新社会「イクシーズ」―最弱最低(マイナスニトウリュウ)な俺―   作:里奈方路灯

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白銀雄也の休日3

 衝突する拳と拳。お互いの衝撃がぶつかり合い、ナナイは衝撃を飛ばすために後ろに跳ねる。対して、大吾はその場に留まる。いや、それどころかその一瞬の隙を活かそうと前に足を進めていた。

 

 ほー、やるモンだなー。

 

 雄也は感心した。こと、拳比べなら大吾は強い、無類に強い。能力「衝撃の増加」による加護、そして生まれ持った巨大な体躯。その反則級の五体から放たれる拳はやたらめったらな威力を誇る。かつて雄也も拳を合わせ合った時があるが、拳比べではとてもじゃないけど勝てる自信がない。まあ、負ける気もしないのだが。

 

「なるほど、威力は十分」

 

 そして、ナナイは下がる足を止めたかと思うと、急に前に走り出す。大吾も進めていた足をそのまま急がせ、急接近。大吾はナナイに拳を振り抜く。

 

 が、当たらず。目測のずれ、互いが走り、かつナナイの調整によりその拳はナナイの顔面の横を通り抜ける。

 逆に、大吾の腹部に大きな衝撃。ナナイの拳だ。懐に潜り込まれ、強烈な一撃。大吾は吹っ飛び、しかし足で必死に地面を捉え、その身を残す。まだだ、まだ地面に足以外着いちゃいない。

 

「残しますか」

 

 そして、頭頂部に大きな衝撃。大吾はそれを耐え切れず、顔面から地面に伏する。勝負ありだった。

 

「繊細さ、は今ひとつですね」

 

「勝負アリネ!」

 

 周りは見ていた、その光景。ナナイは拳を放った後跳躍、大吾が体を止めた所へ器用にも空中前転で位置調整、そこから遠心力に載せた踵落とし。

 

「ブルー・バード……」

 

 身軽かつ、パワフル。技術力もある、隙がない。それが白銀雄也がイワコフ・ナナイに抱いた印象だった。まるで羽が生えた鳥のようだ。躍動するその身に伴って舞う銀色の短髪と敵を見据える青い瞳が、かくも美しい。

 

 大吾は直ぐに起き上がって自分が負けたことを悟ると、ナナイに一礼し雄也の元に戻った。

 

「なるほどなるほど、こいつぁとんっでもねぇ上玉じゃねぇか……!」

 

「……すいません、雄也さん。負けました。彼女、強いですよ。とんでもなく」

 

「わーってる。だからこそ、()りてぇ。いてもたってもいられねぇんだ」

 

 あの踵落としを受けてなお立ち上がり、自分で下がるタフネスを持つ大吾も凄いが、何より眼前の少女、イワコフ・ナナイに興味を抱く。そして興味は、止まらない。

 

『ダーリンってもしかしてマゾ?』

 

「違わい」

 

 J&Jの言葉を流すが、心の底から否定は出来なかった。少なくとも、耐えきる、受けきるということが気持ちいいという感覚はある。……多分それとこれとは違う話だろ。

 

「お待たせしました、「白金鬼族」の総長、シロガネさん」

 

 ナナイが雄也に声を掛ける。どうも、知らない人物だった、とうわけではなさそうだ。

 

「へぇ、知ってんだ。なら話は(はえ)ぇ」

 

「今回の対面を引き受けたのは貴方の実力を知っておきたかったから、というのがありましてね」

 

 なんと、ナナイは雄也の素性を知っていたという。そしてなお、ここまでの大盤振る舞い。ナナイはパフォーマーとしても優秀だというのか。

 

 ……駄目だ。体の疼きが止まらない。雄也は今すぐにでも、ナナイとの殴り合いをしたい。一秒でも早く、早く!

 雄也とナナイは指定位置まで行く。その間までもが、狂いそうになるほど長く感じる。こんなにも一秒一秒とは長かったのか。

 

「落ち着いてください」

 

 ギラつく瞳の雄也を、優しい瞳で見つめるナナイ。けれど、その瞳は何処かシンパシーを覚えて。

 

「私も同じ気持ちです」

 

 指定位置に着くナナイ。雄也はその一言で、落ち着いた。

 

 そうか、アンタも同じか……。両思い、こんな嬉しい気持ち、中々無いぜ。

 

「そいじゃ、行くヨーっ!ラスト対面っ!」

 

 雄也は覚悟を決める。最初の一撃、綺麗に、不動で受け止める。そして。

 

「ファイッ!」

 

 瞬間、ナナイは動く。雄也へ向かって地を蹴り、加速。能力「闘気」の乗った、握り締めた拳を雄也の腹部目掛けて振り抜く。

 

(トリガー)ッ!」

 

 最高の初撃をアンタにくれてやる。それがこの対面の始まりの合図だ!

