り上げる。この腕が下ろされた瞬間、対面が始まる。両者、息を呑む。

 

「――開始(ファイ)っ!」

 

 振り下ろされた右腕。と同時に、御陸が踏み込み、左拳を高速で放つ。ジャブだ。

 

 光輝は踏み込みの体重移動を超視力の動体視力で視てから、半歩さがる。そして体勢を崩さないように、腰を落とす。レスリングでいうタックルの姿勢に近い。ジャブが空回りした。

 

()ッ!!」

 

 しかし、ジャブは囮。次に御陸が繰り出したのは、姿勢の低くなった光輝の顔面へ向けた回転の入った右拳のストレート。ボクシングの基本「ワンツー」だ。格闘技初心者を相手にするなら、最強最悪の「初見殺し」。かつ、隙もない。出しておくだけ得、といった万能力の高い技。……普通なら。

 

 光輝は超視力によって与えられた最高の動体視力を持っている。光輝は地面につけた右手を振り上げ自分の顔面を防御した。しかもただ防御しただけではない。その手にあったのは路地裏に落ちていた「レンガ」だ。

 

「――ッ!?」

 

 拳とレンガがぶつかり合い、レンガが半分に割れる。が、勿論のこと御陸の拳もただではすまない。「腕力の強化」で保護されたからといって振り抜いた右ストレートがレンガと衝突したのだ、痛くないわけがない。光輝の狙いとはこれだ。路地裏を見ていたのもこのためだ。念入りに時間をかけて体をほぐしていたのも理想のポジションを手に入れるため。

 御陸はなにが起きたのかわからなかった。いきなり拳を襲った激しい痛み。皮がめくれて血が出ている。その驚愕の間に――

 

「はい、俺の勝ち」

 

――光輝が割れたレンガをコツン、と御陸の頭に乗せる。「殴れた」が「殴らなかった」。なぜならこれは対面だから。殺傷が目的の闘争じゃない。事実上の決着であった。

 

「しょ、勝者、光輝さん……」

 

 ホリィは非常に気まずい表情をしている。当然だ、こんな勝ち方まともじゃない。光輝の取った策とは、誰がどう見ても卑劣そのものであった。

 

「なっ……」

 

 ようやく何が起きたか理解した御陸。惚けていたその表情が強張る。

 

「認めないぞ!今のは無効だ!」

 

「え、なんで」

 

 激昂する御陸に対して、それはなぜ?と煽るような態度の光輝。煽るだけ煽ってこっちのペースに乗せてしまえばいい、相手は今冷静な考えを出せない。後は理詰めだ。

 

「凶器なんて……反則じゃないか!」

 

「五大祭なら規定をクリアすりゃ武器を持ち込めるだろう。しかもこれは街中の物を利用しただけだ。反則にはならないな」

 

 これは実際曖昧なところだ。グレー中のグレー。しかし、闘いの舞台によっては街のオブジェクトを利用して勝つのは定石だ。これは相手も薄々思っているはずだ。だからこの言葉で解決できる。

 

「それにしたって……そもそも僕は殴られてもまだ闘えていた!」

 

「いや、だってそういう目的で対面は行われてないだろ。そんなのただの決闘、犯罪だ」

 

 これは言わずもがな。御陸はよほどテンパっているようだ。

 

「馬鹿な、そんな馬鹿な……!?」

 

 そう思うのも当然だ。御陸はぶっちゃけ「普通に強い」。そう、普通の水準にしては実際強いのだ。殆どのCレートと対面して勝てそうな気もする。が、御陸には欠点がある。

 

「思考停止のワンツーで勝てる……甘いな御陸」

 

 弱った御陸への上から目線の光輝。一気に畳み掛ける。

 

「なに……?」

 

「俺はお前の最初の動きは知っていたんだ。聖霊祭に出てたからな」

 

 そう、御陸は五大祭の内の春の祭「聖霊祭」に出場していた。1年生でCレート、3回戦敗退。瀧シエルなどの一部の例外を除いて、それは華やかしい功績と言える。が、故に舞い上がる。

 

「全ての試合に置いて開幕の初動は腕力の強化を活かしてのワンツー。2回戦目はそれで瞬殺。強いな、が、しかし。いつも同じ動きじゃ今のようになるぞ。結果がこれだ、お前の敗因は型にハマりすぎてやりたいだけになっていた事。動きを知っていれば、俺は超視力でらくーに対応できる」

 

「……」

 

 押し黙る御陸。これは正論中の正論だ。馬鹿げた話のように思えても正論を入れるだけで不思議とすべての話がその通りなんじゃないかと錯覚するのはよくあることだ。

 

「話をしよう。あるところに少女が居た。パワー1、スピード4、タフネス1、スタミナ1、スキル1「脚の強化」。総合レートCの下位、ってところか。」

 

