新社会「イクシーズ」―最弱最低(マイナスニトウリュウ)な俺―   作:里奈方路灯

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総長(ヘッド)じゃないですか。どうも」

 

 隣立つ白銀に光輝は挨拶を交わす。まさかの助っ人だが、今はそんな事で驚いている余裕などない。本当は一人で相手六人に挑み全員を殴り倒してやる予定だったが、この際なんでもいい。手伝ってくれるというのなら、好きにしてもらおう。

 

「白銀……雄也……」

 

 ギリッ、と歯を食いしばり、男達は白銀の方をまるで恐れるように見る。……いや、恐れているのだろう。今から始まろうとしていた六対一の対面、それが六対二になるという事。数だけ見れば男たちは優勢だ。そもそもEレートの岡本光輝は無視していいと思えるレベルにまで弱いハズだ。

 

 だが、そうはいかなくなる。どうやら、岡本光輝と白銀雄也は知り合いらしい。そして、岡本光輝に白銀雄也が手を貸すということ。男達対白銀雄也の構図、必然的にそうなる。

 白銀雄也。最早、イクシーズに住む少年たちの中で語られる、伝説のようなもの。評定2の防御系統のスキルを持ち、スピードはとにかく遅い。しかし圧倒的なタフネスと、それから放たれるパワーは人間のそれでは無いと言われるほど。例えるならその様は「戦車」。一発を撃たせるとそれだけで敗北が確定する、そんなような人物。Sレートの「熱血王」厚木血汐にも勝ったことがある、(オトコ)の中の(オトコ)

 

 バキ、バキと白銀は拳の骨を押して鳴らした。それは、男たちにとってはまるで警報のようにも聞こえる。

 

「さて……準備はいいゼ。いつでも来いや」

 

 瞬間、彼から感じる威圧感が膨れ上がる。闘士がむき出しにされている。それはまるで眼前に日本刀を持った侍が居るかのような感覚。特に構えというものは無い。白銀雄也はそこに立っているだけだ。なのに、こんなにも--恐ろしい。

 

「……すいません。俺らが悪かったです、勘弁してください……」

 

 気迫に耐えようがなくなった男達の一人が、そう発した。無理もない、対面でSレートにも勝った人物だ。雑兵が束になって勝てるような相手じゃなかった。だとするなら、素直に引いた方が利口だ。

 どうやら発した男以外もそう思ったらしく、次々と身を引いていく。気が付けば零対二。勝負になっていなかった。

 

「はぁーっ、なんだよ意気地なし共め。根性ねーな。いいよ、とっととどっか行け。今日はそのまま帰してやる。ただ、俺の友達(ダチ)に何かしようっつーんなら話は別だぞ」

 

 白銀はため息を吐く。どうやら、よほど戦いたかったようだ。手をしっしっ、と男達に振り、彼らを退散させる。

 

「……総長が出てきたから憂さを晴らす相手が居なくなったじゃないですか」

 

 横目で白銀に不満をぶつける光輝。まさか、相手全員が逃げ出すという結果になってしまうとは。先程まで憤っていた感情の行きどころがない。

 

「すまんな、どうも近頃のガキどもは無謀というものを知らんくて困る。やりたっかたなぁ、対面。今日予定無くて暇なんだよ」

 

 白銀は頭を掻く。かくいう雄也も折角の対面を逃して意気消沈しているようだ。

 

「……ま、いいですけどね。総長(ヘッド)友達(ダチ)って俺の事ですか?」

 

「ん?それ以外に何があるよ。翔やん好きなら友達(ダチ)だろ?」

 

 ……そんな決め方があっていいのだろうか。まあ、とりあえずここは受け取っておくか。

 

「それと、総長だなんて呼び方じゃなくていい。雄也って呼んでくれや、光輝」

 

「あ、はい、雄也さん」

 

「うし、そんでいい。暇だしなんか喋ってこーぜ、デカビタなら奢るからよ」

 

 そう言って雄也は近くの自販機を指差す。妙な事から光輝は白銀を世間話をしていくことになってしまった--

 

--ビン製の容器に、アルミのキャップ。いかにもな「元気ドリンク」、炭酸飲料デカビタだ。白銀はあろうことかその一本をごっごっ、と喉を鳴らしながら一気飲みし、ふぅ、と息を付く。

 

「やっぱ夏はこれよなー。いつの時期飲んでもうめーけど」

 

「はい」

 

 いやいや、あんな刺激物を一気飲みして「ふぅ」で済むわけが無い。ゲップも声も無い、これが「不屈のソウル」の副産物なのだろうか。なんとも理解(わか)り難い。

 

 まあ、光輝はコーラのが好きなんだが。なんといっても、そのコストパフォーマンス。

 

 言ってしまえば、元気ドリンクとは割高だ。リアゴにしろ、オロCにしろ、その容量で法外な値段設定を持っていく。それは清涼飲料水の値段ではない、栄養ドリンクに近しい値段なのだ。現に、自販機でコーラの容量が350なのに対して、デカビタは210だ。1.5倍以上の差がある。

 