 

 ナナイの渾身の一撃。「闘気(オーラ)」の乗った破壊力満点のそれを、雄也は受けきる。とてつもない衝撃。しかし、問題ない。そしてあらかじめ仕込んでおいた右腕を起動。

 打ち込まれる寸前に腕は動かしてあった。その腕を、目標へ動かす。相手は一撃を放った瞬間、ここが一番のチャンスになる。

 

「足んねえぜオラァッ!」

 

「--ッッ!」

 

 ナナイの顔面を殴り飛ばす。ナナイはそれを受け、後方へ吹っ飛ぶ。後頭部から、地面へ。

 

「勝負あ--」

 

 しかしナナイ、そこで手を地に着かせる。そこから、バク転のように回転、足を地に。まだだ、まだナナイはダウンしていなかった。

 

「--続行!」

 

 レフェリーによる試合続行の合図。今ので仕留められなかったのは痛い。次からは絶対に警戒してくる、このカウンタースタイル。

 そして、腹部に感じる違和感。まずい、さっきの一撃で大分体力を削られてしまった。次のモロの一撃を耐えるかどうかさえ、怪しい。

 

 勝てるのか?俺はあの少女に?どうする?バカ野郎、やるこた一つしか()ぇだろ!

 

 雄也、再びその場に構える。全力で相手を迎え撃つ構え。

 

「乗ってきたゼ……次、来いヤ」

 

 空元気。相手への警戒促進、惑わせ、自己の鼓舞。色々な要素が詰まった、その言葉。

 その言葉が相手へ与えるものは、なんでもいい。ただ、少しでも自分が有利になればそれでいい。勝てるはずの対面を、つまらない事で落とすのは有り得ない。雄也は、勝ちに貪欲だった。

 

「……ならば」

 

 ナナイはすぐさまに向かわない。動かず構える雄也を見て、その場に留まった。そして、あろうことか--履いていた黒のスニーカーを、その下の黒いロングソックスを両方、脱いだ。素足で地面を捉える。

 

 ぞくり。

 

 周りは驚愕する。その行為、そして次の瞬間向けられる危険に満ちた恐怖。

 

「全力で行きましょう」

 

 彼女が靴を脱いだ瞬間、その力量は大きく膨れ上がった。雄也の体感で二倍。恐らくそれは間違いじゃない、その通りの結果だ。

 それはまるで、武士が鞘から刀を抜いたような、さっきまで寝ていた獣が牙を剥いたような、そんな感覚。

 しかし、だからこそ雄也は興奮する。

 

 コイツ、面白(おもしれ)ェッッッ!!

 

 不敵にも笑う雄也。それは空元気でなく、心の底からの笑顔。目の前に居る強者への興味、好意、恋慕。

 その御託であってるかは分からない、いや、どれでもいい。深く考えなくていい。とにかく今はアイツの一撃を貰いたい、受け止めたい、返したい!

 

「いざ」

 

 力を溜めるナナイ。気が、どんどん膨れ上がっていく。大きく、高く膨張していく。あの小さな体のどこにそんな力が溜まるのだろうと分からなくなる。しかし、次の瞬間それは放たれる。それが楽しみで、楽しみで。

 

 こんなにも楽しい一分一秒、久々である。それは、もう少しで終わってしまうのか。

 

 だから、今を全力で楽しむ!

 

「オオオオッッッ!」

 

「アアアアッッッ!」

 

「アホかお前は」

 

「あたっ」

 

 ナナイの攻撃は止まった。膨れ上がった気も、瞬間的に消滅する。

 

「え……」

 

 何が起こったのだろうか。気が付けば、そこには一人の女性が、ナナイの頭にコツリ、とげんこつを落としていた。

 

 いつの間に……?

 

「やけに人が集まってるから見に来たら……ガキども相手に何ムキになってんだ、靴まで脱いで」

 

「いえ、クリカラさん。これは理由があるんですよ」

 

天津魔(あつま)に言おっか?この事」

 

「是非ともご内密に」

 

 あっさり折れるナナイ。果たしてあのクリカラと呼ばれた女性は何者なんだろうか、あのナナイをいとも容易く御すなど。それに、いつの間にあの場にやってきた?

 薄手の黒いワンピースに、複雑に入り乱れるように激しくパーマのかかった黒髪の、少し不気味な印象を感じる女性。人を見た目で判断しようとしたら、「呪術に手を出してそうだ」と感じる人物。

 

「そいじゃ、対面はほどほどにしときなよ。じゃないといつか、捕まっても知らんぞ白銀くん?」

 

「待てよ、アンタは一体……」

 

「警察の対策一課、倶利伽羅(くりから)綾乃(あやの)だ。コイツの上司だよ」

 

 その言葉を残して、ナナイを引きずって行く倶利伽羅綾乃。警察、ナナイの上司って事は……

 

 ナナイは、警察官だったのか。全く気づかなかった。

 

 しかし、何より雄也に残る心残り。あの一撃、どうしても受けたかった。邪魔が入っては仕方ないが、いずれは、いずれこそは。

 

「……可憐だ……」

 

 呟く大吾。なるほど、お前ナナイみたいなタイプが好きか。確かに強くて、可愛くて、真面目そうだ。可憐、と言えるかは怪しいが、いい女だろうな。

 

「倶利伽羅さん……」

 

「そっちかよッ!?」

 

 あの人どう見積もっても20後半、下手したら30入ってんぞ。


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