新社会「イクシーズ」―最弱最低(マイナスニトウリュウ)な俺―   作:里奈方路灯

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ホリィとの休日

「遊びに、ねぇ……」

 

 土曜日の朝、健やかに目を覚ました岡本光輝は、朝の工程を全て終え、先に待ち受けるものに少し不安を感じながら着替えをしていた。

 人と遊ぶのはイクシーズに来てから初めてで、とても久しぶりだ。なので服装に悩んでいる。

 

『ほう、余所行きの服に悩み中かな?相手が女子(おなご)だものな、坊主もやはり男子(おのこ)よのう、』

 

 脳内で聞こえるムサシの声。

 

「別に、相手が女だからってわけじゃない。勘違いしないでくれ」

 

 霊の声は脳内に聞こえるが、霊には自分の声で話しかけなければいけない。だが、波長が合っている場合、多少は言葉を離さずとも意思疎通はできる。互の考えてることがなんとなく分かるのだ。まあなんとなくなので、どうしても言葉が必要な時はできてくる。その場合は周りから独り言を喋っているように見えるので、そこは気をつけなければいけない。

 

「……さて、行くか」

 

 黒字のよくわからない文字がプリントされたTシャツに、半丈のジーンズ。自分の体の白さと細さも相まって凄くひ弱に見えるが、そもそも他にもろくな服を持ってないので諦めた。

 

 自宅から外に出ると、雲一つ無い晴天の空。雲が無いと、太陽からの陽射しが直で当たって非常に暑い。雲とは偉大である。

 歩いて駅まで行き、そこから中央の市街まで。そこで、ホリィと待ち合わせる予定だ。

 

 数分電車で揺られて直ぐに、市街に着く。改札を出て、駅内の大きな時計がある場所まで。待ち合わせ場所だ。時間を見ると、10時25分。予定のおよそ5分前。

 

 やはり休日なこともあって人が多い。ぶっちゃけ、もう帰っていんじゃないかと考える自分がいる。人間が嫌いな光輝が、人ごみを嫌いじゃないわけがない。なんか急激にだるくなっきた。

 

「おはようございます、光輝さん」

 

 ふと、声をかけられた。思い当たる節は一人しか居ない。顔を向けると、そこには私服のホリィ・ジェネシスが立っていた。

 

「ああ、おはよう。行こうか」

 

 白の服に、赤いハーフパンツ。意外だと光輝が思ったのは、スカートのイメージがあったからだ。意外にも選んでいたのは動きやすいハーフパンツであり、おしとやかそうに見えて意外とアグレッシヴなのかもしれない。

 

「やっぱりですけど、人が多いですねー」

 

「うん。来てすぐに帰りたくなったよ」

 

「……極端ですね」

 

 イクシーズの中央市街は、隣接して国際空港が存在する。故に、外国人が観光に来たりする。新社会(ニューソサエティ)という名目は伊達ではなく、イクシーズの科学力は外の5年先を行っている、とはよく言われる。その為、国内・国外から観光客が後を絶たない。イクシーズでしか見れないものも多いのだ。それを普段から享受できるのは、イクシーズに住む利点の一つでもある。

 まあ、趣味が音楽と読書と青空を眺めることだけで世俗に疎い岡本光輝にはあまり関係のない話ではあるが。尚、来てすぐに帰りたくなったというのは半分冗談の半分本気である。

 

 駅から歩いて直ぐに、高層のビルが目の前に現れる。衣類店や飲食店など様々な店舗が入った巨大な興業施設だが、今日の目的はその中の映画館だ。

 

「「三谷」の映画、見に行きたかったんですよねー」

 

「奇遇だね、俺もこれは見たかったんだよな」

 

 劇場を爆笑の渦で巻き込むと有名な監督「三谷」の映画。人間は笑うと健康的に良いのが医学的に解明されているらしい。普段笑顔が少ないであろう俺の健康は大丈夫だろうか?

 

 光輝はチケット売り場で二人分のチケットを払い、売店でふたり分のジュースにホットドッグとチュロスを買う。ホットドッグは自分用、チュロスはホリィ用だ。ホリィは「私が払いますよ」と言ったがこの程度問題ない。この前の臨時収入もある。なお収入源は言わない。ホリィは絶対怒る。ちなみにホリィがいなければ飲み物等は外で買っておき、それを劇場内に持ち込むという方法を取っていただろう。これも多分ホリィは怒るのでやらなかった--

 

--劇場内で2時間ほどをすごし、二人で劇場を後にする。

 

「ふふ、あんなに笑ったのは久しぶりでした」

 

「俺もだよ」

 

 劇場内で、多くの観客の笑い声が聞こえていた。光輝もホリィもその例に漏れてはいなかった。

 

「意外と笑うんですね、光輝さん。なんか常にムスっとしてるイメージでしたので」

 

 ホリィのその認識は合っている。俺自身、自分で笑うことは少ないと思っているのだ。ムスっとしているかどうかは別として。

 

「そうかな」

 

『いやはや、現代日本の娯楽にはいつも驚かされるぞ、ガッハッハ!』

 

 ただし俺の背後霊はよく笑っている。なにが面白いのかよくわからない時も笑う。病気なんじゃないだろうか。

 

