新社会「イクシーズ」―最弱最低(マイナスニトウリュウ)な俺―   作:里奈方路灯

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生きるという事

「はっ、離せ……っ、この!」

 

 予想外の出来事に対応出来ず、慌てふためく王座。光輝がまだ立てるなんて思っていなかった。まさか、胸ぐらを掴まれるとは思わなかった。逃げれない。

 王座の「朱より紅く染まれ(ヴァー・ミリオン)」は途切れている。しかし、光輝も既に満身創痍だ。対して、王座は無傷に近い。光輝のEレートとは思えない能力に翻弄されはしたが、これが現実だった。龍玉の欠片の効果を得た龍血種の、力。

 

 落ち着け、相手は岡本光輝だ。このまま振り払ってやればいい。早く、早く!

 

 自分の心を、奥底を見ないようにして頭ごなしに否定する。自分に嘘を付く。これ以上、決心を揺らがすわけにはいかない。

 

 しかし、だ。

 

「離すもんかよ……。お前を死なせないためなら、なんだってやってやる」

 

 王座は力を入れて、手を振りほどこうとする。振りほどけない。

 

 くそっ、硬い。ビクともしない。岡本光輝の握力とは、こんなに硬いものだったのか。Eレートといえど、流石は男か。

 

「……力、入ってねえぞ、お前」

 

「え……」

 

 王座は遅れて、実感する。力を入れた、と思ったはずだった。思っただけだった。自分は、その手に力を入れていなかった。

 

 なんで。私は何をしている?振りほどけよ、その手を。帰りたい。何処に?シエルに謝りたい。今更何を?考えるな、感じるな、私は、私の道を……っ!

 

「っ、っあああ!」

 

 それは最早喚きに近かった。混乱し取り乱し、為す術のなかった王座は、拳で光輝の顔面を殴る。ゴツっ、と鈍い音。拳の骨が、皮膚と肉越しに顔の骨に衝突した音だ。

 録に力の入らなかったそれに、光輝はビクともしない。

 

「ちげーよ、馬鹿が。殴るっつーのはなぁ……こうすんだよ!」

 

 光輝も負けじと、空いた左手で王座の顔面を殴り飛ばす。利き手でないそれは精度こそ完璧でないものの、胸ぐらをつかんでいるおかげで固定された王座の顔面に「神の手」を加えた速度で振り抜かれた為、王座は大きくよろける。

 

『アドレナリンでギリギリ意識繋いでるとはいえ、女の子の顔面を「神の手」で殴り飛ばすなんてねぇ。やっるう』

 

 光輝の頭の中に響く、「ジャック」の声。はっ、言ってろ。最弱最低、上等じゃねえか。なりふり構っていられないこの状況じゃ常套だろ。

 

 光輝の感情のコントロールは、既に切れていた。最後に放った、最大の黒い二閃。昂ぶった感情と共に吐き出したそれは、王座の「逝き征く者たちへの凱歌(ヴァル・キューレン)」を砕いたものの、勢いを完全に殺すことが出来なかった。

 一度「魂結合」が解かれ、無防備な状態で降り注ぐ血の雨に身を打たれ、ブラックアウト。しかし、寸前で「ジャック」との魂結合に成功したらしく、ジャックの強制的なプラシーボの促進により意識を繋がれていた。今の光輝の体は、アドレナリンで無理矢理動かされていた。

 

「く……っ、このッ!」

 

 顔面を殴り飛ばされた王座は、意識を飛ばさなかった。アスファルトを踏みしめ、負けじと光輝の顔面に拳を振り抜く。胸ぐらを掴んでる光輝は避けれず、ガンっ、と光輝の脳が揺れる。畜生、いてーじゃねーか。

 

「まだだよ、こんなもんじゃねーだろ龍神王座!」

 

 拳を振る光輝。もうそれは異能者同士の戦いじゃなく、ただの喧嘩のようなものに。意地の張り合い。そう例えるのが正しいか。

 

「私はっ……、私はぁッ!」

 

「来いやァッッッ!!」

 

 王座は振り絞れるだけの力を、ありったけ光輝にぶつけた。拳に感じる、鈍い痛み。

 