 光輝は、誰に聞かれたでもなく話を始める。

 

「少女には強さが無かった。あったのは脚の速さだけ。けれど、少女は願った。この世で一番強い奴に成りたい。けれど、少女に力はない。打たれ強さも無い。ならばどうするか……少女は個性を「最大限」に活かした」

 

 そう、これは、ある大剣豪の少女の話だ。

 

「最終的な総合レートは結局Cレート。スピードが5に、スタミナが2に。後は1のまま。けれど2年前の「大聖霊祭」で優勝した。誰もが予想できなかった、ひ弱な少女の優勝。彼女はあらゆるものを速さで切り裂いた。彼女は攻撃を受けることが無かったそうだ」

 

「……三嶋(みしま)小雨(ささめ)、だな」

 

「知ってるんだな。彼女は圧倒的身体不利を持ちながらその奇策で全ての対面に勝った。特別に与えられたレーティングはSS。史上初の対面最強の称号。わかるな?イクシーズに住む俺たちに必要なのは道をなぞる事じゃない、常識に縛られず、人として大きく躍進することだ。つまるところは個性を活かせってな」

 

 うな垂れる御陸の肩をポン、と光輝は叩いた。

 

「筋は悪くない、が、圧倒的に実力が足りない。磨け、鍛え上げろ。そうして俺たちはあの青空を羽ばたける」

 

 路地から空を見上げる光輝。空には白い雲と青い空が混じり合っており、その雄大さを狭い路地からでも教えてくれる。御陸も空を見上げていた。

 

「済まない……僕が未熟だったようだ。なるほど、ジェネシスさんが君を選んだ理由が分かった。謝罪しよう、僕が悪かった。因縁をつけて済まない」

 

 なんだ、意外にも素直に謝れるじゃないかコイツ。根は悪くないんだろう。それがなんかムカつく。が、それは顔に出さない。折角事態が収束したのだから。

 

「別に構わない。俺たちは新社会(ニューソサエティ)に生きている、立ち止まることは許されない」

 

「そうだな。今日から心を入れ替えるよ、自惚れていた……よし、帰ったら禅だ!この拳は誇りとして受け取っておく!ありがとう、二人共!!」

 

 笑いながら走って帰っていく御陸歩牛。いやぁー、一件落着っと。疲れた疲れた。

 

「二天一流、使わなかったんですね」

 

 さっきからずっと怪訝そうな表情のホリィ。

 

「実力でアイツに勝ちたかったから。二天一流は実力じゃないからな。つまるところ実力Eレートの俺に負けたあいつは実質Fレート、最弱以下の最弱だな。あははっ、滑稽!笑っちまう」

 

 勝者としての優越感に浸る光輝。大げさに腹を抱えるそれは、傍から見れば最低そのもの、自分でもそう思う。けれどこれくらい許して欲しい。EレートがCレートに勝てることなんてまず無いんだから。

 

『がはは、やるのう坊主!敵を知り己を知れば百戦危うからずとはこのことだ!』

 

「なんだかなぁ……」

 

 ホリィはやるせなさをひしひしと感じていた。この岡本光輝という人って本当に優しいのだろうか?疑問で疑問で仕方がなくなってきた。

 

 対面が終わり、街中の服屋を冷やかして回り、時も夕暮れ。いい時間帯になってきた。

 

「そろそろ帰ろうか、送っていくよ」

 

「あ、その前に、もう一つだけ寄って行きたい場所があるんですけど……いいですか?」

 

 上目遣いのホリィに頼まれる。なんの問題もない。

 

「いいよ」

 

「それじゃ……」

 

 ホリィに促されるままに着いていく。電車に乗り、隣の駅へ。

 

「ここは……」

 

「はい、空港です」

 

 ホリィはまだ足を進める。エスカレータを上がり、辺りに店舗やイベントコーナーがある場所を抜け、広大な展望デッキへ。その一番先頭に二人で歩いていく。

 

 その展望デッキから望む景色は感慨深い物があった。飛行機が飛び交い、メガフロートの陸が見え、その端は陸と海が繋がり、さらにその端はオレンジ色の空へと繋がっていた。沈みかけの太陽が見える。

 

「私、ここの景色大好きなんです。思い返したら、空が大好きだっていう光輝さんと一緒に見たくなっちゃって」

 

「そうか……これはいいな。ありがとう、ホリィ」

 

「いえいえどういたしまして」

 

 満足気なホリィ。控えめな胸をピンとはる。後藤が好きそうだ。

 

「思ったんですけど、御陸さんとの対面、結局あれっていい話のように仕立て上げてましたけど卑怯な方法で勝って言いくるめてバイバイしただけですよね」

 

 人聞きの悪いことを言い出すホリィ。コイツ俺の考えよくわかってきたじゃないか、残念オツムの癖して。そうですそのとおりです。

 

