新社会「イクシーズ」―最弱最低(マイナスニトウリュウ)な俺―   作:里奈方路灯

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逝き征く者たちへの凱歌

「光輝は大きくなったら、何になりたい?」

 

「父さんみたいに、自分に満足の行く仕事ができる人間になりたい」

 

「はは、そりゃ嬉しいな」

 

 岡本光輝が超視力により幽霊を視ることが出来るようになったのは、父親が死んですぐだった。今でも、なぜそうなったのかは分からない。ただ、急にそうなったのだ。幽霊には法則性があるようで、少なくとも未練が無いとこの世に留まりはしないようで。

 

 きっと、父に未練は無かったのだろう。

 

 なんで……なんで自殺なんかしたんだよ……馬鹿親父……--

 

--「シエルがどうしようと……私の意思は変わらない!私が望むものは誇りだけだ!」

 

 王座は狼狽えど、止まらない。自分の中の感情に、正直に進む。彼女にとって、それが一番正しいのだと。

 巨大な紅い色の九支刀「九死座す宝刀(ヴラド・ツェペシュ)」を右手で握り締め、それを軽々と振り回す王座。紅髪の少女のその姿は他者から見れば異様ではあるが、龍血種が持つ怪力ならなんら不思議な事ではなかった。

 

 対する光輝は、威力と速さが伴うその大剣を二本の特殊警棒で去なす。リーチと攻撃範囲でこそ負けるものの、手数では完全に上回っている。なぜなら、今の光輝には二刀流をいとも容易くこなす「二天一流」に、腕先を高速化する「神の手」の二つがある。九支刀の複雑な(きっさき)も、能力をフルに活用して難なく止められる。問題は、必殺の間合いに入れない事か。王座も戦いというものを分かっており、自分の得意な間合いを大事に保っていた。

 

「考えても見ろ、お前が死んで、瀧が死んで、何人の人間が悲しむ?女子からいっぱい好かれてたろ、全部台無しにすんのか?」

 

 このままじゃ埒があかず、光輝は彼女を否定する。直接ではなく、やんわりと。頭ごなしではなく、優しく闇に包み込むように。

 説得とは、相手を理解しつつ否定してやらなければいけない。意図を飲み込んで、その上で違うんじゃないか?と言ってやるのだ。その点の話術は、光輝は得意だ。なぜなら他人という物が嫌いだから。そして他人が嫌いな自分が大嫌いだから。社会を他人と関わらないようにのらりくらりと生きて行く上での必要な処世術、それは皮肉にも他人という物を理解し、かつ考察することだった。

 だから、人がどんな事を言われれば気分が良くなるのか、またどうすれば気分を損なわずに断りを入れることができるのかなど光輝にとってはお茶の子再々だった。

 

 そして今必要なのは、彼女を煽り、彼女を受け入れ、彼女を否定すること。彼女の中の固定観念(アイデンティティ)をぐちゃぐちゃに瓦解させ、感情を惑わせるのが光輝のするべき事。そうしてやれば、人は自分を信じれなくなる。そしてそれは意思の強靭(つよ)さに直結し、心が乱れ実力を発揮できなくなる。

 

 本番に強い人間、とは持て囃される。それは凄いことだと。逆に言えば、「本番に弱い人間」はそれに比べて遥かに多い。本来、人とは心弱き者……要は心の持ち用。光輝が行う「感情のコントロール」とは、その理論に根ざすものでもあった。

 

 心を瓦解させることができたなら、人間ほど脆い物はない。感情を持ってしまったが為の欠点。獣とは違う、考える葦に存在する強さと弱さを兼ね備える心という矛盾。

 

「お前が居なくなったらクリスは悲しむ。後藤だって、ホリィだって。大罪人龍神王座は悪徳(ピカリズム)の限りを尽くし正義の味方に倒されてしまいました。めでたしめでたし」

 

「大いに結構だ、私はそれでいい!」

 

「なわけねーだろ馬鹿。誰も救われねーそんなトゥルーエンドあってたまるか」

 

 あえて光輝はここでトゥルーエンドと称した。王座にとってはそれが正しい道なのだろうから。けれど、光輝はそんな正しさは糞くらえと思っていた。

 

「誇りまみれのそんなもんより、泥臭いノーマルエンドの方がよっぽどいいさ。誰も悲しまない、得もしない。なんかさ、いつもどおりに食って、寝て、遊んで。そんな日常的なんで一つどうだ?」

 

「……っ」

 

 王座の躊躇。揺らぐだけ揺らぐがいい。その間に、お前の決意はどんどん弱っていく。現に、彼女の剣技は先程より衰えるばかり。

 

 別に裏などとっちゃいない、王座が死んで誰かが悲しむなど。まあ、嘘八百とは言わない、口からでまかせというわけでもなく、なんというか。まあ、それっぽい事をつらつらと並べて行けば人は釣られる訳で。今はそれしかないのだ。

 

『まだだ、もっと彼女の心を陥れるのだ。いくら君の体が身体フィードバックと「黒魔術」の闇の障壁に覆われているからといって、運悪く彼女の一撃をもらったら体は八つ裂きだ。それこそ、「フルマイナス」が切れた時なんて目も当てられない』

 

 わかってるっつーの、ただ今で精一杯なんだよ……!

