新社会「イクシーズ」―最弱最低(マイナスニトウリュウ)な俺―   作:里奈方路灯

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岡本光輝の友達

 岡本光輝はいつもより気だるげに通学路を歩いていた。ホリィとの1件があってから1日が過ぎ、二日目。昨日、ホリィは学校に1度顔を見せたそうだが直ぐに早退したらしい。多分、あの覆面の男について警察から事情聴取があったのだろう。尚、俺の所にはまだ何も話は来てない。

 

 しかし、なんて説明しようか。面倒くさいな……

 

 幸い、ホリィには結局俺の能力を全て明かしてはいない。ホリィが警察に俺の能力を言っているとは、考えにくい。ただホリィが俺自身に同意の上での証言を求める可能性はゼロではなく、どっちにしろ能力のことはいずれ聞かれることにはなるだろうが、そうなったらそうなったである。

 ただ打算が無いわけではなく、ホリィのような善の塊で出来た人間が一回揉めた相手にしつこく聞いてくることは無い、というものだ。そうなったら、一番良い。最悪、ホリィに他言無用で話すのもアリではある。光輝には、気負いの目があった。なにせ、あんな事をしようとしたのだから。実際、ホリィが警察に訴えたら1発アウトである。俺の経歴が台無しである。それだけは避けたい。

 そもそも、ホリィが許してくれているかどうか怪しいものだ。俺だって自分自身が許せない。だが、あの状況で自分をコントロールできなかった。その諸々のせいで、昨日は気が気でなかった。

 

「はぁ~……」

 

『坊主よ、ため息をすると幸せが逃げるぞ』

 

「どーでもいいや……」

 

『むぅ』

 

 脳内に聞こえる背後霊「ムサシ」の声。頻繁に語りかけてくるような事は無いヤツだが、俺の心配は意外としてくれる。少しだけ嬉しい。性格最低な俺でも、気にかけてもらえれば嬉しいもんだ。

 

「光輝さん」

 

「げ……」

 

 学校の門をくぐると、ホリィ・ジェネシスがそこに待ち構えていた。屈託のない笑顔で声をかけてくる。ぐぐぐ、痛い。その光は俺の心の闇に響く。

 

「おはようございます。友達なので、校門で待ってました。さぁ、行きましょう」

 

「あ、あぁ、おはよう……」

 

 少し怯む。このホリィ・ジェネシスという少女、俺に対して不快感を抱いていないのだろうか。あの夜見せたはずだ、卑屈で最低な俺の本性。なぜそうも平常でいられるのだろうか。俺にはわからない。

 

 下駄箱にて、それぞれ自分のスリッパに履き替える。

 

「実はですね、私、今日光輝さんの為にお弁当を作ってきました。光輝さんお昼パンだけ、ですよね?」

 

「……そうだけど」

 

「良かったー、もし光輝さんがお弁当持ってきたら、光輝さんのお腹が破裂してしまうところでした」

 

「……そうだな、ありがとう」

 

「いえ、どういたしまして」

 

 満足気なホリィの表情。実のところ、俺は普段昼飯をパン1個で済ませてはいるものの年頃の男子にはなかなかキツいものがある。なので、差し入れは非常に嬉しかった。しかし、俺たちはいつの間にそんな仲になったのだろうか。少なくとも面識を持ったのは一昨日で、昨日は話すらしてはいない。そもそも、どうも好感度がマイナスではなくプラスの方に動いてる気がして……いや、それはないか。ただ、ホリィの真意は読めない。彼女に裏の考えがあるのか?

 というか、学年主席ホリィ・ジェネシスとは、こんなに気さくな少女だったのか。面識を持つ前の、校内で希(まれ)に視界に入る彼女の姿は、静かでおしとやかで、クールなイメージを抱いていた。だが今は、ガラリと変わっている。挙句俺は何故か名前で呼ばれている。分からない。光輝は彼女を測り兼ねていた。

 

「着いたぞ、それじゃあな」

 

「おーっす、コーちゃん」

 

 とりあえず一旦これで別れられる、思考をせねば。1年1組の前でドアを開いて安堵しかけた時、横から声がかけられた。それは光輝がよく聞いた声であり、その姿はよく見た姿だった。

 

「あ、後藤(ごとう)か。どうした?」

 

「いやぁー、新作の小説が面白くってさー、コーに貸そうと思って」

 

「ほー。なんだ?」

 