「そだよ」

 

「光輝さんってわかんないですよね……優しいと思う時があれば、結構ひどかったり」

 

「優しいだけの人間なんて居ないだろ。まあ俺はひどさ9割と言ったところか、さしずめ最弱最低(マイナスニトウリュウ)つってな」

 

「あながち間違って無いから何も言えません」

 

「フォロー無しか」

 

 あはは、と笑うホリィ。気が付けば、軽口を交わす関係になっていた。

 光輝は思う。この少女に心を許しかけている。今まで一人で生きていたと錯覚していたが、こんな風に一緒に気楽に話せる友達が居れば別だったのかもしれない。

 いや。違う。ホリィ・ジェネシスという少女が特別なのだ。彼女は許してくれた、過ちを犯しそうになった俺を。それが彼女の心の底からなのかどうかはわからない。事実、今でさえ目の前の少女が内心どう思っているか怪しいものだ。本当は岡本光輝という人間を軽蔑しているのかもしれない。それならそれでいい。悪いのは俺のほうだ。

 

 けれど、仮にそうでも。目の前の彼女は笑っている。もしそうだとしたらすごいことだ。いや、そうじゃなくても。岡本光輝の目の前で彼女は、ホリィは、笑っているのだ。

 

 軽口を言い合い、少しして二人は静かになっていた。遠くの沈んでいく夕日を眺めている。

 

「……私、実は海外からこの空港を使ってイクシーズに移り住んできたんです」

 

 ホリィは話し出す。どこか遠い目をして。

 

「私の両親って異能者じゃなくて。私と兄は、生まれてから異能者になったんです」

 

 光輝は耳を傾ける。ホリィの物憂げな表情を見つめる。

 

「私たちは、学校でいじめられていたんです。異能者ってほら、結局特別な人間じゃないですか。中身は一緒なのに、それに敵対心を剥き出すように。子供のうちはからかい程度でした。けれど中学生になって、いじめがエスカレートして。兄なんかは喧嘩に明け暮れていました。兄は強かったんですけれど、私、弱くて、辛くて……」

 

 一瞬、空気が異常に重くなるのが分かった。

 

「一回、自殺しようとしたんです」

 

「――」

 

 目を見開く岡本光輝。光輝は、実の父を思い出す。笑顔でいながらふと自殺した、あの父親を。

 

「ごめんなさい、こんな話、聞きたくないですよね」

 

「いや、いい」

 

「えっ……」

 

「話してホリィの心が軽くなるならいくらでも」

 

 とても、他人事のようには思えなかった。

 

「……ありがとうございます」

 

 本当のホリィ・ジェネシスという少女を見た気がした。危うい、満身創痍のように見えた。

 

「その事件があって、大問題になって。異能者である私と兄だけ、このイクシーズに引っ越してきたんです。あの時は絶望のような毎日でしたけれど今は死ななくて良かったと思って。私、将来医者になりたいんです。この光の瞳があれば病気なんて一発でわかっちゃいますから。勉強して、お医者さんになって。いろんな人を救うんです」

 

 栄光の道を征く彼女。その過去は、とても深い暗闇だった。

 もう他人じゃない。が、彼女は俺とは違う。暗闇から這い上がった、生者。生きた死人のような俺とは――。

 

 だからこそ、彼女を放っておけないような気がして。彼女が征く道は、正しくなくてはならない。

 

「いい夢だ。絶対に叶えろよ」

 

「えへへ、勿論です」

 

 笑顔のホリィ。彼女は強い。見かけ以上に強い。そんなホリィが羨ましくて。

 

「……俺の――」

 

 光輝は言いかけた。「霊視」の事を。彼女になら言いたくて。彼女になら言える気がして。勇気を出そうとしたとき、近くの滑走路を飛行機が大きな音を出して飛んでいった。

 

「――だ」

 

「うわぁ、飛行機の飛び立つ姿ってやっぱ迫力ありますよね!って、え?何か言おうとしました?」

 

「…いや、なんでも無い」

 

 飛行機の離陸音でかき消された光輝の言葉。とてももう一度言う気にはなれなかった。彼女に比べたらなんと勇気の無いことか。

 いや、これでいい。俺はこれでいいんだ。栄光には栄光の役割が、暗闇には暗闇の役割がある。そう学んできたじゃないか。

 

「……そろそろ暗くなって来たな。送るよ」

 

「そうですね。今日は楽しかったですよ、光輝さん」

 

「ああ、俺もだ」

 

 二人で暗くなった展望デッキを戻っていく。光輝が出したのは卑屈な答え。光輝は満足していない。しかし、後悔もしてはいなかった。

 

「……ホリィ」

 

「はい?」

 

「俺で良ければ、いつでも頼れ」

 

「……ありがとうございます」

 

 それしか言えなかった。けれど、それでいい、今はそれだけで。


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