新社会「イクシーズ」―最弱最低(マイナスニトウリュウ)な俺― 作:里奈方路灯
岡本光輝の家から帰った夜千代は、終わった課題を部屋の隅に放ると、風呂に入って眠りに着こうとした。
しかし、浴槽からあがると、ふと携帯電話の着信音が鳴り響く。こんな時間に連絡があるとは、心当たりは最早一人だ。
通話ボタンをタップし、電話に出る。
『おお、すまんな夜千代よ。時間は大丈夫か?』
「大丈夫じゃない。仕事?やらないよ」
とてもじゃないが、もう時間が時間だ。明日も学校だし、風呂も入ったし。もう眠りたい。今日ばかりは、お断りしたい。
だが、そうもいかないようで。
『仕事の話ではあるが……ほんの少しだけじゃ。深之介を連れて、今から
「げっ、中央かよ……市街か、嫌だなぁ。人多いんだよ」
中央警察署は名前の通り、イクシーズの真ん中。市街地にある。支部に行く場合はまだ市街から離れているからいいが、人ごみが大っきらいな夜千代にそれは酷だ。
『結構大事な話なのじゃ』
「……はいはい、わかりました。深之介も連れてきゃいいんだな?」
しかし、大事な話と言われて引き受けないのもどうかな……とは思う。話だけで現場は無いようなので、まあさっさと終わらせて帰ろう。
夜千代は冷蔵庫から缶コーヒーを一本取り出して、眠気覚ましに胃にかっ込んだ――
――夜千代に連れられるがままに、イクシーズ市街地に来た浅野深之介。
イクシーズ暗部機関「フラグメンツ」に入ってからまだ数回の活動しかしておらず、支部の場所は分かれど中央警察署に向かった事は数回しかない。それも、地図を確認しつつ右往左往で、だ。とりあえず、夜千代に付いて行くしかない。
「……夜千代?」
夜千代は立ち止まると、ふと何処か遠くを見ていた。一体何があるというのだろうか。
「……ああ、いや、人ごみはめんどくさいよな」
「そうだな」
なんでも無かったかのように歩き出す夜千代、後ろに付く深之介。
最初の出会いこそ最悪で、敵同士として戦った二人。だからこそ、同じ組織に属するという状況では、二人は信用しあえるのかもしれない。
勿論、いつ互いが裏切るのかは分からない。しかし最低限の予防線を張っておいて、一緒に仕事をするとなれば、彼らは協調しあえる。互いに互いの強さを分かっていた。まだ訓練でしか組んだことは無いが、即席のコンビとしては十二分な程に息の合う二人だ。
「さて、着いたぞ。中央警察署だ」
夜千代は夜の中、明かりの点いた警察署のロビーから中に入り奥へと進んでいき、とある部屋のドアを開けた。
その中には黒咲枝垂梅を始めとしたフラグメンツの面々と、何人かの警察官が居た。
ここに居るフラグメンツのメンバーは全員知っている。ぶっきらぼうな黒髪ショートの少女、コード・ファウストの黒咲夜千代。年老いて尚得体の知れぬ雰囲気を発する、コード・セコンドの黒咲枝垂梅。柔和な笑みの下に何を隠しているのかわからない男、コード・サウスの土井銀河。サングラスをかけた栗色の髪の青年、コード・フォースのシャイン・ジェネシス。そして自身、コード・ゼロの浅野深之介。
一人だけ、不明な人物が居る。「シェイド」として夜千代と戦った時に、助っ人に入った少年。彼は自信を「
「さて、殆ど揃ったが……あと一人」
少し広めの部屋に、多くの人数が集まっている。その前に立つ二人の男。一人は黒咲枝垂梅、そして今声を放った男。彼は有名なので深之介もその名を知っていた。
「す、すいません……たはは。少し、遅れまして」
ガチャッと、ドアを開けて入ってきた一人の男と、一人の少女。男は手入れのされていないボサっとした髪に、剃り残した髭、よれたネクタイに離れていても分かる、タバコの匂いの染み付いた黒いスーツ。そして何より光のない目。どう見積もっても「うだつが上がらない」という言葉がすっぽりと当てはまる男だ。
それに対して、少女の方は「完璧」と言えるまでに凛としている。整えた金色のショートヘアーに、特徴的な碧眼。顔は鉄仮面のようで、スーツをスマートに着こなしている。靴には黒色のスニーカーを起用し、いついかなる状況でも戦闘に対して準備を整えているようだ。佇まいからして、上等な「戦士」という印象を受けた。
「
「あー、それなんですけどね、警部」
「サー・ニワの御意向です。ただ単に説明の手間を省きたいとニヤさんは言っておりました」
「あっ馬鹿っ」
淡々と述べるナナイと呼ばれた少女と、その言葉に狼狽える丹羽と呼ばれた男。
「……まあいい。丹羽、今度覚えてろ」
「すいません……」
呆れ顔ではあるが、牙刀はその場では丹羽を許したようだ。その言葉に、丹羽はホッと胸を撫で下ろす。
「警察の
深之介にそっと耳打ちしてくる夜千代。そういう情報はとても嬉しい。しかし、一つ疑問が。
「ニヤさんって……?」
「丹羽さんの愛称。暇があれば
「なるほど」
ズージャ読みというのがよくわからないが、言っている意味はよく分かった。
「老若男女揃いましたな。では始めてくださいな、天領さん」
どうやら人数が揃ったらしく、枝垂梅が牙刀に促す。
「はい。さて、ともあれ……全員揃ったな。言わなくても分かると思うが……此処に居る奴ら、全員、前線を張れるイクシーズ警察切っての精鋭だ。暗部機関も含んでいるが……知ってるだろうがその実力はコード・セコンドのお墨付きだ」
「ほっほ」
確かに、この場に居る人間全てはただならぬ気配を感じるものばかりだ。全員が全員、強者なのだろう。
その中でも威圧感を感じるのはやはり枝垂梅と牙刀……そして、先程のナナイといった少女か。まるで獣の牙を首元に突きつけられてるような感覚だ。かと言って、それだけで全ての実力は分からない。しかし、ひしひしと感じるプレッシャーが凄まじい。
「まあ、全員の素性が分かった所で本題に入るぞ。本日、夜中……ついさっき、だな。1時間くらい前か。市街地のあるヤクザの事務所が襲われた」
シン、と静まったままの部屋。全員が静かに聞いていた。
「襲った奴らの詳細ははっきりしてねえが、そこの組長の話によると「赤い髪の色の少女」を見かけたんだとよ。まあ、一番最初に電気系統をやられて一方的にボコられたらしい。計画的な犯行だな」
赤い髪の色の少女。ことイクシーズでも外でも珍しくはない。赤く髪を染める不良少女も居るし、最初から赤い髪の女性も居る。それこそ、この場にも赤髪の女性が一人居る。
髪を後ろで編み込んだ、目つきの鋭い女性。キャリアの、
ようするに、この場の者は全員、只者ではなかった。
「結局の所調査中だがな……。とりあえず今日の要件は「より一層気を引き締めろ」、そんな所だ。イクシーズに失態の二文字は無い。こんだけ化物が揃っていて勝てませんでしたじゃあ、お話にならねえからな。上に向ける顔も
『はい!』
牙刀の言葉に一同が返事をし、解散をする。全員の空気がその僅かな時間だけで移変(かわ)った。
警察署の外を出るとポツポツ、と
夏はもう過ぎ、季節の移り変わり。これからは雨が多くなるだろう。