新社会「イクシーズ」―最弱最低(マイナスニトウリュウ)な俺―   作:里奈方路灯

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白銀雄也の休日2

「ごちそうさまでした」

 

「毎度ーアルよー!」

 

 サラリーマン風の男性を見送り、手を振る来雷。愛想は非常に良く、胡散臭い喋り方を差し引いてもその気になれば客商売は向いている方なのだと思う。ただ、怠惰でズボラな事を除けば。

 

「さて、と。じゃあ本日のランチはラストオーダーで……お客さーん、良かったですかー?」

 

 客の少なくなった店内……と言ってもサラリーマン風の男性とヨボヨボのおばあちゃんが居なくなっただけで、まだ店内には5人の若者が居る。その店内に向かって、声をかける。

 

「ああ、構わないぜ来雷さん。それじゃ腹ごなしも済んだし、表に出ようぜナナイさん」

 

 雄也は席から腰を上げると、先程までデザートの杏仁豆腐とマンゴープリンを味わっていたイワコフ・ナナイに声を掛ける。尚、この二つのデザートは雄也からナナイへのプレゼントだった。対面をする為の賄賂のようなものか。ナナイはそれで快く引き受けてくれた。

 

「はい、行きましょう」

 

 店を出る雄也らとナナイ。それを追いかけるように来雷も営業看板を「やっとる」から「おわっとる」に変え、店を締めて5人について行く。

 

「ナナイ、本当に良かったネー?あんまりおおっぴらにやっちゃうと、上司に怒られたり……」

 

「サー・ニワはオフの日の私に言及してきません。なので、問題ないです」

 

「そういうものネー……?」

 

 心配を掛ける来雷だが、ナナイは気にしない。まあ、彼女の上司は「適当」に生きる人間と知っているので、まあ、いいか。

 

 小道を、彼らは歩いていく。流石に対面を始めるには、この道は少し狭い。

 

「ねえねえ、誰からやるー?まず私行きたいなー」

 

 手を挙げ、名乗り出るジャネット。その姿に、雄也は異を唱える。

 

「え?ジャネット、お前一人で戦えんのかよ」

 

 ジャネットが一人で戦っても、Dレートの少女でしか無い。彼女はジュディとタッグを組んで始めて真価を発揮するのだ。

 もしやるとしたら、ナナイと、それとなぜかついて来た来雷。彼女達二人で組んでもらうのが一番か。しかし来雷は戦うと言っていないし、そもそももし彼女が戦うのならそれこそ雄也が一番にやりたかった。

 

「構いませんよ、二人で」

 

『え?』

 

 ジュディとジャネットの言葉が重なる。それはまさかのナナイの言葉。

 

J&J(ジュディ・アンド・ジャネット)、タッグで始めてお互いの実力を出し合える双子の少女。聞いていますよ、噂は。構いません、私一人で二人の相手を受けますよ」

 

「おいおい、マジかよ……」

 

 J&Jの実力は伊達ではない。本来Sレートが二人になって、ようやく相手になるレベルのタッグだ。その彼女らを、まさか一人で相手取る、だと?

 

「その変わり対面のルールはダウン・アウト方式で行きましょう。終わったら後のお二方どちらかでも、二人でかかってきても構いません」

 

 ダウン・アウト方式。足の裏と手の平以外の部分が地面に着いた瞬間、その人物は敗北するというルールだ。対面のルールの中でもかなりメジャーなルールであり、分かりやすく怪我も少ない。味気ないと言って切り捨てる輩も居るが、むしろ限られた中で全力で戦うこのルールこそを対面の真骨頂と言い張る人物も居る。それほどに、支持が高い。

 

「それじゃー、私がレフェリーをするネ。双子少女(ジェミニガール)、くれぐれも抜かるなヨー?ナナイの力は化物クラスだからネー」

 

「分かってますって!」

 

「行くよジャネット、相手が一人だろーと全力なんだからね!」

 

 忠告をする来雷と、意気込むJ&J。口ぶりや振る舞いからしてナナイと来雷は知り合いのようだ。

 

 小道を抜けて、開けた場所へ。かと言って、人通りはそこまで多くない。しかし、全く居ないわけではない。このぐらいのギャラリーが居た方が、対面は盛り上がるものだ。人に力を誇示するというのは、心地の良いものである。

 

 ザザっ、と音を立てて地面を蹴り、ナナイと向かい合うJ&J。準備は万端だった。

 

「さあ、いつでもどうぞ」

 

