新社会「イクシーズ」―最弱最低(マイナスニトウリュウ)な俺―   作:里奈方路灯

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生き行く者たちの戦歌3

 夕方前に奇跡的にも雨が止み、時は過ぎて夜。未だ乾かぬ街のアスファルトの上を、丹羽とナナイは歩いていた。

 丹羽は見回りの勤務中だというのに、愛用の銘柄の煙草に火を点け口に咥えている。勿論、周りに注意する人間がいないからだ。天領や凶獄が居れば煙草は吸えない。逆に、土井銀河やナナイなら口煩く言っても来ないので気楽だった。

 

「雨があがって良かったねぇ」

 

「はい。雨は良くないです、風の便りが聞けませんから」

 

「ナナ氏の五感は特別性だもんねぇ。シュヴィアタの民族は凄いよなぁ」

 

 シュヴィアタの民族。イワコフ・ナナイは日本人ではない、海外からの移民だ。

 広大なる大地「シュヴィアタ」の元に生まれ、自然と共に暮らす少数民族。その中でもイワコフ・ナナイは、1000人に1人の「異能者」だった。故に、イワコフ・ナナイには二つ名がある。その名は「シュヴィアタの一騎当千」。

 

「おっと、電話だ……ん、夜千代ちゃんかぁ。何の用だろう」

 

 最近のアーティストの歌が流れ出し、丹羽の携帯が電話の着信を知らせる。その液晶に表示された名前は「黒咲夜千代」。暗部機関(フラグメンツ)の若き黒星(こくせい)。勉強はあまり得意では無いが、頭は良い子だ。丹羽が気に入るタイプの人間だった。

 通話ボタンを押し、丹羽は電話に出る。

 

「はいもしもし。どしたん?夜千代ちゃん」

 

『はい、こちらフラグメンツ。やられました。市街地北西区にある罰点(バッテン)の事務所が襲撃されました』

 

 北西区。こからは少し遠いが、なんてこった。連日で襲撃か。ちなみに、罰点とはヤクザの隠語だ。イクシーズの警察では周りに万が一聞かれたらまずい状況ではこうして言うことがある。

 実のところ、現在何が起こっているのかは分からない。しかし、ヤクザ絡みとなるとやはり筋者(すじもの)同士の抗争か。

 

「……そうか。また襲撃か。ありがとう、夜千代ちゃん。んで、僕らはどうすればいい?向かえばいいの?」

 

『いえ、中央警察署に戻ってくださいとの事です。天領警部が居るはずです』

 

「うん、ありがとう。じゃあね」

 

 通話終了のボタンを押すと、丹羽は携帯をポケットに仕舞う。

 

「ナナ氏ぃ、警察署に帰れって……あれ?ナナ氏?」

 

 丹羽が辺りを見回すと、その場にナナイは居なかった。他人が行き交うだけだ。

 

「……新人気分が抜けてないなぁ。ま、いっか。適当にやってくれよ」

 

 イワコフ・ナナイは時に暴走する。そのストッパーとして丹羽天津魔が居るわけだが、いきなり居なくなられてはどうしようもない。

 丹羽は仕方なく、近くをふらついてナナイを探すしかなかった。部下を残して警察署に帰ったら天領にどやされるのだーー

 

--雨上がりの中で、空気の中に立ち込める独特な匂いの中に、自分が知っている、懐かしい匂いを感じ取った。それは日本のものではない、祖国で感じたことのある匂いだ。

 

 周りの建物の突起を足で蹴って跳ね上がり、10階建てほどのビルの屋上に着地する。

 建物の上を吹きすさぶ風。その中に、香りを感じる。これは--香水か。シナの国の香水。けれど、これじゃない。先程の匂いは、これじゃない。

 五感を研ぎ澄ませる。色々な香りの中で、絡んだ糸を、ゆっくりと手繰り寄せて目当ての一本を引き当てるように。

 

 ……見つけた。

 

 シナの国の香水と、重なってやって来た香り。ナナイは方向を決めると、建物の上を足で跳ね回り、目的地へ急ぐ。人ごみや建物などの障害物が多い都会では、地上を走るより空を跳んだ方が速い。とん、とんと身軽にナナイは天を駆ける。