 そんな事はさておき、先輩の言葉にいいえは無い。なので、デカビタのキャップを開けて一口。……うまい。一言目の感想はそれに尽きる。

 なんと言っていいのかわからない、甘さ。炭酸、酸味、甘味が程よい具合に調整された、最良の味に近い一口。味だけで言えばコーラを凌ぐかもしれない。なるほど、これはロングセラーヒットを誇るわけだ。もしこれがコーラと同じ容量なら、光輝は間違い無く此方を買う。

 しかしそれは技術の結晶、そうはいかない。味が優れているだけあって、値段は割高だ。故に光輝はコーラを優先する。だが、他人に奢ってもらうというなら、元気ドリンクもまたアリだろう。

 

「ところで、今日は夜千代と一緒じゃないんだな」

 

 いきなりの話題。此処には夜千代は居ない。というか、それもそうだ。

 

「雄也さんは俺とアイツをなんだと思ってるんですか。そんないつも一緒に居る訳ないじゃないですか」

 

「ん?お前の女じゃないのか?夏祭りん時も一緒に来てたろ」

 

 白銀は右手の小指を突き立てる。デカビタをブーっと、空中に霧散させる光輝。やめて、これを俺の持ちネタにさせるのやめて。つか、あの時見てたのか。

 

「ち、違いますよ。あいつは友達(ダチ)ですよ、ただの」

 

 光輝は否定する。だって、実際違うのだ。夜千代は友達、それ以外は有り得ない。

 

 しかし、雄也は腕を組み首を捻る。なんでしょうか、何か引っかかるものでもあるのでしょうか。

 

「でもよ、女が友達だとして、なんかこう、ふとクる事無いか」

 

「……クるってなんですか」

 

 なんとなくわかってはいるが。この人は何を言い出すのやら。

 

「例えばよ、スカートが翻った時に足の付け根が見えたりとか、服がなんかの拍子に捲れてうっかり腹部が見えてときめいたりとか。なんねーか?ならねーならそいつは男失格だと思うんだが」

 

「いや、それは--」

 

 光輝は思い返して、それが失敗だと分かった。

 脳内に浮かぶのは夜千代の薄着の姿。黒いシャツに、白の下着。その眩い情景が脳裏に蘇り、血流が活発になる。

 

「--な?」

 

「な、じゃないですよ。そんでも、アイツは友達です。それ以外のなんでもないですから」

 

 そうとしか返しようがない。夜千代はあくまで友達だ、性的に意識する事はあってもその線は引いてある。アイツ自体、俺の事をせいぜい気の合うやつぐらいにしか思っていないだろうし。うっかりそういう目で見てることがバレたら投げ飛ばされるだろう。

 

「ほーん。まあ、いいわ。光輝、お前って男と女の間に友情って芽生えると思うか?恋愛感情抜きで」

 

「男女間での友情、ですか」

 

 ふと考える光輝。思えば、光輝の友達は男よりも女が多い。男は後藤と白銀くらいだろうか。他は多いとは言えないが、女ばかりだ。ホリィに、瀧に、龍神に、夜千代に……。クリスと星姫は、まあ、友達か。

 ならば、芽生える筈だ。こんな最弱最低な人間にできる数少ない友達達だ。それは他人でも同じことだろう。

 

「芽生えるんじゃないですかね。俺はそう思いますよ」

 

「なるほどねェ。ありがとよ」

 

 そう言うと白銀は自分のデカビタのビンをゴミ箱に捨て、一歩踏み出す。

 

「いい意見が聞けた。またな」

 

「それはどうも」

 

 そして、白銀はその場を去った。

 

 ……そうだな、俺の数少ない友達、なんだよな。

 

「行くか」

 

 光輝もまた、足を踏み出す。決めた、龍神に会いに行く。話をしたい。白銀雄也の持つ不思議な力だろうか。彼は人をその先へと引っ張っていく、そんな力がある気がする。

 

『なんだか先程よりもすっきりしたような顔をしているのう』

 

「馬鹿言え、まだ不満たらたらだ。今からそれを払拭しに行くんだよ」

 

 龍神に聞いてしまおう、その上で決めよう。余計な事を考えるな、とりあえず今は踏み出そう。

 そうだ、クリスに連絡しておかないとな。もう少し遅れるって--

 

--何だ……一体どういう事だ?

 

 龍神に会うために瀧の家を訪ねた光輝は、今脳内で処理出来ない状況に見舞われていた。

 

「岡本くん……、お姉ちゃんが……お姉ちゃんが……っ」

 

 インターホンを押そうとした光輝だが、門の中--玄関の前に膝を着いている人物に気がついた。

 瀧シエル。龍神の妹であり、この家の娘。イクシーズの中でもトップクラスの強さを誇る、暴走特急。

 

 しかし、様子が変だった。瀧は光輝の姿を見ると立ち上がって光輝に駆け寄り、その胸に泣きついた。その姿に、崩れた表情に、言葉にいつものような威圧感は無い。本当に、彼女は瀧シエルなのだろうか。

 

「待て、落ち着け。冷静に話せ。……龍神がどうかしたのか」

 

 光輝の中で、何かがざわつく。何か、良くない事が起ころうとしている気がした。


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