新社会「イクシーズ」―最弱最低(マイナスニトウリュウ)な俺―   作:里奈方路灯

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龍血種 龍神王座2

 闇深き降りしきる雨の夜。誰もが外には出たがらぬ夜。

 当たり前だ。こんな大雨の中に、外に出て良い事など一つもない。家の中で素直に過ごすのが常套だろう。

 

 しかし、そんな雨の中。不思議な事に二人の若者はそこに居た。誰の目にも届かぬ市街地の裏道。一人の青年は二つの鉄の棒を両手に握り締めた少年。濡れることなどお構いなしだ。もう一人、少女は黒衣に身を包み、その髪をまるで血の雨でも浴びたかのように赤く、紅く染め上げ、目の前の障害に襲いかかる。

 

「アアァッ!」

 

 咆吼し、地を駆け、速度を乗せたミドルキック。王座は、龍血種(ヴァン・ドラクリア)の身体能力に龍玉の欠片の力を上乗せした暴力を奮う。

 

「チィッ!」

 

 対する光輝は、超視力と「ムサシ」の身体フィードバックを得て特殊警棒でそれを防御する。勿論、それで止まらない。蹴りを始点として拳、拳、膝、肘。次々と飛んでくる致死量にもなりうるそれを、二本の特殊警棒で()なす。ムサシの能力「二天一流(デュアルアクション)」があればこその鉄壁の布陣。

 

 しかし、光輝は戦慄する。これまでに龍神王座が能力「龍血種」を使ったのは何度も見てきたはずだ。勿論、その状態が強いのは知っているし龍神王座という人物を舐めていたわけじゃない。だが、今はこう思っていた。

 

 なんだよこの化物は!?

 

 これまでと格段に違って速い、硬い、重い!視認して、防御するので精一杯。隙を見つけて一撃を打つことなど不可能。瞬間、防御のガラ空きになった箇所を突かれて終わりだ。

 

 王座のレートは知っている。スキル4、他2のBレートだ。強くはあれど、その存在が驚異に成りうるかと言われればそうでもないような、そんなレーティングのはずだった。

 だが今この目に映る目の前の少女は違う。何をどう視ても驚異。油断などしてみろ、その瞬間命は刈り取られその身は血の海に沈む。どう厳しく見積もっても、Sレートに余裕でくい込む存在だった。

 

 だから逃げ出す?死ぬのなんてまっぴらゴメンだ。一番(せい)に近しき方法は、今この場から逃げ出す事だ。

 

 ――冗談じゃない。そんな選択肢あってたまるか。

 

「何の目的があってヤクザの事務所なんかに!そんなに大事な物があるのかよ!」

 

 腕で攻撃ができないなら口を動かす。王座の理由を知りたい。

 

「お前には関係無いだろう!これは私の問題だ!」

 

 返す龍神。聞く耳を持たない?いや、返してくれるだけで十分。一番怖かったのは、沈黙の中で一方的に動かれること。

 

「ざけんなよ!友達(ダチ)を心配して何が悪い!」。

 

 それが本心なのか偽りなのか光輝にですら分からない。自分の心を理解している暇など、超視力による思考高速化をもってしても無いからだ。だが、(かた)りかけなければならない。(かた)りかけてでもいい。目の前の紅い悪魔(ヴラッド・デビル)を止めるためにはどんな事でもする価値があった。

 

「っつ……!?」

 

 そして、それは有効だった。目に見えて、王座の動きが鈍る。その隙を付いて、光輝はここぞとばかりに特殊警棒を龍神の脇腹へ振り抜く。

 

「ぐぅっ……!」

 

 硬い肉体であれど、ダメージは通った。王座は苦痛の声を漏らす。光輝は追撃をしない。距離が少し離れ、その場に立ち止まる。

 

「なあ……龍神。俺はお前と戦いたくないんだ。一緒に帰ろう。瀧が、クリスだって、お前を心配してる」

 

 これは精神攻撃だ。相手の心の底へ、蝕むように釣り針を引っ掛ける。岡本光輝の常套句、他者を「騙る」。

 

 勿論それは、真っ赤な嘘ではない。しかし、心の底からの言葉じゃない。今理解した。光輝は、目の前の龍神王座という少女を、ただ今「懐柔」したいだけなのだ。最優先事項がそれなのだ。

 他に考えることなんてない。そんなもの、後で全部考えればいい。今一番大事なのは龍神王座をなんとしてでも連れ帰ること。それだけに全部を注げ。瀧との仲直りは、その後でいくらでもできる。そもそも、戦えば戦う程光輝は不利になる。戦力が違いすぎるのだ。

 

 故に、「騙る」。嘘ではない、「騙って」いるのだ。正義じゃなくていい。しかし、己の義を貫き通す。

 

「頼む、龍神」

 

「……」

 

 互いに動きが止まり、沈黙。そこにはただ、(したた)かな雨粒がアスファルトを無限刹那に叩く音だけが聞こえて。それはまるで時が静止したように、この雨がその時間を切り取っているかのようにも感じた。

 

「……私に残された物。それは……」

 

 少しして時が動き出し、王座は語る。

 