 

 そして、市街地から少し離れた、住宅地との境目辺り。人影は無い。ただ、1人を除いては。

 

 ナナイはその人物の目の前に降り立つ。赤いシャツに黒い上着とズボン、そして黒い長髪の少女。年齢は16歳ほどか。この少女から、シナの国の香水と、もう一つ、独特な匂いを嗅ぎ取った。

 

 少女は目を見開く。いきなり目の前に現れた、黒いスーツに身を包んだ金髪碧眼の少女。

 

「夜分に申し訳ありません。私の名前はイワコフ・ナナイ。少し、懐かしい匂いを感じたもので」

 

「……?」

 

 ナナイの目の前の少女は喋らない。ただ、ナナイの出方を伺っていた。

 

「シナの国の香水……ですよね。それと、鮮烈な「血」の香り。一つじゃない、他人の血と、自分の血の匂いが混ざっています」

 

「……」

 

「この血の香り、故郷で嗅いだことがあります。「龍血種(ヴァン・ドラクリア)」、ですよね?貴方」

 

 ナナイはその血の香りを知っていた。「龍血種」、その名の通り、龍の血を引く者。

 龍脈が流れる「シュヴィアタ」の地にも、龍血種は住んでいた。その際に、嗅いだことのある香り。まさか、こんな所で出会えるとは。

 しかし、それは決して喜ばしい事ではない。なぜなら、目の前の少女から香る血は一つではないからだ。それはつまり--

 

「だからなんだと言うのだ」

 

--目の前の少女は誰かに血を流させたということだからだ。

 

 瞬間、少女は動いた。ナナイへの、ミドルキック。ナナイはそれを腕一本で受け止めると、後ろに下がって身を構えた。

 両足は大地を踏みしめ、左手を牽制として前に、右手は必殺の一撃を繰り出すために一番力の加護を受けられる前へ。シュヴィアタの民族に伝わる、獲物を狩る構え。その五体に猟銃といった武器は必要無い。

 故に、付けられた闘法の名は「バレット・サンボ」。

 

「貴方に問いたい。誰の血を流した?」

 

「……」

 

 ナナイは少女に問う。しかし、少女は無言。それどころか、敵意を剥き出しにしていた。

 だとするならば、ナナイも戦わねばならない。誇り高きシュヴィアタの民として、正当性を掲げ正義を振りかざす警察官として。

 

「答えぬのならば、力尽くで吐いてもらう」

 

 その言葉の後に、ナナイは地面を蹴った。少女の眼前まで迫る。ナナイの左拳(さけん)による掴み。瞬間、少女の髪が赤く染まり、少女はそれを避けるように半歩下がり、見を低くして足払いをするようにナナイの足元を蹴った。

 ところが、ナナイの脚はそれを避けようとはせず、その場に立ったまま。足払いを受けたハズの脚は、しかし動じず、ナナイはそのまま少女に対して右拳(うけん)による下段突きを放つ。少女はそれを防御して、受けきれず地面に背中を衝突させ、その勢いを殺すように後方に回転しながら下がった。

 

 龍血種。それはその種族の総称であり、能力の総称。龍血種は全員が異能者である。

 その特徴として、能力を使うときは黒い髪が赤く染まる。その状態では、通常の人間の身体能力を遥か上回る。非常に強力だ。

 

 しかし、シュヴィアタの民族は素の状態でその能力を上回る。

 龍血種の能力発動時のステータスが仮にオール4だとしよう。対して、シュヴィアタの民族は能力を発動せずしてオール5を誇る。神が与えた落差だとでもいうのか、圧倒的な身体能力の違い。それに加え、シュヴィアタの民族は五感の鋭さに優れている。その中でも特筆すべきが、常人離れした視覚・聴覚・嗅覚による距離目測(ディスタンス)能力。こと戦うという事柄に対して、これ以上に特化された人種は居ない。弱点である物事の理解能力や計算能力、言語能力の低さを差し引いても十分にお釣りが来た。

 

 生まれながらにしての戦闘民族。それが「シュヴィアタ」の民だ。

 

 しかし、龍血種の少女はその力の差を見せつけられても、引く事は無かった。それどころか、先程よりも「敵意」が膨れ上がっていく。

 

