新社会「イクシーズ」―最弱最低(マイナスニトウリュウ)な俺―   作:里奈方路灯

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すべて世は事もなし

「しっかしよー、何でこんな事になったかなー」

 

 岡本光輝は嘆く。雨が止まぬ夜のイクシーズ市街を、傘を差せずにただひたすら歩く。

 

「いやはや、すまない」

 

 そんな光輝にうとうとと瞼を開いたり閉じたりでで謝る龍神王座。もう体力の限界が来ているようだった。

 

「あのな、なんで俺がお前を担いで歩かなきゃなんねぇ!?ちゃっかり寝そうになってんなよ!?」

 

 肩に王座の頬が乗せられ、異を唱える光輝。傷だらけの光輝は、背中に王座を背負って瀧家へ向かっている途中なのであった。

 龍神王座の説得、というよりは喧嘩のようなものを経て二人は和解した。光輝はボロボロになりつつも王座を懐柔する事に成功したが、その為に自分の本心を打ち明けてしまった。

 今思い出しても、自分らしく無い。感情に正直に、王座と想いのぶつけ合いをした。……やめよう、思い出すと小っ恥ずかしくなってくる。

 

「すまない、どうやら「龍血種」の力を使いすぎたようだ。体が録に動かないし、ねむたい」

 

「俺は全身が悲鳴あげているんですが」

 

『喜べ、明日は筋肉痛だぞ。君のひ弱な体もこれで少しはマシになるといいな』

 

 嬉しくねぇ。心の中で語りかけてくる医者の霊「ジャック」に適当に返す。まあ、今体を動かせているのは「ジャック」がアドレナリンの分泌を促してくれているからなのだがそれは感謝する。

 ああ、明日起きたらどうなるやら。明日が休みで良かった。遊ぼうと言われていた一宮星姫にはSNSで無理だ、と連絡しておこう。嘘じゃないのでしょうがない。

 

 まあ、とにもかくにも、今は瀧の家に王座を連れて帰らなければ話は進まない訳で。今は疲れてでも、こうして進まなければいけない。彼女には、瀧としっかり仲直りしてもらわないと困るのだ。主に、俺の日常が。

 

 当たり前というものは、失って始めてその大事さに気づくとされる。んじゃ、当たり前を端から無くさなければいいじゃないか。日常とは大事だ。

 

「龍神よ、俺はな、日常が好きだ。当たり前が好きだ。何故だか分かるか」

 

「何でだい?」

 

 素直に返す王座。そうか、聞きたいか。ならしょうがない、話してやろう。

 

「俺は日常の中に居るだけで、生きているっつーことを実感できるからだ。飯を食って美味いって思って、眠りに付けば心地よいって思って、誰かと遊ぶのが楽しいって思って。それらは当たり前で、だけどさ、幸せなんだよな。青空を見たり、音楽を聴いたり、読書したりしてさ」

 

「……」

 

 光輝は饒舌になる。疲れからだろうか、普段はこんなに話さないんだが。

 

「そりゃ、生きてりゃ辛いことはあるさ。アイツがムカつくとか、俺はなぜ上手くいかないとか。けど、辛いことよりも幸せなことのほうが、よくよく考えりゃ多いんじゃねーかな。なんだかんだでさ。ま、あくまで俺は、の話だが」

 

「ふふ……」

 

 小さく笑う王座。呆れたかな?と、光輝は思った。皆が皆、同じに思うわけないか。

 

「……可笑しいか?」

 

「いや、君の言うとおりだ。なるほど、確かに。息を吸うことも、雨に打たれるのも、眠りに落ちてしまいそうなこの感覚も、君の温もりを感じている今この時も……」

 

 王座は光輝の言葉に同調する。と、そこで王座はある事に気付く。今の現状。

 

 男性である光輝の背中に、王座はその体をくっつけている。びちゃびちゃに濡れた服越しとはいえ、服に含まれた水分は光輝と王座の体温で挟まれ、温められ、互いの温度を共有していた。これが、私たちの体温。それが、急に恥ずかしくなって。

 

「--~~っ」

 

 王座は再び、光輝の肩に顔をうずめる。

 

「どうした、もう睡魔が限界か」

 

 いや、今は違う。そうじゃない、ただ恥ずかしいのだ。

 

「……すまない」

 

 というか、光輝は大丈夫なのだろうか。女である私と体を密着させて、何も思わないのだろうか。

 

 そりゃ、私の身体は特段女らしいとこがあるとは言えない。男子と大差ない女子の中でも高めの身長、細めの体に、控えめな胸。なるほど、その部分の感触が無いと女として見なしてもらえないか。

 そもそも、女だと思われてるかどうかすら怪しい。普段そんな素振りは見られないし、普通、男女は殴ったり殴られたりをしたりしない。光輝は、私の事を女だと思ってないのかもしれない。分け隔てなく接してくれるのは嬉しいが。

 

 それはそれで、ちょっと寂しい。

 

「っ、光輝!」

 

 と、いきなり目の前に雨ではなく二人の人影がバシャッ、とアスファルトに溜まった水を落下の勢いで跳ね上げて降り立った。なんとそこに現れた人影はクリス・ド・レイと瀧シエルだった。重力制御で空を飛んで、王座と光輝を見つけて降りてきたらしい。

 

「……シエル」

 

「お姉ちゃん……その……」

 

 王座は眠気眼(ねむけまなこ)を覚まし、光輝の背中から離れ自立して、シエルの目前に立つ。シエルは何か言いたそうで、しかし言えない。もどかしい。

 

 沈黙は少しだけ。しかしすぐに、その沈黙は王座によって切られた。

 

「ごめん、シエル。私は馬鹿だった。シエルが大事だって、大好きだって、後から気づいたんだ。愚かだ」

 

「え……」

 

 驚きに目を見開くシエル。瞬間、涙が浮かぶ。

 

「シエル、すまない。私を、許してくれ。私はお前と、家族でいたい」

 

「っ……お姉ちゃん!」

 

 気が付けば、王座の胸にシエルは飛び込んでいた。二人はその身を、抱き寄せ合う。

 

「お姉ちゃん、私、お姉ちゃんが大好きでっ、頑張って仲良くしたくて……ごめんなさい、お姉ちゃんが嫌な思いしてるなんて気付けなくて……」

 

「シエルは悪くない、全部悪いのは、私なんだ。ごめん、本当にごめん……!」

 

 二人して、その場で泣き合う。光輝とクリスは、ただその光景を眺めていた。

 

「良かったですね、二人とも」

 

「ああ。今日もすべて世は事もなしってな」

 

「ふふ、そうですね」

 

 そして、一件落着。今日も、世の中は平和だ。少なくとも、今この場では。けれど、光輝にとってそれで十分だ。人間なんてのはちっぽけなもので、身の回りで手一杯で。けれど、それでいいんだろう。それが人間だ。そんなもんさ。


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