 後藤(ごとう)征四郎(せいしろう)。身長は低め、しかし顔はイケメン。少しアンバランスな、だが女性が惹かれそうなルックスの持ち主だ。俺とは小説仲間であり、気軽に「コーちゃん」と声をかけてくる。ただのイケメンだったら俺はコイツとは話そうとは思わなかったが、何を隠さんコイツは。

 

「「これゾ」、幼女が魔法少女になって敵と戦う作品でさー、成長途中の膨らみかけな控えめの胸は神。揉んで大きくしたくなる。てか主人公ハーレムすぎて最高」

 

 こいつ、ロリコンかつハーレム願望があるちょっと頭の残念なヤツ……つまり残念なイケメンなのだ。しかも公衆の面前でこんな事言うのだから手がつけられない。しかも隣に女子がいるのに、だ。病的である。

 

「おう、気が向いたら読むよ」

 

 月並みな言葉。読みはするが、今の言葉に対して返す言葉は無い。

 

「コーちゃん、俺には夢がある」

 

「何」

 

「ハーレム王に、俺はなる」

 

「そうか」

 

 幾度となく聞いた言葉。それを言うと、「これゾ」を俺に渡し自分のクラス1年2組に帰っていった。嵐のような男だ。公然で猥褻な言葉を使うやつには、ハーレムはできないと思うぞ。そもそも日本は一夫多妻制は無い。

 

「あの、今のは……」

 

「小説を貸し借りする知り合いだ。対して仲は良くない」

 

「でも、コーちゃんって」

 

「ヤツが勝手に言ってるだけだ」

 

「はぁ……」

 

 実のところ、アイツとつるんでるとあまり思われたくない。まあ、あれぐらいはっちゃけてないと俺と関わりを持とうとは思わないか。だが、軽い会話はする。心の底から毛嫌いタイプではなかった。

 

「んじゃ、またな」

 

「あ、はい。それでは」

 

 ようやく、ホリィと別れられる。さて、対策を練ろう――

 

 

――学校での授業が始まる。授業中はしっかりと先生の話を聞き、ノートはしっかり取る。当然のことだ、この当然のことができない奴は社会においていかれる。もしおいていかれないならそいつは、すばらしい才能を秘めているんだろう。

 が、凡人である俺はそうはいかない。理詰めに理詰め、全力で行く。なので、授業中はホリィへの対策が出来ないので、休みの時間にする、予定だったのだが……

 

「なあ岡本、ここの問題を教えて欲しいのだが」

 

龍神(りゅうがみ)か……」

 

 2限目の数学の時間が終わってから、とても忙しいところに同じクラスの女子の龍神(りゅうがみ)王座(おうざ)が寄ってきた。仰々しい名前に中性的で凛々しい顔つき、美しいほどの黒い長髪というルックスになぜか赤いインナーシャツに黒い学ランとかいう時代錯誤の校則ガン無視という服装。そのミステリアスな雰囲気から男子よりも女子に圧倒的人気があるというとんでもないヤツ。たまにコイツは俺に授業内容を聞きに来るのだが……

 

「冒頭でタクヤくんは時速340kmで歩いていますと書いてあるのだが」

 

「ああ」

 

「よくよく考えたらおかしいと思わないか?人間が時速340キロで歩けるものか。タクヤくんは新幹線か巨大なゴキブリだとでも言うのか?そもそも「歩いています」と書いてある。新幹線は走るものだ。タクヤくんとは一体何だ」

 

 龍神王座の疑問はいつもどこかずれている。そんなもの、深く考えなくても問題など解ける……が、ここは例をくれてやる。

 

「はぁ~っ、お前……知らないのか?」

 

 わざと大雑把に脇れて龍神を煽る。

 

「どういうことだ?」

 

「タクヤくんは一大信仰を築き上げた伝説の剣術「三嶋流斬鉄剣(みしまりゅうざんてつけん)」の(にな)()だ。だとすれば……?」

 

「成程……っ、その発想は無かった!三嶋の剣なら神速の太刀、時速340キロも夢では無い。しかし、歩きというのは……」

 

日本(ジパング)に伝わりし伝説の歩法、摺足(すりあし)だ」

 

「なん……だと……!?」

 

「最速の流儀に最速の技。最速最強の心技体、これで全ての説明に収集が付く。理解したな?」

 

「ああ、最高だ岡本。やはりお前は頭がいいな!」

 

「後は自分で解け」

 

 龍神は自分の席へ戻っていった。席の周りの女の子から「ねー、何してたの?」とか聞かれている。

 

