新社会「イクシーズ」―最弱最低(マイナスニトウリュウ)な俺―   作:里奈方路灯

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龍血種 龍神王座

「今夜は雨か……」

 

 携帯電話からアクセスしたサイトの天気予報を見て、微妙な気分に陥る龍神王座。

 雨に濡れるのは嫌だ。しかし、さほど支障が出るわけではない。王座は今日も、イクシーズの夜の市街へ出向こうとしていた。

 

 携帯電話を閉じ、赤いシャツの上から外行きの黒いジャケットを羽織り、ボタンを閉じる。この黒と赤のファッションは、父親が好んで選んでいたカラーだった。夜の街にも紛れやすい、ブラックアンドレッドの吸血鬼(ヴァンパイア)カラー。伝説上の怪物に(あやか)った、ハードボイルドスタイル。

 

 今日も義父は居ない。仕事が忙しいのだろう、日頃から家を開けている。その代わりに家政婦を雇ってはいるが、一人だけの家政婦は家事に忙しい。目を欺く事は容易い。

 玄関で靴を履き、外に出ようとする。傘は、要らないか。邪魔になる。帰ったら、熱いお風呂にでも入るかな……今日も無事に帰る事が出来たら。

 何、心配無い。私は一人じゃないさ。いつだって味方が居る。私が弱くても、不可能じゃない。それに、お守りがある。

 

 王座は黒のロングパンツのポケットに手を突っ込む。そこには、いくつかの欠片が。「龍玉の欠片」。これがあれば、「龍血種(ヴァン・ドラクリア)」はその真の力の断片を見せることが出来る。生前父親から渡された、お守りだ。それをひと握りして、胸に当てる。

 

 待っていてください、父さん。貴方との誇りを、私は絶対に、取り戻してみせます。

 

「お姉ちゃん、今日は雨だよ。外に出ると風邪引くよ?」

 

 背後から掛けられた声。シエルだ。王座はその手を違和感の無いようにポケットに突っ込み、振り向いた。

 

「……いや、なに。友人との約束があるんだ。直ぐ帰るよ」

 

「……そう」

 

 聞き分けの良いシエル。一度外に出れば縦横無尽を行く彼女は、王座の言うことはすんなりと聞き入れる。果たしてそれは、何を意味してのことだろうか。

 

「……傘は?」

 

 手ぶらの王座に対しての言葉。当然だ、不思議に思うはずだ。しかし、王座は断る。

 

「いらないさ。直ぐに帰る」

 

「持っていくだけでも、お得かなって」

 

「濡れるのもまた、オツだろう。今日は雨に打たれて行きたくてね」

 

 嘘だ。雨に打たれたい日なんて、あるわけがない。けれど、なんだかんだと理由をつけてやればシエルも納得するだろう。

 

 そう思った、いつもそうだった。今日もそうだと過信していた。

 

 けれど、今日は違った。

 

「おかしいよ。お姉ちゃん、雨嫌いなの知ってる。自慢の髪が痛むって」

 

「……」

 

 王座は無表情。シエルの顔が不安を帯びていく。

 

「最近、お姉ちゃんおかしいよ。何かあったの?」

 

「馬鹿だな、シエルは。私は普通だよ」

 

「嘘ばっかり。ポケットに入れてるの、龍玉の欠片だよね。私も分かるよ、龍の子だから。そんなの持って何処に行くの」

 

「……フン」

 

 シエルと王座は、同じ母を持つ者だ。とは言え、シエルの龍の血は薄い。そうばっかり思っていたが、これは見誤った。まさか彼女に、龍玉を感じる力があったとは。

 龍の血族にとって、龍玉とは力の源。故に、その多大な気を感じる事が出来る。王座は、それを使って龍玉を探していた。

 

「……ねえ、私も着いていくよ。何か大変だったら、私も力を貸すよ。聖天士の称号だって、伊達じゃないし」

 

「いい加減にしろ」

 

 静かに、しかし怒鳴るように言葉を放った王座に、シエルはビクっ、と心臓を跳ねさせる。

 

「シエル、良い子だから家に居ろ。私は用事がある。お前が来たら邪魔なんだ」

 

 そう、シエルが来たら邪魔なのだ。これは王座が抱える問題であり、シエルは一切関係無い。

 

 しかし、今日のシエルは引き下がらない。

 

「……嫌だよ。お姉ちゃんにもしもの事があったら嫌だから。私、お姉ちゃんより強いし。私がお姉ちゃんを守って……」

 

 その言葉を聞いた瞬間、王座の中で何かがブチりと切れた。

 

「そうだな、お前は私より強いな。けれどお前がそんなにも強いから私が苦しんでいる事になぜ気が付けない」

 

「……え?」

 

 困惑の表情になるシエル。そこにいつもの強気は無い。

 

「いつだってそうだ、お前は私に出来ない事を次々とやってのける。お前はなぜそんなにも強い。私は純正の龍血種、お前はその末端に過ぎない。なのに強すぎる。お前がそんなに強いことが、私は許せない」

 

「ご、ごめんなさい、そんなつもりじゃ……」

 

「お前はいつだって私の心に踏み込んで来ないようで、心の玄関を土足で塗りたくる。直前までは関わろうとしてくるのに、私が嫌がる素振りを見せればお前は引き戻す。私はいつだってお前の本音を聞きたかった。あれか?私とお前は所詮血が半分しか繋がっていない偽物の家族なんだな?だから言ってくれない、私はそれがいつも嫌でしょうがなかった。お前との関係が偽物に見えてしょうがなかった。それを今更家族気取りか?ご機嫌取りか。ああ、うっとおしい。お前は本当にうっとおしいな、シエル」

 

 心に抱えてた不満がポンポンと出てくる。全部本心だ。私はこんなにも、彼女が嫌いだったようだ。

 