 ナナイは静かに、棒立ちする。いや、重心は戦うためのそれだ。風貌から少し、伺える。言ってしまえば、読まれないための構え。対応出来る自身があるのだろう。

 

 しかし、相手はJ&Jだ。その選択は、果たして正しいか。

 

「対面ファイっヨ!」

 

「それじゃ、ジャネット!」

 

「そうね、ジュディ!」

 

『ダブルドライブ!!』

 

 来雷の開始の合図と共にジュディとジャネットが声を掛け合った瞬間、二人は一瞬、内側へとお互いにぶつかるように跳ねた。そして互いに手を取り合い、お互いを突き飛ばして逆に反発した。その様は、まるで同極の磁石。強く、反発した。

 

 そして横に高速で跳ね、そこからさらに地面を蹴って加速。ナナイに向かってジュディとジャネットは(クロス)を描くように突っ込んだ。

 

 雄也はそれを目で捉えていた。あの二人の得意技、「アギト」。それはまるでライオンの口のように、二つの歯が一つの獲物を噛み砕くかのように迫る。タッグ戦とは、一人がやられた瞬間に負けが確定するようなものだった。そしてJ&Jはそれをよくわかっており、すぐさまに相手の一人を必殺技で仕留めにかかる。

 それでいい、戦いとはそういうものだ。勝ちに全力で挑む。相手の土俵に乗ってやる必要は何処にもなく、自分の持てる最大限の方法で勝利を貪欲に欲しがるべきだ。そして身を削って、琢磨して、ギリギリまで絞り尽くした者にこそ勝利という唯一無二の結果が転がり込む。戦うという事に全力を注げないものは、負けても仕方がない。

 

 故に、雄也は好む。この二人を、勝つために貪欲な双子を。消耗戦に付き合う暇など何処にもなく、開幕で勝てるならそうするべきだ。

 

「素晴らしい、良い闘争心です」

 

 対するナナイ。その場で跳躍。棒立ちから一瞬、そのまま空へ跳ね上がったナナイはあろうことか、回避として飛び上がると同時に迫った二人の腕を掴む。高速の攻防、周りは何が起きてるのか分からない。

 

 届かない、逆に掴まれた腕。J&Jは初手を失敗したと悟り、二人で逆にナナイの腕を掴み返し、地面に引き摺り下ろそうとする。「ダブルドライブ」による意思疎通があればこその技。しかし。

 

 ナナイは落ない。逆にJ&Jの体が浮き上がる。何が起きた?

 

 気が付けばナナイは空中でグルン、と回転をしていた。まさかの前転。それに引っ張られ、双子は地から足を離し、空中に投げ出された。

 

「しかし野性味が足りない」

 

 次の瞬間には、二人の背中は地面に付いていた。遠心力からの投げ。勢いはそれほどなく、ナナイが手加減をしてくれたのが分かる。しかし、少し遅れて二人の脳内で実感が起こる。

 

 敗、北……?

 

「勝負あり!ヒュウ!ナナイ、やるヨー!」

 

「ざっとこんな所でしょうか。お二方のプランは素敵でしたよ」

 

『……』

 

「さあ。次、どうぞ」

 

『ちくしょ~~っっ!!』

 

 まるで狐に包まれたかのようなJ&Jの顔。それもそうだ、いとも容易く自分たちの必勝法を破られてしまったのだから。

 そして、実感する。目の前の少女の圧倒的な戦力を。

 

「……次、俺が行きます」

 

 次いで名乗り出る大吾。J&Jがダウン・アウト方式と言えど、瞬殺された現状。どう見積もっても、大吾に勝ちの目はない。

 

「一人で良かったですか?」

 

 余裕綽々の表情で問いかけるナナイ。当然の心配ではある。しかし。

 

「……すいません、雄也さん。俺、一人で行きたいっす」

 

 あくまで一人で戦いたいという大吾。決意は揺るがない。

 

「おう、行ってこい!全力でやってみろ」

 

「……うす」

 

 雄也はそれをよしとする。大吾の想いとは「自己の昇華」。目の前に居る強敵を前にして、戦わずにはいられない。自分をぶつけずにいられない。そして敵を知り、己を知る。

 それは愚直かもしれない。不器用かも知れない。けれど、それはそれでいい。J&Jとは違えど、これもまた、喧嘩屋の美学である。故に、雄也は大吾を認めている。

 

 J&Jが悔しそうな表情で下がり、代わりに大吾が前に出た。

 

 さて、俺はこの少女に勝てるのだろうか。

 

 雄也は考える。どうすれば目の前の少女、イワコフ・ナナイに勝てるのか。彼女の戦力は、圧倒的だ。


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