 映画を見終わって、ちょうど昼飯時。劇場内で食べたホットドッグは光輝には朝飯のようなもので、ホリィもチュロスを食べただけでは足りなかったようだ。中に高級飲食店が鎮座している高層ビルを後にして、近くのハンバーガー屋に向かう。

 

『坊主、儂あれ食べたい!あれ食べたい!』

 

 ハンバーガー屋のポップを見て目を輝かせるムサシ。霊と「魂結合」をしている間に食べ物を食べれば、霊もその味を感じる事ができる。ムサシは現代食に興味津々なので食事をするときに度々「魂結合」をしているのだが、今日はそういうワケにもいかない。今目の前にいるのは「光の瞳」を持つホリィ・ジェネシス。余計なことを考えられても面倒だ、迂闊な「魂結合」は控えるべきだろう。

 

「また今度な」

 

『ケチ』

 

 やめろ、おっさんにそういう事言われても全く嬉しくない。かといって女の子に言われたらと考えてもウザがるよなぁ、と思い直す。ああ、自分って本当に人間が嫌いだなぁ。まあおっさんに言われるよりかは女の子に言われた方が幾分かマシか。背後霊の交代を少しだけ考えた。

 

 レジで幾つかのハンバーガーと飲み物を受け取り、ホリィと一緒に席に着く。早速包み紙を取り、ハンバーガーにかぶりつく。……うん、なかなか。値段設定的にはこんなもんだろう。

 

「いやぁ、美味しいですね!私、なかなかこういう店に入ることないから少し感動しちゃいました」

 

「そうか、良かったな」

 

「はい」

 

 年頃の少女がハンバーガーショップに入ることが少ない、というのは不思議なものだ。ホリィは見るからに金持ちなので高級料理店にしか入らないのだろうか?ブルジョアめ。いや、それは単なるインネンに過ぎないか。恨んでも仕方ない、彼女にも理由が何かあるのだろうと思い込んで黒い思考を消し去る。

 

 ハンバーガーを平らげ、そろそろ店を出ようとした光輝とホリィ。

 

「あれ、ジェネシスさん。奇遇だね」

 

 店から出て少しして、目の前に立った坊主頭の好青年。光輝は知っている、1年4組、Cレートの御陸(みろく)歩牛(ほうし)だ。どうやらホリィと知り合いらしい。

 

「あら、御録さん。こんにちは」

 

「どうも」

 

 かといって、光輝にとっては知り合いではなく初対面のようなものだ。最低限の言葉だけ返しておく。

 

「……君は、岡本くん、だったかい。そうか……」

 

 なにやら神妙な顔つきの御陸。一体何だろうか。

 

「僕よりも彼を優先したってことかな、ジェネシスさん」

 

「いえ、光輝さんとはお友達ですので……」

 

 気まずい表情のホリィ。いや、俺のほうがだいぶ気まずい。なんだよこの状況。

 

「名前呼び……随分と仲が良さそうだ。ジェネシスさん、君のそういう優しさはいいと思う。けれど、相手を勘違いさせてしまってはかわいそうだ。岡本くんはEレートで、言っちゃ悪いが……変人じゃないか、君とは天と地ほど違う。無闇な優しさは、人を傷つけることになるよ」

 

「っ、その言い方は光輝さんに失礼です!」

 

 なんと、コイツは参った。推測すると、多分だが御陸はホリィを今日遊びに誘っていたのだろう。しかしホリィは断り、あろう事か俺を遊びに誘った。こんなところか。

 

 コイツの言いたいことも分かる。御陸歩牛は傍から見て良い男の部類に入る。坊主であることもその手の人からすればプラス要素になりうるかも。成績も良さげ、レートも平均ほど。基本人当たりも良い。身体能力は標準よりも上だ。自分に自信も持つだろう。が、そんな自分よりもEレートで根暗な岡本光輝という男を優先されちゃたまったもんじゃない。そうだな、その通りなんだよな。

 

 が、知ったこっちゃない。

 

「あ、いいですか。俺の名誉のために言いたいことがあります」

 

 だから、全力で潰しに行こう。

 

「俺から誘ったんじゃないんだ、ホリィに誘われたんだよね」

 

「……な、なに……?」

 

 ビンゴ。驚愕やら困惑やら、色々混じった御陸の顔。そりゃそうなるわな。普通俺から誘ったと思うわな。ホリィ・ジェネシスともあろう学年主席が最弱(イーレート)を誘うわけないもんな。違うんだなこれが。

 

「君の魅力が足りてなくて、俺が選ばれたワケ。まだ言いたいことがあるかい?」

 

 事実それは嘘じゃない。嘘は付かない。最低限に、最低に喋る。今必要なのは、御陸をズタボロにすることだ。ホリィを貶めることじゃない。行き過ぎては、ホリィを傷つけることになる。違う、この場での悪は御陸だ。俺は義を貫く。

 

 御陸は押し黙る。何も、喋らない。

 

「ないね、じゃ、行こうかホリィ」

 

「え、は、はい……」

 

 固まっていたホリィの手を手で握り、引っ張ってその場を後にしようとする。

 

「待て!」

 

「あ?」

 

 後ろからかけられる歩牛の静止の言葉。待っていた最大の好奇。いいぞ、来い。

 

「男として、岡本光輝!お前に、対面(タイメン)を申し込む!!」

 

 ……命中(ビンゴ)


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