「お前、昔と口調が変わったな。私の真似か?外でだけ使って何故家で使わない。私に申し訳が立たないからか。どこまでもお前は私をおちょくる。私の個性を奪って優越感にでも浸りたいか。私には何でもできます、お姉ちゃんより上なんです、ということか。はは、その通りだよシエル。お前は万能、いや全能か。対して私は無能だ。Bレートの姉とSレートの妹。世間からの目もお前に向いている」

 

「--」

 

 最早、シエルは無言だ。言葉を発せず、ただただその場に立ち尽くす。耐えているようだが、その瞳からはじわりじわりと涙がこぼれ出す。

 

「私はお前が嫌いだ。大っ嫌いだった。今日限りでお別れだ。じゃあな、シエル。二度と顔を見たくない」

 

 王座はそうして、家を出て夜の街に姿を消した。シエルは、動けない。その言葉の意味が理解しきれず、しかし動けなかった。ショックだった。好きな姉が、溺愛していた姉が、自分の事を嫌いだったという事実。その衝撃で、シエルはその場に立ち尽くしていた--

 

--「ふーん。龍神が、そんな事をねぇ」

 

「私……お姉ちゃんに嫌われてたって……どうしよう」

 

 光輝は瀧家の玄関前で、シエルから事の全てを聞いた。なるほど、結局龍神は家を出て行った訳か。

 話からして、龍神は家出のような物か。思春期のお子様ならよくある事だろう。しかし、親と喧嘩じゃなくて姉妹喧嘩とは。なんとも馬鹿馬鹿しい。

 泣きじゃくる瀧の顔を、光輝はただただ見ていた。

 

「光輝っ、迎えに来ました!」

 

 光輝はギョッとする。電話で「瀧の家に行くから遅くなる」と断りを入れたのだが、まさかこの場にクリスがやってこようとは。

 

「おう、クリスか。わざわざ傘持ってきてくれたのか……ちょうど、雨が降り出してきたな」

 

 空からポツ、ポツとついぞ雨が降り出した。ああ、だるい。非常に、だるい。こんな日に限って雨が降ってくるだなんて。ああ、これだから秋は嫌だ。クリスとのロンドンでの一件も秋であり雨だった。とてもだるい。

 

「まだ、用事は……って、どうしたんですか、瀧。……泣いているんですか。大丈夫ですか?」

 

 クリスは目を腫らして泣いているシエルの顔を見て、心配そうに声をかける。大丈夫な訳が無い。瀧の心は今、非常に脆い。

 

(わり)ぃ、クリス。瀧の面倒見ててくれ。ちょっと出てくる」

 

 光輝はそう言うとクリスから二本の傘を受け取り、背を向ける。クリスはその背中を見やった。

 

「えっ……何処へ?」

 

「大馬鹿野郎をふん縛って連れ戻しにだ」

 

 ああ、だるいだるい。なんで俺が他人の姉妹喧嘩にまで手を出さなきゃならん。これも全て龍神、お前が悪い。溜まっていた憂さはもう全部お前で晴らすからな。

 

 心の中の不満のぶつけどころを見つけ、雨の夜を光輝は歩き出した--

 

--ついに雨は本降りだ。雨に濡れるのをお構いなしに、王座は夜の市街の裏道を歩く。大雨の中、好き好んで街を出歩く人間は居ない。車の通りは無く、人影は一切無い。

 

 目の前に立った一人の少年を除いては。

 

「……やあ。奇遇だな、岡本。こんな雨の中どうした?」

 

 傘を差した光輝が、王座の前に立っていた。そのもう片方の手には、余って閉じられたもう一本の傘がある。

 

「ああ、よう龍神。いや、友達に会いに来たんだがな、こんな雨とは。約束もすっぽかすまであるか。……やるよ、傘。風邪引くぞ。帰ろうぜ」

 

 光輝は傘を差し出す。しかし、王座は受け取らない。

 

「いや、私は良いんだ。用事があるからな」

 

「ヤクザの事務所の襲撃か?」

 

「--」

 

 瞬間、無言になる王座。命中(ビンゴ)。それは、光輝にとって肯定を意味する。

 

「図星か。表情でわかるぜ、俺はEレートだけど目だけは良いんでね」

 

 そして光輝は差していた傘を後ろに放り投げ、手に持った閉じられた傘で王座に殴りかかった。

 

「『剛の一太刀』」

 

「--ッ!?」

 

 王座は髪を赤く染め、腕でそれを防御する。振り抜かれた傘は、防御を貫くこと適わずへの字にひしゃげる。

 光輝は使い物にならなくなった傘をしげしげと見つめると放り捨て、新たに二本の武器を構えた。黒い、鉄の武器「特殊警棒」。二刀流だ。

 

「殴ってゴメンな。とりあえず謝るわ。だから家に帰って瀧に謝れ。っていうか、こっから先は通さねぇ」

 

 王座は状況を把握した。岡本光輝はどうやら諸々の事情を知っているようだ。かと言って、今更引き戻すわけにはいかない。

 

 ポケットから龍玉の欠片を一つ取り出し、ガリッと噛み砕いて飲み込む。「朱よりも紅く染まれ(ヴァー・ミリオン)」。龍玉そのものによる完全なそれとはいかずと、この状態なら身体能力は余裕でSレートに到達する。Eレートを軽く捻るなら十分だろう。

 髪をより紅く染めあげ、王座は懇願するように光輝を見据える。友達を傷つけたくはない。

 

「後生だ……そこを退いてくれ、岡本」

 

 対する光輝はイラついた表情で王座を見据える。目の前に居る、正真正銘の大馬鹿野郎を。

 

絶対(ぜってー)()だ」


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