 光輝の口端からは、つー、と血が流れ出す。歯により口内が切れたようだ。雨粒により流され、拡散するその血は、しかし止まらない。

 

「……いてーかよ」

 

「……」

 

 王座の拳は痛がった。もうやめろと唸っている。当たり前だ、その手には神経がある、痛覚がある。殴ったのは王座だ、殴られたのは光輝だった。けれど当然のように拳に残る痛み。

 

「たりめーだ。生きてるって事は、いてーってことだ」

 

 光輝は殴り返さなかった。王座は棒立ちする。なぜだ、なぜこんなにもこの男は強い。なぜ倒れない。なぜ私の前に立ちはだかる。

 

「生きてるってことは、つれーってことだ。悲しいってことだ。……けどよ」

 

 王座は無言。光輝の目に吸い込まれる。逃げられない。強い意思を持つ目だ。

 

「死んじまったら、全部、無くなっちまうんだぞ……?」

 

 雨だけじゃない。光輝の瞳からは、涙が流れている。確固たる意思を持つ、強い目から流れる涙。一体何故、涙を流す。

 

 理解出来ない王座に、光輝は苦虫を噛み潰すような顔で「語り」かける。

 

 シエルは私を家族だと思ってくれてないと、それが嫌だと王座は言った。

 

「お前は強くて、優しくて、かっこよくって。だから皆お前の元に集まる。瀧は数少ない家族のお前を姉として慕っている。俺だってそうだ、お前を不思議な奴だけど、かっこいいって思ってる。自信家のお前が、自分に自信を持てない俺には、とても輝いて視えるんだ……」

 

「……」

 

 光輝の本音。そこには嘘偽りが無く、ただ、王座に自分の想いをぶつけるように。

 

「お前はお前だ、瀧は瀧だ。俺は俺だよ。そう思わなきゃこんな世界で生きてけないんだ。それじゃ駄目かよ……っ!?」

 

「わ、私は……」

 

 言葉を出そうとして、吃る王座。反論をしなければ。しかし、出来ない。目の前の岡本光輝という少年の意思に、飲まれている。

 

 王座は、シエルより劣っていると。妹より劣っていると。それで苦しんでいると言った。

 

「人間は完全じゃない、だからいいんだろ。全員が全員同じじゃない、だからいいんだろ!同じだから楽しいこともありゃ、違うから楽しいこともあんだろ!生きてるって、そういう簡単なことじゃねーのかよ!あれが嫌だこれが嫌だって、ただ我が儘に自分を振り回しるだけじゃねーのかよ!?」

 

「……っ!」

 

 ついぞ、言葉を出せぬ王座。意思を、力を失い、その場に膝を付く。王座の胸ぐらを掴んでいた光輝の手が、離れる。

 

「……俺は、お前が死ぬなんて絶対に嫌だからな。お前が死ぬってことは、俺が悲しいって事だ、俺が不幸になるってことだ。俺は俺が幸せであるために、不幸にならない為にお前を死なせない。お前が暴走するなら、いつだって俺が止めてやる……!」

 

「……はは、なんだよそれ」

 

 王座は体を、地面に倒れるように仰向けに投げ出した。雨水の溜まった地面に投げ出されたその身体に纏った服は、しかし既に雨水を大量に吸っていたため今更濡れるもなにも無い。投げ出された体を、幾つもの雨が打った。

 

 光輝のそれこそ我が儘じゃないか。そんな意思の為に、私の父への想いは砕け散ったのか。はは、なんとも情けない事だ。

 

 ……けれど。

 

「ありがとう」

 

「……帰るぞ。瀧が心配してる」

 

 王座が光輝に止められていなかったら、その命は投げ出していただろう。シエルと二度と会うことは無かったかもしれない。だから、光輝に感謝をする。シエルにまた、会えるんだ。

 

 帰ったらまず、謝らなきゃな。許してもらえるだろうか。いや、許してもらうまで頭を下げる。なんだってする。そして、許してもらって。

 

 今までやってきた事を、警察に自主しなければいけない。あの子には、謝らなきゃな。


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