「君たちにはまだわからんさ。が、いずれ分かる。いずれな」

 

 龍神の言葉。うん、俺アイツは意外と好きになれる。さっきの話ほとんど即興で作ったでっちあげだが龍神は満足しているようだ。楽しい。いい事をしたという錯覚に囚われる。が、ホリィへの対策の時間が無くなってしまった。まあいいか。まだ時間は残されている。

 

「仲、良さそうですね……」

 

「……いつから居たんだよ」

 

 後ろを振り向かなくてもわかった。ホリィだ。もうすぐ次の授業だから帰れ。お前3つ隣の1年4組だろ。

 

 授業も過ぎて昼放課。弁当を作ってきてくれたというホリィを連れて俺はいつもの芝生へと腰掛ける。

 

「はい、召し上がれ」

 

「いただきます……おおっ」

 

 ホリィから渡された弁当。その中身は色とりどりの野菜、肉団子、ウインナー、白米。肉に野菜にごはん、理想の弁当じゃないか!

 

「食って、いいんだよな?」

 

「どうぞ」

 

 ホリィのにこやかな顔が今は天使に見える。すげぇ、すげぇ!

 

 感動している間に、平らげちまった。もう、お腹いっぱいだ。パンはまたの機会に食べるとしよう。

 

「ありがとう、ジェネシス」

 

「どういたしまして。良ければ、今後も……」

 

「お隣よろしいかな?岡本クン」

 

 ふと、俺の隣に立つ影があった。今日はよく人に声をかけられる。

 

(たき)か、構わないぞ」

 

「それじゃ、失礼して……っと」

 

 隣に腰をかけた女子、瀧シエル。龍神の妹であり、非常に姉と似た顔立ちをしている。黒髪で長髪なとこまで一緒だ。見分け方としては表情、龍神に比べて柔和なそれと、服装。ただの学生服だ。簡単に言えば、学ランが龍神である。龍神と苗字が違うのは諸事情だろう、俺に深入りするつもりはない。

 

「瀧、シエル……」

 

 ホリィは驚愕する。当然だ、最強と最弱がこの場にいるのだから。

 

 瀧シエル。パワー3、スピード4、タフネス3、スタミナ4、スキル5。ここまでを見てもハイスペックなのがわかるが、問題はその能力。

 イクシーズには2年に1度、5回の祭をやる年がある。春の「聖霊祭」、夏の「サマーフェスティバル」、秋の「オータムパーティー」、冬の「聖夜祭」、そしてその先の「大聖霊祭」。イクシーズに在住する高校生に参加が許される、事実上の「武闘祭」。

 俺には全く縁がないそれだが、観戦はした。今年行われた「聖霊祭」にて、この瀧シエルは出場者を全て高校1年生という歳にして「瞬殺」した。付けられたレーティングは文句なしのSレート。彼女の能力は「無敵」という次元にある。

 

 そんな瀧だが、ひょろっとこの芝生に来ることがあり、あろう事か俺の隣に座ってくる。人嫌いな俺だが、その中でも俺が会話していいと思う人物の一人でもあった。

 

「……」

 

「……」

 

「なあ、岡本クン……」

 

「なんだよ……」

 

「空が青いな……」

 

「雲は白いが……」

 

「私らは……」

 

「灰色だな……」

 

「だからこそ」

 

「俺らは」

 

「「空を飛びたい」」

 

 最後の言葉が重なった瞬間グっ、と光輝と瀧は拳を軽く合わせた。ホリィは???と疑問の表情を浮かべている。これは俺らの「習慣」のようなものだ。

 

「じゃあね、岡本クン。また来るよ」

 

「ああ、またな」

 

 そう言うと瀧は直ぐ様去っていった。経歴こそいけすかないヤツではあるが、彼女とは価値観を共有できる。青空の楽しみ方を、風情というものを理解(わか)っている。だから、嫌いじゃない。

 

「なんだったんですか?あの人……」

 

「悪い奴じゃないさ。それよりも、そろそろ俺らも帰ろう」

 

「あ、そうですね、もうそんな時間ですね……」

 

 名残惜しそうなホリィを連れて、俺たちは校舎に戻った。まずったな、ホリィに青空の楽しみ方を教えてやるのを忘れていた。なるほど、名残惜しいわけだ。今度はしっかり教えてやらなければ。

 

