新社会「イクシーズ」―最弱最低(マイナスニトウリュウ)な俺― 作:里奈方路灯
『――月が煌く夜空の下に 私は居た 見上げていた 瞬く無数の星たちが 輝いてた 伝えていた これから始まる never ending story……』
「
「可愛いわよねー、この娘。でもクリスちゃんも凄く可愛いわよ。大丈夫?光輝に変な事されてない?」
「ありがとうございます、
居間でテレビを見ながら雑談に耽る光輝の母と、クリス。その端でせんべいをバリバリと齧りながら、ぬぼーっと聞いている光輝。
今テレビでやっているのは最近の話題のアーティストを取り上げる音楽番組だ。それを見て息を漏らすクリス。液晶内に映る、乙女として憧れを抱く、先程番組内で歌を歌い終えた一人の少女。
音楽番組で歌ってたとはいえ、本来は歌手では無かった。元々は少し前に放送したテレビドラマでの脇役を演じていた若手俳優だ。その容姿の良さと演技が巷で話題になり、急遽時の人へ。その素性が高校一年生ともなれば、なるほど。合点がいく。
話題性たっぷりの大型新人は彗星のように新しいドラマでの主役が決まり、メリハリのある声から歌手としてのデビューも果たした。そう、瞬く間にスターダムを駆け上がったそれはまるでシンデレラ。
才能と運を手にした少女、それが一宮星姫だ。
「……なんて、どうせねじ曲がった回答しか出ませんよ俺は」
ぽつり、と呟く光輝。憧れを抱くわけじゃなく、冷静に分析して彼女がどういう人物なのか構想して満足した。他の感情は特にない。
岡本光輝という存在が人を嫌いなのは他人を見下しているからではない。その全く逆、他者への劣等感から来るものだ。
自分は彼のように素晴らしい人間じゃない。彼女のように輝いている人種じゃない。それが、光輝が他者に抱く感情だ。だから、光輝は他者を嫌う。そして、誰より自分を嫌う。歪んだ瞳でしか人を視れない自分に嫌気がさして。
ははっ、なんともちっぽけな男だ。陰鬱で矮小。最弱最低。だから、嫌なんだよ。俺は、俺自身が。
いつだって光輝は自分が嫌いだ。それは昨日も、今日も、明日でも。多分そうだろう。だから、光輝は自分が居なくならないように。この世界に存在する理由を探すために。父親と同じ末路を辿らないために足掻く。暗闇を、必死に藻掻いて――
――イクシーズ市街から少しだけ離れた、ファミレス。
その店内の一席に、岡本光輝と、もう一人、背の低めの少年は居た。
「そんでさー、思うわけよ……もし今の記憶を持ったまま小学生に戻れたらウハウハだぜ」
「はぁ」
後藤征四郎。いつでも明るい少年だ。今もさぞ楽しそうに、突拍子もない話を繰り広げる。あろう事か彼の今日の話題は「もしも記憶を持ち越して子供に戻れたら」。強くてニューゲームというやつだ。
「なんでも出来るぜ?勉強だってするね、女の子のお手伝いだって進んでするぜ?そして作るわけよ、俺だけのハーレムを!幼女満載、「キャー後藤くんカッコイー」ってな」
「自分で言ってて悲しくならないかそれ」
「夢なら自由でいいじゃんかよー」
勿論、現実で後藤征四郎がモテるはずもない。だからこんな妄想をしているのだ。いや、こういう妄想をするからモテないのかもな。顔だけは良いのにな。
ともあれ、二人の少年が野郎だけでファミレスに居たのはただ単に光輝が後藤に誘われたからだった。夏休みに友達が遊ぶという事柄に理由など特に無い。後藤とイクシーズ市街の本屋を巡ってくだらない雑談をしながら小説や漫画を買ったり、CDショップに寄ったり。なかなかに充実した夏休みの一日を過ごして、夕方になり休憩がてらファミレスに寄ったのだった。
後藤は多くの小説を買っていたが、光輝のほうはそれほどでもない。その中に、CDが一つ。クリスから頼まれた、一宮星姫のファーストシングル「Star shine」。光輝もテレビで聞いたことがある曲だった。
新人にしては、確かに上手い。けれど、歌を聴いた光輝の印象としては「ありきたり」程度だった。いや、スタートダッシュならそれが常套だ。最初から凝りきって失敗するよりよっぽど良い。むしろ、個性を伸ばしていくのはそれからだ。
だから、悪い印象は無い。むしろ、俳優として見た場合は「天才」の一言に尽きる。というよりは俳優と歌手を兼ねる女子高生という所にこそ彼女のスター性がある。クリスも憧れるわけだ。
と言っても、クリスも決して凡才じゃない。警察の重役を親に持ち、本人は「黒魔女」としての異名を語られ、「ニュー・ジャック」を当時14歳で撃退したロンドンのヒーロー。肩書きとしては申し分もなく、容姿も端麗。スレンダーな一宮星姫と比べてクリスは大人の雰囲気を醸し出す体付きをしており、簡単に二文字で説明するなら「美女」だ。
しかし、演じて踊れる。少女なら、誰もが憧れるだろう。だからこそ、クリスは彼女を「可愛い」と思ったはずだ。クリスの肩書きは言うなれば「仰々しい」。本人はそれを誰よりも誇るが、それと乙女として憧れるのとは話は別だった。
……まあ、ともかく。クリスの人間性を、光輝は割と好きなわけで。そんな少女に好意を向けられている自分は、そこまで凄い人間かと言われたら絶対に「NO」。そう答えた。