 少女は衣類のポケットから赤い宝石のようなものの小さな欠片を取り出すと、口に放り込み奥歯でガリっ、とキャンディのように噛み砕いた。

 

「……「朱よりも紅く染まれ(ヴァー・ミリオン)」」

 

龍玉(りゅうぎょく)の欠片……そこまでして勝ちたいですか」

 

 彼女がそれを体内に取り込むと、彼女の髪の色が、より赤くなっていくのが分かった。(あか)というより(あか)、それほどまでに鮮やかな血の色に髪が染まっていく。

 

 瞬間、少女は動く。先程よりも速い、遥かに速い。ナナイも対応する。蹴りを受け、拳を受け、地面を蹴って、拳を放って。

 息をする()もない攻防。強い。速くて、硬くて、重い。心なしか、ナナイの方が押されていた。

 

「っ、(トリガー)ッ!」

 

「……っ!」

 

 ナナイは、この戦いで此処に来て始めて能力を使った。

 腹に力を込めての、崩拳(ほうけん)。そして、それに能力「闘気(オーラ)」を上乗せする。

 ナナイの能力は評定1、おまけもいいとこの最下位能力だ。ただ単に、肉体の強化を全体的にするだけ。他の異能者の身体強化能力と比べても、その加護は少ない。

 

 ただし、能力だけを見れば、の話である。

 

 崩拳を防御した少女は、その防御力も相まってダメージを負わない。しかし、大きく後方に吹っ飛んだ。それは、ナナイの力があればこその芸当だ。

 普通の能力者の身体強化能力がどういう物か説明すれば、「50点を80点に」。つまるところ、こういう事である。

 肉体の能力を、およそ1.5倍に。元々の肉体や能力の強さの差異があれど、評定2~3の身体強化ならそんな所だ。

 しかし、ナナイの場合は訳が違う。「100点満点を、105点に」。限界を超えた、更なる高みへ。それがナナイの強みであり、イワコフ・ナナイをイワコフ・ナナイたらしめる所以(ゆえん)であった。

 

 ナナイはアスファルトをしっかりと踏みしめ、腰を落とす。右手に、力を込める。

 

「この一撃で、貴方を確かめます。龍血種の少女、その貴方の心の強さを」

 

 右手に青色の「闘気」が溜まりきる。少女はその構えを危ないと思ったのか、その場に腰を据え、防御の体制に入る。

 

「母なる大地(シュヴィアタ)に誇りを捧げ、掲げた正当性を今、正義として振りかざさん!「生き行く者たちの戦歌(カンタータ)」ッ!」

 

「私こそは龍神(りゅうがみ)の末裔、(おう)として世に()す者だ!「王たる玉壁(ヴァン・ガード)」ッ!」

 

 青の闘気を振り抜く少女と、赤の玉壁でそれを受け止める少女。それはまるで、決して交わらぬ、陽と陰のように。二人の誇りが、その場で太極図を描くかのように衝突をした--

 

--丹羽は歩く。ピリピリとした空気の方へ、引き寄せられるように歩いた。

 道の曲がり角を曲がると、そこにはイワコフ・ナナイが空を見上げ佇んでいた。

 

「……どしたん。急に居なくなって、何か気になることでもあった?」

 

 ナナイはその声を聞くと、丹羽の方へと振り返った。いつもの無表情だ。

 

「いえ。ただ、旧友に会っただけです。すいません、仕事を放って行ってしまって」

 

 いや、少しだけ申し訳なさそうに、目を俯かせた。その頭を、ポン、と丹羽は撫でる。

 

「いーよいーよ、部下の失態は上司の失態だ。ほら、警察署で天領警部が待ってるから早く行こうか。まだ怒られるような時間じゃ無いだろう。適当、適当」

 

 怒られると思ったナナイは、予想外の丹羽の態度に安堵をした。

 

「はい、サー・ニワ。適当とは素晴らしい言葉ですね」

 

「そうだろそうだろ。終わったら晩飯食べに行く約束だったな……本当に虎肉が良いの?」

 

「いえ、気分が変わりました。中華料理が食べたいです」

 

「それはそれで困るな……まあ、いっか。どうせ食うなら美味いメシだ」


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