 なんだかんだで放課後になってしまった。しまった、1日を楽しみすぎてホリィへの対策を行っていなかった。

 友達ということで、ホリィと光輝は駅まで一緒に下校する事になった。

 

「光輝さん、意外とお友達多いんですね……」

 

「いや、いないさ。今日のアイツらは全員知り合いにすぎんさ。俺に友達なんて居ない」

 

「あそこまでの関係なら友達、と呼んでよさそうですけれど。共有の趣味を持っている、といった感じでしょうか?私と光輝さんの間にはまだ無いものです」

 

「友達、か。何をもってして友達というんだろうな」

 

 友達。学校でなくプライベートで遊んだり、飯を食いに行ったり、そんな感じだろうか。光輝にも昔は居た。外の世界でだが。イクシーズに来てからはいない。

 

「仲が良くて、気が同調して。なんて、そんな難しく考えなくとも多分、一緒にいて「楽しい」と感じれば、友達じゃないかと」

 

「ふうん」

 

 一緒にいて楽しい、か。なら、アイツらとは友達と言っていいのかもな。

 

「あ、でも友達と最初に名乗ったからには、光輝さんの最初の友達は私ですからね!」

 

「……ふっ、ははっ」

 

 なぜか、笑える。なんだろう、楽しい、のか?

 

「あ、今楽しいんですね?やっぱり私たちは友達ですね!」

 

「まあ、それでいいさ」

 

 わからない、自分が今なぜ笑ったのか。なんだろう、なんなのだろう。

 

 隣のホリィが、静かに言葉を放つ。

 

「……あの、一昨日の件、なんですけど」

 

「……ああ」

 

 そうだ、これがある。俺とホリィの、切っても切れない1件。まだ俺にはホリィに対する最大の「引け」がある。

 

「警察には、全て私で説明しました。光輝さんの話はしてません。だから、心配しなくていいです」

 

「それって、どういう……」

 

「光輝さん、悩んでいますから。能力に秘密があるのは分かりました。けれど、話したくない……ですよね……だから、私だけで話をつけました」

 

「……ありがとう」

 

 まさかこの少女にここまで心配されるとは。やはり彼女は善の塊だ。だからこそ、どうしても引けをとる。

 

「怒って、ないのか?ホリィの、その、家で……」

 

「あ、あれはですねっ!」

 

 顔が急激に赤くなるホリィ。思い出させてしまったか、すまない、と心の中で謝る。

 

「あれは、全面的に私が悪いというか、結局光輝さん何もしませんでしたしっ、だから全然大丈夫でしてっ……その、好きなんですか?りょ、りょうじょ……」

 

 最後は言葉にどもる。それはそうだ、年頃の少女が使うような言葉ではない。

 

「……あれは嘘だ。全くもってそんなことはない」

 

「ですよねっ、そうですよね!良かったー、光輝さんがそういう人だったら私どうしようかと……」

 

 まあそれはそうだろう。陵辱趣味の友達なんて嫌だ、俺だって嫌だ。多分そいつが友達だったら速攻で絶好するかはたまた豚箱に送り込むまである。いや、行(おこな)いかけた俺が言うのなんだが。

 

「ごめん」

 

「えっ」

 

 目をぱちくりとするホリィ。

 

「怖がらせたよな、ごめん」

 

「……いいですよ、怒ってません。だから、大丈夫です」

 

「でも……」

 

 どうしても、心の中の杭が抜けない。何かお詫びをしなければ。何がいいだろうか。飯でも奢るか。そもそも弁当を作ってきて貰ったんだ、それぐらいは。だが、年頃の少女って何が好みなんだ?わからない。

 

「明日、休みですよね」

 

「ああ」

 

 今日は金曜日。明日と明後日は、学校は休みだ。

 

「遊びに行きましょう。それで、チャラということで」

 

「それで、いいのか?」

 

「はい、それはもう。あ、それと、ジェネシスじゃなく、ホリィって呼んでください。友達なんですから」

 

「……断る」

 

「許しません」

 

 なんと頑固な女だろうか。しかし、ここは飲むしかあるまい。

 

「……ホリィ」

 

「はい。明日が楽しみですね」

 

 良かった、苦しい条件だがなんとか大義名分ができた。イクシーズで友達と遊ぶなんて、うまくやれるかどうかはわからないが。ともはかくあれ、これでホリィに許してもらうことができる。

 心の中でガッツポーズをする俺。やった、完全勝利だ。

 

「光輝さんの家とか」

 

「やめろ」

 

 それはハードルが高すぎる。


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