 

 ビリーからの忠告。「フルマイナス」は、無敵じゃない。自分の感情を「ビリー」に無理矢理操作させて、強引に能力の引き出しを重ねてるだけだ。

 勿論、長く続く訳が無い。タイムリミットは短く、いつ心が壊れて使い物にならなくなるか分からない。恐らくそうなる前に「ビリー」が感情のコントロールを解除してくれるが、それはつまり無防備を晒すことになる。瞬間的に憑依を波長が合いかつ能力の高い「ジャック」か「ジル」に変えれればいいのだが、そうもうまくいくわけがない。だから、早く勝たねばならない。

 かと言って功を焦れば、全部台無しだ。慎重に、王座の心の隙間を縫うように。完全なる陥落は有り得ない、この一太刀を届かせる時が来ても、果たして龍血種の装甲を抜く事ができようか。いや、やるしかない。俺が不幸にならないためにも。

 

「お前の親父と母さんが死んでるのは知ってる。死んだ人間を思うのも大いに結構。けれどそれじゃ後追い自殺だ!そんなもん、お前の両親が望むわけ無いだろ!」

 

「死人に口は無い!これは私の自己満足だ!」

 

 わかってるじゃないか。なのにどうして。いや、理屈じゃないんだろうな。そんなの、わかってる。

 

 王座は自分がどれだけ愚かか分かってる。なのに破滅の道を征く。止まらない。

 

「シエルも、義父も信用ならない!私が信じるのは父との絆だけなのだ!」

 

「瀧はお前の事を愛してるのに、何が信用行かねえ!」

 

 つい、言葉が荒がる光輝。目前の大馬鹿野郎に釣られてしまう。

 

『感情のコントロールが乱れる。冷静にあれ』

 

 分かってる。理解ってるけど!

 

 光輝の感情が乱れつつある。弱ってるわけではない。ただ、感情がコントロールできないという事は「フルマイナス」も「ムサシ」との魂結合も解除される訳で。そうなったら、おしまいだ。

 

「アイツから話は聞いてんだ!瀧は、堂々たるお前に憧れて口調を変えたんだ!姉に妹が憧れて何が悪い!」

 

「嫌だ、聞きたくない、聴きたくない!私を惑わせるなぁッ!」

 

「後悔は無いのかよ、瀧と二度と会えなくなるなんて!お前の家族だろ、お前は何も思わねえのかよッ!」

 

 乱れあう感情。もう、光輝も王座も暴走し合っている。力を出し切るまで止まらない。エネルギーが底を尽きるまで、際限まで止まれない。

 

 豪雨と共に舞い合う剣閃の中、王座が剣を脇に、大ぶりに構えた。よろけつつも地に足を着け携えたそれは、異様な恐怖を感じる。隙が一瞬見えた。しかし、この一瞬で防御を抜けなければ、自分は確実に死ぬ。そういう最悪の未来が見えた。

 故に、光輝は動けなかった。恐怖した。人類の欠点、「恐怖」という感情。

 

(うるさ)いっ、何もかもッ、壊れてしまえぇッ!!「逝き征く者たちへの凱歌(ヴァル・キューレン)」ッッッ!!!」

 

 次の瞬間、決死の想いで王座が振ったそれは、紅い災厄だった。九支刀がさらに枝分かれをし、最早それは超視力ですら捉えられる状況ではない、降り注ぐ幾多数多の血の雨。鋭く、鮮やかに、命を奪おうとする無際限。

 

「この……大馬鹿野郎がァッッッ!!!」

 

 攻めあぐねた光輝も、死ぬわけにはいかない。自分が持ち得る能力を最大限に振り絞った、最大級の二閃。特殊警棒に黒い障壁を纏わせ、神の手で二天一流のそれを紅い災厄に振り抜く。

 

 紅と黒が衝突し、混じり合い、反発し、雨は刹那、霧散する。そして閃光と共に――破裂。何が爆ぜたかは分からない。しかし、紅い粉々が舞う様から「九死座す宝刀(ヴラド・ツェペシュ)」が砕け散った事は分かった。

 

 王座の「赤より紅く染まれ(ヴァー・ミリオン)」が解け、髪が黒色に戻る。オーバーリミット。どうやら、力を使いすぎたらしい。けれど、もう障害は無い。ドチャリ、と滴るアスファルトに倒れ伏す光輝。地面には、無残にひん曲がった二本の特殊警棒が転がっている。もう、光輝は立てないだろう。

 

 残されたのは立っている王座と、ザァ……ッ、と降り注ぐ雨音だけ。

 

「……何が後悔なんて、もう分からない。本当は、シエルとだって別れたくない……」

 

 王座はふと、呟く。何かにすがるように。

 

 けれど、もう終わりにしよう。これ以上、苦しみたくない。父の元に、早く征かねば。  

 

 その場に背を向け、歩き出したその時だった。

 

「最初から、そう言えよ……っ」

 

「--馬鹿な……ッ!?」

 

 王座は振り返る。そこには、立ち上がる岡本光輝の姿が。頭から、胴体から、腕から、脚から血を流し、なおそこに立つ。満身創痍。なぜ、そうまでして。

 

 光輝は驚愕している王座の胸ぐらを高速の腕でつかみ、その顔を見据えた。

 

「お前の心……ようやく、視つけたぜぇ……っ!」


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