「逝った父が残した「龍玉」だけだ。それが私と父を繋ぐ(ほこり)だ。それがこのイクシーズの中に、異能者のヤクザが持っているんだ!」

 

 王座は自分の親指の腹を鋭い犬歯で噛み、皮膚を破る。そこから、赤い血がドロりと流れ出す。

 

 まずい、失敗か。王座はまだ戦う意思を失っちゃいない。

 

「私は()かねばならない!それが私の生きる意味だと知った!「九死座す宝刀(ヴラド・ツェペシュ)」!」

 

 親指から流れ出た血が膨張し、(いびつ)に拡散し、姿を形取(かたちど)る。それは、一メートル近くある大きな赤い「七支刀(しちしとう)」--いや、違う。刀の主身から左右に4本ずつ枝分かれしたそれは、「九支刀(きゅうしとう)」とでも呼ぶべきか。

 

 王座は握り締めたその剣を光輝に向ける。王座の瞳は揺らげど、光輝を見据える。

 

「邪魔だ……岡本光輝ィ!」

 

「--ああ、分かったよ、お前って人間が。龍神王座っつー人間が理解(わか)っちまった」

 

 叫ぶ王座に対して、光輝は静かに。理解った、というよりは、岡本光輝は知っていた。今更の事を、言葉にして吐き出すだけだ。

 

「馬鹿は死ななきゃ治らねぇ。大馬鹿野郎でも半殺しにしたら半分治んだろ。なぁ」

 

 王座は馬鹿だ。大馬鹿野郎だ。何をしてまでそうも死に急ぐのだろうか。そんなに日常が不満なのだろうか。

 なら半殺しにして無理矢理帰らせる。元々、そのプランは予定していた。王座を御せれると、そう思っていた。しかし予想外の出来事。王座は予定より強かった。当然、勝つこと叶わず。故に騙り落としに移行し--失敗。だったら、ごり押すしかない。目には目を、歯には歯を。此方も予想外をぶつけるしかない。

 

 ビリー、感情のコントロールを頼む。「フルマイナス」だ。

 

『分かったよ、コウキ。精々、脳を壊さぬよう努力してくれ』

 

 心の中でつぶやき、岡本光輝は「ムサシ」との魂結合を解除、別の潜伏霊「ビリー」との魂結合を行う。光輝の中の「二天一流」が無くなり--そして一度、能力が「超視力」だけになる。身体フィードバックも失い、無防備。

 

「なあ、龍神。お前、自分が死に向かっているって自覚はあるか?」

 

「……何?」

 

 しかしここで光輝は時間稼ぎ。「ビリー」による感情のコントロールを完成させる為に、龍神に再び騙りかける。

 

「その龍玉ってのを手に入れて、どうする?仮にお前が強奪に成功したとしよう。それは窃盗だ。出張ってくるのは相手のヤクザだけじゃない、警察も絡んでくるだろう」

 

「強奪も何も……あれは元々私達の物だっ!」

 

 いきり立つ王座。しかし光輝は話を続ける。

 

「そしたらお前はどうするんだよ。捕まって、再び龍玉は没収されて。あらら残念、欲しい物は手に入らず犯罪者になったという結果が残る。それで満足か?」

 

「馬鹿か。逃げるに決まっている。龍玉を手に入れた龍血種は無敵だ。どんな敵が相手だって、私は薙ぎ倒してみせる」

 

 尚、強気の王座。なるほど、そりゃその選択肢を選びに行くわな。けれど甘甘だ。いや、わかっているんだろうそれは。

 

「だから死に向かって行ってるっつーんだよ。相手は一人じゃない。それこそ天領牙刀や三嶋小雨、多くの強者がお前の行く手を阻む。ただじゃ済まない」

 

「構わない」

 

 そこまでは読めている。今の王座はとても強情な子供のようなものだ。なら、理詰めで限界まで引落してやる。

 

「そして--瀧はお前側に付くんだろうな。瀧シエルは龍神王座が大好きだ、愛している。ははっ、二人揃って大罪人だ!天使と悪魔、揃ってしまえばそれは壮観。最早イクシーズ内の問題じゃない、世界戦争だ!--けれどまあ、二人共死ぬんだろうな」

 

「--ッ!」

 

 呆れ言うように締める光輝、そこで目を見開く王座。そうだ、それでいい。言葉でこそ「大嫌い」と言えど、これまで共に過ごしてきた家族の筈だ。ほんの少しでも、情さえあれば。

 

 王座の心を弱らせる。この状況を作り出してしまえば、可能性は見えてくる。そして、時間稼ぎは十分終わった。さあ。

 

「だから、お前を半殺しにしてやる。そうすりゃ先には進めないだろ。良かったな、命が助かるぞ」

 

 そして、光輝に再び「ムサシ」が魂結合される。今の光輝の能力は「超視力」と「二天一流」、そして「神の手」と「黒魔術」。正確には、「超視力」以外の三つが目まぐるしく発動と解除を繰り返していた。

 

『人間は感情で生きる生き物だ。感情で人は弱くなり、また感情で人は強くなる。彼女の心の隙を作りつつ、君を高めろ』

 

 そう、最低に最低の最も最低な戦い方。故に「フルマイナス」。岡本光輝は今、形振り構わない。


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