『坊主はのう、もっと自分に自信を持つべきぞ。そんな生き方で疲れはせぬか?』
さあね。少なくとも、世界に嫌気はさせど絶望はしちゃいない。こんな世界でも、意外と生きてて楽しいもんだ。
「わりい、ちょっとトイレ行ってくるわ」
「ほいほーい」
光輝は顔を洗って気分転換する為に席を立つ。数あるソファの間を通り抜け、お手洗いを目指す。
「全く、
「はは、
「マジでそれだって」
その途中、ソファからいきなり通路に飛び出して来た一人の少女。光輝は超視力でそれを捉えるも、「魂結合」を使っていない為完全に避けることは叶わない。できる限り体を反らすが、その行動も虚しく体同士が衝突してしまった。
「っ、たぁ~……ちょっと、何処見てんのアンタ」
体をぶつけ、地面に倒れる少女。野球帽とサングラスを身につけていた。
「いや、すみません……」
知っている。今のはどう考えても不注意で通路に飛び出してきた向こうが悪い。しかし、光輝は面倒事に関わっている時間を惜しいと思う。だから、安直に謝りとにかく状況を平穏に済まそうとする。
倒れた少女に手を伸ばす光輝。向こうもその手を手に取り、起き上がろうとした。
瞬間、光輝は違和感に気付いた。今の声。聞いたことがある。
光輝の「超視力」が少女のサングラスで隠された顔の向こうを視認した。もしかして、彼女は……
「一宮星姫さん、ですか?」
ピクリ、とそれまで厄介そうな顔をしていた少女の表情が止まる。
「……へぇ、アンタ、見る目あるじゃん。よく分かったわね」
少女は起き上がり、光輝に向き直った。話題の新生、一宮星姫。まさかこんな所で出会おうとは。
少女は変装した自分に気付いた少年が居るという事実に顔を綻ばせていた。それもそうか、隠されていても分かってくれる人が居るなんて、有名人に成り立ての少女からしたら嬉しいものだろうな。
「なんか好きな物にサインしてあげよっか?」
「あ、いえ……お心使いだけでも」
買ったCDにサインでもして貰えばクリスも喜ぶだろう。しかし、その為に席まで戻るのも面倒だ。参ったな、ふと名前を口に出してしまっていたが無言で通り抜けるべきだった。
「あらそう。それじゃあね」
それだけを言うと、星姫は席を立ち、お手洗いの方まで向かっていった。……いや、そうだ。俺も行かなきゃいけないんだ。
トイレで顔を洗い、席に戻る。少しばかりの軽食をし、後藤との話題で時間を潰した。
「そんでさー、あいつったらホンット、馬鹿なの!」
「あはは!超ウケるー!」
先程から五月蠅めの組が居る。一宮星姫が居た席だ。六人の男女で盛り上がっており、その声は離れたこちらまで聞こえる程。周囲の迷惑を一切考えていない。
彼らの容姿を見て、不良に近い者だという印象を受ける。その風貌からなのだろうか、店員は注意しに来ず、周りの客も口を挟めない。一宮星姫はそういう人間と仲が良いのだろうか。まあ、しったこっちゃないか。
「んじゃ、そろそろ行くか。」
「そうだな、今日は楽しかったぜコーちゃん」
光輝と後藤は席を立つ。もうそろそろいい時間だ。今頃家で母さんとクリスは何をしているだろうか。
そんな事を考えつつ、レジの方へ向かう。
「あれ、さっち……寝ちゃった?」
「しゃーねーか、仕事疲れだろ。おい、お前車だせる?」
「あ、自分出せますよ」
先程五月蝿かった、一宮星姫の居た席。どうやら、一宮星姫は眠ってしまったらしい。それを心配そうに、彼らは労わる。
しかし、光輝は視ていた。彼らの表情の、僅かな変化。
「1620円になります」
「はいよー。コーちゃん、800円ある?」
いつの間にか、後藤はレジで精算を済ませていた。
「あ、おう」
光輝は財布から500円1枚と100円玉3枚を取り出し、後藤に渡して店を出た。
「んじゃ、駅まで行くかねっと」
「あー、すまん。俺まだやることあるから先行っててくれ」
帰るために駅へと向かおうとする後藤に、別れを言う光輝。
「そうかい?んじゃ、また今度なー」
「おう」
去っていく後藤の背中を見送り、光輝は自分のポケットを探る。二本の特殊警棒は、確かにある。
まだ、確信じゃないが。不安要素は須らく排除すべきだ――
――暗い建物の中で、彼女は目を覚ました。
あれ、私、いつの間に眠っちゃってたんだろう。
星姫は、体を動かそうとする。しかし、手が動かない。あれ?なんで?
眠気が段々と冴えていき、後ろで両手が結ばれている事に気付いた。目も段々と周りを捉えていく。倉庫の、ような場所。周りには一緒にファミレスに居た友達五人が居る。これはどういう事なのだろう。
「グッモ~ニン、星姫。目覚めはどうだ?」
「あ、アンタ……!?」
星姫の目の前に顔を出した男。星姫は、その人物を知っていた。
数日前、星姫が振った元彼氏。いや、元彼氏と呼んでもいいのかと疑う程に、星姫はこの男と特に仲は良くなかった。ただ、告白されたからとりあえずOKを出しただけで、ほんの一週間でこの男の人間性が気に入らず特に何をするわけでもなく一方的に拒絶してやった。
星姫は、今の状況を直ぐに悟り、顔を青ざめた。
「俺を弄んだお前に、これから、たっぷり。た~っぷり、朝が来るまでお前を嬲ってやる。このクソアマが」